弘前大学農学生命科学部 国際園芸農学科
准教授 石塚 哉史
【要約】
本稿の目的は、ロシア向け野菜輸出に取り組んでいる湧別町農業協同組合に焦点をあて、販路創出および確保の現段階と課題について検討していくことである。具体的には、日本国内において数少ない取り組みである多品目輸出の展開とその特徴について検討した。湧別町農業協同組合はロシア系商社であるアンコルスナブ有限会社と直接契約を締結して独自の供給ルートを構築したことにより、現地市場の情報やニーズを把握し、たまねぎを中心に十数品目にわたる野菜の輸出を実現している。
課題としては、①輸出相手国の政情によって安定的な輸出が妨げられるケースが存在している点、②主力品目であるたまねぎ以外の輸出量はいまだ緒に就いた段階で限定された数量である点、が指摘できる。
1 はじめに
周知の通り、政府による「我が国農林水産物・食品の総合的な輸出戦略」(平成19年)において、輸出額の目標となる規模を1兆円と掲げたことが契機となり、国内に輸出推進の気運が高まった。その後、円高や世界的な景気の後退(20年)、東日本大震災・福島第一原子力発電所事故(23年)の影響を受け、輸出戦略は、政府により幾度かの再検討・改訂を繰り返しているものの、近年の農林水産物・食品輸出額は増加傾向が確認されており、一定程度の効果があったものと認識されている。
さらに、「和食」のユネスコ無形文化遺産への登録(25年)を追い風として、グローバル・フードバリューチェーン戦略(26年)、農林水産業の輸出力強化戦略(28年)を公表している。これらの戦略は、輸出強化を図るために政府が側面から多様な支援策を打ち出すことにより、輸出額の目標(32年:輸出額1兆円、42年:5兆円)を達成するための対応方向を提示している。
表1は農林水産省「農林水産物・食品の輸出実績」から最近のわが国における農林水産物・食品輸出額の推移を示したものである。
この表をみると、28年の輸出額は7503億円であり、25年、26年、27年と同様に4年連続で増加している。前節で述べたようにリーマンショック以降の円高、震災・原発事故以降の輸出停止措置や風評被害の影響を受けて4000億円台で停滞していた状態から回復したのみでなく、(農林水産省が)輸出統計を取りまとめて以降の最高値を継続して計上する段階にまで進展している。しかしながら、その伸び率をみると25年から27年までの3カ年は前年比122.4%、111.1%、121.8%という10ポイント以上の著しい増加が確認できたが、28年は100.7%と微増であり、輸出額1兆円という目標を達成する上では今後のさらなる拡大が期待されるものの、今後の展開について若干検討を要する点が示されていることが読み取れる。
次に品目の特徴をみると、水産物および(農産物)加工食品が有力であり、両品目のみで66~67%の範囲で推移しており、毎年全体の過半数を占めている。なお、農産物に関しては、加工食品の比率が最も高く、全体の26~31%、農産物では46~51%のシェアを保持していた。さらに加工食品の輸出特性を明確にするため、震災・原発事故後の輸出動向についてみていくと、発生直後(23年)の輸出額の前年比は全体(前年比91.7%)、品目ごとを問わず林産物を除く全品目が前年よりも減少しているものの、その減少幅は畜産品78.2%、穀物等89.0%、野菜・果物89.6%、水産物89.0%と軒並み10%以上の大幅な減額を示している中で、加工食品のみが94.6%と減少幅が一桁のポイントに唯一とどまっており、他品目よりも需要確保が進展していた。
また、28年の数字を21年と比較してみると、農林水産物の全品目が輸出額を増加させているが、その中でも、とりわけ野菜・果物は農林水産物全体の増加率(168.5%)を上回り、ほぼ1.4倍の伸び(229.9%)を示すまで急増している。また、この数値を他の品目と比較すると、加工食品192.3%、畜産品145.3%、穀物等193.8%、林産物288.2%、水産物153.1%であり、林産物とともにその著しさが読み取れる。
こうした中、野菜輸出増加の背景にあるトピックとして、野菜輸出の多様化、広域化の進展などの事象が一定程度貢献していることも見逃せないといえよう。今後、継続した野菜の輸出拡大を図るには、前述のような産地の取り組みを整理し、共通した傾向を把握することが重要なポイントではないかと想定される。
以上のような動向を踏まえて、野菜輸出に取り組む産地の状況について検討する資料が蓄積されつつある。しかしながら、その内容について整理すると、事業主体では地域の各種団体による協議会(注1)および全農県本部・経済連や単位農協などの系統農協による輸出の取り組み(注2)、品目では、ながいも、かんしょ、キャベツ、レタス、セルリーなど(注3)の単一品目での取り組みを対象としたものに集中しており、他の取組事例に関しては言及されておらず、いまだ不明瞭な点が多く存在した状態のままであり、その動向を把握できている段階とは言いがたい。
そこで、本稿の目的は、複数品目の野菜輸出に取り組む産地(野菜輸出のニュー・ウェーブとなる産地)に焦点をあて、販路創出および確保の現段階と課題について検討していくことにおかれる。具体的には、湧別町農業協同組合(以下「JAゆうべつ町」という)によるロシア輸出を事例に検討していく。
なお、本稿の事例としてJAゆうべつ町を選定した理由は、実施期間は短期間ではあるものの、日本国内において複数品目の野菜輸出に継続して取り組んでいる産地が稀少なためである。また、残念ながらこの事例は、外的政情要因により27年4月以降は輸出が困難な状況にある。しかし、稀有な事例であり、参考になる点もあることから、ここで紹介することとする。
注1:参考文献(2)、(5)、(6)を参照。
注2:参考文献(3)、(12)を参照。
注3:参考文献(1)、(4)、(7)、(8)、(9)、(10)、(11)を参照。
2 JAゆうべつ町による多品目野菜輸出の実態
(1)調査対象の概要
湧別町は、オホーツク海沿岸の中央部に位置し、紋別郡に属する地域である(図1)。冷涼で、なおかつ降水量の少ない気候条件が特徴であり、農林水産業の盛んな地域である。JAゆうべつ町は、平成14年2月に湧別町農業協同組合、芭露農業協同組合、湧別町畜産農業協同組合という湧別町内に立地する3つの農業協同組合が合併して発足した。組合員は、835人であり、その内訳は正組合員162人(19.4%)、准組合員673人(80.6%)である。管内には、本支所と芭露支所が設置されている。職員数は、正職員48人およびその他11人である(数値は平成28年1月31日時点)。
(2)輸出の契機
JAゆうべつ町によると、輸出の契機は、平成24年12月の新聞掲載記事(注4)において、現在の輸出事業の契約先であるアンコルスナブ有限会社(注5)(以下「アンコル社」という)が、サハリン州(注6)において北海道産野菜の販売展開を行うために、自社において流通・保管および通関業務に取り組む体制が整備された旨を確認したことにある。
輸出に取り組むことの目的として、TPPに代表されるグローバル化への対応、および中長期的な日本国内の少子高齢化による市場縮小を見据えた新規販路開拓が挙げられる。
その後、JAゆうべつ町サイドからアンコル社へ直接オファーを申し込み、平成25年9月に売買基本契約を両者(買主:アンコル社、売主:JAゆうべつ町)で締結することにより、現在に至っている。売買基本契約の内容は、①契約目的、②価格、③商品の品質、梱包、④納入期間、⑤商品の引き渡し、⑥支払条件、⑦仲裁、⑧不可抗力、⑨その他条件、⑩住所の10項目で構成されている。項目ごとの記載内容について特徴的な点をみていくと、「契約目的」は売主と買主の役割、「価格」はFOB価格(注7)の米ドル建てで行うこと、「商品の品質、梱包」は付録書への随時記載、買主から売主へのクレームの対応可能期間、「納入期間」は納入条件と期日、「商品の引き渡し」は植物検疫証明書、原産地証明書、インボイス、パッキングリストなどの書類の提出などの義務づけ、「支払条件」は指定口座および送金方法などが挙げられる。
アンコル社が北海道産野菜の取り扱いを開始した理由は、ロシア国内に流通している中国産野菜において、残留農薬問題などに代表される安全面での問題から、富裕層の消費者を中心に安全・安心な野菜へのニーズが高まりつつあることを踏まえ、距離的にも近い日本の中で農業生産が盛んであり、なおかつ現地とのアクセスの良い北海道にターゲットを設定したことにある。
輸出事業のメリットとして、他の野菜産地と同様に新規販路の開拓ということだけでなく、たまねぎに関してはロシアで需要のあるたまねぎが日本国内では規格外となりやすい小玉もの(ピンポン球程度の大きさ)であるため、新規需要の創出という面でも効果があるものと思われる。
注4:平成24年12月30日付け北海道新聞。
注5:アンコルスナブ有限会社は、2009年(平成21年)7月にロシア連邦ユジノサハリンスク市に設立された企業である。資本金は1億2900万円、従業員数は30名、主要業務は輸送業、保管業、通関業、保税輸送などである。
注6:サハリン州は、ロシア連邦を構成する州のひとつであり、サハリン島とクリル列島を管轄し、極東連邦管区に属する地域である。州都はユジノサハリンスク市であり、面積は8万7100平方キロメートル、人口は48万7293人であった(数値は2016年(平成28年))。
注7:Free on Board 価格の略。輸出業者が貨物を積み地の港で本船に積み込むまでの費用(国内輸送費、輸出検査費、輸出梱包費、輸出通関費、船積費など)とリスクを負担し、一方でそれ以降の費用とリスクは輸入業者が負担するという取引価格(条件)のことである。
(3)輸出事業の実態
表2は、JAゆうべつ町による野菜輸出実績を整理したものである。この表をみると、平成25年、26年の2年度において、15品目(たまねぎ、赤たまねぎ、にんじん、すいか、キャベツ、だいこん、はくさい、かぼちゃ、スイートコーン、ブロッコリー、メロン、かぶ、しょうが、かんしょ、長ねぎ)、3万70キログラムの輸出実績を有していることが確認できる。品目別にみていくと、たまねぎ(2万3500キログラム、78.15%)が最も多く、全体の3分の2以上の比率を占めており、輸出事業において重要な品目と理解できる。次いで、数量の多い順に、赤たまねぎ(2000キログラム、6.65%)、にんじん(1300キログラム、4.32%)、すいか(1000キログラム、3.33%)が1000キログラム以上の輸出実績を有しており、上位品目とはなっているものの、たまねぎとの取扱規模の格差は著しい。なお、それ以外の11品目(キャベツ、だいこん、はくさい、かぼちゃ、スイートコーン、ブロッコリー、メロン、かぶ、しょうが、かんしょ、長ねぎ)は500キログラム以下の輸出量であり、限定された取引であることが示されている。
なお、輸出に仕向けられる野菜の調達方法は品目によって異なっている。たまねぎに関しては、JAゆうべつ町を中心に周辺の産地農協(JAえんゆう)から集出荷されたもので対応している。赤たまねぎ、にんじん、すいかに関しては、JAゆうべつ町管内で集出荷されたもののみとなっている。それ以外の品目では、メロンはJAふらの、しょうがおよびかんしょに関しては、エーコープを通じて北海道外の農協から仕入れることによって対応していた。
輸出時期については、たまねぎはオーダーに応じて通年で取り組んでおり、他の品目は8月中旬から10月の夏期・秋期の2カ月程度が輸出事業のピークの時期となっている。それ以降の冬期においても、なるべくたまねぎ以外の品目を取り入れて複数品目の輸出を実現するようにしている。このことが上述の他の産地農協からの調達に取り組む要因となっている。オーダーに関しては、アンコル社などロシア側のニーズを踏まえて対応している。
輸出取引1回当たりの金額は40万~50万円程度であり、年間輸出額が200万~300万円の範囲の規模で推移していることを鑑みると、1年間に5~7回程度の取引であることが想定される。労力や事務に要する作業を鑑みると、さほど規模は大きなものでない。JAゆうべつ町からサハリンへの輸送ルートは、契約している運輸会社によるトラックでの陸送にて小樽港へ移送し、検疫を経てアンコル社がチャーターした船舶へコンテナで搬入している(図2)。検疫および搬入までがJAゆうべつ町が主管する作業である。小樽~サハリン間の輸送は、5~6時間程度で到着することが可能である。しかしながら、定期的な運航ではない不定期便であり、現時点ではJAゆうべつ町が取り扱う野菜のみで船舶のコンテナを満載にするほどの輸出量ではないため、他品目との混載による輸送が一般的であった。代金決済はドル建て前払い方式であるが、JAゆうべつ町が指定した銀行口座へのアンコル社からの入金を確認後に出荷するという方法を採用していた。
主な販路は、サハリン州内において富裕層を主要購買層としている量販店(6店舗)であった。販売方法は個数に応じた価格設定ではなく、日本と異なる重量(グラム当たりの価格)に応じた量り売りであった。なお、現地での小売価格(野菜の価格+輸出コスト(検疫、輸送料、貿易事務手数料など))は、日本国内と比較すると3倍程度と高額な価格設定となっている。
(4)輸出に影響する外的要因
輸出事業の課題として、輸出相手国・地域の情勢によって国内流通では予想しにくい外的要因の影響を受けることが挙げられる。具体的には政情が不安定な点であり、とりわけ、ロシアに関しては、クリミア・セヴァストポリの編入に伴う騒乱(2014年(平成26年))である。このことを受け、国際連合やウクライナ、そして日本を含む西側諸国の多くは、主権・領土の一体性やウクライナ憲法違反などを理由として、前述の編入を承認していないのが実情である。日本政府もG7加盟国(米国、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ)と連携し、追加制裁(注8)を行っており、ロシアとの貿易に積極的な取り組み姿勢をみせにくい状態におかれている。従って、平成27年4月以降においては、JAゆうべつ町によるロシア輸出は実質的に困難な状態となっている。
そのほかにも、輸出事業は長期間にわたる輸送および他品目との混載という日本国内とは異なる流通形態であるため、別途指定された包装資材を利用して対応している。この包装資材による梱包は、アンコル社による費用負担はあるものの、国内向けと比較すると作業時間が大幅に増加するために労力を要することが課題となっている。それに加えて、現地における野菜の主要産地は中国産、韓国産であるため、日本産と比較すると価格差が大きいため、富裕層以外への販路が拡がりにくいことが想定される。今後の輸出事業の展望として、ロシア以外の輸出相手国・地域との取引を開始する必要性が高いことが挙げられる。調査時点では、継続した経済成長が想定される新興国の一つであるベトナムへの参入を検討しているとのことであった。
注8:具体的には、ビザ発給簡素化に向けた協議、投資や宇宙、軍事活動などに関連した締結交渉の開始を凍結するといった制裁措置が挙げられる。
3 おわりに
本稿では、JAゆうべつ町が取り組んでいる野菜輸出、すなわちロシア向けの多品目野菜輸出の取り組みに焦点をあて、輸出事業の展開とその特徴について検討してきた。最後にまとめとして、前節までに明らかとなった点を整理するとともに、残された課題とその展望について示していく。
JAゆうべつ町は、ロシア系商社であるアンコル社と直接契約を締結することにより、独自の供給ルートの構築を実現させた。このルートを構築したことにより、現地市場の情報やニーズを把握し、たまねぎを中心に十数品目にわたる多品目の野菜輸出に取り組んでいた。多くの品目の野菜輸出を行うために、JAゆうべつ町管内以外にも近隣地域だけでなく、必要に応じて道外から調達することにより、輸出相手国の需要へ柔軟な対応をすることを可能とさせていた。
上述のように、ロシア市場における多品目の野菜輸出を短期間で実現させたJAゆうべつ町であるが、残された課題も存在している。
第1に、輸出相手国の政情によって安定的な輸出が妨げられるケースが存在している点である。このことは日本国内の産地農協では対処できることが皆無に近いため、事態を静観することしかできないのが実情である。第2に、複数輸出を実現しているものの、主力品目であるたまねぎ以外の輸出量は、いまだ緒に就いた段階で限定された数量である。従って、今後はたまねぎ以外にも数万キログラム単位の品目を見いだせるか否かが輸出拡大のポイントであると考えられよう。
以上のように、いくつかの不安定要素があるものの、輸出事業に取り組み始めてから、わずかな期間で多品目輸出を実現させたJAゆうべつ町の野菜輸出事業は、他の野菜産地にとって参考となる事象が存在しているものと容易に想定されるため、筆者も今後の動向に注目していきたい。
謝辞
本稿の作成にあたり、筆者は平成28年11月にJAゆうべつ町において訪問面接調査を実施した。ご多用であるにもかかわらず、ご協力いただいた野田直人参事をはじめ、関係役員・職員の皆様へこの場を借りて謝意を申し上げる。
参考文献
(1)石塚哉史「ながいも産地における輸出戦略の再編」『農業市場研究』第21巻第2号、2012年、49~54頁。
(2)石塚哉史「川上村野菜販売戦略協議会による高原野菜輸出の取り組み」『野菜情報』vol.134(5月号)、2015年、43~51頁。
(3)石塚哉史「産地農協によるセルリー輸出の今日的展開」『野菜情報』vol.143(2月号)、2016年b、48~55頁。
(4)佐藤敦信・石崎和之・大島一二「日本産農産物輸出の展開と課題」『農業市場研究』第15巻第1号、2006年、71~74頁。
(5)石塚哉史・神代英昭『わが国における農産物輸出戦略の現段階と課題』筑波書房、2013年。
(6)石塚哉史「農産物・食品輸出の現段階的特質と展望」『農業市場研究』第25巻第3号、2016年a、4~13頁。
(7)下渡敏治「ながいもの生産・輸出の現状と今後の輸出の展望と課題」『野菜情報』vol.27(6月号)、2006年、14~24頁。
(8)下渡敏治「長野県川上村におけるレタス輸出への取り組みとその課題」『野菜情報』vol.47(2月号)、2008年、14~23頁。
(9)下渡敏治「宮崎県におけるかんしょ輸出の取り組みとその課題」『野菜情報』vol.129(12月号)、2014年、34~41頁。
(10) 栩木誠「長野県川上村レタス輸出、行政指導方式の可能性と課題」『農業市場研究』第21巻第4号、2013年、38~44頁。
(11) 福田晋『農産物輸出拡大の可能性を探る』農林統計出版、2016年。
(12) 増田弥恵・大島一二「市場変動と農産物輸出戦略」『農業市場研究』第16巻第2号、2007年、85~89頁。