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調査・報告(野菜情報 2017年10月号)


2020年に向けた日本の食文化発信の取り組みについて

内閣官房 東京オリンピック・パラリンピック推進本部事務局 参事官 勝野 美江

要約

 2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピック競技大会では、世界から訪れる選手や観光客などに日本の食を提供し、日本の魅力ある食文化を体験してもらうことが重要である。大会関係施設内の選手村などに食材を提供するには食材調達基準をクリアする必要があり、これへの対応が求められる。一方、事前合宿などの受け入れを行うホストタウンでは、日本の食文化を体験してもらうことが重要である。

1 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会とは

開催まで1000日余りと迫った2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「東京大会」という)は、スポーツの祭典ではあるが、同時にさまざまな日本文化を発信する機会にもなる。

東京大会の競技会場は、東京都のほか8道県にわたる。その開催準備や大会運営は、東京都とJOC(公益財団法人日本オリンピック委員会)により設置された公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下「組織委員会」という)が行うことになっている。一方、平成32年東京オリンピック・パラリンピック特別措置法(2015年6月25日施行)によって、東京オリンピック・パラリンピック推進本部(本部長:内閣総理大臣、以下「推進本部」という)が設置されている。ここで、国としてどう東京大会を運営していけばいいかという、「2020年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会の準備及び運営に関する施策の推進を図るための基本方針」(以下「基本方針」という)(注1)が策定(2015年11月27日閣議決定)されており、各省が横断的に東京大会に対して協力し、オールジャパンで東京大会を盛り上げていくための体制が整備されている。

大会規模は、2016年に開催されたリオデジャネイロオリンピック・パラリンピック競技大会の例を見ると、選手の参加者はオリンピックで205カ国・地域、1万500人、パラリンピックで159カ国・地域、4350人となっている。選手以外にも、ボランティア・スタッフ12万人、放送サービス・プレス2万5000人、観客800万人などとなっている。これを見ると、2020年7月から9月にかけて多くの方々が来日することがわかる。

注1:内閣官房ウェブサイトよりhttp://www.kantei.go.jp/jp/singi/tokyo2020_suishin_honbu/pdf/kihonhousin_zenbun.pdf

2 東京大会を通じた日本の食文化発信とは

基本方針では、大会を通じた日本の再生ということが位置付けられ、東日本大震災の被災地の姿や季節感あふれた祭りなどの特色ある文化芸術活動、そして食からおもてなしの心に至る全国の地域の魅力を発信する、としている。東京におけるショーウインドウ機能を活用しつつ、地域性豊かな和食、そして日本酒、その他の食文化など、日本の魅力を世界に発信するということがうたわれ、日本全国みんなで盛り上げる大会にしていこうとしている。

日本の食文化発信に関しては、2016年5月に推進本部の下に「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会における日本の食文化の発信に係る関係省庁等連絡会議」(議長:東京オリンピック・パラリンピック担当大臣、以下「食文化発信関係省庁等連絡会議」という)を設置し、関係機関が連携して、2020年に向けた日本食・食文化の発信に関する検討を行っている。世界の多くの方々が日本の食事に対し興味や関心を持っておられ、日本の食事を食べるのを楽しみにしている(注2)中で、東京大会が開催される2020年の訪日観光客の目標は4000万人とされている。これらの方々に、日本の食文化を生かしてどういったおもてなしをしていけばよいか、オールジャパンで考えていく必要がある。

注2:観光庁「訪日外国人の消費動向」(平成27年年次報告書)より http://www.mlit.go.jp/common/001173130.pdf

3 大会関係施設での飲食提供

ここで、リオ大会で実際にどのような飲食提供が行われていたかを紹介する。選手村のメインダイニングはドーム式の仮設の会場(ジャンボ機機分にも及ぶ広大な仮設テント)で、オリンピック時には約5000席が設けられて食事が提供されていた。ここは24時間営業で、朝食、昼食、夕食、夜食に世界の料理がカフェテリア方式で提供されていた。選手村の食堂には必ずサラダバーが設置され、豊富な種類の野菜が並んでいた。組織委員会がリオ大会の選手村のメニューから、使用されたことがわかる食材をリストアップしており、これによると「きゅうり、スイートコーン、レタス、ほうれんそう、だいこん、にんじん、もやし、トマト、ミニトマト、ズッキーニ、リーキ、なす、ばれいしょ、かんしょ、ヤムイモ、かぼちゃ、キャッサバ、唐辛子類、葉たまねぎ、白いんげん豆、えんどう豆、ヒヨコ豆、レンズマメ、豆類、きのこ、カリフラワー、ブロッコリー、ハーブ、ケーパー、にんにく」が挙げられている。大会ごとにその国の特色を出した料理を提供するということで、ブラジル食のコーナーが設置されていた(写真1)。

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また、メインダイニングとは別にカジュアルダイニングといわれるレストランが選手村内に別途設置され、ここでは、オープンエアなリラックスできる環境でバーベキューなどの料理が出されていた。メディアセンター内にも食堂が設置されており、こちらにもサラダバーがあり、プラスティックのケースに入ったパックサラダも置かれていた(写真2)。

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東京大会で、どこで、誰に、どんな料理を、どのように提供するかといったことについて、組織委員会内に検討会議が設置され、2017年3月から議論が開始されており、2017年度中に飲食提供基本戦略が策定されることになっている(注3)

一方、2017年3月には、持続可能性の観点からの食材の調達基準が策定されており(注4)、例えば、野菜に適用される農産物の調達基準に関しては、食品安全、環境保全、労働安全を確保した生産方法によって作られたものを調達することが要件になっている。これを満たす方法として、GLOBALG.A.P.やJGAP Advance(2017年8月からASIAGAPに改名)といった認証を受けて生産された農産物を調達することとされている。また、これらの認証を受けて生産された農産物以外を必要とする場合は、農林水産省の「農業生産工程管理(GAP)の共通基盤に関するガイドライン」に準拠したGAPに基づき生産され、都道府県等公的機関による第三者の確認がなされたものも調達可能となっている。なお、実際に食事を提供するのは組織委員会が委託するケータリング事業者などであり、食材も同事業者が調達することになる。なお、ケータリング事業者は2018年度中に決定される予定である。

近年、この食材調達基準に位置付けられたGAPなどの認証が、輸出や大手流通業者への販売の際に求められるようになってきている。東京大会を契機にこうした認証が普及し、日本の農林水産業の発展に寄与することが大会のレガシー(遺産)となることが期待されている。北海道、福島県、岩手県、岐阜県、宮崎県などでは、認証取得を推進し、東京大会に地元食材を提供しようとする体制整備がなされており、全国的にこうした取り組みが活発になることが期待される。

注3:組織委員会公表資料より https://tokyo2020.jp/jp/games/food/strategy/data/20170313-appendix.pdf

注4:詳しくは「野菜情報」2017年3月号「話題」参照

4 東京大会の食文化発信に向けた課題とは

食文化発信関係省庁等連絡会議での議題なども踏まえ、東京大会の食文化発信に向けた課題として、食品事業者などにヒアリングした結果を以下に整理する。

まず、大会関係施設で提供される食事に国産食材を活用するという点に関しては、「国際的にも通用する優れた国産食材を選手や観客に楽しんでもらい、我が国農林水産業の競争力強化につなげ、東京大会のレガシーとすること」「大会までに調達基準を満たした食材を十分提供できるようにしていくため、生産者などへの支援を関係省庁などが連携して取り組んでいくこと」「被災地食材の活用に当たっては被災地の復興をPRする必要があること」などが挙げられている。

次に、大会関係施設における日本食・食文化の発信という点に関しては、「生産者などが調達基準を満たした食材の生産に意欲的に取り組むため、都道府県・市町村といった産地情報を効果的に発信すること」「ハラール、コーシャ、ベジタリアン、アレルギーなどの対応食を提供する際には、事前の情報提供と問い合わせに対応できる体制を整備すること」などが挙げられている。

三つ目に、大会関係施設外での日本食・食文化の発信という点に関しては、「事前キャンプなどを実施するホストタウン自治体においても、日本食・食文化のPRを実施すること」「組織委員会の「参画プログラム」、政府のbeyond2020プログラム(文化プログラムを通じて日本の魅力を2020年を越えて発信していこうという取り組み)(注5)を活用して地域の食文化の情報発信を行うこと」が挙げられている。

和食文化の発信に関しては、多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重、健康的な食生活を支える栄養バランス、自然の美しさや季節の移ろいの表現、正月などの年中行事との密接な関わりといった和食の特徴を伝えることが重要である。野菜に関してみても、旬のあるものであり、各地に伝統野菜も存在するなど、地域性、多様性があり、これらに応じたさまざまな料理が存在する。こうした豊かな日本の食文化について、わかりやすく、入手しやすい形でうまく情報発信していく必要がある。

注5:内閣官房ウェブサイトより http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tokyo2020_suishin_honbu/beyond2020/

5 ホストタウンでの食文化発信とは

ここで、ホストタウン(注6)の取り組みの中での食文化発信について紹介する。ホストタウンとは、東京大会の前後に大会参加国の選手・スタッフや、大会関係者、オリンピアン・パラリンピアン(オリンピック・パラリンピック出場経験者)と市民との交流などを行い、地域の活性化に生かしていただこうとするもので、2017年7月時点で252の自治体が登録されている。

山形県村山市では、2017年6月にブルガリア新体操ナショナルチームの事前合宿を受け入れた。選手・スタッフが日本の気候、食、文化などに慣れ親しみ、練習の合間に浴衣の着付け、茶道、華道などの日本文化の体験、日本食の体験、さくらんぼ狩りなどを行った。さらに、地元の小中学校を訪問して子どもたちと交流したり、公開演技会で地元の方々に演技を披露するなどした。滞在中の写真がフェイスブック(フォロワー約50万人)にアップされて、合宿の様子が世界に発信されている。

徳島県では、2017年7月にドイツハンドボールブンデスリーガ―女子1部リーグのブクステフーデ SVの合宿を実施し、日本国内のリーグチームとの国際交流試合を開催したり、子どもたちとの交流などを行った。歓迎会では、徳島県産食材を使った郷土料理などを提供した。

北海道士別市では、2017年7~8月に台湾師範大学のウエイトリフティングチームの合宿を受け入れた。歓迎会では、地元生産者が栽培したGAP認証も取得しているアスパラガスの天ぷら、ブロッコリーのカニと卵白のあんかけといった料理を提供した(写真3)。

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以上のように、ホストタウンでは、来日した選手などに地元の魅力を体験してもらったり、地元の食材を使った料理を食べてもらい、そうした経験をSNSで発信してもらっている。こうした取り組みにより、大会後にも継続して相手国・地域から多くの観光客が訪れるようになることが期待されている。

注6:内閣官房ウェブサイトより http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tokyo2020_suishin_honbu/hosttown_suisin/

今回は、現時点での食文化発信の取り組み状況や課題について整理を行った。今後も、食文化発信関係省庁等連絡会議の枠組みなども活用し、地に足のついた、そして2020年以降のレガシーとなるような取り組みについて検討していきたい。



参考文献

(1)勝野美江(2017)「2020年に向けて日本の食文化をどう発信していくか」『農業と経済』2017年10月号 (昭和堂)

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