[本文へジャンプ]

文字サイズ
  • 標準
  • 大きく
お問い合わせ

調査・報告(野菜情報 2016年2月号)


産地農協におけるセルリー(セロリ)輸出の今日的展開
~JA信州諏訪の事例~

弘前大学 農学生命科学部 園芸農学科
准教授 石塚 哉史


【概要】

 本稿の目的は、今後の野菜産地に立地する単位農協による輸出事業の進展を想定し、卸売・仲卸業者と連携し、国内販売とほぼ同様な流通形態で輸出事業に取り組んでいる信州諏訪農業協同組合による野菜輸出の展開を検討することである。具体的には、シンガポール向けセルリー(セロリ)輸出の特徴を整理し、その問題点について言及した。
 最大産地に立地する農協であるが故に、国内販売と同様な流通形態を利活用して輸出を実現し、コストの軽減に努めている点は、事業資金や規模に限りがある単位農協にとって参考となる取り組みであるものと考えられる。

1 はじめに

 わが国では、少子高齢化に伴う国内市場の縮小化が危惧されており、製造業やサービス業を問わず、アジア諸国をはじめとする新興国・地域の市場への販売活動を積極的に展開させる事業者が増加している。こうした事象は、農林水産物・食品の分野においても例外ではなく、平成19年に政府が「我が国農林水産物・食品の総合的な輸出戦略」を取りまとめたことを契機に、行政、農林漁業団体、食品製造企業、食品流通企業などによる多種多様な取り組みが活発に行われ、現在に至っている。

 さらに最近では、農林水産省による「農林水産物・食品の国別・品目別輸出戦略(25年)」(いわゆる「FBI戦略」。新興市場を中心とした重点国、地域、重点品目を設定し、さらなる支援強化を決定)、産業競争力会議による「日本再興戦略の改訂案(26年)」(32年に輸出額1兆円を達成した先の目標として、42年に同5兆円を実現する目標を提示)なども公表されている。

 上述の取り組みは、円高、震災などの影響を受け、23年および24年の2年間は停滞していた。しかしながら、25年5505億円、26年6117億円と統計を取りまとめて以降の最高金額を2年連続して計上しており、回復基調のみでなく、増加傾向を示す段階にまで達しつつある。このことを野菜の輸出に焦点をあててみていくと、25年の29億円から26年の38億円と前年比30%強の大幅な輸出額の増加が確認されており、今後の展開に期待が持たれている。

 このような動向を踏まえて、野菜輸出に取り組む産地の状況について検討する資料が蓄積されている。しかしながら、その内容について整理すると、事業主体では協議会(注1)および全農県本部などと単位農協の系統農協による輸出の取り組み(注2)、品目では、ながいも、かんしょ、キャベツ、レタスなど(注3)を対象としたものに集中しており、他の取り組み事例に関しては言及されておらず、未だ不明瞭な点が多く存在した状態のままであり、その動向を把握できている段階とは言いがたい。

 こうした中で、最近の野菜輸出に関わるトピックとして、単位農協が独自に輸出事業に取り組むケースも見受けられるようになっている。このような先行事例による単位農協主導の輸出事業は、野菜産地による輸出拡大を図る上での有益な資料になるものと想定される。

 そこで本稿の目的は、輸出開始年度以降着実に輸出量を増加させている信州諏訪農業協同組合(以下「JA信州諏訪」という)のセルリー(セロリ)(以下「セルリー」という)輸出に着目し、輸出事業の今日的展開を明らかにすることにおかれる。

 なお、本稿においてJA信州諏訪に事例を設定した理由は以下の通りである。

 震災・原発事故以前、わが国の農産物輸出において事業主体の過半数は農協が占めており、中核的な存在であった。しかしながら、震災・原発事故以降は農協による輸出事業数も停滞し、平成25年には企業に次いで第2位となっている(注4)。とはいえ、輸出事業者数が減少した現状であっても依然として全体の30%程度という一定程度のシェアを占めている。前述のトピックで示した事象は、野菜輸出や農協による輸出事業の展望を検討する上で、必要な情報に相当するものと判断できるため、本稿の調査対象事例として設定した。

 以下では、農協担当者を対象に実施した訪問面接調査(平成27年11月、JA信州諏訪営農部生産販売課)の結果に基づき、対シンガポール向けセルリー輸出事業の展開過程およびその特徴を中心に検討し、前出の目的に接近していく。

 注1:参考文献(2)、(7)を参照。
 注2:参考文献(3)を参照。
 注3:参考文献(4)、(5)、(6)、(8)、(9)、(10)を参照。
 注4:参考文献(1)を参照。

2 JA信州諏訪による野菜輸出の実態

~対シンガポール向けセルリー輸出の事例を中心に~

(1)調査対象の概要

 JA信州諏訪は、平成16年3月に諏訪湖農業協同組合と諏訪みどり農業協同組合が合併して発足した。組合員は、2万2453人であり、その内訳は正組合員1万9人(44.6%)、准組合員1万2444人(55.4%)である(数値は平成27年2月現在)。

 JA信州諏訪の管内は、岡谷市、諏訪市、茅野市、下諏訪町、富士見町、原村の6市町村で構成されており、本支所30カ所、営業所3カ所が設置されている。職員の総人数は672人である。農業生産に関わる主要な生産者組織として、野菜専門委員会(643人)、花き専門委員会 (415人)、きのこ専門委員会(10人)、酪農専門委員会(20人)、畜産専門委員会(9人)、果樹部会(100人)の5専門委員会・1部会が存在している(数値は平成27年2月現在)。

 管内の農業生産の特徴として、自然特性である清涼な気候(標高700~1200メートル)の下で多品目にわたる農畜産物の生産が盛んであり、特にセルリーにとっては最適な産地といわれている。管内におけるセルリー生産の概要をみると、最近10カ年の作付面積は150ヘクタール、生産量は9700トン(平成26年産実績)、販売金額は20~22億円の範囲で推移しており、生産農家数は80戸が確認されている。

 なお、夏場の国内市場に出荷されるセルリーのほとんどはJA信州諏訪産(平成26年産実績:9700トン)となっており、夏季セルリーの生産・出荷量ともに日本一の規模に至っている。主要な販売先は、全国各地の青果物卸売市場(中央卸売市場、地方卸売市場)、量販店、学校給食関連事業者などが挙げられる。

(2)輸出の目的

 平成23年にJA信州諏訪は、「農家の所得向上」、「需給調整にともなう問題の軽減」の2点を主な目的としてシンガポール向けセルリー輸出を開始するに至った(平成23年の輸出は試験的なものであり、翌年の24年から本格的な輸出を開始)。前者(農家の所得向上)については、輸出という海外での販売に取り組み、新規販路を開拓するだけでなく、継続させることで管内産セルリーの品質の高さを内外に示すというブランドイメージの向上への効果も期待していた。

 次に後者(需給調整)については、管内の生産量(おおむね9000トン台)を半年程度(5~11月)の期間で流通させる必要性が高い点が関係している。収穫最盛期には1日当たりの出荷量が1万1000ケース(1ケース当たりの重量は10キログラム)に至ることもあり、限定された数量であるものの、需給安定のため廃棄調整を実施するケースも存在している。したがって、特定野菜に指定されているが、セルリーは野菜の中でも嗜好品的な消費特性を有する野菜であり、他の野菜と比較すると需要確保の難易度が高い品目と位置づけられている。JA信州諏訪は、量販店1店舗当たりの販売量が3ケース(1日当たり30キログラム)程度確認することができれば、優良な販売店舗として認識される旨の実情を指摘していた。

 こうした背景から、生産調整のためとはいえ、廃棄調整が継続すると、生産農家のセルリー栽培に対するモチベーションの低下につながる可能性も否めないために、マーケティング担当者による発案を契機に、新規販路の開拓事業として輸出を視野に入れた取り組みを開始することとなった。JA信州諏訪におけるセルリー輸出事業の到達目標として、輸出量を拡大することにより、国内の価格下落を抑制し、生産農家の収益を安定させることが掲げられていた。こうした経緯から、輸出に仕向けられるセルリーの規格は、生産量の50~60%程度と過半数を占めている2Lサイズの上位等級に設定している。

(3)輸出事業の実態

 表は、最近のJA信州諏訪におけるセルリー輸出の推移を示したものである。この表をみると、本格的に輸出の取り組みを開始して以降、平成24年:10トン→25年:23トン→26年:50トンと数値は限定されてはいるものの、前年から倍増していることが確認でき、管内の生産量を鑑みれば限定された数量とはいえるものの、着実に輸出量を拡大させていることが理解できる。

 また、開始当初は輸出相手国・地域はシンガポールのみであったが、26年からは香港も加わり、新たな拡がりをみせていることも確認できる。シンガポールおよび香港を輸出相手国・地域に設定した理由は、①経済成長著しいアジアの新興国・地域に居住する富裕層に焦点をあてた点、②アジアの新興国・地域の中で検疫制度が緩やかであり、なおかつ関税もさほど高く設定されていない点、の2点が指摘できる。

 したがって、台湾のような輸入時にくん蒸処理を施す国・地域は、日本産セルリーの品質面での優位性をPRしにくい状況下であるために、他国・地域産との差別化を図り販路確保を行うのが困難であると容易に想定できるため、輸出相手国・地域として敬遠せざるを得ないとのことである。

 調査時点での輸出相手国・地域の主要な販売先は、日本人向けの量販店が中心であり、一部ホテルとの取引も存在している。これらの販売先に関しては、仲卸業者が主導して開拓し、仲介業務も担っている。現地住民向けのローカルスーパーでの取り扱いは積極的には行われておらず、その数量を確認するまでには至っていなかった。

 図は、JA信州諏訪によるシンガポール向けセルリーの輸出ルートについて図示したものである。この図から、福岡市内の卸売・仲卸を経由して現地商社へ販売していることが理解できる。流通経費については、福岡中央卸売市場の市場手数料のみであり、それ以降のコストをJA信州諏訪が支払うことは特段必要はない。輸送料についても福岡中央卸売市場までの費用のみを負担しているが、国内仕向けの取引もあるためにさほど大きな負担とはなっていなかった。訪問面接調査によると、シンガポールに輸出する際には、仲卸業者が国内市場の価格に加えて、船便は1ケース(10キログラム)当たり700円、航空便であれば同5500円の経費(運賃、ロス負担分を含む)を負担して支払っていることが確認できた(金額は調査時点の数値)。また、市場出荷であれば全農が代金回収に係る業務を担当することとなるため、単位農協の作業負担が増加することはなかった。販売価格に関しては、国内市場の価格に準じて取引価格を決定(毎週1回決定)している。価格決定後の翌週には輸出が可能な仕組みとなっている。

 船便では、シンガポールまで2週間、香港までは1週間で到着することが可能である。調査時点ではJA信州諏訪によるセルリー輸出は船便による輸送がほぼ全量であった。船便を選択した理由は、①航空便と比較して価格が安価に抑えられる点(香港便の例では10分の1の費用で対応可能)、②セルリーにおいては輸送時の品質保持の面では航空便よりも船便に優位性が存在している点の2点を挙げていた。

 とりわけ、②については、航空便を使えば短時間で現地へ輸送することは可能であるが、卸売市場から常温で運ばれているため、現地へ到着した時点では鮮度が劣化(棚持ちが悪い)するという不安要素も存在している。それと比較すると、船便はリーファーコンテナで適温(1度)に設定して輸送することが可能であるため、航空便よりも利用に際して優位性が高いことにつながっている。なお、輸送時のセルリーの荷姿は、段ボール箱によるものであり、これも国内流通と同様な形態で行われていた。

 現地消費者向けのプロモーション活動は、仲卸業者が中心となって取り組んでいるが、JA信州諏訪も宣伝用ポスター、広告・チラシ、パンフレットなどの印刷物に加え、POPという販促資材の作成を独自に行っている(写真3、4、5を参照)。これらの費用は年間50万円程度であり、一定程度の金額を負担していた。セルリーの機能性に加えて、JA信州諏訪という組織が、自然が豊かで気候などの自然条件が野菜栽培に適した地にあり、なおかつ安全・安心な生産物の提供が可能であることを前面に打ち出した英文標記によるポスターや印刷物も作成されていた。

 現地でのプロモーションに関しては、シンガポールのセルリー市場においてトップシェアを誇る米国産との差別化をいかに図るのかが販路開拓のポイントとなっている。一般的に米国産(グリーン系)は(緑)色が濃く、強い香りという特性を有しており、炒め物などに調理して消費されている。それに対して、日本産(コーネル系)は、肉厚で軟らかく、生食で消費しても食べやすいという特性であるため、すみ分けは可能である。しかしながら、マーケティング担当者によると、現時点では市場シェアの大きい米国産の印象が消費者に強くイメージされていることによる影響を克服することが必要と指摘されている。とはいえ、調査時点でも、白く黄色がかった緑色である日本産セルリーへの消費者の反応は、限定されたものであるが富裕層を中心に食感とうま味に対して高評価を与えるものも存在しており、今後の市場での評価を高めていく必要があるものと理解している。

3 おわりに

~残された課題と今後の展望~

 本稿では、JA信州諏訪が取り組んでいる野菜輸出、とりわけ対シンガポール向けセルリー輸出の取り組みに焦点をあて、輸出事業の展開とその特徴について検討してきた。最後にまとめとして、前節までに明らかとなった点を整理するとともに、残された課題とその展望について示していく。

 第1に、輸出の目的は、需給調整として廃棄される数量を軽減させて、販売価格の下落を抑制することを前提にしており、中長期的には新規市場開拓という目標が掲げられているが、現時点(短期的な目標)では国内余剰分の供給先という限定された位置づけであることが明らかとなった。

 第2に、卸売業者、仲卸業者と連携し、国内販売と同様な流通形態を利活用してコストを極力削減したセルリーのシンガポール向け輸出を実現していた。このような形態による輸出は、事業資金や規模に限りがある単位農協にとって参考となる取り組みであるものと考えられる。

 上述のように、シンガポール市場で安価な米国産と競合しながらも、販路の確保を目指すという厳しい状況下にあっても、JA信州諏訪はセルリー輸出を継続し、輸出数量も増加傾向を示しつつあるが、残された課題もいくつか存在している。

 第1に、シンガポール市場において、米国産との差別化を明確にし、消費者へPRする必要性が高いことが指摘できる。本稿で述べたように、富裕層を中心に日本産セルリーの食感やうま味に需要を喚起されている消費者も存在している。しかしながら、現在は日系量販店での販売が大部分を占めており、今後輸出量の拡大を目指すには新規需要が必要な状況といえよう。したがって、日系量販店以外にも富裕層による野菜消費が想定されるホテル・レストランに対する積極的なアプローチに取り組むことを検討する段階に至ったものと思われる。このような新規需要が期待される販路にターゲットを絞り、前節で述べたような日本産セルリーの優位性(食感、安全性など)について、繰り返しプロモーションを行うことは需要確保のために取り組むべき課題の一つと考えられよう。

 第2にセルリーという単一品目での輸出では数量が限定されており、現地での販路拡大や販路確保を目指す上での障害といえよう。調査時点では、JA信州諏訪は今後は管内で生産されている特産野菜であるキャベツ、ほうれんそうなどとのセット販売による輸出や、県内の大規模なレタス産地である他地域の農協と連携した取り組みも計画している。その広域的な視点での輸出事業に関しては有益なケーススタディとなることが容易に想定できるため、早い段階での実現が期待されるところである。

 ただし、これらの活動を単位農協のみで全て担うことは不可能であることは容易に想定できるものであり、複数の農協をはじめ、流通などの他業種、自治体・関連機関などを含めた連携した取り組みが望まれていることが理解できよう。

 以上のように、輸出事業の開始から数年間で輸出量、輸出相手国・地域を拡大したJA信州諏訪の取り組みには、他の野菜産地にとって参考となる事象が存在しており、筆者も今後の動向に注目していきたい。

謝辞

 本稿の作成にあたり、筆者はJA信州諏訪営農部生産販売課において訪問面接調査を実施した。ご多忙であるにもかかわらず、ご協力いただいた関係職員の皆様へこの場を借りて謝意を申し上げる。


参考文献

(1)石塚哉史「農産物・食品輸出戦略の現段階と課題に関する一考察」『フードシステム研究』第22巻1号、2015年a、38~43頁。

(2)石塚哉史「川上村野菜販売戦略協議会による高原野菜輸出の取り組み」『野菜情報』vol. 134、2015年b、43~51頁。

(3)石塚哉史・神代英昭『わが国における農産物輸出戦略の現段階と展望』筑波書房、2013年。

(4)佐藤敦信・石崎和之・大島一二「日本産農産物輸出の展開と課題―長芋の事例を中心に―」『農業市場研究』第15巻第1号、2006年、71~74頁。

(5)下渡敏治「ながいもの生産・輸出の現状と今後の輸出動向の課題」『野菜情報』vol. 27、2007年、14~24頁。

(6)下渡敏治「長野県川上村におけるレタス輸出への取り組みとその課題」『野菜情報』vol. 47、2008年、14~23頁。

(7)下渡敏治「熊本県による農産物輸出の取り組みと今後の展望」『野菜情報』vol. 74、2010年、13~21頁。

(8)下渡敏治「宮崎県におけるかんしょ輸出の取り組みとその課題―JA串間市大束の小玉かんしょの香港向け輸出を事例として―」『野菜情報』vol.129、2014年、34~41頁。

(9)栩木誠「長野県川上村レタス輸出、行政指導方式の可能性と課題」『農業市場研究』第21巻第4号、2013年、38~44頁。

(10)増田弥恵・大島一二「市場変動と農産物輸出戦略-生産過剰時における台湾向けキャベツの事例-」『農業市場研究』第16巻第2号、2007年、85~89頁。


元のページへ戻る


このページのトップへ