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調査・報告(野菜情報 2015年5月号)


川上村野菜販売戦略協議会による
高原野菜輸出の取り組み

弘前大学農学生命科学部
准教授 石塚 哉史


【要約】

 わが国における高原野菜の有力な主産地である長野県南佐久郡川上村(以下、「川上村」という。)は、地元自治体、農協などが中心となって構成している「川上村野菜販売戦略協議会」(以下、「協議会」という。)が高原野菜の輸出に取り組んでいる。
 近年の円高と東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所事故(以下、「震災など」という。)など厳しい販売局面を乗り越えて、恒常的な輸出を実現している川上村の取り組みは、野菜輸出を検討する産地の参考となる事象が存在していると思われる。

1 はじめに

 わが国では少子高齢化に伴う国内市場の縮小化が危惧されており、製造業やサービス業を問わず、アジア諸国をはじめとする新規市場への販売増加に取り組む事例が増加している。こうした事象は、農林水産物、食品分野においても例外ではなく、平成19年に政府が「わが国農林水産物・食品の総合的な輸出戦略」を取りまとめたことを契機に、行政、農業団体、食品企業などによる多種多様な取り組みが活発に行われ、現在に至っている。

 さらに最近では、農林水産省による「農林水産物・食品の国別・品目別輸出戦略(25年)」(いわゆる「FBI戦略」。新興市場を中心とした重点国、地域、重点品目を設定し、さらなる支援強化を決定)、産業競争力会議による「日本再興戦略の改定案(26年)」(32年に輸出額1兆円を達成した先の目標として、42年に同5兆円を実現する目標を提示)なども公表されている。

 上述の取り組みは、円高、震災などの影響を受け、23年および24年の2年間は停滞傾向を示していた。しかし、25年には5505億円と、統計を取りまとめて以降の最高値を示す段階に達している。とりわけ注目すべき点は、農林水産物および食品の輸出額が全品目で前年よりも増加していることである。前年からの伸び率を品目別に見ると、「農林水産物全体」22.4%、「野菜、果実」48.0%、「畜産品」29.4%、「穀物など」14.3%、「林産物」28.7%、「水産物」30.5%、「加工食品」15.4%であり、野菜、果実の伸びが著しく、今後さらなる伸長が期待されているところである。こうした中、最近の輸出産地をめぐる新たなトピックとして、輸出事業の中心となる輸出推進協議会が道府県単位から市町村単位に細分化し、地域の特性に則した対応を行っていることが挙げられる。

 以上の点を踏まえ、本稿では、わが国における高原野菜の代表的な主産地である川上村において、地元自治体、農協などが中心となって構成している協議会が取り組む輸出事業の今日的展開を明らかにする。

 なお、川上村および協議会によるレタス輸出に関連する資料(注1)は、すでに一定程度蓄積されているが、それらの検討時期はおおむね協議会が設立された前後に作成されたものであり、輸出事業が萌芽的な段階における分析が主であったと判断できる。

 従って、円高、震災などの厳しい局面を超えて、恒常的な輸出を実現していることについてはあまり触れられておらず、どのような取り組みを経たことにより輸出を継続させているのかという点に関しては、未だに不明瞭な点が多いといわれている。しかしながら、こうした事象こそ、今後の野菜輸出の展望を検討する上で必要な情報と判断できるために、本稿の調査対象地域に川上村を設定した。

 以下では、協議会の担当者(事務局)を対象に実施した訪問面接調査(注2)の結果に基づき、対台湾向けレタス輸出事業の展開過程およびその特徴を中心に検討し、前出の目的に接近していく。

注1:主要なものとして、下渡、栩木など。

注2:本稿の作成にあたり筆者は、平成26年10月に川上村役場産業建設課を対象に訪問面接調査を実施。

2 川上村におけるレタス生産の概要

 川上村は長野県の東南端(東経138度、北緯35度)、群馬県、埼玉県および山梨県との県境に位置しており、関東甲信越へのアクセスにも恵まれている。年間平均気温8.5度、年間降水量1023.5ミリと比較的冷涼な気候となっている。村内総面積は862平方キロメートルであり、標高は1300メートルである。

 村内の人口は4972人(男性:59.2%、女性:40.8%)、世帯数は1336世帯(1世帯当たり3.7人)である。そのうち農家数は566戸(専業農家:62.9%、第1種兼業農家:26.9%、第2種兼業農家:10.2%)である。総世帯の半数近く(42.3%)を農家が占めていることから、農業部門が盛んな地域といえる。さらに、基幹的農業従事者の年齢別構成のうち「65歳以上」は29.7%であり、全国および長野県と比較しても、高齢者の比率が著しく少ない特徴を有した地域である(表1)。

 次に農業生産面を見ると、経営耕地面積は1781ヘクタールで、畑地が95%以上(1723ヘクタール)を占め、野菜を中心とした30種類程度(注3)の品目の栽培に適した条件で、全国有数の園芸農業が盛んな地域である。主力品目はレタス、グリーンリーフレタス、はくさいである。これらの品目は、全村が高所(標高1100~1500メートル)に立地しているため、冷涼な気候および昼夜の寒暖差を生かして生産を拡大させている。とりわけ、レタスに関しては年間出荷量が7万2856トンと国内最大の出荷量を誇る産地となっている。このため、レタスは地域の基幹作物となっており、農業販売総額(177億3157万円)の54.6%(96億8228万円)と過半を占めるに至っている(販売金額のみ平成25年の数値、それ以外は22年の数値)。

 なお、川上村における野菜生産の沿革については表2の通りである。また、川上村によるレタス生産の特徴として、「安全・安心」「品質保持」「清浄野菜」「ブランド化」という4つのキーワードが挙げられる。

 はじめに安全・安心への取り組みであるが、これは、①栽培防除日誌の管理、②外部検査機関による残留農薬検査、③土壌診断の実施が挙げられる。①は、各生産者が野菜の生産工程を防除日誌として記録し、基準に基づいた栽培をしていることの確認が容易にできる体制を構築している。②は、ポジティブリスト制度の施行後に、基準違反の発生を未然に防ぐために外部検査機関に依頼するようになり、9年からは定期的に残留農薬検査を行っている。③は、今まで以上に食の安全と消費者の信頼の確保ができる野菜供給と、生産コスト削減のために、土壌成分検査を実施し、土壌中の肥料分残量を勘案した施肥量の低減を行っている。

 次に品質保持の取り組みであるが、①予冷貯蔵施設の完備、②地理的条件を利用した高速輸送、が挙げられる。①は、冷涼な気候の中で収穫した野菜を真空予冷施設(バキュームクーラー)によって素早く冷却することにより、出荷時の保冷車に積載するまでの一連の工程を適切な温度で管理するコールドチェーンを確立することで、品質管理を徹底している。②は、早朝収穫した野菜をその日のうちに新鮮な状態で流通させるため、高速輸送を推進している。これは、川上村が中央自動車道および上信越自動車道のインターチェンジ(長坂、佐久)付近に立地しているため、東京都内や大阪府内へ陸路で3時間から5時間でアクセス可能という利点を享受していることが大きい。

 さらに、清浄野菜への取り組みは、①農業用廃プラスチック処理推進協議会の設立、②試験ほ場の設置が挙げられる。①は、7年以降、農業用廃プラスチックの野焼きを禁止し、再利用など適正処理を目指すために設立された。現在は、プラスチック原料や代替原料としての再利用を行っている。②は、村内2カ所に試験ほ場を設置し、県内外の関係機関と連携することで病虫害などへの対策を講じるとともに、新品種の改良、導入などに取り組んでいる。

 最後に、川上村における高原野菜の安全性と品質の高さをアピールするブランド化への取り組みであるが、①新たなレタス品種の開発、②国内向け宣伝活動が挙げられる。①は、川上村が独自にリバーグリーン、サワーアップといった半結球型で緑色が濃く、シャキッとした歯ごたえと食味の良さを特徴とするレタス品種の開発実績を有している点である。②は、国内百貨店や量販店の物産展への出展、スポーツイベントの来場者を対象とした無償提供の実施が挙げられる。これらの催事で、川上村の高原野菜の安全性および品質の良さをPRすることでブランド構築を行い、新たなマーケットへの参入を図っていた。具体的なスポーツイベントとしては、プロ野球公式戦やサッカーJリーグの試合が挙げられる。これらの会場において、17年から毎年500名に、レタスの無償提供を行っていた。

注3:レタス、サニーレタス、シルクレタス、フリルレタス、ロメインレタス、グリーンリーフレタス、はくさい、ミニはくさい、グリーンボール、キャベツ、レッドキャベツ、チンゲンサイ、ブロッコリー、カリフラワー、サラダみずな、みぶな、ズッキーニ、ねぎ、パセリ、セルリー、ミニセルリー、トレビス、ごぼう、さやえんどう、ほうれんそう、いちご、スイートコーンなど。

3 川上村野菜販売戦略協議会における高原野菜輸出の展開

~対台湾向けレタス輸出の事例を中心に~

(1)協議会および輸出事業の目的

 協議会は、平成20年に、川上村と生産者が一体的に輸出を推進することを目的に設立された組織である。協議会は、村内に立地する3農協(長野八ヶ岳農協川上支所、川上そ菜販売農協、川上物産農協)および川上村役場によって構成されている(図1)。協議会の主要な業務は、①輸出計画の立案(前年度実績に基づき数値設定)、②関係書類の作成および輸出に係る支援(JETROなどの支援および協力を得た市場調査、夏場の輸送調査など)、③販売促進活動であり、輸出者である3農協の支援を行うことである。

 協議会による輸出事業の目的は、①「日本国内の消費者が減少することに伴う国内市場の停滞への打開策の提案」、②「川上村産レタスのブランド化の実現」、③「新たな市場への販路拡大を志向することによる生産者のモチベーションの向上」の3点に置かれていた。とりわけ、①は、国内での生産過剰時または価格低迷時という不測の事態において、他の販路の確保による生産者への影響緩和を目指したものであった。②は、輸出事業が県内外のマスコミへ取り上げられることにより、国内需要の喚起などの波及効果を期待するものであった。

(2)台湾への輸出行程

 協議会による台湾輸出は、収穫から店頭に並ぶまでに7日から10日程度の日数が必要となっている。一般的な台湾への野菜の輸送工程について見ていこう。まず、早朝から収穫し、集荷場で予冷処理を行う(1日目)。その翌日(2日目)から検疫検査が開始され、4日目に検疫検査を終了し合格した荷のみ通関申請し、通関許可後に出航となる(5日目)。その後、3日程度の海輸を経て台湾へ到着し、検疫検査を経て現地の店頭へ並ぶ(図2)。

 検疫については、輸出事業開始当初は、一定程度の虫の付着では問題視されない日本国内の流通慣行で進めたところ、現地(台湾)では検疫で違反となって販売が行えないロスが発生し問題となった(台湾で違反した場合、くん蒸処理が施されるため販売可能な品質が確保できず、廃棄処分となるケースが多い)。このため、平成19年以降、①収穫段階において国内向けレタスよりも外葉を多くむき、その後で農協職員が虫の付着を確認する輸出用出荷体制の確立、②産地でのコンテナ積載を通じたコールドチェーン化による輸送コストの削減(当初は積み出し港である横浜で検疫を実施していたが、現在は名古屋港から検疫官を招へいして産地で検疫検査を実施し、合格したもののみを出荷する形式に変更)を行った。

 以上の取り組みの結果、現在は毎週1200ケース(1ケース当たり約10キログラム、40フィートコンテナ満載分に相当)の台湾向けレタス輸出を安定的に行えるようになっている。

(3)プロモーション活動

 表3は、協議会による台湾および香港でのプロモーション活動の推移を整理したものである。この表から、輸出を開始した18年以降毎年、高原野菜の新規販路開拓を目的に台湾で川上村物産展を開催し、輸出相手地域において消費者に向けた積極的な高原野菜のPR活動を行っている。これらの催事は、川上村の様子やレタスの効能、調理方法に係るパネル展示や実演、無料提供の抽選会などで構成されている。また、協議会を設立した20年以降は香港を加えた2地域で行っている。会場は百貨店および量販店が中心であるが、日本国内と現地との内外価格差に基づいて中間層以上を購買層とする店舗を選択していた。地域別に見ると、輸出期間や数量の影響から台湾での店舗数が多く、年平均5.7店舗で開催している。開催店舗の系列については、台湾が、日系資本、台湾系資本を問わず開催していたのに対し、香港は、一貫して日系量販店のみで開催していた。

(4)輸出先別および品目別輸出の推移

 表4は、輸出先別および品目別に見た協議会による高原野菜輸出の推移を示したものである。協議会による高原野菜の輸出は、18年の台湾向けレタス輸出から始まり、現在(25年)まで8年間継続している。現時点の輸出先は、台湾、香港、シンガポールおよびロシアの4つの国および地域である。

 このうちレタスを見ると、台湾および香港は20年以降、毎年輸出実績を有している。数量的には、24年を除いて台湾が最大となっている年が多く、4010ケースから1万1140ケースの範囲で輸出している。次いで香港も、20年以降毎年輸出実績が確認できるものの、数量は2140ケースから6231ケースと台湾との格差は大きい。22年にはシンガポールおよびロシアへの輸出実績が確認できるものの、試験段階という位置付けであったため、現時点まで単年のみの取り組みとなっていた。

 主要な輸出品目は、レタス、はくさい、グリーンボールの3品目であった。国および地域別の需要を見ると、台湾はレタス、香港ははくさいと異なっていた。以上を整理すると、22年は円高などの為替変動、23年は震災などという明確な要因が影響していると理解できるが、それ以外の年を見ても数量の年較差が著しく、いまだに安定した輸出が実現できていないことが示されている。

5 おわりに

~残された課題と今後の展望~

 本稿では、協議会が取り組んでいる高原野菜、とりわけ対台湾向けレタス輸出の取り組みに焦点をあてて、輸出事業の展開過程とその特徴について検討してきた。最後にまとめとして、前節までに明らかとなった点を整理するとともに、残された課題と今後の展望を示す。

 第1に、協議会は、日本国内の消費者の減少に伴う国内市場の停滞への打開策の提案、川上村産レタスのブランド化の実現、新たな市場への販路拡大の志向による生産者のモチベーションの向上の3点を目的に高原野菜の輸出事業を推進していた。

 第2に、現地での検疫問題へ対応するため、輸出用出荷体制の確立および輸送コスト削減を目指したコールドチェーン化という斬新な取り組みを推進していた。

 第3に、協議会は、輸出開始以降、毎年海外での高原野菜の新規販路開拓を目的として川上村物産展を開催し、輸出先市場において消費者に向けた積極的な高原野菜のPR活動を行っていた。

 第4に、主要な輸出品目は、レタス、はくさい、グリーンボールの3品目であり、国および地域別に見ると、台湾はレタス、香港ははくさいと需要が異なっていた。平成22年は円高などの為替変動、23年は震災などという明確な要因が影響していると理解できるものの、それ以外の年を見ても数量の年較差が著しく、未だ安定した輸出が実現できていないことが示されていた。

 以上のように、円高、震災などという厳しい状況下にあっても協議会はレタス輸出を継続していたが、残された課題も幾つか存在している。

 第1に、品質面の問題である。台湾への輸出は国内の消費地と比較すると遠隔地にあり、収穫から現地の店頭に並ぶまでに7日から10日程度の日数を要するため、品質低下が起きやすい。特に梅雨時期などにおける水分を多く含んだレタスは、着荷状態が著しく悪くなってしまう事態に陥りやすい。

 第2に、価格面の問題であるが、台湾市場で競合する米国産レタスと比較すると、価格が高く、需要が伸び悩んでいる(注4)。それに加えて、川上村の生産者も、国内の市場価格と比べて台湾輸出向けの出荷価格が高く、有利販売が行えるというわけではないので、メリットが見いだしにくい。過去に、国内市場においてレタスの市況が好調である場合は、対台湾輸出仕向け量が不足する事態に陥ったこともあり、安定した供給体制が構築されているとは言い難い状態と指摘できよう。

 今後のレタス輸出の拡大を目指す上で取り組むべきものとして、次の2点を指摘することできる。第1は、協議会の構成員が中心となった、雨天時の収穫の回避についての生産者指導とともに、長期輸送に耐えうる品種の開発や輸送方法の確立である。輸出向けレタスは、内外価格差に基づいて考えると、コストがかさんでいることなどから、現地産との価格差が大きく、ロスを発生させることは極めてデメリットが大きい事象といえよう。

 第2は、最大輸出相手先である台湾のみでなく、第2位の香港を含めた主要輸出相手国および地域において効果的なPRを図るとともに、販売先などとの活発な情報交換により現地のニーズの把握に努め、さらなる輸出量の拡大を実現させる必要があることである。特に現時点では、高級品志向の中間層以上の消費者に販路が限定されているため、今後は外食店などの業務用需要への対応が望まれる。関連する事業者のニーズの把握を早急に進めなければならない段階にあると考えられる。

注4:川上村野菜販売戦略協議会による台湾での市場調査(平成20年、22年に実施)によると、日本産レタス1玉55~69元に対して、米国産は45~49元であり、価格差は約10~20元。


参考文献

(1)石塚哉史・神代英昭『わが国における農産物輸出戦略の現段階と展望』筑波書房、2013年。

(2)川上村『川上村農政要覧2013』2013年。

(3)下渡敏治「長野県川上村におけるレタス輸出への取り組みとその課題」『野菜情報』vol. 47、2008年、14~23頁。

(4)栩木誠「長野県川上村レタス輸出、行政指導方式の可能性と課題」『農業市場研究』第21巻第4号、2013年、38~44頁。



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