[本文へジャンプ]

文字サイズ
  • 標準
  • 大きく
お問い合わせ

調査・報告(野菜情報 2018年3月号)


きゅうり栽培の省力化と技術革新
~徳島・海部地域「きゅうりタウン構想」の取り組み~

日本大学 生物資源科学部 食品ビジネス学科 教授 宮部 和幸

【要約】

 徳島県海部地域(町・なみ町・かいよう町)は、きゅうりの高い栽培技術を有する産地であるが、担い手のぜいじゃく化と人口流出が進んでいる。海部地域3町と県およびJAは、移住就農者による産地再生「きゅうりタウン構想」を立ち上げ、次世代園芸施設でのきゅうりの養液栽培技術の確立などの技術革新(イノベーション)に取り組む。地元の企業やJA、研究機関・大学、県や町などの強固な産官学連携によって「構想」実現を目指す。

1 はじめにー地域でのイノベーションと産官学連携ー

最近、「農業競争力」というキーワードを、農業関連の新聞、業界誌だけでなく、一般紙や雑誌などでもよくみかける。今、農産物輸出拡大とともに、競争の舞台は、産地間あるいは国内間から国際間に移り、競争の局面も、価格競争やコスト競争に加え、安全・安心、エシカル(注1)などを含む高付加価値やブランド化競争など、幾十にも重なり合ってきている。

こうした重層的な農業の競争力の源泉には、技術革新、すなわち、イノベーションがあることを多くの人は疑わないであろう。かつては、「イノベーションは天から降ってくる」という理論的枠組みによって、イノベーションの開発費用(投資)が必ずしも求められず、それを生み出す装置も準備されていなかった(注2)。しかし、今はそうではない。農業分野に限らず、あらゆる分野において、多様な形態かたちのイノベーションを効率的、迅速に開発する装置の構築が求められている。

農業のイノベーションの形態は、新しい農業機械や食品の開発といった有形のものから、アイデア、知という無形の情報に至るまで多種多様な形態を持ちながら、その普及の目的も、その開発・普及主体も、従来の公的試験機関から、大学、企業など著しく多様化してきている。

このような状況の中で、地域においては、イノベーションを開発する装置をいかにして構築するか、すなわち、イノベーションのシステムづくりが問われている。近年、脚光を浴びている地域における産官学連携も、こうした文脈に沿っているといえよう。

本調査報告では、次世代型の新しい促成きゅうり栽培などを開発・普及している徳島県海部地域に注目する。海部地域は、後述するように、きゅうりの高い栽培技術を有する産地であるが、生産農家は最盛期の4分の1まで減少し、担い手の脆弱化と地域全体の人口流出が進んでいる。牟岐、美波、海陽の海部地域3町とJAかいふ、県が中心となり、新規就農を希望する若者の移住と育成を進めて産地再生を図る「きゅうりタウン構想(さまざまな新しい仕組みや栽培システムなどのイノベーションを含意)」を立ち上げ、地元の企業や大学などとの連携で構想実現を目指している。

地域において、多様な形態のイノベーションを効率的、迅速に推進するシステムをどのように構築すればよいのか、海部地域の産官学連携によるイノベーションのシステムづくりのポイントを探る。

注1:「倫理的」「道徳上」という意味である。

注2:イノベーションの開発費用等については、引用・参考文献(2)による。

2 促成きゅうり産地と「きゅうりタウン構想」

(1)海部地域の促成きゅうり産地

徳島県の南端に位置する海部地域は、温暖な気候、冬季の多い日照量などの恵まれた自然条件を生かし、1944年から促成きゅうり栽培(注3)を開始した西日本有数の冬春きゅうり産地である。土耕栽培で10アール当たりの収量(単収)30トンを超えるような栽培技術を有する篤農家も少なくなく、冬春きゅうりの単収は全国第2位を誇り、高い栽培技術を持つ伝統産地としても知られている。

促成きゅうりの高単収を維持するには、重労働な土づくりが不可欠であり、蒸し暑いビニールハウス内での葉かきやツル下ろし、収穫作業などを行わなくてはならない。このため新規にきゅうり栽培を始めるような若者はほとんどおらず、生産者は高齢化の進行とともに減少していった。きゅうりの生産農家数は1980年の101戸から2015年の29戸へ一貫して減り続け、栽培面積も1980年の23.3ヘクタールから2015年の5ヘクタールに減少してきている。

050a

こうした海部地域のきゅうり産地の縮小は、地域全体の人口や高齢化とも密接に連動している。図2は海部地域における人口と高齢化率の推移を示したものである。人口は1980年3万3923人から2016年2万121人に約40%も減少し、高齢化率は1980年17%から2016年には46%と急速に上昇してきている。もはや出生率の向上や若年層の流出抑制を目指すだけでは、地域人口の減少に歯止めがかからない状況にある。

注3:促成きゅうりは、一般的に施設栽培で行われるもので11月播種、12月定植、1~6月に収穫されるもの。

051a

(2)「きゅうりタウン構想」の立ち上げ

2015年6月、牟岐美波、海陽町の海部地域3町とJAかいふ、徳島県を中心に促成きゅうりの担い手確保に向けた「海部次世代園芸産地創生推進協議会」(以下「推進協議会」という)を設立し、「きゅうりタウン構想(注4)」(以下「構想」という)を策定した。

「構想」策定のねらいは、若者にとって魅力ある新しいきゅうり栽培技術の確立を通して、新規就農者の若者を受け入れ、海部地域での定住人口を増やすことにある。すなわち、「構想」はきゅうり栽培のイノベーションを核とした海部地域(タウン)の夢(構想)を描いたものである。それは単に夢が描かれているだけではない。そこには夢が膨らむような工夫が凝らされているのである。

「構想」は、まず現状分析を行い、問題点と課題を明確にして、10年後の目指す姿を設定している(図3)。「現状分析なきところに将来方向はない」(注5)といわれるように、現状分析は構想やプラン策定のイロハである。

051b

10年後の目指すべき姿としては、産地の栽培面積を策定時点の5.7ヘクタールから10ヘクタールに、10アール当たりの収量を21.7トンから30トンに、所得も栽培面積30アールで690万円から1000万円とするなど、具体的な数値目標を明示している。

ここで特に注目したいのは、目標に向けた段階的な取り組みステップが用意されていることである。「構想」の実現に向けて、①経営モデル調査、②研修体系システムの確立、③次世代技術導入・匠の技の継承、④移住就農者募集の4つのステップを設定し、「夏季2ヵ月休暇あり、農業所得400万円(15アール経営)」を目玉に掲げながら、移住就農者をSNSやマスコミを最大限活用して募集したことである。

さらに、彼らを就農から自立まで手厚くサポートするために、2015年10月、後述する「海部きゅうり塾」を新設するとともに、農業支援センターやJAの指導員らが栽培技術などを指導するなどの「構想」の推進体制の整備を進めた(図4)。特に、推進協議会のもとに、きゅうり生産部会、JA、企業、町、農業支援センター、大学から構成される構想推進チーム、いわゆる産官学連携による推進体制を整備したことに注目しなければならない。

注4:促成きゅうり栽培と「きゅうりタウン構想」の取り組みについては、引用・参考文献(4)、(5)による。

注5:引用・参考文献(6)では、現状分析の徹底から「診断なきところに設計なし」と指摘している。

052a

(3)海部きゅうり塾

きゅうりは、野菜の中でもその生育スピードが速く、土の状態や水分量、湿度などのさまざまな要因でその生育状況は異なり、栽培技術の習得が総じて難しく、新規就農者向けの品目ではない。そのため、海部きゅうり塾では、きゅうり栽培に必要な基礎知識を習得する座学と、篤農家での実習などを取り入れた独自のカリキュラムをつくっている。

具体的には、原則火・水・金曜日が2時間の座学を含めた終日実習日となっており、座学では、農業の基礎、きゅうり栽培、経営や流通などを学び、実習では、篤農家や次世代園芸施設でのきゅうりの養液栽培を実践する。座学・実習後は、養液栽培のレンタルハウスで自立経営を目指すといった育成プロセスが用意されている。海部きゅうり塾はスタートしてまだ日は浅いものの、現在までに22名の新規就農希望者(きゅうり塾生)を受け入れ、そのうち10名が就農(雇用就農も含む)している(写真1)。新規就農者はいずれも目標とする単収20トンに達しており、うち1名は単収30トンを超える篤農家レベルにある。

053a

3 省力化と技術革新・イノベーション

(1)先進技術を融合した次世代園芸施設の整備

新規就農者である若者を呼び込むためには、従来のきゅうり栽培とは違う、新たなきゅうり栽培の仕組み、すなわち、イノベーションを示さなければならない。そのため、構想推進チームが主体となって、先進技術を融合した次世代園芸施設を地域内に整備する。同施設は、養液栽培と複合環境制御を導入した軒高型ハウス、いわゆるスマートグリーンハウスである(写真2)。

053b

また次世代園芸施設は、きゅうりの生育に最適な温度や湿度などを自動制御・自動かん水によって安定生産・高収量を目指すと同時に、きゅうりに最適な培地管理によって、作業の手間や人手、時間を削減する「省力化」を基本としたイノベーション施設である。

同施設に導入する養液栽培技術は、既にトマトやいちごでは普及しているが、きゅうりではまだほとんど普及していない。構想推進チームは、オランダで行われているきゅうりの養液栽培を全国に先駆けて導入することとなる。まず県の農業支援センターは、高単収の篤農家に対して、プロファインダー(環境測定装置)による環境因子の測定を行い、彼らの技術解析を実施する。それは、高い栽培技術を有する篤農家のノウハウや技など暗黙知(注6)の「見える化」を行う。

こうして得られた篤農家のノウハウやデータに加え、養液栽培に最適な資材や施設構造に関しては地元企業(資材、種苗)から、また養液栽培の試験研究に関しては大学から、専門分野を持つ構想推進チームメンバーの各々から提供される豊富なノウハウ・情報などをベースとして促成きゅうりの養液栽培技術の確立を目指した。試行錯誤の結果、養液栽培の実証結果では、冬春(長期作)で平均値を超える10アール当たりの単収25トンの収穫量を得ることとなった。

注6:経験や勘に基づく知識のことなど。

(2)「全国きゅうり養液栽培サミット」の開催

構想推進チームは、ここにとどまるのではなく、次の一手を打つ。2017年11月、全国からきゅうりの養液栽培に取り組む生産者、技術者および企業が一同に集う「全国きゅうり養液栽培サミット」を海部地域で主催したのである。同サミットでは、構想推進チームで取り組んだ次世代園芸施設で得られた成果や課題を惜しげもなく公表し、参加者を交えた情報交換を通して、きゅうりの養液栽培技術のより一層の確立に向けた方策を検討した。

また同施設は、単にイノベーションを示しているだけではなく、新しい農業の姿を示しているといえる。施設はオランダ方式の高軒型で換気に優れており、従来のハウスよりも作業環境は良好である。そのうえ、長靴で土にまみれてきゅうりを栽培するものではなく、スリッパを履いてICTを使ってきゅうりを栽培する全く新しい農業なのである(写真3)

054a

導入しているプロファインダーは、きゅうりの養液栽培に不可欠な日照量と温度、湿度、そして養液や二酸化炭素の量を正確に把握するだけでない。それがクラウド化されているので、ハウス内にいなくても、スマートフォンからいつでもどこにいても、把握することが可能である(写真)。これも、特に若い新規就農者には、農業のイメージを大きく変える魅力の一つとなっている。

055a

(3)作業時間の削減と余暇時間の提供 

海部地域の自然条件は、促成きゅうり栽培に適しているだけでなく、サーフィンをはじめとしたマリンスポーツにも最適である。海部地域は温暖な気候であることから、年間通じてサーフィンを楽しむことが可能であり、関西圏から多くのサーファーが訪れる人気エリアでもある。中でも海部・宍喰エリアは、高い波と美しい海岸線の景色を持った全国的にも有名なサーフィンスポットである(写真)。

055b

海部地域が進める省力化を基本としたイノベーションは、新規就農者に対して、作業時間の削減を実質的にもたらすだけでなく、彼らにサーフィンをはじめとした余暇(Recreation)時間を提供することにつながっていることに着目しなければならない。すなわち、「半農半R」(R=Recreation)という若い新規就農者には極めて魅力的な農的ライフを提供しており、現に、海部地域のきゅうり塾22名のうち5名がサーファーである。

このことは、新規就農者である彼らに対して、「豊かな自然」と「もうかる農業」だけでなく、主体的な余暇活動も用意しておくことが大切であることを示唆しているといえよう。

4 イノベーションの形態とそのシステムづくり

こうした構想推進チームを中心に開発された数々のイノベーションを、その形態およびシステムづくりからみると、次の諸点を指摘することができる。

一つは、多様な形態のイノベーションの開発とイノベーション領域の拡大である。省力化を基本とした促成きゅうりの養液栽培にみる技術革新はもちろんのこと、海部きゅうり塾での新規就農者に対する育成プロセスなど、「構想」の実現を目指して、さまざまな仕組みや方法などを開発していることである。

二つは、迅速なイノベーションの開発と採択である。推進協議会が設立されたのは2015年6月であり、わずか2年あまりの限られた期間の中で、さまざまなイノベーションを地域で開発・採択してきている。

三つは、イノベーションのシステムづくり、すなわち、産官学連携のあり方である。海部地域におけるイノベーションの開発主体は、推進協議会の下で構成される構想推進チームである。この構想推進チームは、いわば「構想」という戦略に従う組織であり、産学官のチームメンバーが「構想」実現という明確な共通目標に向けて、メンバー個々の「自律性」に依拠した産官学連携であるということである。多様な専門分野のメンバーが戦略的に連携することによって、こうしたさまざまなイノベーションを効率的に、スピードをもって生み出す装置(システム)として産官学連携が位置付けられるといえる。

四つは、イノベーションの普及過程における「小さな改善」である。そもそも、イノベーションは開発しても、それが普及しなければ何にもならない。ただ、農業分野のイノベーションの普及過程をめぐっては、農業の固有な事柄に留意しなければならない(注7)。それは、農業の技術的特質、特にそれが有機的生産に関わる技術を有していることであり、つまり標準化や規格化が相対的に困難なこと、作物を生育する環境、その導入される環境が多様に異なることにある。そのため、イノベーションの普及過程においては、これらの個別対象適応のための改善、いわゆる「小さな改善」が極めて重要となる。

構想推進チームが試行錯誤を繰り返しながら養液栽培技術の導入を進めていることや、海部きゅうり塾が次世代園芸施設で実践していることなどは、イノベーションの普及過程における小さな改善に他ならない。

五つは、海部地域で次から次へとさまざまな取り組みやイノベーションを可能としているのは、それがオープンイノベーションであることと密接に関連している。オープンイノベーションとは、外部の技術やアイデア、データなどを組み合わせて実業化などを促進していく手法である。構想推進チームでは、技術・ノウハウなどは、チーム内部、さらには地域外などへもその情報を公開している。特に、全国きゅうり養液栽培サミットなどはオープンイノベーションの一つの取り組みとして注目される。オープンにすることによって地域全体の技術開発力を高め、イノベーションの一層の進展につなげているのである。

注7:普及過程における小さな改善については、引用・参考文献(2)による。

5 おわりに ~これからの産官学連携のあり方~

海部地域において、こうしたイノベーションのシステムづくりが構築できたのには、地域固有の社会的基盤があることを見逃してはいけない。同地域の中核となる海部町(現海陽町)は、全国でも最も自殺率が低い町といわれ、町民個々の個性や多様性を重んじ、近すぎず、遠すぎない距離感をもちながら“ゆるく”つながり、トラブルや相談をさらけ出すコミュニティーを形成している(注8)

このようなコミュニティーは、構想推進チームの産官学連携にも当てはまる。多様な専門分野をもったメンバーが集まり、「問題」や「課題」があればそれを出し合い、チーム内でも解決できない場合はチームの外に求める。

一般に、「集積の経済」とよばれる外部経済効果は、市場への地理的近接性による費用最小化や、ユーザーが一度購入(利用)すると他のものへ乗り換えなくなるという、いわゆる「ロックイン効果」を生み出すものである(注9)。しかし、ロックイン効果には正と負の両面がある。集積(連携)した初期段階では、どんどん新たな主体を引き寄せ成長するといった正の効果を生み出すが、長期的には、それが逆に連携の変革を困難にする、あるいはイノベーションを阻害するといった負の効果が働く可能性も潜んでいる(注10)

従って、初期段階にある海部地域の産官学連携によるイノベーションのシステムには、地域という枠を超えて、さまざまな情報が流通できるよう準備しておかなくてはならない。すなわち、海部地域は常に外に開かれ続け、かつ産官学連携によるイノベーションもまたオープン性を持ち続けることこそが、「きゅうりタウン構想」の目標達成を早めるものとなろう。

注8:海部町のコミュニティーの特徴とその形成については、引用・参考文献(3)による。

注9:集積の経済については、引用・参考文献(7)による、

注10:集積の効果については、引用・参考文献(1)による。

(謝辞)

JAかいふの営業部長の豊田穂氏をはじめ、新規就農者の戎田耕次氏・湯浅篤志氏、海部きゅうり塾生(4期生)の皆様からは、貴重なお話を伺うとともに、徳島県南部総合県民局産業交流部長の村上公治氏、同課長補佐の清水昇氏からは資料・データ提供に加え、詳細な点についてもご指導を頂きました。深く感謝致します。



引用・参考文献

(1) 石倉洋子・藤田昌久・前田昇・金井一頼・山崎朗『日本の産業クラスター戦略-地域における競争優位の確立』有斐閣、2003年、224頁。

(2) 稲本志良「農業普及序説-その主要な概念と理論的構造-」(社)全国農業改良普及支援協会『農業普及事典』2005年、3~18頁。

(3) 岡 檀『行き心地の良い町-この自殺率の低さには理由がある』講談社、2013年。

(4) 小林 元「JA自己改革の現場から地域ビジョンを描き、組み立てる創造的自己改革-JAかいふ(徳島県)「きゅうりタウン構想」の挑戦に学ぶ」『月刊JA』8月号、2017年、10~14頁。

(5) 清水 昇「新たな人材育成を目的とした「きゅうりタウン構想」実現に向けた取組み~半世紀を超え培ってきた「栽培技術」と「地域力」で地方創生~」『施設と園芸』No.179、2017年、2~5頁。

(6) 藤谷築次「地域農業計画論の課題と方法の検討」『農業計算学研究』23、1991年、17-28頁。

(7) Porter,ME(1998)On Competition, Harvard Business School Press(竹内弘高訳『競争戦略論Ⅱ』ダイヤモンド社、1999年、86~87頁 。

元のページへ戻る


このページのトップへ