(1)エジプトの農業概要
北アフリカに位置するエジプトは、国土の9割以上が砂漠地帯であり、水源の乏しい国の一つである。一方、国土を縦断するナイル川流域を中心に農業が発展し、特に河口部は「ナイルデルタ」と呼ばれる
肥沃な三角州として知られ(図2)、地中海に面した同地域は農業と貿易により古くからエジプトの経済を支えてきた。また、同国東部は紅海に面しており、地中海と紅海をつなぐスエズ運河はエジプトが所有し、欧州とアジア諸国の貿易における要衝となっている。
エジプトの気候は、内陸部が砂漠性気候であり、年間を通じてほとんど降雨がないのに対して、地中海沿岸部は地中海性気候であり、11月から3月にかけての冬に降雨が見られる(図3)。
主要作物は、サトウキビ、てん菜、小麦、トマト、トウモロコシなどであるが(表2)、急速な人口増加や水利用に限り があることから、小麦などの食料の多くを輸入に頼る純輸入国となっている。
(2)いちごの生産地域
エジプト中央動員統計局(CAPMAS)によると、2021/22年度(10月~翌9月)のいちご作付面積は1万9228ヘクタールとされ、このうち9割以上はデルタ地域や隣接の新たに開墾された砂漠地帯に位置するブハイラ県、イスマイリーヤ県、カリュービーヤ県に集中している(図4、表3)。これらの地域はナイル川流域に位置しており、砂漠地帯ではあるものの
灌漑地域であることに加え、日照や水はけがよく、いちごの栽培に適している。
エジプトのいちご生産量の53%を占めるブハイラ県は、砂漠地帯での大規模生産が中心であり、輸出向けのいちご生産が盛んである。特に同県西部のヌバリア地域は1980年代後半から農地の開拓が進み、21/22年度にはブハイラ県のいちご生産量の61%(エジプト全体の32%)を占めるエジプト最大のいちご産地となっている。
近年は、収益性の高さから首都カイロに近いシャルキーヤ県でも作付面積が増加しており、23/24年度冬季の生産量は6万トンを超え、21/22年度の同県全体の生産量から73%増加した。
(3)生産量の推移
エジプトでは、1990年代まではいちごの生産量が非常に少なかった。その後、米国産品種の導入や、欧州・中東地域向けを中心とした輸出需要の拡大により生産量が堅調に推移している。特に近年は政府による輸出向け施設整備の支援などもあり、22/23年度の生産量は16/17年度比2.8倍増の88万トンとなるなど、この間の生産拡大は特に顕著となっている(図5)。
23年時点のエジプトのいちご生産量は、中国、米国
(注1)に次ぐ世界第3位であり、欧州などの生産量が横ばいで推移する中、輸出需要拡大の恩恵を受けて成長してきたと言える。
(注1)中国および米国のいちご生産などに関する情報は
〇『野菜情報』2023年1月号「中国産野菜の生産と消費および輸出の動向(第10回:いちご)」(https://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/kaigaijoho/2301_kaigaijoho1.html)
〇『野菜情報』2018年10月号「米国におけるいちごの生産および輸出動向」(https://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/kaigaijoho/1810_kaigaijoho02.html)
をご参照ください。
(4)単収
エジプト農業土地開拓省によると、2022/23年度のいちごの単収は10アール当たり3.6トンとされている(表4)。近年は干ばつなどの天候不順に加えて、苗の品質悪化により単収は減少傾向にある。つまり、近年の生産量増加は作付面積の増加によると考えられる。
(5)いちごの品種と栽培歴
エジプトで栽培される品種は、生鮮向けと冷凍向けに分けられる。生鮮向けはセンセーション種、フロリダフォーチュナ種などが主要な品種である。一方、冷凍向けは、フェスティバル種、フロリダフォーチュナ種、ビューティー種などが主要な品種となっている(表5)。これらの品種はいずれも米国原産であり、エジプトで米国産品種の割合が高い背景には、米国の大学などによるエジプトでのいちごの生産技術指導が考えられる。
生産されるいちごの多くが生鮮または冷凍により輸出されるため、貯蔵性や輸送性に優れた品種が主流となっている。
いちごの栽培暦は、主に9月に定植が始まり、11月から6月に収穫期を迎える。中でも12月~翌2月に出荷の最盛期となる(図6)。
一方、一部の地域では、8月から定植を行い、春から夏にかけて収穫することもあるが、降雨がほとんどない時期の灌漑利用に制限があることなどから、この時期の作付面積は全体の0.1%程度と限られる。
定植する苗は、国の認定育苗業者などがエジプト国内で生産している苗の他、米国などから輸入した苗も使用される。
(6)栽培方法
いちご生産のほとんどは露地栽培であり、土面被覆(マルチ)が行われている。また、12月から1月にかけては霧が発生するため、ビニールトンネルで苗を覆うトンネル栽培が一般的である(写真1)。乾燥した地域で効率的な灌水を行うために点滴灌漑も行われている。
また、温室栽培も行われているが、露地栽培よりコストがかかることから限られた作付面積の中で全体に占める割合は減少傾向にある。
近年は、世界的な有機農産物需要の高まりを受けて、一部の生産者は有機農法に転換しており、作付面積全体に占める割合は少ないものの、増加傾向にあるとされている
(注2)。有機農法を取り入れている農場では、生物学的な害虫駆除や有機肥料・堆肥を使用し、有機認証を受けたいちごを生産している。また、政府も輸出による収益性の確保や持続可能な農業を推進するために、有機農法を推奨している。
(注2)現地でのヒアリングによると、有機農法によるいちごの作付面積は全体の数%程度とみられる。
有機農法以外にも、持続可能かつ気候変動に配慮した環境に優しい農業生産技術が取り入れられている。いちごの加工・販売を行うMozare3社では、契約する小規模生産者のうち、30%が太陽光発電を行っており、今後数年間で太陽光発電の利用率を90%まで引き上げることを目標としている。
いちごの収穫は手作業で行われる(写真2)。収穫したいちごのうち、生鮮輸出向け
(注3)は
圃場に併設したパックハウス(梱包作業場)で輸出用パッケージに梱包し、出荷する。一方、サイズの小さい果実は国内向けとなり、さらに変形しているものや過熟のものは加工向けとなる。
(注3)生鮮輸出向けの場合、果実の熟度は75%程度で収穫される。
(7)病害虫対策
エジプトのいちご栽培において、一般的かつ深刻な病気は黒色根腐病(茎などに黒色の斑点ができ根が腐敗する)である。一般的に黒色根腐病の防除には化学薬剤が使用されているが、生態学的な影響などを考慮して、国の研究機関である中央農業研究所(ARC)などは生物学的防除を推奨している。また、エジプトにおけるいちごうどんこ病(葉や果実などに発生し、果実に発生すると着色や肥大が劣る)対策として、密植を避け通風を良くし、発病初期から硫黄剤(殺虫作用や殺菌作用を持つ農薬の一種)やDMI剤(病原菌の細胞膜に作用して殺菌効果を発揮する殺菌剤)を10~15日ごとに予防的に散布することが推奨されている。
地域的には、デルタ地域では過湿による黒色根腐病、萎ちょう病などの土壌病害、うどんこ病への対策が重要であり、一方、ヌバリア(ブハイラ県)、イスマイリーヤ県などの新開墾地では、センチュウなどの土壌害虫対策やハダニの長期発生への対策が課題となっている。
政府機関や研究機関からは適宜、技術指導が行われており、ARCでは防除タイミングの指導や新薬剤の登録情報を提供している。
現地の生産者によると、生鮮いちごの輸出はEU向けが多いことから、EUの農薬基準に合わせた製品を使用していることが多いとされている。
(8)生産コスト
エジプトのいちご生産コストに関する統計情報はないものの、いちご生産は手作業が多く人手を必要とすることから、生産コストに占める人件費の割合が高いとされている(表6)。このため、経済成長による人件費の上昇が生産コスト高騰の一因となっている。加えて、海外からの苗や生産資材の輸入などは為替相場の影響を大きく受ける
(注4)。エジプトでは、2022年から24年までに4回の通貨切り下げを行ったことにより(図7)、エジプトポンド安が進行し、生産コストの上昇を招いている。現地報道によると、23/24年度の生産コストは前年度の約2倍になったとされている。
22/23年度のいちごの生産者出荷価格は、1キログラム当たり9.527エジプトポンド(28円)であり、生産コスト高を反映して前年度の約1.6倍となった(表7)。
(注4)苗の輸入に加えて、米国産品種の種子利用に係るライセンス料も為替相場の影響を受ける。
