(1)大平やさいの概要
大平やさいは、平成26年4月に創業した香川県観音寺市
(注8)にある農業法人である(図、写真1)。資本金995万円、年間売上額は4億円である。従業員数は30人(正社員11人、パート職員4人、特定技能実習生3人、技能実習生12人)である。事業内容は、水田転作による野菜の生産、加工、販売並びに貯蔵、運搬、農作業の受託、農業経営に関するコンサルタント(人材育成のための研修講師対応)などである。
自社農場は観音寺市内に2カ所(植松地区、三豊干拓地)あり(写真2)、栽培面積は合計50ヘクタールである。主要な取扱品目は、レタス(18ヘクタール)、ロメインレタス(11ヘクタール)、たまねぎ(11ヘクタール)、スイートコーン(3ヘクタール)、ねぎ(3ヘクタール)、にんにく(20アール)である。野菜生産において、農薬および化学肥料の使用を減らし、硝酸態窒素を低減させる栽培を重視している。農業生産工程管理(GAP)にも積極的に取り組んでおり、平成27年9月にASIAGAP、令和3年にGLOBALGAPの認証を取得している。
出荷場は、観音寺市大野原地区の本社周辺に3カ所設置されている。国内の販売先の構成は、量販店およびコンビニエンスストアの小売業者が67%、食品企業(加工原料用)が25%、系統出荷(農協)が3%であった。
(注8)観音寺市は、香川県西南部に位置し、西は瀬戸内海の燧灘(ひうちなだ)に面し、沖合には伊吹島などの島嶼を有している。南は讃岐山脈の雲辺寺山、金見山を境に徳島県、愛媛県に接している。市内中央部には、三豊平野が広がり、東部から西部に向かって財田川、柞田川の河川が流れている。瀬戸内式気候に属しており、年間降水量1000ミリメートル前後、平均気温16~17℃と温暖な地域である。農家数2341戸(うち、販売農家数は1414戸)、経営耕地面積1612.7ヘクタール、主要な農産物は水稲、レタス、ブロッコリー、たまねぎ、温州みかんである。詳細は、観音寺市(14)を参照されたい。
(2)レタス輸出の展開過程と品質管理
大平やさいは、平成27年にレタス輸出を一度検討し、香川県や独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)などの関連機関に相談した。しかしながら、その当時の現地(輸出先)の商習慣やコンテナ輸送技術などでは鮮度維持に不安な部分が多く、課題を克服するための必要経費が
嵩むため、自社のみでは対応が困難と判断し、その時は輸出事業への参画を断念した。
その後、令和3年に、日系大手小売業社であるパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス
(注9)傘下の海外リテール部門である「ドンドンドンキ
(注10)」が、アジア向けに日本産青果物の輸出拡大を計画していた際、香川県交流推進部県産品振興課(以下「香川県」という)に対し、レタス輸出に取り組む意欲のある県内の事業者の紹介依頼があった。前述の経緯により、大平やさいが輸出に前向きな姿勢を示していることは県や関連機関に認知されていたため、香川県がドンドンドンキに大平やさいを紹介し、そのオファーを引き受けたことが、現在の本格的な輸出参入に至った契機である。
大平やさいがレタス輸出を始めたのは、日本国内の人口減少が進行し、国内消費量の増大が見込みにくい状況下にあるのに対し、アジアの新興国は人口増加や経済成長が見込めるため、同地域にはビジネスチャンスが存在すると判断したためである。また、当時は生産資材や燃料など生産コストの上昇が避けられない中で、国内流通ではコストを販売価格に反映しにくかった点も、輸出への参入を後押ししたことにつながっている。
(注9)総合ディスカウントストアのドン・キホーテなどを展開する日本の持株会社であり、系列企業にユニー、長崎屋などがある。
(注10)日本国内で展開している小売店のドン・キホーテの海外展開における事業体であり、「ジャパンブランド・スペシャリティストストア」と称する日本産の生鮮・加工食品を充実させたラインナップで店舗展開している。現時点では、シンガポール(17店舗)、香港(11店舗)、タイ(7店舗)、台湾(6店舗)、マカオ(3店舗)、マレーシア(2店舗)の6カ国・地域に計46店舗出店している。
大平やさいは、過去にスポット的なレタス輸出に取り組んだ経験から、輸出先までの品質保持のために、輸送中の温度変化への対応が極めて重要であると判断し、徹底した温度管理に取り組んでいる(輸送中のコンテナ内の温度を2℃まで落とす事例もある)。輸出が軌道に乗り始めた5年に、さらなる取扱量の拡大を目指して、集出荷貯蔵施設を新設して短期間で冷却可能な真空予冷装置を導入し(写真3)、収穫後の野菜の鮮度の長時間保持が可能なコールドチェーンシステムの強化に取り組んだ。真空予冷機導入前、ドンドンドンキ以前に、別の企業との輸出取引をした際は、コンテナ内の温度を7℃で輸送していた。その時はロス率が50%と高く、さらに輸送中に2~3時間程度常温となる時間帯があったケースもあり、このような輸送体制もロス率を高めていたと考えられる。真空予冷機導入後の現在のロス率は0.03%であることを鑑みると、大平やさいが導入したコールドチェーンシステムの効果が理解できよう。一般的にレタスなどの葉物野菜は、収穫から時間が経過するにつれ組織が分解されるなどの理由で傷みやすくなり、鮮度が落ちる特性がある。鮮度維持のためには収穫後から短期間で冷却する必要があることを踏まえると、遠隔地への長距離輸送が避けられない輸出には、前述の真空予冷機のような設備の導入は効果的な取り組みと言えよう。
大平やさいは現在、収穫後60分以内に真空予冷機(一度に約3トンの処理が可能)に貯蔵し、レタスを4℃まで急速冷却している。さらに、高床式の倉庫を新設し、トラックで輸送する際にスムーズに積載できる上、外気が入りにくい構造としたため、温度変化によるストレスを与えない状態で出庫作業ができるような設備にしている。このようなコールドチェーンへの対応は、産地農協や卸売業者、加工食品企業では導入されているが、農業法人で導入する事例は、資金面などの理由から現在では希少である。なお、上述の設備投資には3億8000円の事業費を要したが、農林中央金庫および株式会社日本政策金融公庫の資金支援を活用して実施した
(15)。
(3)レタス輸出の実態
表3は、大平やさいのレタス輸出の推移を示したものである。レタス輸出を本格的に開始した令和3年の輸出数量は5トンであり、その翌年の4年は16トンと前年から3倍強に急増している。その後は5年が43トン、6年が55トンと前年から大幅な増加傾向で推移している。大平やさいの輸出規模の拡大に伴い、総生産量に占める輸出比率も高まっており、3年は0.6%、4年は2.0%、5年は4.9%、6年は6.3%と、4年の間に輸出比率は10倍となっている。
わが国のレタス輸出における大平やさいのシェアを表2と比較して見ると、令和3年は17.1%、4年は72.4%、5年は86.3%、6年は88.1%であり、令和4年以降は3年連続で総輸出量の過半数を占めており、わが国有数のレタス輸出事業者として位置付けられる。
輸出品目は写真4のレタス(結球)とロメインレタスの2アイテムであり、その構成は65%対35%と前者のシェアが高かった。これら2アイテムの輸出期間は11月~翌年6月である。4年以降に輸出数量が拡大した要因として、同社はロメインレタスの需要が拡大した点を挙げていた。輸出先は、輸出開始当初のシンガポールのみから、4年に香港、6年にグアムと徐々に増えており、調査時点ではこれら3カ国・地域であった。輸出先の構成は、シンガポール60%、香港40%となっている。調査時点においてグアムは、試験的な輸出で緒に就いた萌芽的な段階(1%未満のごく僅かな量)であった。
輸出相手先での主要な販売先は、ドンドンドンキ・シンガポール、同香港、同グアムである。現地での流通は、全量ドンドンドンキのPB商品として取り扱われている。なお、現地のドンドンドンキの各店舗へは、商社を介した間接輸出の形態である。
輸出相手先への輸送は、温度調整が可能なリーファーコンテナを利用しており、荷姿は段ボールである(写真5)。1箱当たりレタス14玉、ロメインレタス18玉である。国内から積み出す港湾は、ほぼ全量が東京港であり、ごく一部のみが福岡港を利用している。大平やさいから輸出先への輸送は船便が中心であり、シンガポール又は香港まではおおむね2週間程度を要していた(グアム便は少量なので航空便)。
輸出先では、国内価格の2.5倍程度の価格で流通している。輸出先向けのプロモーションの取り組みは、自社としてはFOODEX JAPAN(国際食品・飲料展)
(注11)に毎年出展している(写真6)。それに加えて、香川県が取り組んでいるプロモーションに参加することもある
(注12)。
(注11)昭和51年に開始されたアジア最大級の食品・飲料展示会である。令和6年時点で50回開催されており、世界各国・地域から74カ国以上、2930社が出展し、海外からの食品産業関係者2万人が来場する催事である。食品・飲料に関しては、国際見本市協会から認証を受けた国内唯一の国際展示会である。
(注12)令和6年は香港、7年はグアムで実施した。