国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
食品研究部門 食品健康機能研究領域
食品機能評価ユニット長 小堀 真珠子
人々の健康への関心は高く、健康の維持・増進に役立つ機能性を表示する機能性表示食品の市場が大きく伸びている。野菜の新たな機能性の解明やヒトでの有効性の実証もますます求められるだろう。国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構という)を含む研究グループでは最近、高齢者ボランティアによる介入試験などによりフラボノイドのケルセチンを多く含むたまねぎの摂取が認知機能を改善する可能性を明らかにした。
野菜や果物を多く食べる人は、肥満や糖尿病、心臓病、がんなどになりにくいことが、さまざまな調査研究で明らかにされている。厚生労働省が策定した「健康日本21」では、野菜はカリウム、食物繊維、抗酸化ビタミンなどの、循環器疾患やがんの予防に効果的な成分を多く含んでいるので、通常の食事として1日当たり350グラム以上の摂取を目標とする、としている。生活習慣病を予防する成分として、フラボノイド(注1)や植物ステロール(注2)をはじめとする抗酸化成分などの作用も広く研究されている。しかし、野菜の摂取量は未だ目標に届いておらず、その一方で、国民の健康への関心は高い。
健康の維持・増進に役立つ機能性が表示できる機能性表示食品制度が平成27年4月に開始されて以来、機能性表示食品の届出数の増加、および市場規模の拡大は著しい。生鮮食品である野菜の機能性を表示することも可能であり、機能性表示によって健康維持や生活習慣病予防に関わる野菜や野菜成分への注目が集まれば、消費量・摂取量の増加も期待できる。機能性を表示するためには、病気にかかっていない人に効果があり、関与成分が明らかで作用機序が考察されていることが必要である。
そこで、野菜の機能性研究においては、新たな機能性の探求や、人での介入試験への関心が高まっている。
注1:フラボノイドは植物が厳しい環境や外敵から身を守るために作り出したと考えられるポリフェノールの一種。
注2:植物ステロールは野菜、大豆、米などに多く含まれる油脂成分。
これまでに大豆もやしが「骨の成分の維持に役立つ機能があることが報告されている」との表示で届け出・販売されている。大豆に含まれるイソフラボンの女性ホルモン様作用は世界的にも注目されており、わが国では、骨の維持に関わる女性ホルモンの作用を補う大豆イソフラボンの機能性について、複数の介入研究の結果が発表されている。トマトはジュースで機能性表示食品の届け出がなされており、カロテノイドのリコピン(注3)のHDLコレステロールを増やす機能に加えて、GABA(注4)の血圧を下げる作用も表示されている。
しかし、健常者を対象とした研究結果が少ないこと、また野菜などの生鮮食品では一つ一つに含まれる成分の量がばらばらであることなどから、このように機能性表示に至った野菜やその加工食品は極めて少ないのが現状である。農研機構では、たまねぎなどに含まれるケルセチンの機能性に関する研究を行い、たまねぎの新たな機能性として、認知機能を改善する作用を示唆する結果を得たので、紹介したい。
注3:リコピン(リコペン)は植物に含まれる赤色色素カロテノイドの一種。
注4:GABA(γ-アミノ酪酸)自然界に広く存在するアミノ酸
ケルセチンはたまねぎや茶などに広く含まれるフラボノイドで、黄色く、やや苦みがあるのが特徴である。
欧米の調査研究では、食事からケルセチンやケルセチンに似た化合物(フラボノール類)を多く摂る人は、心筋梗塞で亡くなる割合が少なかったと報告している。また日本では、ケルセチンを多く摂取している人は血中のLDL-コレステロールが低かったという調査結果がある。動物実験では、ケルセチンは脂肪や糖の多い西洋型の食事を続けることで発症する肥満やメタボリックシンドロームを予防・改善する作用があった(注5)。そこで、ケルセチンの摂取量や健康との関係を明らかにするため、私達は以前、農林水産省委託事業において、札幌医科大学と連携して北海道でケルセチンの摂取量調査を行った(注6)。調査地域で入手した野菜などの食品に含まれるケルセチンの量を測定したところ、ケルセチンはたまねぎに多く含まれる他、夏に収穫されたアスパラガスやサニーレタスなどの緑黄色野菜に多く含まれていた(図1)。
アスパラガスにはケルセチンを含む化学構造を持つルチンと呼ばれる化合物が多いことが知られている。特定健康診断を受けている方を中心に食事調査を実施して摂取量を推定すると、1日のケルセチンの摂取量は夏と冬の平均で16ミリグラムから18ミリグラム程度であり、夏は緑茶、たまねぎおよびアスパラガスなどの緑黄色野菜からの摂取が多く、冬はたまねぎからの摂取が多かった(図2)。健康との関係では、ケルセチン摂取量が多いと血圧(拡張期血圧)が低いことが推定された。
注5:参考文献(1)(2)
注6:参考文献(3)
ケルセチンは加熱しても構造が壊れにくく調理してもほとんど壊れない。さまざまな料理に用いることができるたまねぎは、ケルセチンの摂取に適した食材であるといえる。北海道で栽培されるたまねぎは、本州で栽培されるたまねぎに比べてケルセチンを多く含むことが報告されている。
農研機構北海道農業研究センターでは、農林水産省のプロジェクト(医農連携プロ)において育成した新品種「クエルゴールド」を国内で栽培されるたまねぎの中で、最も多くケルセチンを含むたまねぎとして、平成28年に品種登録した(写真1、2)(注7)。
「クエルゴールド」のケルセチン含量は、可食部100グラム中に75ミリグラム度であり、一般的な北海道のたまねぎの1.5倍から2倍程度であった。
ケルセチン含量の高い「クエルゴールド」の可食部はやや黄みがかっている(写真2)。私達は農研機構のプロジェクトにおいて、「クエルゴールド」などのケルセチンを多く含むたまねぎを用いて介入試験を行い、たまねぎの新たな機能性として、認知機能改善効果を検討した。
注7:参考文献(4)
現在、65歳以上の人口の約15%は認知症を患っていると推定されており、認知症や認知機能の低下から、自立した生活が困難になり、介護が必要となるケースも多い。脂肪や糖を多く摂るような偏った食生活は肥満、糖尿病をはじめとする生活習慣病の原因となるが、このような食生活の偏りは認知症の原因にもなることが明らかになってきた。
認知機能を改善し、認知症や認知機能低下を予防する食品の役割に期待がもたれている。岐阜大学の中川らは、ケルセチンを飼料に混ぜて食べさせると、認知症であるアルツハイマー病のモデルマウスや年を取ったマウスの認知機能が改善することを明らかにし、作用機構に関する研究も進めている(注8)。そこで、プロジェクト研究では、発症早期のアルツハイマー病患者を対象としてケルセチン高含有たまねぎを摂取する介入試験を実施した。
一般的なたまねぎは黄たまねぎと呼ばれ、皮が黄色く、ケルセチンが含まれているため可食部も黄色がかっているが、ケルセチンを含まず皮も可食部も白い、白たまねぎと呼ばれるたまねぎもある。
クエルゴールドや黄たまねぎのうちケルセチン含有量が多いたまねぎと比較したところ、白たまねぎはケルセチンをほとんど含まないが他の成分は同程度に含んでいた。そこで、ケルセチン高含有たまねぎ(クエルゴールドおよび他の黄たまねぎを含む)と白たまねぎを加熱乾燥粉末とした試験食品を、間をおいてそれぞれ4週間ずつ、お湯やみそ汁などに混ぜて毎日18グラム摂取する試験を行い、ケルセチンの効果を調べることにした。
「改定長谷川式簡易知能評価」は認知症でよく用いられる検査法である。口頭で年齢を質問して回答してもらう、単語を復唱してもらう、また計算をしてもらうこと等により、認知機能を評価する。比較的軽い認知障害のある5名の患者に、ケルセチン高含有たまねぎと白たまねぎの摂取前後で認知機能検査を行って比較した結果、ケルセチン高含有たまねぎを食べた時にのみ、記憶機能のうち、単語などを思い出す想起機能の評価点数が良くなることが明らかになり、ケルセチン高含有たまねぎが想起機能を改善する可能性が示された(図3)。
注8:参考文献(5)
さらに、北海道情報大学では、認知症ではない、やや認知機能低下が認められる程度の人までを含めた65歳から84歳のボランティアを対象として、ケルセチン高含有たまねぎやケルセチンを含まない白たまねぎを摂取する試験を行った(注9)。この試験では、ボランティアの男女を30名ずつの2つのグループに分け、それぞれケルセチン高含有たまねぎと白たまねぎの加熱乾燥粉末10グラムを約5カ月間毎日摂取してもらった。ケルセチン高含有たまねぎの粉末10グラムは約50ミリグラムのケルセチンを含んでいる。
摂取期間の前後には、一般的な認知機能検査であるミニメンタルステート検査などを行った。ミニメンタルステート検査も口頭で質問して回答してもらう検査で、「今日は何月何日か」などの自分が置かれている状況の認識や、記憶力、計算力などについて評価するものである。摂取期間の前後で、それぞれのグループの点数は変わらなかったが、年齢の中央で二つに分けた場合の年齢の若い群では、ケルセチン高含有たまねぎを摂取した人たちのミニメンタルステート検査の点数が高くなった(図4)。このことから、認知症ではない高齢者ボランティアを対象とした試験でも、認知機能を改善する可能性が示された。
注9:参考文献(6)
主に海外でケルセチンのサプリメントを摂取する介入試験が行われており、肥満で高血圧の患者の血圧を下げるなどの報告もあるが、病気にかかっていない人に対するたまねぎの効果を示す報告はほとんどない。
たまねぎの認知機能改善効果を明らかにするためには、さらに介入試験を行って確認をする必要があるだろう。しかし、これまでの結果はケルセチンを含むたまねぎを食べる習慣が、生活習慣病や認知症の予防に寄与する可能性を示しており、研究グループでは、さらに研究を進める予定である。
参考文献
(1) Kobori, M. et al.(2011)Chronic dietary intake of quercetin alleviates hepatic fat accumulation associated with consumption of a Western-style diet in C57/BL6J mice. Mol Nutr Food Res, 55, 530-540.
(2) Kobori, M. et al.(2011)Quercetin suppresses immune cell accumulation and improves mitochondrial gene expression in adipose tissue of diet-induced obese mice. Mol Nutr Food Res, 60, 300-312.
(3) Nishimuro, H. et al.(2015)Estimated daily intake and seasonal food sources of quercetin in Japan. Nutrients, 7, 2345-58.
(4) 室崇人ら(2015)「ケルセチン配糖体を高含有するタマネギ品種‘クエルゴールド ’の育成」、『園芸学研究』、14、305-311.
(5) Nakagawa, T. et al.(2016)Improvement of memory recall by quercetin in rodent contextual fear conditioning and human early-stage Alzheimer’s disease patients. Neuroreport, 27, 671-6.
(6) Nishimura, M. et al.(2017)A randomized, double-blind, placebo-controlled study evaluating the effects of quercetin-rich onions on cognitive function in elderly subjects. J. Functional Foods in Health and Disease 7, 353-374.
(7) 小堀真珠子(2016)「タマネギの認知機能改善効果の検証と利用技術開発」、『JATAFFジャーナル』、12、26-30.