弘前大学 農学生命科学部 国際園芸農学科 准教授 石塚 哉史
本稿は、野菜産地における輸出の取り組みに関する先進事例の特徴が明確になる中で未だ不明瞭である農産物加工品に着目した。具体的には、地方自治体主導による地場産原料を利活用した北海道雨竜郡沼田町に焦点を当て、トマト加工品の輸出事業の展開と特徴を検討した。検討の結果、沼田町は町が主導して輸出関連セミナーや商談会を実施し、情報収集を実施し、地域全体の理解度を高めるさまざまな取り組みを行っていることが明らかとなった。
周知の通り、政府による「我が国農林水産物・食品の総合的な輸出戦略」(平成19年)において、輸出額の目標を1兆円と掲げたことが契機となり、輸出促進の機運が高まった。その後も「和食」のユネスコ無形文化遺産への登録(25年)を追い風として、グローバル・フードバリューチェーン戦略(27年)、農林水産業の輸出力強化戦略(28年)と立て続けに公表されている。こうした中で、29年のわが国における農林水産物・食品の輸出額(速報値)は8073億円であり、25年から5カ年連続の増加を示している(表1)。この数値は前年比7.6%の増加であり、28年が同0.7%増と例年と比較すると停滞していたこともあり、農林水産物・食品輸出額1兆円という目標達成に向けた明るいトピックといえよう。
ここで、農産物輸出を推進する理由について整理すると、政府は生産者および消費者(国民全体)の双方にとってメリットが存在することを期待している。生産者については、①販路拡大に伴う所得向上および国内価格が下落した際のリスク軽減という直接的な効果、②輸出を通じた国産品のブランドイメージの向上、農家経営の意識改革による地域経済の活性化という間接的な効果を指摘している。消費者については、①生産量の増加による食料自給率の向上、②農産物輸出入バランスの改善、③日本の食文化の海外への普及、④世界各国への対日理解の醸成を指摘している。
こうした中で、最近のわが国における農産物輸出額の推移をみると、29年の輸出額(速報値)は4968億円であり、前年と比較すると8.2%の増加を示している(表1)。このことは、リーマンショック以降の円高(21年)、震災・原発事故以降の輸入停止措置や風評被害の影響(23~24年)を受けて2600億円台で停滞していた状態から回復したのみでなく、(農林水産省が)輸出統計を取りまとめて以降の最高値を継続して計上する段階にまで進展している。品目別にみていくと、加工食品が全体の半数前後の範囲で安定しており、27年以降は過半数を占めている。次いで、畜産品、穀物、野菜・果樹と続いているものの加工食品との差は著しい。前年との増減をみると、穀物などや野菜・果実が減少している中、加工食品は畜産品と同様、好調を維持しており今後の輸出拡大への期待の高い品目といえる(注1)。しかしながら、その実態については野菜産地の輸出に取り組む先進事例を対象とした調査・研究が蓄積されつつあるものの、野菜を原料とした加工品の輸出に関する言及は少なく、不明瞭な点が多い(注2)。
そこで、本稿では、地方自治体主導による地場産原料を利活用した農産物加工品の輸出に取り組む野菜産地に焦点を当て、輸出開始の契機、輸出数量の推移、輸出のメリット・デメリットを分析し、輸出事業の展開とその特徴について検討していく。具体的には、北海道雨竜郡沼田町および沼田町農産加工場「北のほたるファクトリー」の担当者を対象に実施した訪問面接調査の結果に基づいて検討していく。
なお、調査対象地域を沼田町に選定した理由は、加工用トマト産地であるとともに、町営の農産加工場において製造・販売されたトマト加工品を輸出しているためである。それに加えて、①国内の産地では早期に輸出事業の取り組みを開始している点、②輸出開始当初と現在を比較すると、輸出金額および輸出相手国の双方を広げている点、の2点の特徴を有していることも挙げられる。
注1:参考文献(4)を参照。
注2:参考文献(1)、(2)、(3)、(5)、(6)、(7)を参照。
沼田町は北海道中央部(北緯43度46分、東経141度52分~142度5分)の雨竜郡に位置しており、空知総合振興局管内に属している。町内は石狩平野や雨竜川の北部にあることから肥沃な水田地帯が確認できる。年間平均気温6.3度(1~2月はマイナス7.1~7.8度)、年間降水量1262ミリであり、道内有数の多雪地帯といわれている。町内人口は3138人、世帯数は1518世帯(1世帯当たり2.1人)、農家数は178戸である。そのうち、販売農家92.7%(主業農家79.2%)、自給的農家7.3%である。町内総面積は2万8335ヘクタール、耕地面積は4130ヘクタール(水田76.0%、畑地24.0%)。基幹作物は水稲であり、麦・大豆・蕎麦、花き、メロンが栽培されている。近年はブロッコリーや加工用トマトの作付けを増やし、産地化を進めている。
沼田町農産加工場「北のほたるファクトリー」は、平成26年3月に完成し、同年4月に稼働を開始している(写真1)。総工費は7億9921万円であり、その内訳をみると農林水産省「農山漁村活性化プロジェクト交付金」(49.8%)、総務省「地域の元気臨時交付金」(37.6%)、沼田町(12.6%)となっている。主要な製造品目は、トマトジュースおよびトマトピューレである(写真2)。製品の出荷地域の構成は、北海道および道外共に50%であった。主な販路は、北海道では道の駅および直売所、量販店、道外は量販店となっている。1日当たり製造能力は、トマトジュースが190グラム缶を3万本、トマトピューレが18リットル缶を50缶であった。
沼田町における加工トマトの栽培は昭和56年に開始された。加工トマト栽培への取り組みを開始した背景として、当時の減反政策に伴う稲作農家の収入減少に対する対応策として、町が主導となって一村一品運動を提唱し、トマトジュースを特産物として位置付け、町営の農産加工場を設立したことが挙げられる。その後、施設が老朽化し、現行の法制度に対応した衛生管理が困難となり、加工事業の継続が厳しい時期も存在したが、平成24年に愛知県名古屋市に立地する食品企業であるコーミ株式会社(以下「コーミ(株)」という)(注3)との業務連携協定(注4)を締結した。その結果、コーミ(株)が希望する品質と数量の加工用トマトを安定供給することによって、トマトジュースやトマトピューレなどの加工技術を高度化し、品質を高めることを実現させることとなった。こうした取り組みを経ていくうちに、26年にコーミ(株)への安定供給を行うために工場を新設し、現在に至っている。なお、沼田町による加工用トマトは完熟トマトの出荷を原則としている(写真3、4)。出荷後は、生産者ごとに糖度と、重量の測定、目視という3段階の厳格な検品を行っていた(写真5)。
29年度の沼田町内の加工用トマト生産戸数は25戸であり、作付本数4万6873本、収穫量301.8トン、主要品種は「なつのしゅん」となっている。生産戸数は27年度の29戸を境に減少しているものの、農家1戸当たりの収穫量が増加傾向を示しているため、全体の収穫量は維持されている。(表2)。
なお、加工用トマトの定植は6月上旬であり、収穫は8月上旬から10月下旬までの概ね80日間である。また、沼田町では加工用トマトは糖度を基準とした購入を徹底しており、糖度5度以上の出荷量を増やすことを推奨している。現在はその比率を高めるため、①4.4以下、②4.5~5.4、③5.5以上の3段階に区分した価格設定を行っている。価格は、①を100として指数化すると、糖度が上がるにつれて、②150、③159と高額になっている。これらの構成をみると、29年産は①8.2%、②75.2%、③16.6%であった。以上の取り組みを通じて沼田町の加工用トマトは、町内での生産・加工・出荷という包括的なフードシステムが整備されているため、鮮度を優先した迅速な対応を可能とする優位性を有していることが理解できる。
注3:愛知県名古屋市に本社が立地する中京圏を中心に販売展開する調味料メーカーである。昭和21年創業、資本金1億円、売上高36億7000万円、従業員数116名である(平成28年時点)。
注4:主な連携内容として、①技術指導、②生産者・町議会議員・JA北いぶき女性部沼との交流、③沼田小学校での食育が挙げられる。
沼田町によるトマト加工品輸出開始の契機は、商社の要請を受けて平成22年にシンガポールへ輸出したことである。この時期の輸出は試験的な意味合いも強く、少量のスポット的な取引であった。その後、中国およびロシアと輸出相手国を広げて、現在に至っている。輸送に関しては、小樽港経由で北のほたるファクトリー以外の道内産農産物と混載しコンテナにて船便を利用している。
なお、本格的な輸出に取り組む契機に関しては、26年に沼田町主催によって開催した海外販路拡大を目的としたシンポジウムにより、輸出のモチベーションが高まったことが影響している。具体的には、前述のシンポジウムにおいて、寺島実郎氏(注5)による基調講演およびロシア系バイヤーの招聘による商談会を実施したところ、関係者による輸出への理解が深まり、ロシア輸出の実現可能性について協議を開始することとなった。その後、北海道や道内金融機関が主催する「サハリンへの通年輸出セミナー」「道銀ロシアビジネス交流会」などのセミナーへ参加し、積極的な情報収集に取り組んだ。
こうした取り組みを実施したことにより、27年にロシア向け輸出が開始することとなった。輸出開始に至っては、道内の商社よりロシア向け輸出を仲介するアプローチがあった点も誘因となっている。輸出に取り組むことになった背景には、北海道内において加工用トマトの生産量が増加したことに伴い地場産トマトジュース(注6)も同様な傾向を示しており、他産地との差別化を見いだす必要性が高まったことが指摘できる。要するに、販売確保を実現する上での産地間競争が想定される中で、新規市場開拓の必要性が高まることに対応した取り組みといえよう。
輸出品目はトマトジュースが大部分を占めている。トマトジュースの輸出は、無塩および有塩のいずれにおいても実績を確認することができるものの、前者の数量が著しい。なお、トマトジュース以外にもトマトケチャップの実績も確認することができるものの、現時点では限定された数量の輸出であることが理解できる。トマト加工品の輸出数量をみると、平成26年は80キログラム、27年は409キログラム(前年比511.2%)、28年は1811キログラム(同442.8%)、29年は1942キログラム(同107.2%)と増加傾向を継続していることが理解できる。また、トマトジュース(無塩・有塩)の輸出量のうち無塩の割合をみると、26年は71.4%、27年は54.4%、28年は80.6%、29年は90.7%である。当初は日本国内よりも有塩の比率が高かったものの、現在は同様の構成比となっている(表3)(注7)。
主要輸出相手国は、中国、シンガポール、ロシアの3ヵ国であった。そのうち、26年から現在まで全年で輸出実績を確認できる国はシンガポールのみであった。同様にトマトジュースおよびトマトケチャップの双方において輸出実績を有している国はロシアのみであった。輸出ルートに関しては、北海道内に立地する商社などを経由した間接輸出を採用して、量販店を中心に流通されている。なお、沼田町産のトマト加工品を流通している店舗の大半は富裕層向けの量販店である。近年の中国向け輸出増加の要因は、現地の取引業務を執り行っている商社の販路(主に量販店)が増えたことに伴うものであった。輸出相手国(中国、シンガポール、ロシアの全て)での評価は、現地でのトマト加工品の多くは中国産が主流を占めており、近年の経済成長に伴い登場した富裕層を中心に安全性や自然志向の食品のニーズが高まった中で、産地加工で鮮度や品質が重視されている日本産の引き合いが増えており、その需要に沼田町産のトマト加工品が適合しているとのことであった(注8)。
輸出によるメリットとして、限定された数量ではあるものの、新規販路の開拓が実現したことにより、生産者意識の高揚につながっていることを指摘していた。一般的に加工用トマトの収穫は手作業が中心で労働強度が高い特性を有しているため、生産農家の高齢化が進展していく中での産地維持が懸念されていた。しかしながら、近年の輸出の取り組みによって産地が町内外の各種報道ヘ取り上げられたことに伴い、自らの産地が国内外から注目されていることによって生産意欲の高まりを生み出すこととなったのである。
輸出に対するデメリットとして、現地での販売価格は国内の2倍程度の価格設定となるものの、輸送費や関税、貿易事務などの諸経費がかさむため、労力を負担した割には利益があまり高くならず、利潤は国内販売と同等程度であることを指摘している。それに加えて、現地で販売している量販店の多くは富裕層向けであり、輸出数量が限定された範囲であるとともに、さらなる販路拡大に取り組みにくいことも指摘できよう。さらに、最大輸出相手国である中国とは農薬の使用基準が異なるため、日本国内では未使用の農薬についても残留農薬検査を実施するためのコストと煩雑な事務作業などの存在も指摘できよう。現在は、茨城県つくば市に立地する分析センターにおいて年1回程度の分析を依頼して対応している。また、中国以外の輸出相手国に関しては、それぞれの表示内容が日本国内と異なっているため、製品ごとにシールを手作業で貼り付けて対応していた。
注5:沼田町出身の評論家。(株)三井物産戦略研究所所長、一般社団法人日本総合研究所会長や多摩大学学長などを歴任している。
注6:「北のほたるファクトリー」へのヒアリングによると、北海道内のみでもトマトジュースは150銘柄が存在しているといわれている。
注7:「北のほたるファクトリー」の日本国内向けトマトジュースによる無塩、有塩の構成比は、90%、10%であった。
注8:沼田町は北海道の農業改良普及員が作成した栽培マニュアルを順守して品質維持に努めている。
本稿では、沼田町および沼田町農産加工場「北のほたるファクトリー」が取り組んでいるトマト加工品の輸出に焦点を当て、輸出事業の展開とその特徴について検討してきた。最後にまとめとして、前節までに明らかにした点を整理するとともに、残された課題とその展望を示していく。
沼田町は、コーミ(株)との加工用トマトの業務連携協定により、トマトジュースなどの製品の品質向上を実現させた。その結果、生産・加工量を増加させたことにより、北海道内外での知名度が上がり、商社のあっせんを受け輸出事業を展開させるまでに至った。町内の生産農家数は20戸強程度と限定された範囲ではあるものの、町内の支援体制が構築されているため、収穫量は維持されていた。輸出事業に関しても町が主導となって輸出関連セミナーや商談会を実施し、地域全体の理解度を高めるさまざまな取り組みを行っていた。こうした取り組みが功を奏して、調査時点ではシンガポール、中国、ロシアと輸出相手国を広げるとともに、輸出量の増加も実現させていた。
上述のように、短期間で輸出事業を実現した沼田町であるが、残された課題も存在している。輸出の範囲が拡大したことに伴って、相手国市場のニーズに基づいた対応が煩雑となっている点である。このことは表示制度に伴うラベルの作成・貼付作業や残留農薬検査など多岐にわたっており、現状の輸出規模では、そのコストをどのように吸収していくのかが課題となっている。
従って、沼田町としては輸出事業の課題を克服するために、今後の展開として、トマトジュースおよびトマトケチャップによる単独輸出を継続していくだけでなく、その他、町内で生産される農産物と併せた料理法を含めたプロモーションに取り組むことによって、輸出拡大を目指していくことを検討していた。とりわけ、平成11年以降、継続して台湾に輸出している地場産米の「雪中米」との連携の必要性を挙げていた。台湾に関しては、日本産農産物の有力な輸出相手国・地域であるだけでなく、近年の経済成長により所得水準も上昇しており、消費市場として期待できる条件はそろっているものと想定される。
以上のように、いくつかの不安要素は存在するものの、短期間で農産物加工品の輸出を実現させた沼田町や北のほたるファクトリーの取り組みには、他の地方自治体にとっても参考となる事象が確認できると想定されるため、筆者も今後の動向に注目していきたい。
謝辞
本稿の作成に当たり、筆者は平成29年11月に沼田町および沼田町農産加工場を対象に訪問面接調査を実施した。ご多用であるにもかかわらず、ご協力いただいた横山茂農業商工課長、滝本周三農業商工課長補佐、門間幸弘農産加工場長をはじめ、関係職員の皆様へこの場を借りて謝意を申し上げる。
参考文献
(1) 石塚哉史「川上村野菜販売戦略協議会による高原野菜輸出の取り組み」『野菜情報』vol.134(5月号)、2015年、43~51頁。
(2) 石塚哉史「産地農協によるセルリー輸出の今日的展開」『野菜情報』vol.143(2月号)、2016年、48~55頁。
(3) 石塚哉史「産地農協における多品目野菜輸出の取り組みと課題」『野菜情報』vol.157(4月号)、2017年、62~69頁。
(4) 石塚哉史「農産物輸出の今日展開と課題」『技術と普及』vol.57(12月号)、2017年、21~23頁。
(5) 石塚哉史・神代英昭『わが国における農産物輸出戦略の現段階と課題』筑波書房、2013年
(6) 下渡敏治『日本の産地と輸出促進』筑波書房、2018年
(7) 福田晋『農産物輸出拡大の可能性を探る』農林統計出版、2016年