日本大学生物資源科学部 食品経済学科
教授 下渡 敏治
◆1.はじめに
熊本県は全国屈指の農業県であり、周囲を海と山に囲まれた豊かな自然環境を活かしていぐさ、不知火(デコポン)、なつみかん、トマト、すいか、宿根カスミソウをはじめ全国的にも広く知られた多彩な農産物が生産されている。しかし近年では、農業総生産、農業就業者数、土地面積、農家世帯数のいずれも減少傾向にあり、また農業従事者の高齢化率が高まるなど農業生産を取り巻く環境は大きく変化しつつある。
このような中で、熊本県では政府の守りから攻めの農政への政策転換を受けて、地域農業の活性化を図るべく熊本県内のJA、連合会、県の三者が連携して平成17年に熊本県農畜産物輸出促進協議会を設立し、経済成長によって日本産農産物に対する需要が高まっているアジア市場を対象に、県産農畜産物の輸出拡大を図ることとなった。
現在、熊本県全体では1億6千万円弱の農水産物が台湾、香港市場に輸出されており、うち、農産物の輸出金額は1億1千万円程度となっている。輸出促進協議会では、現在輸出が伸長している熊本産いちごを中心に、メロンや柑橘類、かんしょ、畜産物などの県産品を、需要が伸びているアジア市場を中心に輸出したい意向である。
また、県内には玉名農業協同組合(以下「JAたまな」)と八代地域農業協同組合(以下「JAやつしろ」)のように、輸出促進協議会が設立される以前から輸出に取り組んでいた単協も存在する。さらにヨーロッパやアジア市場を相手に独自に農産物輸出に取り組んでいる農業法人も存在する。
本報告では、まず熊本県農畜産物輸出促進協議会では、本県における農畜産物の輸出事業をどのように捉えどのように取り組んでいこうとしているのか、今後の展望や課題も含めてその概略を紹介し、さらに輸出促進協議会の設立以前から農産物輸出を実施しているJAたまなの農産物輸出事業の内容を紹介し、最後に独自で香港等への農産物輸出に取り組んでいる有限会社松本農園のユニークな経営システムと輸出事業について検討し、熊本県における農産物(野菜)輸出の現状と課題、今後の展望を探ることにしたい。
◆2.熊本県農業の概要と農産物輸出について
表1は全国に占める熊本県農業の地位を示したものである。農業生産の担い手である認定農業者数全国第3位、農業専従者数全国第3位、基幹的農業従事者数全国第6位といずれも上位を占めている。平成18年度の農業生産額は全国で第7位、生産農業所得は全国第10位、野菜の品目ではトマト、すいかが生産量全国第1位、なす、メロン、いちご、しょうがなどが第2位から第5位に名を連ねており、本県の活発な農業生産活動の一端がうかがわれる。
平成18年度の農業産出額は2,984億円であり、部門別で見ると野菜が32.7%と最も大きく、次いで畜産の29.3%、米12.9%、果実11.5%、工芸作物4.3%などとなっており、米、工芸作物が低下する一方、野菜、畜産、果樹の生産が高まる傾向にある。
主要野菜品目としてはトマトが最も多く(野菜生産額に占める割合25%)、メロン(同12%)、すいか(12%)、いちご(11%)、なす(8%)と続いている。
これらの農産物は主に東京圏と大阪圏の中央卸売市場に出荷されており、すいか類は大阪市場で1位、東京市場で2位、メロン類は東京、大阪ともに2位、トマトは大阪1位、東京2位、いちご大阪4位、東京8位、なす東京4位、大阪8位、みかん大阪2位、東京4位といずれの品目も東京、大阪両市場で売上高の上位を占めている(表2参照)。
◆3.熊本県の農産物輸出状況について
以上のように、熊本県の農産物は全国的にも高いシェアと評価を得ているが、本県においても、①農業生産の持続的な減少、②農業就業者の高齢化の進展、③耕作放棄地の増加が進む-など農業を取り巻く環境は大きく変化しつつある。
このような状況を打開すべく、熊本県では平成16年以降県産農畜産物の輸出拡大に取り組むこととなった。そのきっかけとなったのが政府の守りから攻めの農政への転換である。熊本県ではこれよりもはるか以前の昭和63年にはカナダ向けの温州みかんの輸出が開始されており、それは現在も継続されている。
現在、県内には、県および農業団体で組織する熊本県農畜産物輸出促進協議会およびくまもと農林水産物等輸出促進研究会の輸出推進団体があり、それぞれが単独または組織的に輸出事業に取り組んでいる。
表3は、熊本県内から海外市場に向けて輸出されている農畜産物の輸出実績を示したものである。平成19年度実績で見ると、輸出金額の大きな品目は、温州みかん、なしなどの果実類が8,380万円で最も大きく、野菜類ではいちごが1,997万円と最大で、それ以外の野菜類の輸出金額は現時点ではそれほど大きなものにはなっていない。
◆4.熊本県農畜産物輸出促進協議会による農産物輸出への取り組み
平成17年4月、熊本県内の14の農協、JA熊本中央会、JA熊本経済連、JA共済連熊本、JA熊本厚生連、JA熊本果実連、酪農連、畜連の県連7団体、熊本県農林水産部の23の組織で構成する熊本県農畜産物輸出促進協議会(以下「輸出促進協議会」という。)が設立された。構成メンバーのうち、JAたまなとJAやつしろの2団体は既に設立に先立って輸出を開始しており、現在も単独事業として輸出が実施されている。
輸出促進協議会設立の狙いは、輸出にかかわる現地市場調査や輸出セミナー等の実施や農畜産物輸出事業の企画・調整などを通じて会員相互の輸出事業に関する情報を共有することによって輸出事業の円滑な推進を図ることにある。
JA熊本中央会を中心とした輸出促進協議会の設立の背景には、①少子高齢化による国内市場の縮小に伴う新たな販路開拓の必要性、②農畜産物の需給調整機能としての輸出に対する期待、③国内における食品産業・流通再編と農業改革の動き、④食の安全指向を含めた消費者の食に対する関心の高まり、⑤アジア市場の成長と日本産農産物に対する消費需要の拡大-などがある。
現在、高成長が持続しているアジア市場では、富裕層・中間層の出現によって日本産の高級食材や日本食に対する需要が大きく伸びており、中国・台湾のWTO加盟に加えてわが国とアジア諸国との間で地域連携協定(EPA)が相次いで成立するなど、貿易自由化の動きに拍車がかかっていることも農産物輸出拡大にとって追い風になっている。
九州中部に位置する熊本県は地理的にもアジアに近く、物流の面でも恵まれた環境にあることから、こうした優位性を活かして豊富な県産農畜産物の販路拡大を図ることが熊本県農業の発展のうえでも重要な課題となっている。
現在、輸出促進協議会が直接取り扱う分としての輸出実績は、平成17年度以降着実に上向いてきており、19年度実績で5,946万円に達し、20年度の輸出目標を1億円としている(表4参照)。なお、同協議会会員であるJAたまな、JAやつしろおよびJA熊本果実連の取り扱い実績は、別途扱いとしているため、この実績には含めていない。
(JA熊本中央会)
平成19年度の輸出内訳は、野菜類(いちご、メロン、かんしょ、だいこん、トマトなど)が654万円、柑橘類(温州みかんなど)63万円、畜産物(牛肉、鶏卵)が667万円、LL牛乳などの加工品が268万円、水産物(ブリ、カンパチなど)が4,293万円となっている。輸出実績からも明らかなように、水産物の輸出が群を抜いて大きく、野菜類は輸出が伸びてはいるものの金額的にはそれほど多くない。
したがって今後は、食味の点で福岡の「あまおう」よりも評価の高いいちごの「ひのしずく」や、香港などで需要が伸びているかんしょやメロンといった県産農産物の輸出拡大に取り組みたい意向である。
しかしながら、海外市場で評価の高い「ひのしずく」は農家の単収が低いことなど克服すべき課題も少なくない。輸出促進協議会では、輸出上の課題として次のような点を挙げている。
①産地(生産者・JA)の協力体制と輸出によって新たに発生するコストをどのように吸収するか、②信頼関係に基づいた国内外のバイヤーや輸出入業者をいかにして選定するか、③最近海外市場で激化している産地間競争にどのように対応するか、④小ロット輸出に伴う輸送コスト削減にどう取り組むか-などである。
熊本県が、先進的に輸出に取り組んでいる他産地に伍していくためには、輸出促進協議会の強いリーダーシップと会員間の相互理解と輸出事業に取り組む強い決意が必要であり、輸出促進協議会では組織の体制を一新して輸出事業に本腰を入れて取り組む意向である。
◆5.JAたまなのいちごの輸出の取り組みについて
熊本県の北西部に位置し福岡県に隣接したJAたまなは、2市と4町にまたがる広域農協であり、管内人口はおよそ17万9千人、農作物は平野部では水稲のほか、トマト、いちごなどの施設園芸が盛んであり、中山間部ではみかん、なしなどの果樹、野菜、畜産を組み合わせた複合経営がおこなわれている。
JAたまなの組合員数は現在12,000人、取扱高は160億円、内訳は園芸作物100億円、果樹30億円、米などの農産物20億円、畜産物10億円となっている。管内農産物の中で最も生産額の多い園芸作物の中でも360名の組合員が生産に取り組んでいるのがいちごであり、37億円の売り上げがある。さらに170名で30億円を売り上げるトマトは重要な基幹作物であり、次いで25億円を出荷するミニトマトなどがある。
JAたまなの輸出事業は、JA熊本中央会が中心になって推進している輸出促進協議会よりも1年早い平成16年にスタートした。
当初の輸出の目的はみかんの需給調整にあり、生産過剰でだぶついたみかんを処理するためであった。輸出初年度は中国広東省の広州市に向けて出荷したが、現地の事情を十分把握できていなかったことや準備不足もあって失敗した。
次いで平成16年に台湾の取引業者と提携して、10トンを輸出した。
その後、福岡に本社を置く貿易業者と取引契約を結び、この業者に委託して香港向けにいちごを輸出するようになった。
現在までのところ輸出は好調で、当初は「とよのか」を輸出してきたが、その後、熊本県の品種である「ひのしずく」が現地の消費者に好評であることから、昨年度は12月から4月の頭にかけて週2回定期的に合計12トンを輸出した。
台湾では、みかんを台北市内の日系百貨店などの店舗で販売している。
一方、香港向けのいちごは、香港市内の日系量販店のほか、1月から4月上旬にかけては、香港に進出している日系企業が、スイーツなどに使用する業務用としても輸出されており、価格もキログラム当たり1,500円と国内価格のキログラム当たり1,000円よりも高値で取引されている。商品は、福岡空港から台北(桃園国際空港)経由で香港まで空輸されており、輸送には着陸時の衝撃を防ぐための緩衝材として梱包用の紙パックにウレタンとマットを使用するため、包装資材が1パック当たり10円程度、国内出荷向けより割高になっている。
さらに3月から4月にかけては、タイのバンコクにもいちごが1トン程度輸出されている。
熊本からの直接取引に加えて福岡の青果卸売市場を通じて輸出されているいちごもあるようである。輸出量は香港、タイとも倍増しており、さらに増加する見込みである。
輸出用いちごの生産農家は当初20戸だったが40戸になり、そして60戸へと輸出量の拡大に伴って増加傾向にある。1戸当たりのいちごの平均栽培面積は20アール、経営は米(裏作に麦)といちごの複合経営が多く、中規模農家で年間の粗収入が450万円程度、比較的規模の大きな農家では600万円程度の収入を得ているが、経費を差し引いた手取金額は粗収入の概ね6割程度が一般的である。
海外市場で需要が伸張しているいちごについては、香港、台湾、さらには東南アジア各地に居住している華僑・華人の正月にあたる春節や、現地に進出している日系量販店などで開催される日本フェアでの販売を最優先に輸出がおこなわれており、とくに春節の時期には販売価格も通常の2倍から2.5倍の高値で取引されるという。
取引は年間契約によって実施されているが、取引価格は月毎に交渉して決定しているという。現状では、タイへのいちごの輸出量を最大3トンと想定しており、今後は香港を主たる輸出市場と位置づけ販売量の拡大を目指したい考えである。
台湾への輸出については、植物検疫という時間的ハードルがあるため、香港に比べて輸出しにくい環境にある。一方、玉名市内の別のJAで生産しているアールスメロンをタイに輸出する取り組みも始まっている。
主力商品であるいちごについては、果肉の色具合がよく、糖度の高い「ひのしずく」が現地市場で評判がよく売れ行きも好調であるが、福岡産の「あまおう」に比べて果肉が柔らかく日持ちの面で劣るという欠点がある。
さらに「佐賀ほのか」や「あまおう」などに比べて収量と高品質を維持するには十分な栽培管理が必要となり、一農家当たりの栽培面積は20アールが限度だという。いちごの輸出に関しては、輸出向けが高値で取引されることから生産農家も意欲的であるが、農家間の単収のバラツキが大きく、単収が低い農家にとって「ひのしずく」に取り組むことがためらわれる側面もある。
輸出上の物流等に関して、劣化しやすいいちごの輸出を増やすには福岡空港から香港行きの直行便が欲しいという。いちごの鮮度保持を考慮すると、距離的、時間的にタイのバンコクあたりが限界ではないかと見ている。米国、ロシアへの輸出も検討したが長距離輸送に必要な包装資材のコストが高く採算ベースに乗りにくいという。現在、距離的に比較的近いインドネシアへのテスト輸出を実施する計画である。
◆6.有限会社松本農園の事例分析
上益城郡益城町で大規模畑作農業を展開している有限会社松本農園(平成3年設立、資本金800万円、従業員20名。以下「松本農園」)は、独自のトレーサビリティシステムを開発し、露地栽培によって50ヘクタールの農地に、だいこん、にんじん、ごぼう、さといもなどの根菜類を中心に、たまねぎ、ねぎ、そらまめ、オクラなどの野菜や米を生産している県内で最大の農業生産法人である。松本農園では野菜生産のほか、自社農場で生産しただいこんを切干大根に加工するなど農産加工事業や農産品の輸出事業にも取り組んでいる。
松本農園の生産システムの特徴は、工業製品の生産工程管理の考え方とその手法を農業経営に導入している点にある。松本農園が開発した独自の生産管理システムとは、いつ、だれが、どのほ場で、どの作物に対し、どのような作業を実施したかをシステムに入力し、当日の気象条件を含むすべてのデータを集約し、100以上に及ぶほ場の生産管理を実施していることである。
このシステムを利用することによって、ほ場ごとに労働力や肥料、農薬、農機具などの生産資材の投入コストや作業時間などを瞬時に把握することができ、農作業の効率化や問題発生時の原因究明が可能となった。この種の生産管理システムにつきものの煩雑な記録用紙への記入も30秒から1分足らず、記録のシステムへの入力作業も2分程度で済んでいる。さらに従来のトレーサビリティシステムの目的が生産履歴の訴追にあるのに対して、松本農園の新システムでは生産履歴に加えて経営管理にも利用可能なシステムを開発した点が大きく異なっている。
このシステムは言語変換によって外国での応用も可能であり、食品・農業分野に限らずあらゆる流通商品にも利用可能だという。現在、放牧牛の月齢確認システム開発や医薬品安全使用への応用が進められている。
さらに松本農園では、食品安全確保にかかわる取り組みとして国内、国外の2つの認証資格を取得している。そのひとつは、平成18年にJAS規格の「生産情報公表農産物」の認定を取得したことである。この生産情報公表JASでは、JAS規格基準に基づいて品名、産地の他に農産物、食品の生産情報を開示する仕組みになっており、量販店などの流通業者にとっても生産情報管理が不要になるなど流通の効率化やリスク軽減にも役立っている(図1)。
ふたつめは、平成19年5月に国際適正農業規範、いわゆるグローバルギャップ(GLOBAL G.A.P)の認定を取得したことである。松本農園では40ヘクタール、7生産品目を登録している。
加えて農産物の国際的な品質マネージメントシステムの認証制度のひとつである「SQF1000」、「SQF2000」の認定を国内で初めて平成20年11月に同時に取得している。さらに平成21年度を目途にCO2の排出量抑制に向けたモリタニングとシステム開発にも取り組んでいる。以上のように、松本農園では、世界的な潮流になっている食品の安全管理技術の開発や導入、地球環境問題への対応にいち早く着手し、着々とその成果をあげつつある。
そうした松本農園の新たな取り組みのひとつに農産物輸出事業がある。松本農園の生産情報公表JASやGLOBAL G.A.Pは、輸出品の国際標準化やポジテイブリスト制度に準拠したものであり、農産物輸出事業を進めるうえでも極めて有利であるといえる。
松本農園では輸出事業を経営の中で①宣伝効果、②組織内のモチベーションの向上、③将来の合弁事業などによる技術輸出(農業サービスの提供)の実現-と位置づけている。
さらに、輸出事業を通じて得た海外の情報や知識を国内事業にフィードバックできるという副次的な効果も期待できるという。輸出の具体的内容としては、平成18年に香港向けににんじんとたまねぎの輸出を開始した。
このほかに日本商社に委託してヨーロッパでは馴染みの薄い切干大根を20~30キログラム程度英国に輸出している。この輸出が行われることになったきっかけは、熊本市と崇城大学が連携して構成した国際ミッションで、フランスにおいて開催されたある自然食品の展示会の自然食品の熊本市ブースで熊本産のしょうゆや石けんなどを展示した時に、松本農園の切干大根を展示したことにある。トレーサビリテイの勉強が目的で切干大根は付け足しのつもりだったものが、なぜか切干大根だけが商談が成立し、今でも輸出が継続している。海外市場にはどんなニーズが潜んでいるか分からないという例である。
輸出の主力商品であるにんじん、たまねぎは香港の高級食料品スーパーの日本法人を通じて輸出され、香港の4店舗で販売されている。同スーパーとの取り引きが成立したのには、スーパー側が求めていた規格条件と松本農園の生産情報公表JASで生産されている農産物の規格条件が合致していたことによる。
同スーパーでは米国産のいちごの販売も好調である。日本産いちごに比べて食味が劣る米国産いちごが売れる理由のひとつは、売り場面積を広く確保し、個々の商品の露出度を大きくしているためだという。香港では共働きが多く、平日は主にフィリピンから働きに来ているお手伝いさんが買い物に来るケースが多いことから、彼女たちの購買行動が商品の売れ行きを左右することも少なくないようである。ドバイでも同じような傾向が見られるという。また、松本農園は、平成19年から香港で「にんじんジュース」の試飲販売を始めるなど新たな取り組みも始まっている。
近年、中国、韓国、台湾、タイなどアジア諸国で生産される低価格の農産物の品質が向上し、値段の高い日本産農産物が価格競争で窮地に立たされるケースも増えていることから、海外市場で販売を伸ばすには生産履歴、生産情報の公表に加えて栄養価に富んだ健康的な食品の生産が不可欠になっているという。
経営者の松本氏は海外に行くと気持ちが高揚して、現地の市場を過大に評価したり、誤った判断をする場合があるので、輸出事業に関しても冷静な観察や分析が欠かせないというアドバイスを行っている。
松本農園は「くまもと農林水産物等輸出促進研究会」の主要メンバーであり、香港、英国の他に、米国(ロスアンゼルス)、タイ(バンコク)で開催されたフェアや輸出商談会にも度々出展し、市場の開拓にあたっている。
◆7.熊本県における農産物輸出の課題と展望
以上、熊本県における野菜を中心とした農産物輸出の現状と課題、今後の展望について輸出促進協議会、JAたまな、松本農園の3者の取り組みの概略を紹介してきたが、熊本県内の3つの輸出組織の取り組みには団体や組織の性格によってかなりの違いがあることが判明した。
輸出促進協議会はいわば輸出の実施主体というよりも県内のJAの輸出事業を束ねる立場にあり、個々のJAが輸出事業を円滑に推進できる環境を醸成することがその最大の役割であるといってよい。
一方、輸出事業の実施主体であるJAたまなは既に輸出事業において一定の実績を有し、そこでの輸出事業は着実に成果をあげている。これまでの経験を活かしてもう一段上の輸出を目指して飛躍することを期待したい。
松本農園の取り組みは、従来のブランド品、高級品の輸出でなければ海外市場を確保できないというこれまでの農産物輸出のあり方に対して、生産履歴、生産情報が確かなものであれば通常の農産物、廉価品であっても一定の消費需要と市場が存在し、ビジネスとしての輸出事業が十分成立する可能性のあることを示唆したものである。
そういう意味で、今回の調査で明らかとなった個々の団体や組織が果たしている役割や取り組みはこれから輸出に取り組もうとしている産地あるいは既に輸出事業を実施しその過程でさまざまな困難や課題に直面している産地にとっても有益なものになるはずである。
輸出促進協議会、JAたまな、松本農園の輸出事業のさらなる発展に期待したい。
注)本報告は、熊本県農畜産物輸出協議会、JAたまな、有限会社松本農園で入手した輸出関連資料と関係者からのヒアリング調査結果に基づいて作成されたものである。現地調査にご協力いただいた熊本県農林水産部、熊本県農畜産物輸出促進協議会(JA熊本県中央会)、JAたまな、有限会社松本農園の関係各位に御礼申し上げたい。