(1) 中国の主産地と生産概況
中国のいちご生産は、2021年は332万トン、国内全土で13万ヘクタール作付けされている(表1)。近年は経済発展による所得向上により、比較的高価な食品であったいちごの購入頻度が増えたことや、電子商取引の発展に伴って多くの人々が贈答用としていちごを贈る機会が増えたことなどから、同国のいちご市場は急拡大している。
主産地は山東省、遼寧省、
河北省、
江蘇省、
安徽省など主に東部沿岸地域に分布している(図7)。これらの主産地の中でも山東省や遼寧省は、生産、加工、輸出拠点としての一大産地を形成している。
両省の生産状況を見ると、近年の消費需要の高まりを受けて作付面積は年々増加し、収穫量もこれに伴い増加していたが、2021年はCOVID-19の拡大の影響を受けて減少した。また、関係者への聞き取りによると、遼寧省では同年8~9月にかけて30度を超える酷暑が続いたことで生育環境が不良となり、多くの苗が枯れたことが収穫量の減少につながったとのことであった。単収は両省ともに1ヘクタール当たり30トン台で推移し、全国平均(25.5トン:21年産)を大きく上回る状況にある(表2、3)。
また、経営形態は両省ともに法人経営が多く、大規模経営が比較的多い。
(2) 主産地の栽培暦および栽培品種
両省の栽培方法は施設栽培の一季成りが中心であり、一部の地域で夏場に収穫する四季成りの露地栽培が行われている。施設栽培にはビニールハウス栽培のほか、日光を最大限に活用した中国特有の園芸施設の日光温室がある。日光温室は透光面が南面のみで、他の三面は特殊な蓄熱・保温構造となり、中国北部の厳寒期でも無加温での野菜栽培が可能とされている。構造が単純で低コストであることから中国の野菜栽培方式として一般的に普及し、地域によってさまざまな構造のものがある(写真1)。
栽培暦については、施設栽培の場合、8月上旬~9月下旬に定植し、11月下旬から翌年6月上旬にかけて収穫する。一方、露地栽培の場合、8月上旬~中旬に定植し、翌年5月上旬~6月上旬に収穫する(表4)。
また、両省では加工用途向けに米国産の「スイートチャーリー」などといった外国産品種の作付けが主流である。なお、近年は品種開発が進められ、山東省では「雪里香」(写真2)、遼寧省では「京蔵香」(写真3)などの国内産品種が作付けされているものの、外国産品種と比較して認知度は低く、一般的な普及には至っていない(表5)。
(3)栽培コスト
山東省で生産されるいちごの栽培コスト(10アール当たり)を見ると、2018年産および21年産ともに人件費および種苗費がそれぞれ3割程度を占めており、次いで借地料、農薬費が続く(表6)。18年産から21年産の3年間では、全ての項目でコストが増加している。コスト全体に占める割合が高い人件費では2159元(4万4583円、18年比48.0%増)、種苗費では1740元(3万5931円、同38.7%増)とそれぞれ大幅に上昇している。
これは、同国のいちご栽培の機械化技術が初期段階にあり、定植、間引き、摘果といったいちご生産の工程全体が人手作業に依存せざるを得ないためであり、近年の労働賃金の上昇を反映した伸びとなっている(写真4)。また、若手を中心とした都市部への出稼ぎ労働者(農民工)の増加傾向は依然として続いており、労働力の確保も課題となっている。種苗費については、苗の供給が近年の国内需要の増大に追いつかず大幅に上昇しており、いちごの栽培コストの特徴として挙げることができる。
遼寧省の栽培コストも人件費と種苗費がそれぞれ3割程度を占め、次いで借地料、農薬費と続き、18年産から21年産の3年間で全ての項目でコストが上昇するなど、おおむね山東省と同様の傾向がみられる(表7)。なお、増減比で見ると、山東省が全体的に遼寧省と比べて5ポイントほど高い状況にあり、地域間の格差が拡がっている。
このように、いちごの栽培コストでは、人件費や借地料といった中国全土的に上昇傾向にある費目に加え、種苗費も同様に大きく増加している。また、昨今の国際環境の変化などを背景に農薬や肥料といった資材が上昇傾向にある中で、いちご栽培では、それらの費目の増加率も2割を超している。これら5つの費目の動向が、引き続き中国のいちご栽培コストの動向に大きく関与するものと考えられる。
(4)調製コスト
山東省のいちご1トン当たりの平均調製コストを見ると、その大部分を占めるのは人件費と梱包資材費であり、この2つで8割弱を占めている(表8、写真5~8)。また、2018年産から21年産の3年間で、人件費が719元(1万4847円、18年産比47.9%高)と大幅に上昇しているが、これは、18年の賃金が1日当たり平均130元(2685円)程度だったのに対し、21年には同180元(3717円)に上昇したことが要因となっている。また、18年産比でコストの増加が目立つ輸送費については、コールドチェーンの発展により長距離輸送が可能となったことが要因として考えられる。関係者への聞き取りによると、輸送時の揺れを最小限にし、長距離輸送中の損失率を抑えるために、砂利道では時速5キロメートル、舗装路やコンクリート道では時速20キロメートルを超えないように輸送されているケースもあるということであり、近時の燃料価格の上昇を背景に、輸送費の動向が注目される(なお、同省の
威海市から上海市まで(図7参照)のおおよそ1000キロメートルの輸送価格は、1トン当たり311元(6422円)ということであった)。調製コスト 全体では、912元(1万8833円、同30.0%高)上昇し、おおむね栽培コストと同程度の増加比となった。
一方で遼寧省の調製コストを見ると、人件費および梱包資材費がコストの7割強を占めていることや、18年産比で輸送費が大幅に上昇している点は山東省と同様の傾向がみられた。しかしながら細部を見ると、人件費の伸びがほとんど見られなかった点や輸送費の増加幅がより大きい点のほか、複数の費目で減少に転じている点が特徴として挙げられる。特に主要経費である梱包材料費の下落については、世界的な物価上昇基調にある中で、明確な理由の判明には至っていない状況である(表9)。
このように、いちごの調製コストについては、概観的には同様の内訳となっているものの、遼寧省でのコスト減少は、過年度比較でも説明しきれない部分が散見されており、これが一時的な傾向なのか、中長期的な傾向なのか、それとも地域的要因が影響しているのか、さらなる調査・分析が必要な状況となっている。