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調査・報告 野菜情報 2022年4月号

地域の野菜を飲食店に届けるシステムの新展開 ~埼玉県所沢市の「ところ産食プロジェクト」~

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千葉大学大学院 園芸学研究院 教授 櫻井 清一

【要約】

 埼玉県所沢市では、多数の農家と飲食店が参画し、地域の野菜・農産物を飲食店に供給するシステムが形成されている。農家と飲食店の間に流通業者が介在し、物流と商流を担っている点は先行する事例に共通しているが、買取制を導入している点や農家と飲食店の交流を促している点に独自性がみられる。

1 はじめに

 コロナ禍により多くの飲食店は営業上の制約を受け、苦境に立たされている。しかしコロナ禍を通じて、飲食店を利用する私たち消費者は改めて、飲食店での外食がいかに日常生活に根付いているかを思い知らされた。
 外食産業は全国的に多数の店舗を有する大手外食チェーンから地域に根付く零細な店舗まで、多様な経営体により構成され、激しく競争している。地域に密着して経営を続ける個別の飲食店や、少数の店舗を地域内に展開する中小外食チェーンでは、顧客のニーズに応えるため、野菜をはじめとする地域の食材を活用した料理の提供に取り組むことが多い。その実現には、地域の農業生産者から継続的に食材の供給を受ける必要があるが、意外にもそのノウハウは知られていない。
 本稿では、地域の複数の農家から野菜を中心とした農産物を仕入れ、同地域の飲食店に供給するシステムを持続的に運用している所沢市の「ところ産食プロジェクト」(以下、時に「とこプロ」という)を紹介しながら、地域内の複数の生産者と飲食店が関与する食材供給システムの運営について検討する。

2 地域の野菜農家と飲食店をつなぐ取り組み

 飲食店がメニュー展開するにあたり、「地元の野菜を活用したい」あるいは「地元の農家に野菜を栽培し供給してもらいたい」というニーズは経営者からよく聞かれる。こうしたニーズに対し、飲食店と何らかのきっかけで関係を持つに至った野菜農家が個別に出荷対応するケースは各地に見られる。しかし地域の野菜を求める複数の飲食店とそれに応えたい複数の農家をマッチングするとともに、物流や商流もまとめて取り扱うシステムづくりはなかなか進展しなかった。それでも近年は、各地でこうした取り組みが試行され、その一部は持続的に稼働している。
 本誌でもこれまで、さいたま市で展開する野菜生産者グループとレストランの連携組織「さいたまヨーロッパ野菜研究会(2018年3月号・香月敏孝氏)」や、千葉市のコーディネートにより形成された飲食店向け配送システム「つくたべプロジェクト(2018年5月号・拙稿)」の取り組みを紹介してきた。二つの取り組みに共通するのは、野菜生産者と飲食店の間をつなぐ流通業者が存在し、配送を一括して行うことで、物流と商流の持続性を担保していることである。
 周知のとおり、2020年以降、コロナ禍により飲食店の経営は大きな打撃を受けた。それでもヨーロッパ野菜研究会では流通業者の複線化(加工食品卸に加え青果物卸も参入)、つくたべプロジェクトでは新流通業態の取り込みなど、物流・商流面での改善を行いながら、事業は継続されている。
 今回紹介するところ産食プロジェクトでも、野菜生産者と飲食店の間に流通業者が介在し、物流と商流を担っている点は前二者と共通するが、仕入れの方式や関連する活動には独自性が見られる。この点は後ほど詳しく説明する。

3 ところ産食プロジェクトの発足

 所沢市は埼玉県の南西部、武蔵野台地のほぼ中央に位置する人口34万3千人(2020年国勢調査)の都市である。市域の大半が東京都心から30キロメートルの圏域に含まれ、西武池袋線と新宿線により東京の中心部に直結するという利便性もあって、郊外都市として発展している。その一方、農業も一定の規模を維持しており、後述するとおり各種野菜や狭山茶の栽培で知られている。
 ところ産食プロジェクト発足のきっかけは、2012年5月に所沢市商工会議所が開催した農商工連携のための「きっかけづくり交流会」にさかのぼる。この会は農商工連携に関心を抱く市内の業者を対象にしたマッチングイベントであった。同交流会に参加したパティシエ・高橋秀世氏を中心に、参加者の間で地域の農産物を活用した商品開発を行い、地産地消に貢献したいという機運が高まった。まずは所沢市の農家を講師に招いて勉強会を重ね、農商工連携の可能性を模索した。その中で、地産地消の取り組みであっても、原料農産物の取引を農家や産地組織からの直接販売に限定せず、農家と食品製造業者や飲食店を取り結ぶ役割を果たす流通業者に委ねてもよいのではという意見が上がり、当時すでに所沢市周辺の野菜を取り扱っていた青果物卸商・峯岸祐高氏(写真1)の意見を聞く勉強会が開催された。峯岸氏の説明や提案を聞き、所沢市の飲食店と農業生産者の連携による地産地消を実現したいと考えた賛同者はその後も勉強会や打ち合わせを重ねた。2013年5月には賛同者が結束して、正式に「ところ産食プロジェクト」が発足した。発足時に参画していた農家は5戸程度、飲食店や菓子店も10軒程度であったが、その後双方ともコンスタントに参加者を増やしてきた。

写真1 ところ産食プロジェクトの事務局長・峯岸祐高氏

 現在、とこプロによる所沢産農産物の飲食店などへの納入は、基本的に峯岸氏が経営する株式会社corot(以下「corot」という)の青果物流通部門「ころいち」が担っている。また、とこプロ全体のマネジメントおよび意思決定は、年1回の総会と月1回の理事会により運営されている。この他にもとこプロの取り組みとして、年4回の圃場(ほじょう)見学会と年複数回の懇親会、交流会が開催されている。プロジェクトの構成員は所沢市内(一部隣接する地域を含む)の農家約50戸、所沢市周辺の飲食店およそ50軒、パン・菓子店や小売業者があわせて50軒程度、そして流通を担う峯岸氏の経営する会社・corotである。ほかに利害関係者として、多様な野菜ニーズに応えるためイタリア野菜の種苗をコーディネートする株式会社トキタ種苗、さらにその苗づくりを教育の一環として受託したことのある筑波大学附属坂戸高校も関与している。
 なお、2020年にはcorotがプロジェクトの正式名称を商標登録している。

4 地域農産物の納入の実際 ~流通業者の役割~

 ところ産食プロジェクトによる所沢産農産物の物流と商流を担うcorotの青果物卸部門「ころいち」は、プロジェクト発足以前から所沢市周辺の農家が栽培した野菜をはじめとする農産物を飲食店、小売商や総合食品卸売業者に販売する業務を行い、青果物の物流と商流のノウハウ、とりわけ近郷の農家から多品目の農産物を集荷し、やはり近くの顧客に配送するノウハウを蓄積していた。とこプロの流通機能を引き受ける際にも、それまでのノウハウが大いに活用されている。
 まず受発注に用いる情報システムは、かつては自社開発したシステムを使用していたが、現在は汎用のBtoB受発注システム(CO-NECT)を使用している。
 とこプロ用に出荷される農産物の集荷は、ころいちがほぼ毎日行っている。ただし参加農家を戸別に巡回するのは時間がかかるため、事前に取り決められた「ステーション」と呼ばれる配送スポットに複数戸の出荷物をまとめてもらい、集荷の効率化を図っている。午前6時から8時までに配送車が集荷に向かい、おおむね午前9時には集荷は完了する。集荷の際にはもっぱら通いコンテナが使用され、包装資材の節減に貢献している(写真2、3)。

写真2  ころいち配送スポットに集荷された野菜(かぶ)、 写真3 ころいち配送スポットに 集荷された野菜(ビーツ) と通いコンテナ

 ころいちでは保冷用の冷蔵庫も所有しているが、とこプロで扱う産品は基本的に庭先から実需先までの配送が短時間で完結するため、利用することはあまりない。
 とこプロの流通機能を担っているころいちは、生産者から仕入れる産品を買い取り、飲食店などに販売している。生産者と飲食店の間に流通業者が介在することは、先述のさいたま市や千葉市の事例のように幾つか先例が存在するものの、青果物卸売業で一般的な委託販売ではなく買取制を導入している点は極めてユニークである。ころいちには集荷し買い取った農産物を全て迅速に売り切る努力が求められ、リスキーな取引形態と言える。しかし生産者の立場から見れば、出荷した農産物を確実に収入に変えることができる魅力的な取引形態と言える。出荷物の規格についても、卸売市場向け共選出荷の場合に比べれば緩やかであるので、生産者にとっては取り組みやすい流通経路となっている。なお、取引価格は近隣の市況や生産者・飲食店双方の移行を勘案しながらころいちが設定している。

5 生産農家の概況

 所沢市の農業概況を示す統計データを表1の通り整理した。都市化・宅地化の進む所沢市ではあるが、それでも市域の2割を農耕地が占めており、都市での食料生産機能に加え緑地保全機能の観点からも農業は重要な役割を果たしている。小規模な自給的農家も含めた農家数は1356戸(2020年)で減少傾向だが、総農家数を分母とした1戸あたり耕地面積は1ヘクタールを超えている。販売農家ないし農業経営体とカウントされる農家の耕地面積はさらに大きいと推測される。また、耕地のほとんどが畑地である点がユニークである。栽培品目としては野菜のウエートが極めて高く、多種多様な品目が季節にあわせて栽培されている。他には「狭山茶」としてブランド認知されている茶の栽培も盛んである。農業産出額は耕地面積や農家数ないし経営体数に比べ多く、1戸ないし経営体当たりの産出額も都市的地域としてはかなり高い。実際、野菜多品目をさまざまな流通経路を通じて販売し、かなりの収益を上げている経営体が一定数存在し、そうした経営体では後継者も確保されているという。

表1 所沢市の農業に関する基礎データ(2019・20年)

 所沢市に加え川越市、狭山市、ふじみ野市、三芳町の4市1町に広がる平地農業地帯は「三富地域」と呼ばれている。同地域は江戸時代に開拓され、短冊状に整地された広い区画に農地と屋敷地、雑木林が整然と整備され、独特の景観を形成する農業地帯となっている。雑木林から得られる落ち葉を活用したたい肥を使用する伝統的農法でも知られる。
 現在では、都市圧が高まる中でも意欲的な農業生産を続ける野菜農家が一定数存在するのが所沢市農業の強みである。とこプロ発足時からこうした農家が参画していたが、その後も参加農家数は増え、現在は50戸程度となっている。所沢市内の農家がほとんどだが、三富地域に含まれる他の市町からの参加農家も若干ある。地域のJAの役員を務める農家、親から経営を継承した若手農家、新規参入農家など、属性は多様であるが、総じて経営意欲は高く、経営規模も所沢市の平均的な農家に比べるとやや大きい農家が多いという。
 これら農家の出荷先・販路はかなり多角化しているが、とこプロもその一角を占めている。とこプロ用に出荷する農産物は、主力の野菜1~2品目については複数品種を組み合わせ、さらに他の野菜を若干追加するという構成であることが多い。農協向け共販出荷に比べれば多品目化しているが、やみくもに品目を増やしているわけではない。また、一部の農家が乾燥きくらげや野菜のペースト(加工は業者委託)など、加工された産品を出荷している。パッケージに生産者名などを明記する農家もあり、飲食店側から特定の農家の産品を指名して発注することもある程度可能となっている。1戸あたりの年間出荷・販売額もさまざまであるが、中心となる取引農家は年間数十万円から数百万円未満の層に該当するという。

6 飲食店などの概況と生産者との交流

 現在、とこプロには飲食店が50軒程度、さらに菓子、パンなどの製造業者や小売店なども50軒程度が参加し、地域の野菜などの供給を受けている。少し古いデータだが、とこプロHPに掲載されている2018年5月時点の飲食店とパン・菓子店のリストをもとに、利用者側の地理的分布と業態を整理したのが表2である。ほとんどの利用者は所沢市内の業者だが、少数ながら狭山市、入間市から登録している業者も存在する。業態別にみると、和食店(居酒屋を含む)が最も多いが、洋食系の店舗や菓子・パン店も多数参加しており、多様な業態の店舗が地域の野菜・農産物を求めていることがわかる。

表2  ところ産食プロジェクト登録飲 食店の概況(2018年5月時点)

 民間の飲食店などに加え、5年ほど前からは所沢市内の公立学校の給食に所沢産の農産物を提供する取り組みも始まっている。対象である6校はいずれも自校方式給食を導入している。主な納入品目はこまつな、さといも、さつまいも、ほうれんそうであるが、品目数は増える傾向にある。学校給食への地域農産物供給は、これまで以上にその推進が叫ばれているが、実際に納入を持続的に行うためには、納入量と価格の設定、メニューと照らし合わせての栄養価の計算・確認など、管理栄養士による事前の細かな調整を踏まえた入念な交渉が必要である。学校側と細かく調整した上で発注をかけることにしている。
 とこプロでは、生産農家の産品を飲食店などに供給するだけでなく、両者の直接的な交流の場を設け、相互理解を深めるとともに、さらなる発注につなげようとしている。飲食店などが農家を訪問する場として、年4回を目処に圃場見学会を開催している。1回の見学会には飲食店のシェフが平均して20~30人参加する。訪問した農家から栽培状況の説明を受けた後、収穫体験や食事会を行っている。農家の状況を理解するために毎回参加するシェフもいるという。交流の成果は上がっているが、参加者が増えたため、一定人数を受け入れるハード上の条件(圃場の広さ、駐車スペースなど)をクリアできる中核的な農家に会場が限定されがちな点が運営上の課題となっている。
 一方、農家が飲食店側を訪れて交流する機会として、所沢市の中心街での懇親会も不定期ながら開催されている。開催時に参加農家の農産物を取り入れた料理が提供され、懇談しながら感想を交換する場となっている。とこプロとしては、農家が飲食店を訪れる交流機会をしっかり確保したいとの意向を持っている。

7 コロナ禍の影響と今後の課題

 2020年以降の新型コロナウイルスの流行は、飲食店への食材供給を主たる取り組みとしているとこプロの活動にも一時期深刻な影響を及ぼした。全国に緊急事態宣言が発せられた2020年春には、ほとんどの飲食店が一時休業に見舞われたので、とこプロに関するぼぼ全ての物流が一時的にストップした。販路のかなりの部分を飲食店に依存しているころいちにとっては大きな痛手となり、職員は時間換算で8割程度の自宅待機を余儀なくされた。その後しばらくして発注は回復したが、これを機に峯岸氏は新規の販路開拓に着手し、病院の職員向けの小売販売をスタートさせた。またとこプロのメンバーでもある新聞配送業者と連携し、酒店や一部飲食店への物流を委託する取り組みも計画中である。
 コロナ・ショックを踏まえた今後の課題として、峯岸氏は物流面の強化とより新規農家・飲食店が参入しやすいプラットフォームの改良を挙げている。現在のシステムは、峯岸氏が経営するころいちに物流機能がすべて集約されている。これはわかりやすいシステムではあるが、今後事業規模を拡大する上ではややリスキーでもあると峯岸氏は認識している。前述した新聞配送業者との連携もその対策の一つである。また、新規参入したい農家や飲食店がネット上でさまざまな手続きを完了でき、写真やこれまでの発注履歴を次回の発注時に活用できるような、よりオープンなプラットフォームの構築を目指している。そして峯岸氏自身はそのプラットフォームの運営に徹したいと考えている。新プラットフォームをスムーズに運営するためにも、集荷する農産物の品質基準はやや厳しくしたいとの意向を持っている。

8 補:東京都の新規就農者を対象とした取り組み

 峯岸氏が経営するcorotでは、数年前より、所沢市からも近い東京都多摩地域の新規就農者が形成するネットワーク「東京NEO-FARMERS!」の支援を行っている。このネットワークは多摩地域で独立して営農する62人(2022年1月現在)の新規就農者に加え、今後就農を予定しているメンバー、農業法人に従業員として働く若手農業者など、100人強の若手農業者とその応援メンバーにより構成される。新規就農者が直面する大きな問題の一つが販路の確保であるが、corotでは東京NEO-FARMERS!メンバーの出荷物も受け入れて販売している。その際、corotが販路として確保している飲食店にも声をかけ、販売を促している。また東京NEO-FARMERS!を応援する企業の中には東京都内に10店舗以上のレストランを展開する有力外食チェーンも含まれているが、こうした企業への納入ノウハウの支援も行っている。所沢市での取り組みで培われたノウハウが、隣接する地域の飲食店をつなぐ取り組みにも間接的な効果を及ぼしている。

9 まとめ

 本稿では、所沢市のところ産食プロジェクトを事例として、複数の農家・生産者と飲食店などが連携し、地域の農産物を持続的に飲食店に供給するシステムの特徴を明らかにした。
 これまでに本誌で紹介された二つの取り組み(さいたま市、千葉市)との共通点は、農家と飲食店の間に流通業者が介在し、継続して両者間の物流と商流を担っている点にある。一方、他にはみられないとこプロの特徴としては、農家からの仕入れ段階で買取制を採用していることと、農家と飲食店の交流の場を継続的に確保し、交流が実際にその後の発注にポジティブな効果をもたらしていることが挙げられる。
 さらに所沢市での取り組みで蓄積されたノウハウが、間接的ながら多摩地域の類似の取り組みにも反映されつつある点も注目される。
 地域内の野菜生産者と飲食店をつなぐシステムを構築する取り組みは、各地で散見されるようになったが、今後は各地の実践の成果と課題について積極的に情報交換し、それぞれの取り組みのノウハウ蓄積に役立てられることが期待される。
 
引用・参考文献(ホームページ含む)
香月敏孝「レストランと連携したヨーロッパや再産地形成」『野菜情報』2018年3月号.
 https://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/senmon/1803_chosa01.html
櫻井清一「地場野菜を地域の飲食店に届けるシステム」『野菜情報』2018年5月号、36-44.
 https://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/senmon/1805_chosa01.html
農林水産省統計情報部 わがマチ・わがムラ ―市町村の姿― ホームページ
 http://www.machimura.maff.go.jp/machi/(2022年2月閲覧)
東京NEO-FARMERS!ホームページ https://www.tokyoneofarmers.com/ (2022年2月閲覧)