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調査報告(野菜情報 2012年12月号)


野菜を中心とした6次産業化と輸出による農業ビジネス企業体の育成

~熊本県の2事例の分析からみた今後の課題~

中村学園大学学長 甲斐 諭


【要約】
 我が国の農業を、地域資源を最大限に活用した新たな成長ビジネスとするには、加工・流通・外食をも加味した企業体の育成、農業の6次産業化と海外にまで販路を拡大する企業体の育成が不可欠となっている。
 輸出については、同業者や関連産業業者が集団行動を取ることにより、輸出先業者の発見や取引交渉、輸送費の削減が可能となるため、そのような集団的行動を行政が後押し、支援することが必要である。

1. はじめに

~6次産業化と輸出による農業の企業化~

 我が国の農業は、食料自給率の低迷や人口減少・高齢化・経済不況等による食料需要の減少等に直面し、農山漁村の活力が低下してその基盤が揺らいでいる。
 しかし、我が国の農業は、地域産業の一部であるにとどまらず、さらに地域で生産された農産物を地域内で加工し、地域輸送業者が流通を担当し、地域外食業者によって地域内外の消費者に食料が提供されるなど、地域の加工・流通・外食などと連携したフードシステムが形成されており、地域経済を支える基盤となっている。
 しかも我が国の農業は、洪水防止機能等の多面的機能を有し、環境負荷の少ない産業であることから、現下の経済不況により閉塞感が漂う地域経済の中では、地域農業を持続可能な産業として位置づけ、農業ビジネス企業体の育成を支援していく必要がある。
 我が国の農業を、地域資源を最大限に活用した新たな成長ビジネスとするには、従来の農産物生産だけに特化した農業の枠を超えた、加工・流通・外食をも加味した企業体の育成、あるいは地域内の他産業分野とも効果的に連携しつつ、新商品の開発に挑戦する農業の6次産業化と、海外にまで販路を拡大する企業体の育成が不可欠になっている。
 日本経済は不況であるが、一方、中国、インド、ASEAN諸国等、アジアを中心とする新興国は著しい経済成長を遂げており、我が国とアジア諸国との経済的な依存関係も高まり、我が国の「食」や「食文化」への関心が高まっている。
 本稿の目的は、野菜を中心とした6次産業化と輸出による農業ビジネス企業体の可能性を検討し、今後の課題を考察することである。そのために熊本県内の2事例から聞き取り調査を行った。さらに今夏、香港で開催されたFOOD EXPOに参加した経験を踏まえて、農産物輸出拡大のための課題をも考察する。

2. 農業の6次産業化と農水産物・食品の輸出の現状

(1)野菜を対象とした6次産業化のための事業計画

 農業の6次産業化法は、地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等に関する施策及び地域の農林水産物の利用の促進に関する施策を総合的に推進することにより、農林漁業等の振興等を図るとともに、食料自給率の向上等に寄与することを目的にして制定された。
 同法により農林漁業者等が国の支援を受けるには総合化事業計画を策定し、認定されることが必要であるが、総合化事業計画の対象農林水産物で最も大きな割合を占めるのは、図1のように野菜(33.2%)であり、次が果樹(19.8%)である〔1〕。
 また表1から総合化事業計画の内容をみると加工・直売が58.8%と最も高く、加工の29.3%が続いており、輸出は0.3%に過ぎない。6次産業化による国の支援を受ける割合は必ずしも多くはなく、輸出支援の強化が必要である。

(2)期待されている農林水産物・食品の輸出

 国内の農林水産物・食品市場は縮小傾向にあるのに対して、海外には、今後伸びていくと考えられる有望なマーケットが存在している。そこで農林水産省は、農林水産物・食品の輸出額を2020年には1兆円に拡大すべく①原発事故の影響への対応、②国家戦略的なマーケティング、③ビジネスとしての輸出を支える仕組みづくり、④確かな安全性・品質の確保と貿易実務上のリスク等への適確な対応、⑤海外での日本の食文化の発信の5つの戦略を策定し、農林水産物・食品の輸出拡大に取組んでいる〔2〕。
 図2のように、2011年の農林水産物・食品の輸出額は4,511億円であり、その輸出先はアジアが73.3%、北米が15.9%を占め、国・地域別順位は1位香港、2位米国、3位台湾、4位韓国、5位中国となっている。
 図3の農林水産物・食品の輸出額を品目別にみると、水産物が約4割、加工食品(味噌・醤油などの調味料、酒類など)が約3割を占めており、野菜・果実等は3.4%(155億円)に過ぎない。
 2010年の輸出額は4,920億円であったが、2011年には東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて、多くの輸出先国が各種規制を採用したため、農林水産物は8.3%減少した。
 特に、野菜・果実等は2010年度から24.1%も減少しており、中国、韓国、EU、台湾、香港、米国など世界45カ国と地域からの輸入規制を受けるなど、震災の影響を最も強く受けていたことが分かる。新たな野菜輸出の再拡大に向けた取組みが期待されている。

3. 有限会社コウヤマの6次産業化と輸出による農業ビジネス企業体への成長

(1)有限会社コウヤマの概要と沿革

 農業生産法人有限会社のコウヤマは、熊本県上益城郡益城町において、農業の6次産業化と製品の輸出に取り組んでいる。地域の資源であるサツマイモを生産するだけでなく、オリジナルの付加価値を付けた加工品に仕上げ、輸出を含む販売にも取り組み、経営の多角化を進め、企業化に成功している。その結果、地域農業との連携が図られ、サツマイモの特産化と生産・加工・販売により地域農業の活性化にも大きく貢献している。
 営農開始時期や営農を始めた経緯等の沿革は次の通りである。

(2)営農の取り組み

(栽培品目、栽培面積の推移、出荷量等)

 栽培品目は、サツマイモ、春じゃが、秋じゃが、サツマイモ苗、ほうれんそう、ゴーヤなどである。春じゃがと秋じゃがの2品目に関しては、サツマイモを栽培する際に使用する機械が同じであるために栽培を行っている。また、ほうれんそうに関しては、根もの野菜を基本に栽培しているので、輪作の視点から業務用として栽培している。サツマイモ苗に関しては、自社で育苗し、自社栽培用のみならずサツマイモ契約農家へも供給することで、以前発生していた異品種混入等のリスクを軽減させるために栽培を開始した。
 栽培面積は自社栽培が26ヘクタール、契約栽培が21ヘクタールである。自社栽培のうち主体であるサツマイモを本年は20ヘクタール栽培する予定であったが、本年の大雨の被害により4ヘクタールの作付が不可能になり、16ヘクタールになっている。契約栽培に関しては熊本県内が20ヘクタール、鹿児島県内が1ヘクタールである。
 出荷量に関しては、全体の取扱量が約800トンである。当初は農協などを通じて100%市場出荷であったが、契約栽培を始めてから昨年までは、その市場出荷率を10~15%までに落としている。全体の取扱高である800トンのうち、青果が50%(そのうち市場出荷が10%)、ペーストでの販売が20%、自社加工を行い商品(いきなり団子など)として出荷するのが30%である。今季は市場出荷はやめ、契約出荷と自社の加工にまわしていく予定である。

(3)栽培方法・体系

(病虫害防除や土づくりの方法、作付体系等)

 栽培方法に関して、コウヤマは「土づくり」と「合理的な作付体系」を基礎とし、化学肥料や農薬等を効率的に利用することで、それらへの依存を減らし「環境の保全」と「作物の生産性」の調和を保ちつつ、主としているサツマイモ以外の作物も、幅広く生産が可能となる持続的な農業を目指している。
 作付体系に関しては、サツマイモとは異なるほうれんそうを栽培することで合理的な輪作作付体系を実現している。またこれは、雇用者がサツマイモの栽培が終わった後も引き続き畑で仕事が可能となる意味においても、合理的な作付体系といえる。

(4)加工施設について

(設立時期と設立経緯、施設規模、加工形態等)

 加工施設に関しては、1996年に選果場を本社のある熊本県上益城郡益城町に建設した。また1998年には西原加工場を益城工場へと移設し、本社のある場所に集約させている。
 2010年には、いきなり団子製造および芋パウダー加工場が竣工している。この加工場は2011年にHACCP対応菓子製品高度化基準(全国菓子工業組合連合会)の認定工場にも指定された。加工施設である工場では、サツマイモを洗浄したのち、一つ一つを手作りで製品へと加工している。衛生チェックや箱詰め・配送を含め一貫した食の安全体系を図っており、非常にコンパクトな作りでありながらも、200万個の饅頭を作ることができ、10億円相当の売り上げを見込んでいる。
 現状では他社のPB商品などの生産を担当することで稼働率を上げ、経営の安定化を図っているが、自社ブランドを確立させるために加工施設が建設された。
 加工内容としては、1993年から原材料であるペーストを作ることから始め、2001年には顧客から「熊本の昔ながらの『いきなり団子』を作らないか」との依頼を受け、製造を開始した。2003年に芋屋長兵衛というブランドを作り、饅頭製造を本格化させている。コウヤマとしては、焼酎やアイス、お菓子が売れれば、その原料であるサツマイモの需要も伸びるため、さらに売上を伸ばすことが出来ると期待している。

(5)農産物および加工品の販売先、販売戦略

 加工品等製品の販売先や取引先は表2の通りである。流通業、百貨店、小売業、通販、量販店の中でも有力な企業に販売していることが分かる。海外ではハワイとシンガポールに輸出している。
 2003年に作られた芋屋長兵衛ブランドは、2004年に全国のデパートの催事を中心に販売が始まった。2011年には年間約60の催事に参加しており、秋から春までをメインに、全国的に販売展開している。また2010年から業務用の納品も実施しており、スーパーにギフトとしての商品提案を行い、全国に販売出来る体制を作り上げている。現在は生協への販売も行っており、海外への販売先では、シンガポールを中心としてASEAN地域への進出を考えている。しかし海外販売に関しては為替などの問題もあり、その拡大には不安も感じている。

(6)売上高、従業員数の推移

 従業員数は45人程度である。内訳はパート・アルバイトが多く35人で、各部署の責任者は約10人の正社員が担当している。パートは年間雇用で、基本的にパートも含め従業員の出入りは少ない。
 売上高は2011年期で2億5,400万円であった。2006年期が約8,000万円で、2009年期が約2億2,000万円であったことを考慮すると売上高は伸びていることが分かる。しかし利益率でみるとすべて黒字と言うわけではなく、赤字の年も存在しているとのことであった。

(7)環境保全に配慮した循環型農業の取り組みと経営者の心構え

 環境保全に配慮した循環型農業に取り組んでいるコウヤマは、実践するにあたり、以下の3点をポイントとして挙げている。「人と地球にやさしい農業」、「太陽、水、空気、土など自然に調和した農業」、「他農業との連携による農業」の3点である。また、これらを実現するにあたり、「環境に配慮した生産」、「輸送も環境に配慮」、「環境意識の高い販売者との連携」、「消費者から選ばれる農業」を実践することを重視している。
 農家が販売に関して行政を頼り過ぎるのは良くない。ビジネススタイルを農家が持ち、良いバイヤーなどの取引相手を求めていくべきであり、そうでなければ農業の企業化は困難であると経営主は考えている。

(8)農産物・加工品の輸出

①輸出の背景と経緯

 輸出に関しては、2004年に熊本県内の農業法人と地元企業で輸出研究会を作り、JETROなどと相談しながら海外への進出を試みてきた。その中で、シンガポールは中東や東南アジアなどのASEAN地域への足掛かりになると考え、輸出を開始した。熊本県知事や市長も、トップセールスで中国やシンガポールを始めとしたアジアを訪問しており、特にここ数年、シンガポールには日本企業の進出が増えているので、シンガポールへの輸出を増やしている。

②輸出動向(輸出品目、輸出量・輸出金額の推移、輸出先国等)

 輸出品目には、イモ焼酎、団子、焼き芋、サツマイモ(青果)などがあり、サツマイモはアジアでは人気があるので、今後増やしていくことを検討している。
 輸出量は多くなく、宅急便を用いて空路や海路で輸出している。輸出量が増えない要因は、輸出コストを削減できないことが影響しており、農産物の生産コストを削減する必要があるので、一層の規模拡大を図る予定である。
 現在は、メーカーを通し、イモ焼酎をシンガポールで販売している。また、饅頭を香港とシンガポールでテスト販売している。他の商品では、アメリカのマルカイコーポレーションで採用されたいきなり団子がテスト販売されている。アメリカでのいきなり団子の販売は2012年6月に始まったばかりであるが、一度の出荷で40~50万円ほどの売り上げがあるため、今後、定期的に販売することが決定すれば、年間に1,000万円近くの売り上げが見込めると期待している。なお、現状ではアメリカへのテスト販売を含めても、輸出による販売額は100万円ほどである。

③現状の輸出システム

 団子はコールドチェーンで輸出する必要があるので、まずは冷凍させたうえで、宅急便などのトラックを用い横浜まで運搬し、そこから船で輸送している。もう一つは大阪まで陸路で送り、そこから空路で輸送する手段を取っている。
 福岡から空路で輸送することもあるが、航空便の多さや便の時間帯などを考えると成田空港から輸送することが多い。少しでも早く輸入先に輸送することで、検疫の時間でのロスを減らし、店頭に並ぶまでの時間を短縮させている。特に品目が食品なので、新鮮さが重要である。
 一つの例として、その日の昼間に福岡空港と成田空港の両空港から産品を輸送した場合、福岡空港の場合はその日の夜、成田空港の場合はその日の夕方に現地空港に到着する。そうなった場合、後者は検疫が夜に行われるので同日中に現地での物流が可能となり、翌日朝には店頭に並ぶことが出来るが、前者は検疫の時間が遅くなり、現地での物流が成田発からと比較すると遅れ、店頭に並ぶのが翌日の昼間と、半日の差が生じることがある。そのため空路を用いる場合、まず成田へ陸路で輸送することが多い。

④価格設定方式、代金決済方法、為替変動への対応

 価格設定などに関しては、輸出先国の市場相場を勘案したうえで設定をしていくべきであると考えている。海外で商品を販促するには、現地の相場価格で設定をしていくことが重要であり、最初から利益を出すことを優先させると輸出は困難になるであろう。
 しかし、価格が決まれば、農業側がその価格でコストをカバーできるような輸出対策を立案することができるメリットがあり、生産コスト削減などの目標を立てることで、栽培方式の改善に結びつけることが可能になる。このように、価格設定に関しては、現在は利益が薄くても現地の相場価格や取り決めに従った販売に挑戦していくべきである。また、現状では円高が続いているので販売の軸足は国内を主としつつも、輸出は次への経営展開の投資となるため、今後円高が収まってきた時のことを考えて、いつでも輸出のスタートダッシュが出来るように準備をしていく必要があるとも考えている。そのため、輸出における輸送手段の改善やコスト削減方法などを検討しておくことが重要と考えている。

⑤検疫

 検疫に関しては、コウヤマの主力である「いきなり団子」については検疫はないと考えていたが、団子の中に含まれているヨモギが検疫で問題になることがある。理由として、ヨモギには漢方成分が含まれているからであり、機能性の高い漢方に近い成分を含むものを使用した食品は、薬物として扱われる可能性がある。アメリカの場合では、以前、ヨモギを含んだ饅頭をアメリカ国内で作ることに関して問題はないが、同じ饅頭を海外からアメリカに持ち込むことは禁止されていた。
 また、2年前にサツマイモを含んだアイスクリームを輸出しようとした会社があったが、口蹄疫の影響で乳製品の輸入が禁止されており、輸出できなかった。シンガポールや香港などでも、甘草は検査の対象となるが、ステビアの場合、現在は規制がないため問題はないなど、各国とも人の健康上の危険や国内産業保護などの理由でさまざまな規制を設けているので、常に輸出先の規制や輸出できる品目、できない品目を調べておく必要がある。

⑥輸出先国での評価(価格面、品質差等)

 輸出先国における評価では、価格が高いとの指摘が一番大きい。しかし、現地の業者が納品する値段、輸入して仕入れる値段、関税や運賃を引いた値段が不透明であるので、今後はそれらの業者を通さず自社で販売を行うことで、少しでもコストを抑えて輸出させようと考えている。
 将来、他の生産者と連携して輸出を拡大し、航空便でなくコンテナ船を利用すれば、香港やシンガポールへは東京経由で輸出するよりも安く済むのではないかと考えている。その時には、自社の流通システムの構築が必要となる。

⑦輸出上の問題点と課題、今後の取り組み

 今後の輸出の課題としては、自社商品を輸出していきたいのはもちろんだが、熊本県・九州の方々と連携していくことで輸出を拡大したいと願っている。コンテナ船で輸送する場合、一つのコンテナを満杯にしないと輸出コストが高いので、常温で輸送できる商品を集めたり、同じ温度帯で輸送できる品目を積み合わせ輸出したい。農産品や食品だけに限らず、工業品などでもその組み合わせを考えて積み合わせを行うことが必要ではないかと思っている。そのためには、受け入れ先の多元化も必要であろう。自社商品だけを単独で輸出することは不可能である。
 輸出先の国としても、一つの品目を大量に受け入れるよりも複数の多品目を取り扱った方がリスクが少なく、メリットがあると思われる。個人で輸出を行うよりは複数の企業が連携して輸出が出来るような、情報の一元化ができる仕組みを作りたい。自分たちで輸出を行う会社を作りたいので、九州ブランドを構築し、オール九州で輸出を行っていくべきだと考えている。

(9)その他の取り組みと今後の課題

 今後の経営課題は、売り上げ重視から利益重視へとシフトすることである。安定的で着実な経営を目指すために、6次産業化で認定してもらえた生産から加工・販売までといった流れをより強固にして、自社で作ったものはすべて自社で加工して販売していけるようにしていきたい。また自社の持つブランドをもっと広めていきたい。
 青果の契約販売をある程度維持しつつ、ペーストやパウダーの原材料も扱い、最終商品を拡大したい。多様な販売方法を持っているが、状況に対応してその都度拡大する部分を変化させるなど、環境変化に応じたバランス出荷を心がける。
 設立20周年を迎えた今、事業継承を行い、安定した会社を今後10年で目指そうとしている。今までは規模拡大路線で経営してきた。しかし、安定した会社で人材を育てる次の段階になったので、売上主義から利益主義へと経営目標を転換したい。スタッフへの信頼や現在の技術力、顧客から受けている信頼等を基盤に、ここ数年を次の10年、20年へとつなぐための基盤形成期間として考えている。

4. 青紫蘇農場株式会社の6次産業化と輸出による農業ビジネス企業体への成長

(1)青紫蘇農場株式会社の概要と沿革

 青紫蘇農場株式会社は、熊本県合志市に立地し、吉川幸人代表によって経営されている。同代表は、財団法人熊本県物産振興協会農林水産等輸出促進部会会長、熊本県農業法人協会会長、熊本県農業法人協会輸出入販売推進部会会長、合志市農業法人会会長等の要職を引き受けるなど、地域や県内の方々からあつい信頼を受けている企業者である。特に農業の6次産業化と農産物の輸出に熱心に取り組み、企業化に成功している。その沿革は次の通りである。

 以上のように同社は、紫蘇を素材にした6次産業化と輸出に積極的に取り組み発展していることが分かる。

(2)営農の取り組み(栽培品目、栽培面積の推移等)

 栽培品目は、青紫蘇と赤紫蘇であり、全国に紫蘇を販売している。前述のように1986(昭和61)年までは2ヘクタールの畑ですいかとはくさいを栽培していたが、それらは栽培期間が長いが、収穫期が短期間で労働ピークも高く、しかも短期間の収穫期の価格が年間収入を決定するなどリスクが高いので、周年栽培で労働ピークも低いきゅうり生産に切り替え、年間収入と労働配分の安定化を図った。しかし、多忙の割には収入が低く、卸売市場出荷のため価格が安定しなかったので、契約栽培により量販店等に対して販売価格を生産者の方から提案できる紫蘇生産を開始した。

(3)栽培方法・体系(病虫害防除や土づくりの方法、作付体系等)

 生産情報公表JAS規格認定を受けて、減農薬無化学肥料栽培を行っている。栽培方法の特徴は、近隣の山から土着菌・種菌を採取し、その土着菌・種菌に米糖・魚粉・骨粉・貝殻・油カス・紫蘇エキスを混ぜて栽培ほ場に散布するなどの土づくりを施したほ場で土耕栽培をしていることである。
 「平成20年度農業・食品産業競争力強化支援事業」の中で「先進的総合生産工程管理体制構築事業」に取り組んでおり、紫蘇の生産現場および集出荷段階における生産工程管理システムの構築を実施し、生産から販売までの一貫した管理体制構築(グローバルGAP型)を目指している。グローバルGAP型の生産方式を導入することにより、紫蘇の生産性・品質の向上を図り、より良い紫蘇を安定的に供給し「世界に誇れる強いジャパンブランド」を確立したいと考えている。
 ただし、グローバルGAPの認証には大きな経費がかかるので、認証は受けていない。しかし、後述のように英国に輸出し、ロンドンの量販店で紫蘇を販売している。

(4)農産物および加工品の販売先、販売戦略

 現在は、青紫蘇100枚入り、10枚入り、5枚入り、赤紫蘇100枚入りの単位で量販店などとの契約販売を行っている。販売先は、主に九州の量販店が中心であり、南九州が中心のタイヨー、西日本が中心のイズミ、福岡県を中心としたサニー、ハローデイ、山口と北部九州が中心のレッドキャベツ等の九州一円の量販店に販売している。それに加えて全国展開しているCGCグループの量販店にも販売している。
 紫蘇を生産すると出荷できない規格外品が多く発生するので、有効利用を図るために加工品の開発を開始し、青しそ茶、青紫蘇そうめん、青紫蘇うどん、しそドリンク、しそ一番ドレッシング(赤紫蘇エキス)香料等を開発し、販売している。
 生鮮の紫蘇と加工品をアメリカ、シンガポール、欧州、マレーシア、香港に輸出しており、販売価格は、国内も海外も生産原価に利益と輸送費を加味したコスト積み上げ方式で算出している。

(5)売上高、従業員数の推移

 売上高(2011年度)は約1億8千万円であり、そのうち輸出額は約1千万円(販売額の5.6%)である。自社生産品のみを販売しており、仕入れ販売はしていない。その理由は、減農薬無化学肥料で栽培した自社生産品のみの販売の方が安心して、販売出来るからである。
 従業員は社員が10人、パート(袋詰め)が15人のほか、自社農場では出来高払いで業務委託している収穫作業者20人を雇用している。

(6)農産物・加工品の輸出

①輸出の背景と経緯

 日本は少子高齢化で需要が減少しているが、逆に日本には海外の輸入品が多く輸入されているので、それならば日本から輸出することも可能なのではないかと、輸出に取り組んだ。味や品質面、安全面には自信があり、海外で販売しても売れると考えた。
 2004年に県内の約30社と一緒に熊本県輸出促進部会を設立して会長に就任し、活動を継続しているが、昨年(2011年)は約80件の成約があった。現在は、香港(シティスーパー)、シンガポール、アメリカ、イギリスの高級スーパーや日本料理店を調査し、販売を開始した。

②輸出動向(輸出品目、輸出先国等)

 輸出品目は、青紫蘇100枚入り、赤紫蘇100枚入りが中心であり、輸出先はアメリカ、欧州、香港、シンガポールである。高級レストラン担当雑誌記者などを通訳兼高級レストラン経営者との仲介役に雇い、販売交渉を行っている。高級レストランに輸出することにより、国内での高級スーパーや料理店への販売にもつなげるなど、自社ブランド構築に役立てている。

③現状の輸出システム

 台湾にはEMS(国際スピード郵便)でサンプルを送っているが、台湾の場合は、仲介業者が東京大田市場で産物を集めて輸出しているので、現実には東京経由になっている。アメリカには、成田空港から常温で空輸されている。生鮮の紫蘇にもロット番号をつけているので、現地に行ってみると30日から50日前の日付の物も販売されていた。こだわりの土づくりを重視して生産しているので、棚持ちが非常に長くなっていると感じた。
 熊本市内の新港(西区新港1丁目)から加工品を輸出しており、熊本新港から輸出すると福岡市の博多港から輸出するのに比較して、20フィートコンテナ当たり200から300ドル輸送費が高くなる。しかし、熊本県内の生産者がコンテナを満載にするために、熊本県内からそれぞれ博多港まで運ぶ横持ち運賃の合計額を考慮すると、むしろ安いことが判明した。なお、コンテナは博多港から釜山を経由して香港や欧州に輸送されている。
 紫蘇をロンドンに出荷しているが、福岡空港から輸出した方が時間的にも検疫の面からも有利である。本日の夕方収穫した紫蘇を次の日の朝に福岡空港から輸出すると、香港で積み替えられ、時差(夏時間の場合9時間)の関係で、ロンドン時間で明後日の朝5時頃に品物が到着する。早朝に検疫を受けるので、明後日(2日後)の夕方には店舗に陳列できる。一方、成田経由から輸出すると明後日の夕方にロンドンに荷物が到着するので、検疫が更に翌日になり、店舗に陳列されるのは早くても3日後になり、福岡空港経由に比較して1日遅れることになる。
 また欧州の基準では、福岡空港は福島原発の清浄地域であるが、成田空港は汚染地域とみなされているので、検疫が厳しくなる傾向がある。清浄地域である熊本県から福岡空港、香港空港を経由して輸出した方が検疫上有利になっている。

④輸出先国での評価(価格面、品質差等)

 グローバルGAPを受けていなくても、生産情報公表JAS規格認定を受けた減農薬無化学肥料栽培が評価されている。また、価格はコスト積み上げ方式で値決めをしても許容されている。
 欧米諸国では、高級日本料理店が好んで使用するため、ある程度高い価格でも購入してもらえている。安心・安全部分での信頼が大きい。

⑤輸出上の問題点と課題、今後の取り組み

 問題点と課題としては、コンテナに載せる量は商品としての重量が少ないため、単体での輸送はコストが高すぎるので、混載をしなければならない。その他の農家と協力して混載を行うことが重要となるが、混載にする場合、他の商品がどんなものかを把握し、輸送する際の商品の温度や湿度管理など丁寧に判別することが重要となってくる。

(7)今後の課題

 今後は、生鮮紫蘇について、店舗数が10店舗から20店舗のこだわりを持った中小量販店での販売を拡大する計画である。また、経営面では、代表者が元気なうちに事業を子息に円滑に継承していくことを考えている。

5. 農産物輸出拡大の課題

 農産物輸出は日本の少子高齢化による食料需要の減退により、一層必要になっている。しかし、課題も多い〔3〕〔4〕〔5〕。

(1)高コストの改善

 日本の国産農産物は高品質ではあるが、高価格であるとの指摘もあり、海外が不況になると輸出が困難になることも考えられる。高価格の要因の一つは円高であり、これの是正が必要である。

(2)各県の連携不足

 国内で産地間競争を展開している各県が、バラバラに輸出し、各県の輸出担当者が海外の同じ輸入業者に売りに行くので、買い手独占状態になり、主導権を相手に奪われている。各県は似たような競合品目が多く、ライバル関係になっているが、連携してリレー輸出などの展開を検討すべきである。

(3)行政主導型輸出

 各県の公務員が予算消化型輸出を展開し、線香花火的に一時的に派手に輸出するが、一過性の輸出に終わるケースが散見される。

(4)安全性の担保

 大田市場などで輸出仲介業者が日本各地の農産物を買い集め、輸出しているが、その農産物は安全性が保証されているわけではないので、危険性を内包している。
 韓国で輸出農産物団地を調査した経験があるが、農家を指定し、農場を指定し、ほ場を指定していた。そして国立品質管理院という国家の安全性検査機関が土壌と農産物を1ヵ月に2回検査して、安全性を守った農家だけに輸出する権利を与えていた。
 日本では、産地も農家もほ場も指定していない。彼我の格差は歴然としており、何らかの安全性担保システムが必要である。

(5)ロットの確保と混載による輸送費の削減

 一農家や一農業生産法人の輸出農産物には数量的に制限があり、数農家や数法人が集まって、同一品目や温度帯が近似する品目をコンテナに混載して輸出し、輸送経費を削減する必要がある。

6. むすび

 従来、農家や農業生産法人は農産物を生産し、卸売市場に出荷すれば、その段階でその農産物に関わる活動は終了していた。しかし、それでは原料供給者に過ぎず、フードチェーンの中の加工や流通段階における付加価値を付けることができず、農業ビジネス企業体に成長できない。
 今後は、フードチェーンのより川下に位置する加工や流通に参画し、付加価値を付けることが大切である。その活動が6次産業化であり、上記の2事例は農業生産法人が、自己就業機会を作ることを明確に自覚し、所得拡大に積極的に関与し、農業ビジネス企業体に成長していた。
 輸出については一農家や一農業生産法人では容易ではないので、同業者や関連産業業者が集団的行動を取ることが必要であり、それによって輸出先業者の発見や取引交渉、輸送費の削減が可能になる。そのような集団的行動を行政が後押し、支援することが必要である。その際、地方行政が予算消化的に一過性のものとして取り組むのではなく、数県が連携して、連続性のある支援をすることが望まれる。

参考文献

〔1〕農林水産省「6次産業化の推進について」2012年6月。

〔2〕農林水産省「農林水産物・食品の輸出促進対策の概要~食料産業局輸出促進グループ~」2012年9月。

〔3〕九州知事会事務局「九州地域戦略会議夏季セミナー第2分科会議事録」2012年9月

〔4〕九州農業成長産業化連携協議会「九州農業成長産業化連携協議会・香港ミッション」2012年9月

〔5〕甲斐諭「福岡・九州とアジアにおける農業ビジネスの展開」福岡アジア都市研究所編『福岡・九州のアジアビジネス戦略~アジアにおける福岡ビジネス圏の形成に向けて~』2012年3月、P. 129-153.


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