(1)輸出拡大の背景
ア ブロッコリー栽培と輸出の始まり
歴史的に、エクアドルの経済成長は農業生産と農産品の輸出により支えられてきた。古くはカカオの輸出に始まり、1950年代からはバナナの生産・輸出が盛んに行われるなど、農産品の輸出が外貨獲得の主要な手段となっている。17年には、農産物輸出額は同年の同国の総輸出額の54%を占めた。
90年代に輸出農産品の多様化が推進される中、通年栽培が可能であり、
灌漑が可能であるという点でも世界的にも恵まれた気象条件
(注1)を活かして、ブロッコリーの生産と輸出が本格的に始まった(写真7)。
(注1)中米のメキシコやグアテマラでは、気候や害虫対策のため年間を通じた栽培ができない。また、常に灌漑を利用できるわけではない。
90年代のブロッコリー輸出は主に欧州向けであったが、2002年に米国への輸出が本格化し、以降は米国が最大の輸出先になっている。また同時期に、日本向けの輸出も増加しており、現在では日本は米国と肩を並べる輸出先となっている。
イ 欧米向け輸出
エクアドルのブロッコリー輸出が成長を遂げた背景には、世界的な需要の高まりや通年栽培が可能であること、サプライチェーンにおけるインフラが整備されていることに加えて、米国を中心とする欧米各国への貿易アクセスが自由化されていたことが挙げられる。米国向けはアンデス貿易促進麻薬根絶法
(注2)(ATPDEA:Andean Trade Promotion and Drug Eradication Act)、EU向けはEUの一般特恵関税制度(GSP:Generalized System of Preferences)
(注3)により、2010年代中頃までは農水産物の関税がほぼ撤廃された形での輸出が可能となっていた。
(注2)米国のアンデス諸国(ボリビア、コロンビア、エクアドル、ペルー)からの輸入品に対する免税措置により、これらの国における麻薬の生産や密売に代わる産業を強化し、経済発展を促進する法律。
(注3)先進国が開発途上国の支援を目的として、これらの国から輸入を行う際に関税率を引き下げる制度。
しかし、米国からの優遇措置であったATPDEAが13年7月31日に終了したため、同年後半以降のエクアドル産冷凍ブロッコリーに対しては14.9%の関税が課されることになった。競合相手となるメキシコやグアテマラ産ブロッコリーは、経済連携協定の下、無税で米国に輸出できることから、エクアドルの業界関係者の中では価格競争力の低下による米国向け輸出の減少が懸念された。実際に、13年の米国向け輸出量は前年に比べて22.9%減少した。こうした事態を受けてエクアドル政府は、13年から15年にかけて輸出業者に対して輸入関税に相当する金額の免税措置を行った。結果的に、この措置が功を奏してATPDEA終了による米国向けのブロッコリー輸出への影響は一時的なものとなり、14年以降の米国向け輸出は増加基調で推移している。
また、16年にはEUとの自由貿易協定が発効し、同年末にGSPが終了した。自由貿易協定同様、GSPも無税での輸出が可能であったが、毎年更新が必要であったことから、同年以降は自由貿易協定の下で恒久的に無税となった。
(2)生産拡大の流れ
エクアドルで生産されるブロッコリーのうち、90%以上は海外へ輸出されることから、輸出先から求められる規格での生産や認証取得など、輸出に重点を置いた生産体制が必要となる。そのため、ブロッコリー生産が本格化した1990年ごろからブロッコリーの加工業者が事業を興し、同国のブロッコリー産業は加工業者による垂直統合(インテグレーション)が進展してきた。
コトパクシ県などの主要生産地では、輸出先から求められる規格や認証などに沿って加工業者が栽培計画を作成し、同計画に基づいて生産者と栽培契約を締結していることが多い。そのため、栽培契約に基づき肥料や農薬などの投入物が加工業者から生産者に配布され、苗床も関連会社から提供(写真8)されるため、生産者自ら栽培計画を立てて肥料や農薬を購入することは比較的少ない。また、買い手があらかじめ価格を設定しているため、日々価格の変動がある地元市場での取引と比べるとリスクが少ない。
エクアドルのブロッコリーは、輸出という側面からは世界的な需要拡大による恩恵を受け、生産者にとっては安定した収入が期待できる作物であるため、生産の拡大が続いている。
(3)生産・加工段階での国際認証などの取得
エクアドルの大手ブロッコリー加工業者は、輸出先の需要に合わせた規格による栽培・加工や食品安全に関する国際認証を取得している(表7)。
特に欧米向けの有機栽培ブロッコリーの需要が伸びており、同国のブロッコリー加工最大手であるプロベフルト社(Provefrut)によると、同社のブロッコリー売上げの3割以上が有機認証を受けたものであるとされる。また、同国の専門家によると、生産量に占める有機栽培ブロッコリーの割合も増加しているとされる(写真9)。
ただし、有機栽培の場合、生産コストが高くなることによる価格競争力の低下に加えて、有機栽培に切り替える際は、一定の移行期間が必要となり、その間の収益の見通しが立てにくいため、有機ブロッコリーを取り扱っていない加工業者もいる。
その他、大手加工業者では、ユダヤ教のコーシャ認証を取得したブロッコリーの生産や調理済(Ready to Eat)製品など、輸出先市場に対応した取り組みを行っている。これらの取り組みは、生産のほとんどを輸出するエクアドルのブロッコリー業界にとって、競争力を維持し、収益を上げていくためには必要不可欠といえる。
(4)今後の課題
旺盛な輸出需要を満たすだけの生産量、加工能力の確保が喫緊の課題となっている。上述の専門家によると、エクアドル国内の加工場の一部は処理能力の限界に近付いているとされる。これを受けて、大手加工業者は新たな加工場の建設や設備の更新、増設による生産性の向上を図るなど、拡大する需要に対応するための投資を行っている。
もう一つ課題となるのが為替である。エクアドルは2000年に自国通貨を放棄し、米ドルを法定通貨とした。そのため、自国通貨のレート切り下げなどができず、米国の景気や金融政策に左右されることになる。また、ブロッコリー生産に必要な肥料や農薬などの資材のほとんどを輸入するエクアドルにとっては、世界的なインフレによるこれらの資材価格の高騰も、国際市場での競争力の維持という面で不利な状況になる。
実際に、近年の円安・米ドル高の影響もあり、23年の日本向けの輸出は前年から落ち込んだ。欧米をはじめとした他の地域への輸出が好調であったため、輸出量全体では前年比増となったが、今後も米ドルの為替相場の動きはブロッコリー生産や輸出に影響する可能性がある。