ホーム > 野菜 > 野菜の情報 > 地域の野菜を飲食店に届けるシステムの新展開 ~埼玉県所沢市の「ところ産食プロジェクト」~
埼玉県所沢市では、多数の農家と飲食店が参画し、地域の野菜・農産物を飲食店に供給するシステムが形成されている。農家と飲食店の間に流通業者が介在し、物流と商流を担っている点は先行する事例に共通しているが、買取制を導入している点や農家と飲食店の交流を促している点に独自性がみられる。
コロナ禍により多くの飲食店は営業上の制約を受け、苦境に立たされている。しかしコロナ禍を通じて、飲食店を利用する私たち消費者は改めて、飲食店での外食がいかに日常生活に根付いているかを思い知らされた。
外食産業は全国的に多数の店舗を有する大手外食チェーンから地域に根付く零細な店舗まで、多様な経営体により構成され、激しく競争している。地域に密着して経営を続ける個別の飲食店や、少数の店舗を地域内に展開する中小外食チェーンでは、顧客のニーズに応えるため、野菜をはじめとする地域の食材を活用した料理の提供に取り組むことが多い。その実現には、地域の農業生産者から継続的に食材の供給を受ける必要があるが、意外にもそのノウハウは知られていない。
本稿では、地域の複数の農家から野菜を中心とした農産物を仕入れ、同地域の飲食店に供給するシステムを持続的に運用している所沢市の「ところ産食プロジェクト」(以下、時に「とこプロ」という)を紹介しながら、地域内の複数の生産者と飲食店が関与する食材供給システムの運営について検討する。
飲食店がメニュー展開するにあたり、「地元の野菜を活用したい」あるいは「地元の農家に野菜を栽培し供給してもらいたい」というニーズは経営者からよく聞かれる。こうしたニーズに対し、飲食店と何らかのきっかけで関係を持つに至った野菜農家が個別に出荷対応するケースは各地に見られる。しかし地域の野菜を求める複数の飲食店とそれに応えたい複数の農家をマッチングするとともに、物流や商流もまとめて取り扱うシステムづくりはなかなか進展しなかった。それでも近年は、各地でこうした取り組みが試行され、その一部は持続的に稼働している。
本誌でもこれまで、さいたま市で展開する野菜生産者グループとレストランの連携組織「さいたまヨーロッパ野菜研究会(2018年3月号・香月敏孝氏)」や、千葉市のコーディネートにより形成された飲食店向け配送システム「つくたべプロジェクト(2018年5月号・拙稿)」の取り組みを紹介してきた。二つの取り組みに共通するのは、野菜生産者と飲食店の間をつなぐ流通業者が存在し、配送を一括して行うことで、物流と商流の持続性を担保していることである。
周知のとおり、2020年以降、コロナ禍により飲食店の経営は大きな打撃を受けた。それでもヨーロッパ野菜研究会では流通業者の複線化(加工食品卸に加え青果物卸も参入)、つくたべプロジェクトでは新流通業態の取り込みなど、物流・商流面での改善を行いながら、事業は継続されている。
今回紹介するところ産食プロジェクトでも、野菜生産者と飲食店の間に流通業者が介在し、物流と商流を担っている点は前二者と共通するが、仕入れの方式や関連する活動には独自性が見られる。この点は後ほど詳しく説明する。
ところ産食プロジェクトによる所沢産農産物の物流と商流を担うcorotの青果物卸部門「ころいち」は、プロジェクト発足以前から所沢市周辺の農家が栽培した野菜をはじめとする農産物を飲食店、小売商や総合食品卸売業者に販売する業務を行い、青果物の物流と商流のノウハウ、とりわけ近郷の農家から多品目の農産物を集荷し、やはり近くの顧客に配送するノウハウを蓄積していた。とこプロの流通機能を引き受ける際にも、それまでのノウハウが大いに活用されている。
まず受発注に用いる情報システムは、かつては自社開発したシステムを使用していたが、現在は汎用のBtoB受発注システム(CO-NECT)を使用している。
とこプロ用に出荷される農産物の集荷は、ころいちがほぼ毎日行っている。ただし参加農家を戸別に巡回するのは時間がかかるため、事前に取り決められた「ステーション」と呼ばれる配送スポットに複数戸の出荷物をまとめてもらい、集荷の効率化を図っている。午前6時から8時までに配送車が集荷に向かい、おおむね午前9時には集荷は完了する。集荷の際にはもっぱら通いコンテナが使用され、包装資材の節減に貢献している(写真2、3)。
ころいちでは保冷用の冷蔵庫も所有しているが、とこプロで扱う産品は基本的に庭先から実需先までの配送が短時間で完結するため、利用することはあまりない。
とこプロの流通機能を担っているころいちは、生産者から仕入れる産品を買い取り、飲食店などに販売している。生産者と飲食店の間に流通業者が介在することは、先述のさいたま市や千葉市の事例のように幾つか先例が存在するものの、青果物卸売業で一般的な委託販売ではなく買取制を導入している点は極めてユニークである。ころいちには集荷し買い取った農産物を全て迅速に売り切る努力が求められ、リスキーな取引形態と言える。しかし生産者の立場から見れば、出荷した農産物を確実に収入に変えることができる魅力的な取引形態と言える。出荷物の規格についても、卸売市場向け共選出荷の場合に比べれば緩やかであるので、生産者にとっては取り組みやすい流通経路となっている。なお、取引価格は近隣の市況や生産者・飲食店双方の移行を勘案しながらころいちが設定している。
現在、とこプロには飲食店が50軒程度、さらに菓子、パンなどの製造業者や小売店なども50軒程度が参加し、地域の野菜などの供給を受けている。少し古いデータだが、とこプロHPに掲載されている2018年5月時点の飲食店とパン・菓子店のリストをもとに、利用者側の地理的分布と業態を整理したのが表2である。ほとんどの利用者は所沢市内の業者だが、少数ながら狭山市、入間市から登録している業者も存在する。業態別にみると、和食店(居酒屋を含む)が最も多いが、洋食系の店舗や菓子・パン店も多数参加しており、多様な業態の店舗が地域の野菜・農産物を求めていることがわかる。
民間の飲食店などに加え、5年ほど前からは所沢市内の公立学校の給食に所沢産の農産物を提供する取り組みも始まっている。対象である6校はいずれも自校方式給食を導入している。主な納入品目はこまつな、さといも、さつまいも、ほうれんそうであるが、品目数は増える傾向にある。学校給食への地域農産物供給は、これまで以上にその推進が叫ばれているが、実際に納入を持続的に行うためには、納入量と価格の設定、メニューと照らし合わせての栄養価の計算・確認など、管理栄養士による事前の細かな調整を踏まえた入念な交渉が必要である。学校側と細かく調整した上で発注をかけることにしている。
とこプロでは、生産農家の産品を飲食店などに供給するだけでなく、両者の直接的な交流の場を設け、相互理解を深めるとともに、さらなる発注につなげようとしている。飲食店などが農家を訪問する場として、年4回を目処に圃場見学会を開催している。1回の見学会には飲食店のシェフが平均して20~30人参加する。訪問した農家から栽培状況の説明を受けた後、収穫体験や食事会を行っている。農家の状況を理解するために毎回参加するシェフもいるという。交流の成果は上がっているが、参加者が増えたため、一定人数を受け入れるハード上の条件(圃場の広さ、駐車スペースなど)をクリアできる中核的な農家に会場が限定されがちな点が運営上の課題となっている。
一方、農家が飲食店側を訪れて交流する機会として、所沢市の中心街での懇親会も不定期ながら開催されている。開催時に参加農家の農産物を取り入れた料理が提供され、懇談しながら感想を交換する場となっている。とこプロとしては、農家が飲食店を訪れる交流機会をしっかり確保したいとの意向を持っている。
峯岸氏が経営するcorotでは、数年前より、所沢市からも近い東京都多摩地域の新規就農者が形成するネットワーク「東京NEO-FARMERS!」の支援を行っている。このネットワークは多摩地域で独立して営農する62人(2022年1月現在)の新規就農者に加え、今後就農を予定しているメンバー、農業法人に従業員として働く若手農業者など、100人強の若手農業者とその応援メンバーにより構成される。新規就農者が直面する大きな問題の一つが販路の確保であるが、corotでは東京NEO-FARMERS!メンバーの出荷物も受け入れて販売している。その際、corotが販路として確保している飲食店にも声をかけ、販売を促している。また東京NEO-FARMERS!を応援する企業の中には東京都内に10店舗以上のレストランを展開する有力外食チェーンも含まれているが、こうした企業への納入ノウハウの支援も行っている。所沢市での取り組みで培われたノウハウが、隣接する地域の飲食店をつなぐ取り組みにも間接的な効果を及ぼしている。