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調査・報告(野菜情報 2017年6月号)


わが国の小規模有機農業経営が抱える課題
~富士山麓における取組事例から~

東京農業大学国際食料情報学部 食料環境経済学科 教授 大浦 裕二

要約

 わが国の有機農業の拡大には、大規模生産者だけでなく小規模生産者の育成が不可欠である。富士山麓における小規模有機農業経営の取り組み事例、および有機農業の推進に関する先行研究から、わが国の小規模経営の有機農業の推進に向けた課題を整理した。①有機JAS認証制度の一部の見直しと有機JAS認証制度を補完する仕組みの構築②農業機械や施設等への投資③オーガニックマーケット(有機農産物に特化した直売市)の展開-が課題として挙げられる。

1 はじめに

2006年に有機農業を推進する法律として「有機農業の推進に関する法律(有機農業推進法)」が制定された。それから10年余りが経過したが、有機農業の生産面積は耕地全体の0.6にとどまっており、今後の有機農業(注の進展のためには、さらなる対策を講じる時期に来ている。

そこで、本稿では小規模の有機農業経営の実態と課題を明らかにするとともに、それらを踏まえて今後の方向性について検討したい。

注1:化学的に合成された肥料および農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業をいう。

2 わが国の有機農業の現状

農林水産省の有機農業の推進(注によると、有機農業の取組面積は、2009年に万6000ヘクタールであったのに対して2015年には万6000ヘクタールと1.6倍に増加しており、わが国の耕地面積全体の0.6である(図)。ただし、有機JAS認定事業者(注による有機JASの耕地面積については、2009年の9084ヘクタールから2014年の万43ヘクタールと1.1倍に増加しているものの、2015年は9956ヘクタールと微減していることから、有機農業全体の面積に比べると伸び悩んでいる状況にある。

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また、有機農業を行う農家数は万2000戸、総農家数の0.5にとどまる(表)。

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一方、有機農業を行っている農業者の平均年齢は農業全体より歳程度若く、60才未満が約半数を占めるとともに、新規就農希望者の割が有機農業での就農を希望している(図)。

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このような中で、農林水産省は2014年に新たな「有機農業の推進に関する基本的な方針(基本方針)」を公表し、2018年度までに耕地面積全体に占める有機農業の取組面積の割合を1%にまで引き上げることを目標とした。また、それに向けて

①円滑に有機農業が開始できるよう、就農相談や先進的な有機農業者による研修を支援する

②実需者などのニーズに応えたロットの拡大や産地化のため、地域ごとに慣行農業からの転換などを支援する

③広域流通の拡大に向け有機JAS認証取得手続きの簡素化などを支援する

④地域の気象や土壌特性などに適合した技術体系を確立する

⑤有機農業を行おうとする者や普及指導員などの支援のためアドバイザーの導入を検討する


こととしており有機農業を普及するための仕組みづくりや組織づくりを進めようとしていることがわかる。

わが国の有機農業の取り組みは、北海道の大規模経営や農業法人など、10ヘクタール以上の大量少品目生産を行う例も見られるが、全体の平均面積は2.2ヘクタールであり少量多品目生産が多い。そのため、有機農業の拡大には、大規模生産者だけでなく小規模の生産者の育成が不可欠である。また、前述の「基本方針」からは、地域における普及のための体制整備が求められていることがわかる。

そこで以下では、地域で協議会を設立し有機農業を推進している富士山麓有機農業推進協議会、およびその構成メンバーである小規模の有機農業経営の事例から、有機農業経営の実態と課題を明らかにする。

注2:参考・引用文献(3)による。

注3:JAS法に基づき、「有機JAS規格」に適合した生産が行われていることを第三者機関が検査し、「有機JASマーク」の使用が認められた事業者。同事業者による、耕地面積および農家数を、有機JASの面積および有機JASの農家という。

3 富士山麓有機農業推進協議会~有機農業を広げる仕組みづくり~

2006年に有機農業推進法が成立したことに伴い、静岡県では県内カ所で有機農業の拠点化に取り組み始めた。その頃、富士宮市内の有機農家10戸が学校給食向けに共同出荷を行っており、そこでは法人化や組織化を検討していた。行政からの提案もあり、2008年月に有機農家10戸の他、「学校給食を考える会(富士宮市・富士市)」、加工食品会社、レストラン、富士宮市、富士農林事務所を構成員とする富士山麓有機農業推進協議会(以下「協議会」という)が設立された。

協議会は、「地域内における有機農業に関する普及促進、就農継続を容易にするため、有機就農者(新規、転換)への技術、販売面での底支え、販売の促進ならびに流通の拡大、また、自然環境の保全、食育や環境教育の推進、地産地消の普及、循環型社会の形成により、有機農業の発展を図る」ことを目的としている(注。設立当初、協議会は年間平均販売額300万円程度の10戸で組織されていたが、現在は26戸(専業農家20戸、兼業農家戸)で組織されており、この26戸の総耕地面積は26.4ヘクタールである。年代構成は表の通りで、20代30代15名と比較的若い農家が多く、このうち農業後継者は名のみで、25名は非農家出身者である。また、富士宮市以外から移住してきた人が割以上を占めている。

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協議会の構成農家は、富士宮市の気候を生かし多種多様な穀物・野菜・果物を栽培しているが、米を主体としつつ野菜・果物にも取り組む農家や、大長にんじん、白糸とうがらし、落花生、さといも(わせいも)といった伝統野菜を栽培する農家などもあり、作付け方式は多様である。販売に関しても「畑に来て生産している野菜を知ってもらいたい」 「高級品志向に移行したい」 「一般の人にも有機野菜を買ってもらいたい」「学校給食として食べてもらいたい」などさまざまな考えの農家が集まっている。

実際の販路としては、市場を経由しない直接販売方式をとっており、販売先は有機野菜専門の直売所や自然食品店、レストラン、個人宅配、イベント出店、宅配生協など多岐にわたる。通常は個々の農家が直接販売を行っているが、協議会の一部でグループを作って共同販売を行うこともある。

協議会の主な取り組みの一つは、冷蔵庫や大豆の脱粒機といった設備の共同利用である。また、「有機農予備校」を開催し、構成員の拡大を図っている(写真)。有機農予備校とは、将来仕事として有機農業を始めたいと考える人を対象に、有機農業の技術を学び、就農の感触を体験してもらう研修である。月回、協議会に加入する農家のもとで植物の育て方や種の品種について学び、有機農業を始めるきっかけ作りを行っている。その他、技術に関する勉強会の開催、レストランのシェフと交流できるイベントの開催などを協議会として行っている。このように、協議会は富士山麓地域の有機農業生産を支える柱として大きな役割を果たしている。

注4:協議会資料による。

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4 有機農業の取組事例

以下では、協議会の構成メンバーである()なごみ農園と()ドラゴンファームを事例として、小規模有機農業経営体の実態と今後の課題について検討する。

(1)なごみ農園

なごみ農園の代表である宮田雅和氏(49歳)は、31歳の時にIT関係の仕事を辞め、浜松市にある30名程度の農業法人に入社した。その法人で農薬管理を担当していたこと、研修の視察先が有機農業を行っていたことから、有機農業に興味を持った。その後、法人を退職して、有機農家に通いながら有機農業について勉強した。2002年月、34歳のときに富士宮市で農地を借りられたため、独立して有機農業を始めた。

なごみ農園では、雇用は導入しておらず、労働力は本人と配偶者の人である。ただし、時期によっては研修生を受け入れている。これまでに10名程度の研修生を受け入れ、静岡県内などで独立した研修生もいる。

出身地である富士市での農地の調達が難しかったことから、隣接する富士宮市で農地を借り入れ、30アールから経営を開始した。翌年には60アールに規模拡大し、現在の経営面積は2.2ヘクタールである(写真2)。土地はほとんどが借地である。年を通して米や野菜など約200品目を作付けし、すべて有機栽培である。中にはホップやさとうきびなど、従来その地域では作られてこなかった品目もある。最初の年間は赤字だったが、年目から軌道に乗り、現在の年間販売額は約900万円である。

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販売先は、東京都や静岡県のレストランが60、野菜セットの個人宅配(写真)が15、自然食品店が15、地場産野菜を取り扱う食品スーパーが10である。独立当初からレストランは継続的・安定的な販売先として期待できると考え、知人に紹介してもらうなどして積極的に自分の野菜を売り込んで販売先を開拓し、全体の半分以上を占めるまでになった。イベント出店時になごみ農園の野菜を購入したレストランのシェフから連絡がきて、継続的な顧客となったこともある。

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有機農業に対して「楽しいことをする、ではなく、することを楽しむ」と考え、また「循環させること」を重要視していることから、自ら種取りも行っている。これも有機農家の楽しみと考えており、ピンク色のだいこんなど新しい品種を作ることもある。

また、なごみ農園では有機JAS認定事業者となっていない。有機JAS制度で認められている資材を使用しており取得は可能であるが、レストランや個人と直接取引を行う中で顧客に生産現場を実際に見てもらい信頼関係が築かれていることから、第者認証としての有機JAS認証を取得するメリットはないと考えている。むしろ、毎年取得費用が7~8万円かかるため経済的な負担が大きく、さらに、事務作業が煩雑で時間が取られることも取得しない理由として挙げている。なお、協議会に加入しているほとんどの農家は、同様の考え方で有機JAS認定事業者となっていない。また、農業生産工程管理(GAP)については、今のところ取得していないが、GAPの認知度が高まっていけば導入も検討したいと考えている。

(2)ドラゴンファーム

ドラゴンファームは、経営者である龍田純忠氏(37歳)の父親が2001年に会社を退職し、趣味で有機栽培を始めたのが発端である。父親の有機野菜が評判になり、顧客が増えて人手が足りなくなったため、東京で仕事をしていた龍田氏は富士宮市に戻り、農業を手伝うことになった。

当初はそれほど農業に興味はなかったが、父親の栽培する野菜のおいしさに感銘を受け、「健康になるために食べるのではなく、おいしいから食べたい野菜、主役になれる野菜」を自分も栽培しようと、本格的に有機農業を志した。しかし、農業経営のノウハウもなかったことから、年間地元の牧場で働き、その間に父親から有機栽培の技術を学んだ。

その後、2014年にドラゴンファームの代表となり、現在は有機農業だけで生計を立てている。龍田氏は、高所得階層だけが食べることができる高価格帯の有機野菜ではなく、誰でも食べることができる有機野菜を目指している。市場を通さずに販売することができれば、手間暇のかかる有機野菜であっても市場を経由した野菜よりも安く販売することが可能であると述べている。

現在、ドラゴンファームでは自身とパート名で農作業を行っている。今後はパートのうち名を社員として雇用し、法人化を目指している。商品である野菜セットの梱包を女性目線でしてもらうため、名のパートのうち名は女性である。現在父親は、農作業はしていないが、野菜セットの梱包・発送を手伝っている。

農地はすべて借地で計ヘクタールあり、米と約100種類の野菜を作付けている(写真)。年間の販売額は約500万円である。販売先は割が一般家庭(野菜セット)で、残りの割が飲食店、有機野菜専門の小売店、学校給食である。一般家庭向けの野菜セットは、少量多品目生産を行う場合、収穫時期がずれたとしても、その時に一番おいしい野菜をまとめて送ることができ、生産ロスの削減につながるため、消費者・農家の双方にとってメリットをもたらす販売方式と考えている。以前は、直売所やイベントに出荷していたが、袋詰めや野菜の大きさをそろえることに手間がかかるため、現在はほとんど卸していない。

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なお、このような理由で龍田氏自身は現在、直売所には出荷していないが、直売所は新規就農者の農産物を消費者に知ってもらう場として重要であると考えている。また、学校給食に関しては、地元で採れた野菜を食べてもらいたいという思いから出荷しており、最近では富士宮市内の個人農家では唯一、市に登録し学校給食納入指定機関となり、学校給食に有機野菜を卸している。今後は、授業の一環で子供達にきてもらって、草取りや収穫を行うなど、地元の子供達に農業を知ってもらう活動場所になればと考えている。

経営上の問題点としては、まず労働力不足が挙げられる。富士宮市は温暖で野菜の周年栽培が可能であるが、現在は労働力不足から農地を必ずしも有効に利用できていない。今後はパートに経理を任せるなどして、農作業を効率的に行いたいと考えている。関連して、作業効率を上げるために機械化も検討しているが、多品目栽培であるためそれぞれの品目に適した機械が必要となり、1020万円程度の機械であってもなかなか購入に踏み切れないのが現状である。

5 おわりに ─わが国の小規模経営の有機農業における今後の課題

最後に、以上の事例分析と有機農業推進に関する先行研究(注に基づいて、わが国の小規模経営の有機農業の推進に向けた課題を整理する。

第一に、有機JAS制度の一部の見直しと有機JAS制度を補完する仕組みの構築が望まれる。なごみ農園の事例で述べたように、小規模の有機農業経営では少量多品目生産を行うことが多いため、現行の制度では時間的・経済的な負担が大きい。まずは、国が示しているように、有機JASの認証取得手続きを簡素化するための支援を行っていくことが重要であろう。

また、現行の有機JAS制度は第三者による認証制度であり、生産者と実需者・消費者との間に距離があり情報の共有が難しい場合に有効な制度といえる。一方、本稿で紹介したような小規模の有機農業経営は実需者や消費者と直接結びついており、情報が共有され信頼関係が形成されているため、積極的に第三者認証を行う必要がない。しかし、現行の制度では、このような場合には「有機」という表示をすることはできない。そこで、「参加型有機認証制度(PGS)」の導入が望まれる。国際有機農業運動連盟IFOAM)によると、PGSとは、「地域に焦点を当てた有機農産物などの品質保証システム」であり、「信頼、社会的なネットワーク、知識の交換・生消交流の基盤の上に、消費者の積極的な参加活動に基づいて、生産者を認証する」ものである。すなわち、生産者と消費者の信頼に基づく二者間の認証制度であり、実需者や消費者との関係が多様化している中では、現在の第三者認証制度に加えて、このような仕組みが求められているといえる。ただし、新しい認証制度の導入にあたっては、現行制度との違いを実需者や消費者に正しく認識してもらうための工夫も必要であろう。

第二に、農業機械や施設などへの投資に関する課題が挙げられる。ドラゴンファームの事例では、労働力不足と農地の有効利用に向けた対策として農作業の機械化が考えられるものの、品目数の多さなどから機械購入の資金不足が課題になっていた。国や県などにおいて有機農業の推進に活用できる各種補助事業が整備されているが、農業者で構成されたグループや一定の作付面積を有する個人などを対象とする場合が多く、本稿で取り上げたような小規模の有機農業経営はすぐには活用できないケースが見られる。これに対しては、小規模の有機農業経営が単独で活用できる仕組みの整備とともに、本稿で事例とした協議会のように、農業機械・施設の共同利用などを行う農業者の組織化に対する支援を各地域で進めていく必要があろう。

第三に、「オーガニックマーケット(有機農産物に特化した直売市)」の展開である。有機農業を推進するためには、生産拡大に向けた支援とともに、有機農産物に対する需要の拡大が不可欠である。そのためには、消費者が有機農産物に触れる機会や生産者と直接対話できる場を増やし、有機農業や有機農産物に関する認知度や知識の向上を図る必要がある。また、事例ではイベントへの参加がきっかけとなって継続的な取引先(実需者)を獲得しており、本稿で対象としたような少量多品目生産を行う小規模の有機農業経営にとっては、「オーガニックマーケット」自体が重要な販路の一つになり得るとともに、さらに新しい販路を開拓するための場としても機能するといえる。

注5:参考文献(6)(7)による。



参考・引用文献

(1)なごみ農園ホームページ、http://nagominouen.o.oo7.jp/index.html、2017年4月16日確認

(2)農林水産省生産局農業環境対策課「有機農業の推進に活用できる補助事業等一覧」2017.2

   http://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/yuuki/convention/h26/pdf/d04.pdf

(3)農林水産省生産局農業環境対策課「有機農業の推進について」2017.2

   http://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/yuuki/attach/pdf/28yuuki-25.pdf

(4)ドラゴンファームホームページ、http://www.dragon-farm.jp/、2017年4月16日確認

(5)富士山麓有機農業推進協議会ホームページ、http://fujisan-yuuki.com/、2017年4月16日確認

(6)八木一成「有機認証制度に関する一考察」太成学院大学紀要第16巻通号33号pp.97-100.

(7)八木一成「有機農業推進のための生産者と消費者間の情報共有についての考察」
太成学院大学紀要第17巻通号34号pp.107-114.

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