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話題(野菜情報 2018年3月号)


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サラダ進化論~ローマ時代から現代、そして未来へ~

ケンコーマヨネーズ株式会社
商品開発戦略本部 食未来研究所 サラダ研究所 部長 西田 毅

1 はじめに

野菜の消費量は減少している中、サラダの購入額は増加している(図1)。背景には、単身者や高齢者の増加など消費構造の変化とともに、主要野菜の10年間の購入量の増減をみると、サラダ用野菜が増えており、サラダが好まれる傾向にあると考えられる(図2)

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一方、若い女性の過度なダイエットと栄養不足が指摘されている。サラダは、野菜のビタミン、抗酸化物質、食物繊維が豊富でヘルシー感があり、食べることに罪悪感を感じないギルトフリー食品(注1)なので栄養的にコントロールすることで、十分な食事へ導ける可能性を持つ。

「サラダ」という言葉は、フランス南部のプロヴァンスで14世紀に肉料理に付け合わせの食事の脇役として誕生したといわれる。現在では、時として食事の主役になる進化の道筋を考えてみたい。

注1:「罪悪感から解放される」「罪悪感を感じない」といった意味で使われる。特に低カロリー食品や添加物を極力用いない食品をいうことが多い。

2 サラダ野菜のふるさと

地中海沿岸が原産とされるキャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、ケール、レタス、チコリ、エンダイブ、トレビス、ビート、パセリ、セルリー(セロリ)(以下「セルリー」という)、オリーブ、アーティチョーク、かぶ、だいこん(ラディッシュ)などの野菜は、サラダに適したものが多い。もともとは、リーフレタスのように巻いていないレタスやキャベツも中世には、内部が柔らかい結球タイプが栽培され、ブロッコリーやアーティチョークのように花の部分を食用するなどサラダに適した品種改良が行われた。ホワイトアスパラガスやチコリの盛土した軟白栽培、ビートやルッコラのベビーリーフなどサラダに適した栽培技術も開発された。

3 ローマ時代のサラダ

ローマ帝国は農業国で、麦類のパンやかゆ、海産物、チーズとオリーブ油、野菜とワインなどを好んだ。生のキャベツやレタスやきゅうりなどの酢漬け(Acetaria)は、サラダの原型といわれ、酢とガルムやリクァーメンとよばれるぎょしょう、オリーブ油などで味付けされ、食欲増進や胃腸などの健康増進のため食べられた。帝政ローマの1世紀ごろのアピキウスは、グルメとして知られ、彼の名を冠した料理書が5世紀ごろ成立している。その中の料理の、「サラ・カッタビア」は、冷やすためアルプスの雪をかけるというぜいたくなサラダで、現在の「パンツァネッラ」のような料理だった(写真1)。

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4 フランスでサラダ誕生

古代ローマの衰退とともに、野菜の生食も衰退したものと思われるが、プロヴァンス地方で14世紀にラテン語の塩salに由来するsaladaが復活した。各国のサラダは、Salad(英語)、Salade(仏語)、Salat(独語)、Insalata(伊語)、サラダ(日本語)、沙拉(中国語)のようにsaladaに由来する言葉を使っておりサラダが外来語であることを示唆している。フランスで単にSaladeだけでは、柔らかいレタス類のサラダをさす。

5 アメリカのサラダ

映画「エデンの東」で主人公キャルの父がカルフォルニア州のサリナスから東部へ氷詰めレタスを輸送しようとして失敗するシーンがあるが、実際に1920年代から、大量のレタスが東部へ送られ、保存性が良いパリパリした結球レタスが選ばれた。食事の前に大量のサラダを食べるスタイルは、同じころカルフォルニアから始まった。1912年にマヨネーズ生産が商業化され、肉や魚介や卵を入れたメイン料理なるサラダが身近につくられるようになった。

6 日本のサラダ

魏志倭人伝に邪馬台国では、“倭地温暖冬夏食生菜”日本人は、冬も夏も野菜を生で食べると記載されているが、生食は根付かなかった。レタスは、奈良時代に伝来し江戸時代には、古典落語「夏の医者」下げ(注2)に萵苣(チシャ)の和え物が使われている。キャベツは、江戸時代にオランダから伝来したが、葉牡丹に品種改良され観賞用だった。生で野菜を食べる例はだいこんのなますやおろし、刺身のつまや薬味のねぎなど限られていた。

明治維新を迎え西洋化が進む中、各種のサラダも紹介された。野菜やマヨネーズなど材料の入手が困難で、入手できないパセリの代わりにせり、ホワイトアスパラガスの代わりにうどを使うなど、日本の野菜に置き換えたレシピもつくられた(写真2)。夏目漱石が「明暗」で“刻んだサラドをハムの上へ載せて”とある。このサラドは、サラダ菜をさす。大正になると洋食やサラダは、都市部では普及したが、まだレタス類は、統計には出てこない程度の生産量だった。

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1918年の海軍五等主厨厨業教科書には、サラダが品掲載されている(写真3)。1928年の軍隊調理法(陸軍)の「野菜サラダ」は、塩鮭、ばれいしょ、たまねぎ、にんじんと手作りマヨネーズを使ったサラダで、塩鮭のような日本の材料と、野菜は、入手しやすいばれいしょ、たまねぎ、にんじんが使われ生野菜は使わない「野菜サラダ」だった。

注2:落語の話の終わりの一言、落ちともいう。

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7 サラダの日常化は1960~1970年代

サラダを日常的に食べるためには、次の三要素が欠かせない。

① 生食用に衛生的に栽培された野菜

② マヨネーズやドレッシングなど調味料、ハム、パスタなどの具材

③ 冷やすための冷蔵庫

戦前、生で食べられた野菜は、主に千切りキャベツ、トマト、きゅうりだった。下肥を使用しない清浄野菜は、1927年に京都大学農場で油粕あぶらかすなど用いてレタス、セルリーを「大学サラダ」としてホテルへ納品したものが始まりといわれる。

戦後、進駐軍(アメリカ軍)がサラダを好んだことから清浄野菜の結球レタス栽培が始まった。調布飛行場で世界初の水耕栽培や土耕で自ら栽培するとともに、長野県などで契約栽培が始まった。1955年厚生省・農林省より清浄野菜普及要綱が出され、レタスは、清浄野菜とフィルムにプリントされ個別包装で販売された。1960年代にレタスの生産量が急増した。1964年に、東京オリンピック、1970年には大阪万国博覧会があり海外の食文化の影響を受け、レタスやトマトなどの野菜が欠かせないファミリーレストラン、ファストフードが登場した。

1950年代にテレビ、洗濯機と家電三種の神器とされた電気冷蔵庫の普及率は、1965年に50%、1970年には、90%を超えた(図3)

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国産マヨネーズは、1925年に誕生したが、生産量が増加したのは、1960年代である。サラダに使われるマカロニやハムなどもこの時期に生産量が急増している。

身近になったサラダの需要に対応し1977年には、業務用のロングライフサラダが発売された。1980年代になると新たに登場した和風ドレッシングの生産量が急増し、従来サラダに使わない野菜を使ったサラダとしてごぼうサラダが1986年に発売された(図4)

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「1970年代から現在に至る食事変化」(松本仲子 日本調理科学会誌)によれば、1984年に比べ1994年の調査でごぼう、ピーマン、なす、しゅんぎく、もやし、れんこんなど従来サラダに使われなかった野菜の出現とサラダの食事頻度の増加が指摘されている(図5)。

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8 サラダの未来

フランスで肉料理の脇役からスタートしたサラダは、アメリカで最初に食べる一皿になり、さらにメインの料理を取り込んで十分な食事になるように変化をとげている。日本では、サラダバーは、レストランチェーンでの集客の目玉になり、健康のため食事の最初にサラダを食べることが、推奨されつつある。消費が低迷している和風野菜のごぼうやだいこんもサラダにすると食べやすく幅広い年齢層に好まれる。サラダが誕生した時に比べ、料理の品数が減り、相対的にサラダ一皿の重要性は増大している。

現在のサラダは、野菜をキーとして肉類、魚介類、乳加工品などのあらゆる食材をマヨネーズ、ドレッシング、 ソースなどの調味料で仕上げた“料理”に進化している。

サラダは、組み合わせで栄養価を自由に変えられることから、例えば1日の食事摂取基準の3分の1の栄養価を持つように設計できる。さまざまな食材の組み合わせでもサラダなら違和感なく見た目もおいしそうな、自分に適した自分だけのサラダをつくることができる(写真4、5)。

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サラダの問題を科学的に解明するため2013年に東京海洋大学にサラダサイエンス講座が開設された。サラダの主体になる野菜は、抗酸化力など健康に関係するかもしれないファイトケミカル(注を含んでいる。野菜の成分、肉や魚、チーズなどの具材との相互作用など未知の健康機能が解明されると、サラダは、食卓における真の主役の地位を担うことが期待される。

注3:植物中に存在する天然の化合物。多くは野菜や果物の色素や辛味成分であり、抗酸化剤としても用いられ、体内では抗酸化物質として作用する。


西田 毅(にしだ たけし)

【略歴】

1962年 兵庫県生まれ

1987年 鳥取大学農学部農芸化学科卒業 ケンコーマヨネーズ株式会社入社

主にばれいしょ、ごぼう、レタス、キャベツ、かぼちゃなどのサラダの研究開発に従事

2013年 社内にサラダ専門の研究開発のためサラダ研究所設立 研究部長

ばれいしょ加工適性研究会委員 日本食品工学会インダストリー委員

専門フードスペシャリスト(食品開発)

2017年 東京海洋大学サラダサイエンス公開シンポジウム「サラダと健康」において「サラダ進化論~ローマ時代から現代、そして未来へ~」講演 (本稿は、その講演内容に基づいて、執筆)


参考文献

1 農林水産省 「野菜をめぐる情勢」 http://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/yasai 2018年1月確認
2 アピーキウス著 ミュラ・ヨコタ 宣子訳『古代ローマの料理書』1987年 三省堂
3 大場秀章著『サラダ野菜の植物史』2004年 新潮社
4 ジョディス・ウェインルブ著 田口未知訳 『サラダの歴史』2016年 原書房
5 高宮和彦編『野菜の科学』1993年 朝倉書店


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