[本文へジャンプ]

文字サイズ
  • 標準
  • 大きく
お問い合わせ

情報コーナー


接ぎ木苗生産における閉鎖型苗生産システムの導入

日本農園芸資材研究会
事務局長 川口 和雄


(1) 育苗業と接ぎ木苗生産
 苗半作といわれるように、農業では苗の質によって、その後の生育や生産は大きく左右される。そのため、農家は良苗を作るため細心の注意と手間を注いでいるが、一方で、育苗管理に対する時間的精神的負担は大きい。農家は、品質と価格が妥当であれば、購入苗を用いるようになり、また、購入苗需要に応えるため、育苗専門の業種がここ十数年で発達してきた。農家は一度、購入苗を用いるとその利便性によって、再び自家育苗に戻ることは無いともいわれ、また、最近では自家育苗を行わずに最初から購入苗を用いる若手農家や農業法人も増えている。このような状況で、育苗を専門に行う育苗業は増大する需要に対応し、年々規模を拡大してきている。

 育苗業は、その業務形態により大きく4種類に分けられる(注)。
 まず、その多くが家族経営農業を母体とし、育苗の委託や注文に対応していく中で育苗を専門とするようになった育苗業者である。育苗業者の経営規模は主要品目の果菜接ぎ木苗で年間数十万~1千万本以上を生産出荷しており、規模が大きいほど広域の需要に周年で対応している。

 次に、JA系の育苗センターがあり、県組織や単協の中に設置され、主に地域の苗需要に対応した苗生産を行っている。生産品目は、接ぎ木苗を始め、果菜や葉菜の自根苗、花苗、花壇苗や水稲など多様であり、地域の限られた需要の中で施設稼働率を上げるよう工夫と努力がなされている。また、最近では、育苗センターのネットワークにより、近県の需要を補完するような生産委託も行われている。

 次に、育苗を専門に行うために設立された苗企業がある。企業数は少ないが、数百万本規模の出荷を行っている企業もある。
最後に、種苗会社があるが、この多くは自社の種子を苗として販売するため、苗を自社生産、もしくは育苗業者への委託生産をしているものである。

 これら育苗業での生産品目は多岐に渡っているが、その中でも専門的な生産技術が必要とされ、販売単価も高い果菜接ぎ木苗が主要品目といえる。ナス、トマト、キュウリ、スイカ、メロンの接ぎ木苗国内需要は、2001年には約5億8千万本で、そのうち購入苗として流通しているものは約2億4千万本といわれ、購入苗率は42%となっている(注)。接ぎ木苗生産では、播種、発芽のための施設、接ぎ木の台木、穂木の育苗のための施設(写真1)、接ぎ木室(写真2)、接ぎ木後の養生や順化のための施設(写真3)などが必要であるが、おのおのの生産プロセスで、高度で熟練の技術が必要とされている。



写真1 育苗専用施設の例



写真2 接ぎ木室と接ぎ木作業((株)山口園芸)



写真3 養生装置と接ぎ木後の苗。各段に蛍光灯1本を持ち、装置内は常に加湿されている。



写真4 ハウス育苗による台木穂木育成と養生装置による養生が行われた良好な苗質のトマト接ぎ木苗。接ぎ木クリップを用いた斜め合わせ接ぎによる。


(2) 育苗業での接ぎ木苗生産における課題
 育苗業は、基本的に受注生産を行っており、注文に応じた計画生産が必要である。注文内容は、品種、数量、納期、苗姿(セルトレイ数やポットの大きさ)などであり、それらを施設の利用計画や接ぎ木などの作業計画に落とし込んだ計画生産を行っている。一定の品質を維持しながらで納期通りの出荷を行うため、接ぎ木苗生産では以下のようなことに留意する必要がある。

 まず、予定出荷数量を賄うため、ある倍率をかけた種子数を播種するが、この倍率は、種子の発芽率、台木穂木の利用率、接ぎ木の成功率(養生後の活着率)、その他の安全係数などの総和である。特に、台木穂木の利用率や接ぎ木の成功率は、育苗技術、接ぎ木技術、養生、順化技術の高低によって左右されるため、一定レベルの技術がなければ接ぎ木苗としての製品化率が低下し、育苗業としての経営が成り立たないことになる。特に必要とされるのは、接ぎ木に適した台木穂木を育成するための施設環境管理や灌水管理技術、迅速で確実な接ぎ木技術、天候に合わせた微妙な遮光や換気管理を必要とする養生、順化技術などである。

 次に、予定出荷数量が賄えたとしても、接ぎ木苗の品質が悪ければ注文者に迷惑をかけることになるため、良好な苗質の接ぎ木苗を生産する必要がある。一般に、接ぎ木苗は、徒長が無く、胚軸が太く葉色が濃くがっちりしたもの(写真4)が、その後の生育が良く好まれる。特に、トマトでは第一花房の着生位置が、あまり上がらないことが求められている。これらの要素の実現には一定の生産技術が必要であるが、さらに難しいのは、変動する気象条件や、特に夏期の高温条件下で徒長せずに良苗を生産する技術である。トマトの第一花房は高温下ではいわゆる「飛び」が発生しやすく、着花位置が本葉で3~5枚程度上がってしまうことが多い。また、気象の変動によって予定した時期に接ぎ木や出荷が行えず、納期がずれてしまうことも間々ある。

 以上の技術的な課題に対しては、育苗業における個々の技術レベルの向上が必須であるが、経験が必要とされる熟練技術者の養成は容易ではなく、注文の増加に対応しきれていないケースも多いと聞く。また、高温期では育苗そのものが困難な場合もあり、多重遮光、防虫ネットと組み合わせた換気扇、細霧冷房装置など高度な環境制御を組み合わせた中で行うケースも多い。

 さらに、最近の課題として、購入苗の無病虫害化と農薬取締法への対応がある。まず、苗流通が広域化する中で、産地側は、苗に起因する病虫害発生の可能性について神経質とならざるを得ず、購入苗の安全性確保を強く求めたがることがある。病虫害発生の原因をたどることは困難なことが多いが、育苗業としては細心の注意を払い、病虫害防除を行っての出荷を必要とされている。

 また、最近の農薬取締法の改正により、購入苗においても農薬使用履歴表示が義務づけられることになった。これに対し産地側からは、登録農薬の総使用回数制限の点から、育苗段階における農薬使用回数を極力減らして欲しいとの要望も出ている。この要望は育苗業にとっては大変な難題といえ対応に苦慮するものである。

 以上の問題をさらに厄介なものとしているのが、近年、大きな被害をトマト栽培で引き起こしているトマト黄化葉巻病への対策である。これは、媒介するシルバーリーフコナジラミがハウス内で越冬することなどにより西日本を中心に被害が広がり、また効果的な農薬が無いため耕種的防除や抵抗性品種利用による対策しか無く、特に育苗段階での防除が重要であるといわれている。そのため、育苗業でのトマト苗生産においても、育苗ハウスへの細密で厳重な防虫ネット設置、出入り口での手足の消毒などは必須とされており、このことによる生産コスト増や夏期育苗環境のさらなる高温化などの二次的な問題も発生しつつある。


(3) 閉鎖型苗生産システム導入による問題解決
 育苗業における技術的な諸問題が近年発生するなかで、それらの解決の手段ともなる新しい育苗技術が千葉大学を中心に開発されたので紹介したい。

 これは、閉鎖型苗生産システムとよばれるもので、古在豊樹教授(現千葉大学長)が提唱し、同グループによる基礎的技術の開発がなされ、太洋興業(株)がその実用化(商品名:苗テラス)を進めているものである。

 閉鎖型苗生産システムは、従来のハウス育苗とは異なり、光を通さない断熱壁で囲まれた閉鎖空間内で人工光による育苗を行うことを特徴としている。プレハブ庫(写真5)を利用し、内部に蛍光灯を光源とした4~5段の多段式育苗棚(写真6)を備え、育苗棚各段にセルトレイへの底面灌水を行う自動灌水装置を持ち、さらに、庫内の温度や炭酸ガス濃度を自動調節する空調装置などを備えている。従来からある植物工場技術の一種といえるが、植物工場と異なる点は、蛍光灯を光源とし、その光で苗を多段で育成する点である。蛍光灯は苗の育成に十分な波長組成とエネルギーを有していることが実証されており、また、フラットな発光面に対し、苗を近接させることで多段化を実現している。



写真5 苗テラス外観。プレハブ庫による断熱壁、左手に自動液肥作成のための希釈装置、右奥に炭酸ガスボンベが見える。



写真6 苗テラス多段式育苗棚(3連結)。
4段式で1棚あたりセルトレイ16枚収納。各段の上面に蛍光灯6本、下面に自動灌水装置、背面にファンを持ち、育苗棚上部後方にエアコンが設置されている。


 一方で、一般工業製品を光源や空調装置に用いることで、その初期コストや、ランニングコストを抑え、省エネ化に貢献している。育苗に使用される培養液は再利用され、空調装置から排出される凝結水も再利用されるケースもあり、環境負荷の少ない育苗装置といえる。
 閉鎖型苗生産システムによる育苗の特徴として、以下のことが挙げられる。

 まず、閉鎖系内の育苗によって季節や気象変動によらず、常に一定期間で一定品質の苗を育成することが可能なことがある。これは、ハウス育苗では不可能なことであり、閉鎖系内で常に一定の光量や温度などの環境を調節することで実現されるものである。また、その育苗期間はハウス育苗に比べ10%から半分程度の短縮が可能である。

 次に、閉鎖型苗生産システムにより育成される苗の品質が極めて高く、また、セルトレイ上での育苗密度を向上できることがある。これは、常に苗の育成に必要な光量が確保され、庫内は明期と暗期ごとに適切な温度に調節され、密閉空間での効率的な炭酸ガス施用によって光合成に必要な炭酸ガス濃度が確保されることなどで、胚軸が太く、葉色が濃く、葉が肉厚で非常にがっちりした苗質が確保されている。さらに、人工環境下で育成された苗でいながら、庫外に搬出後に順化などせずそのまま圃場に定植しても、ある程度の大きさの苗であれば問題は生じていない。また多段式育苗棚内には送風ファンにより常に微風が起こっており、通常のハウス内におけるセルトレイ育苗より密度を高めても徒長が起こりにくい。

 以上の特徴は、閉鎖系内の環境調節技術によって極めて容易に実現でき、作物や品目ごとのマニュアル化もしやすい。また、蛍光灯や空調装置の効率の向上によってランニングコストも低減され、主要な育苗コストである電気料金はセルトレイ1枚1週間当たり160円程度である。

 さらに、閉鎖型苗生産システムによる育苗の際立った特徴として、無病虫害苗を農薬施用無しで育成可能なことがある。これは、培地や種子が病虫害汚染されていなければ、閉鎖系内でそのまま無病虫害育苗を完結可能なためである。ハウス育苗では農薬施用や防虫ネットなどの耕種的防除により対応するところを、特別な対策無しに容易に実現できるという革新的な特徴であるといえる。

 このような特徴をもった閉鎖型苗生産システムであるが、すでに国内においていくつかの実用化例がある。苗を周年で大量に必要とするトマト低段密植栽培や葉菜水耕栽培においては、育苗施設として導入が進展しつつあり、年間数十万本の自家用自根苗を育苗する施設が各地で稼働中である。また、トルコギキョウでは育苗期間を従来の半分以下の3~4週間に短縮できることから、これも自家用育苗施設としての導入が始まっている。さらに、育苗業においても次のような導入例がある。


(4) 閉鎖型苗生産システムによる接ぎ木苗生産例
 育苗業における導入例として、徳島県の(有)徳島シードリングのトマト台木穂木生産用の苗テラスを中心とした育苗施設があり、平成16年春より実稼働している。ここでは、台木穂木の専用育苗室があり、おのおのにセルトレイ16枚収納の育苗棚を12連結したものを向かい合わせで2セット有し(写真7)、総セルトレイ収納数で768トレイ、年間約100万本の接ぎ木苗出荷を行っている。連結された育苗棚内をセルトレイが手動で移動される設備であり、発芽室で発芽済みのセルトレイを、入庫後に12日間で接ぎ木適期の台木穂木が出庫されている。出庫後に接ぎ木作業が行われ、市販の養生装置内に入庫して蛍光灯下での活着がなされ、その後、隣接した順化温室内にて順化が行われる。

 この一連の行程は、隔離された空間で行われるもので、接ぎ木苗の無農薬育苗が可能に、また、セルトレイは台木、穂木とも288セルのものが用いられ、通常のハウス育苗では難しい高密度育苗が可能となっている。以上の閉鎖型苗生産システムを中心とした育苗施設は接ぎ木作業者を除き1、2名によって管理されており、極めて省力化の進んだものといえる。

 また、同社には僅かな面積の順化温室の他には育苗ハウスというべきものは無く、閉鎖型苗生産システムによる一貫した接ぎ木苗の生産体系を持った国内初の育苗業である。なお、同社では、スイカの台木穂木育成を試行したところ、非常に健全な育成ができたとのことである。スイカ接ぎ木苗生産において、冬期では弱光下に加えて天候不順の場合、子葉が黄化し活着率が格段に低下することがあるが、苗テラスを用いた場合では、活着率や接ぎ木苗商品化率の向上に貢献しており、特に草勢が弱い小玉スイカにおいては顕著であるとのことである。

 次に、太洋興業(株)におけるトマト接ぎ木苗生産技術を紹介する。
 ここでは発芽済みのセルトレイ(主に128セル)を苗テラスに入庫後、10日程度育苗(写真8)し、接ぎ木を行った後、養生ボックスといわれる養生装置に数日間入庫して活着を促進する。この養生ボックスは、苗テラスの多段式育苗棚内に設置された透明なアクリルボックスであり、活着に好適な湿度が得られるように保湿、加湿機能を持っている(写真9)。



写真7 徳島シードリングにおける苗テラス多段式育苗棚。12連結で、手前から奥へ1日ごとにセルトレイ4枚単位で手動により移動し、12日目に接ぎ木適期の台木、穂木として出庫される。主に288セルのセルトレイで育苗を行う。



写真8 太洋興業における苗テラスによるトマト穂木育成状況。播種後12日目で接ぎ木適期直前。128セルのセルトレイで育苗を行う。



写真9 太洋興業における養生ボックスと養生状況。アクリルボックス内に接ぎ木直後の接ぎ木苗を入庫し、内部を加湿、保湿している。ボックス外部は加湿されず機器の錆びなどが無い。照明は一段当り蛍光灯6本と強光である。



写真10 太洋興業におけるトマト接ぎ木苗、播種後20日、台木穂木育苗期間各10日、養生期間3日、2次育苗期間4日。128セルのセルトレイで育苗を行う。



写真11 太洋興業の苗テラス育成によるトマト接ぎ木苗のセル直接定植(7月末)後3週間目の状況(栃木県)。第一花房が本葉7枚目にて開花している。




写真12 太洋興業の苗テラス育成によるトマト接ぎ木苗をポットによる2次育苗約3週間後に定植(10月中旬)後、3月中旬の第二果房の収穫時の状況(埼玉県)。各果房とも果実肥大が良く、また揃っている。



 また、市販の養生装置と異なり、養生中も強光を当てており、活着と並行して生育や花芽分化が促進されている。接ぎ木直後に強光(多段式育苗棚1段当り蛍光灯4~6本点灯、市販養生装置では蛍光灯1~2本点灯)を与えても萎れもなく活着、生育が進むのは、苗テラス内で128セルのセルトレイで育苗した台木、穂木が接ぎ木によるストレスの影響も受けにくい旺盛な苗質であることと考えられる。

 養生ボックスで活着完了後、さらに、通常の苗テラス内に戻し2次育苗を行い、本葉3枚程度まで育成して出庫することも可能である(写真10)。この2次育苗の有無にかかわらず出庫後、すぐに圃場への定植が可能(写真11)であり、順化のための施設や作業は不要である。

 以上の方法による場合は定植後、多くの場合、本葉7~8枚程度の位置に第一花房が着生することが確認されている。また、直接定植せず、ポットによる2次育苗を行ってからの定植でも良く、写真12の例では15cmポットに移植後、約3週間で定植がなされた。

 この栽培を行った生産者の感想は、「樹勢が栽培後期まで強く維持され、第一果房から肥大がよくLやMサイズが多く増収となり、果実肥大の揃いもよく選別作業などが楽であった。」とのことである。なお、本方法によってキュウリ接ぎ木苗の育成も可能である。


(5) おわりに
 閉鎖型苗生産システム「苗テラス」による接ぎ木苗生産の例を紹介したが、いずれも良好な苗質の接ぎ木苗を計画的に無農薬で育成可能なものである。すでに、トマト接ぎ木苗生産を中心に育苗業での導入が始まった閉鎖型苗生産システムであるが、無病虫害化など生産現場で課題とされている多くのことを解決可能にするばかりでなく、第一花房の着生葉位の安定化などの付加価値も伴っている。

 今後は、育苗業における導入がさらに進展し、国内の果菜生産の産地維持や生産性向上、安全で安心な生産物の提供に寄与することが期待される。

(注)
・「最新の苗生産実用技術─閉鎖型苗生産システムの実用化が始まった─」(社)農業電化協会(2005)古在豊樹、板木利隆、岡部勝美、大山克己著

(参考文献)
・「人工光閉鎖型苗生産装置」の開発とその応用 SHITA REPORT、No.18、 14-29(2002)岡部勝美、土屋和、中南暁夫、布施順也 著



元のページへ戻る


このページのトップへ