農林水産省食料産業局知的財産課 種苗室長 中山 知子
近年、海外からの訪日観光客が2500万人を超えようかという中、海外の方が日本の良質な野菜や芸術的な果物に接し、ファンになる機会が増えています。このような経験は海外における日本産農産物の高評価につながり、日本ブランドとして輸出振興・市場拡大にも一役買っています。
これらは、品種改良の成果によるところが大きく、品種の育成者は、品種の保護のため、種苗法に基づき品種登録を行っているところです。品種を登録すれば、知的財産の一つである育成者権が付与され、登録品種の種苗、収穫物、加工品の販売などを一定期間独占できるようになります。日本での総登録品種数は、平成29年12月18日現在2万6383品種になります。
国際的には、「植物新品種の保護に関する国際条約」(UPOV(ユポフ)条約)(注)により品種保護制度の枠組みが整備されており、育成者権は、国ごとに取得することが決められています。このため、日本で登録された品種についても、海外で品種登録されていない場合は、その国で育成者権は主張できません。
過去にはいちご、いぐさ、さくらんぼ、ぶどうなどが育成者権者に無断で海外に持ち出されたり、持ち出された品種の生産物が日本に逆輸入されそうになったこともありました。このような事態が続けば、日本の優良品種が海外で正当な対価が支払われることなく栽培されるだけでなく、海外市場で日本産と競合して、日本からの農産物輸出に支障を来たすことも懸念されます。
種苗の国外への持ち出しを防止することが困難である以上、海外において品種登録を行って育成者権を取得し、侵害された場合には、栽培の差し止めなど適切な侵害対応を行っていくことが必要となります。
注:植物の新品種を育成者権という知的財産権として保護することにより、植物新品種の開発を促進し、公益に寄与するために植物新品種の保護の水準などについて定めた国際的なルール。1961年にパリで作成され、1972年、1978年、1991年に改正された。
海外で品種登録を行い、育成者権を確保することにより、許諾されていない栽培や販売の差し止め、種苗や生産物の回収・廃棄、損害賠償請求などといった対抗措置を取ることが可能となります。
一方、国内の種苗の譲渡契約で、相手方に対して海外持ち出しを禁止する旨の条項を設定しても、第三者に譲渡された場合は譲渡先まで契約の効力が及ばないため、契約違反した相手にのみ損害賠償を請求するといった、限定的な措置しか取れません。また、品種名や流通名称で商標を取得し、ブランドとして保護するという戦略をとる場合も見られますが、商標では「名称」や「マーク」しか保護されず、「品種」そのものは保護されません。このため、商品名やマークを変えた生産・販売の差し止めはできず、品種の保護としては不十分です。
特に、いちごなどの栄養繁殖する植物は、容易に増殖が可能ですので、海外の品種登録を行うことが品種を守るためには不可欠です。外国で未熟な技術で栽培された日本の品種が海外市場に出回ることは、日本の農産物のブランドイメージを大きく損なうおそれもありますので、日本の農業者にとっても重大な問題です。
農林水産省では、輸出環境の整備の柱として「本物を守る」ため海外での知的財産取得などの支援を位置付け、平成28年度補正予算から海外での品種登録などを支援しています。
昨年概算決定された平成29年度補正予算および平成30年度予算においても、引き続き海外への品種登録出願を支援するとともに、新たに海外で侵害を受けた際の対応についても支援することとしています(図)。詳細は、以下の通りです。
① 海外品種登録経費の支援(補助率:定額、2分の1)
海外への出願を行う場合、出願料、翻訳費、書類作成費、栽培試験費、種苗輸送費、通関経費、手続き事務を行う国内・国外代理人費などの経費がかかることが想定されています。事業では、植物品種の育成者権者(農業者、種苗業者、都道府県、独立行政法人など)に対し、これらの品種登録出願に係る経費を支援しています。
② 海外出願支援体制の整備(補助率:定額)
農産物や種苗の主要輸出先国への品種登録出願から登録までの関係法令、出願申請書のひな形などの情報を取りまとめた海外出願マニュアルの作成、海外への品種登録出願の相談を一元的に受け付ける相談窓口を設置しています。
③ 海外における育成者権侵害への対応支援(補助率:3分の2)
海外における育成者権の侵害および疑義事案に関して、権利侵害の事実を証明するために必要な調査や栽培差し止め、警告などの権利行使などに要する費用や差止請求などに要する費用を支援します。
海外での品種登録については、UPOV条約に基づき自国内で譲渡開始後、4年以内(果樹など木本性植物は6年以内)に出願申請を行わなければならず、その期間を過ぎると品種登録はできなくなります。例えば、市場性を評価・検討している間に、海外での出願期間が過ぎてしまうと、その品種は海外で育成者権を出願できない状態となり、持ち出され、生産・販売されても、差止請求などを行うことはできません。気がついたら出願期間が過ぎていたということにならないように注意してください。
海外への出願後、審査用種苗を海外審査当局に提出する際に、相手国での通関、植物検疫などで予期せぬ時間がかかったり、指定された提出時期に種苗の準備ができないために追加の手続きが必要となることもあることから、国内で品種登録の出願後、速やかに海外出願することが望ましく、時間的余裕を持った対応が必要です。
これまで、日本の品種については、個人、都道府県、独立行政法人などが育成した品種、いずれも海外流出事例が見られています。
最近でも、都道府県の試験場が開発したいちご品種の名称が、中国で商標として出願・登録される事例が発生しています。この品種は既に海外での品種登録期間は過ぎていて、品種登録を行うことも不可能です。当面、輸出や海外への種苗の販売など海外展開する予定がなくとも、海外で品種登録しなければ、海外での栽培は自由となってしまいますので、海外に持ち出され、無断栽培された場合、当該品種を栽培し、それを輸出する多くの農業者にも影響が及ぶこととなります。
品種育成関係者におかれては「植物品種等海外流出防止総合対策事業」を活用し、わが国の将来有望な育成品種を幅広く海外に品種登録して、わが国農業の競争力強化に取り組んでいただきたいと考えております。
参考文献
1 農林水産省品種登録ホームページ http://www.hinsyu.maff.go.jp/
2 公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会 https://www.jataff.jp/project/hinsyu/index.html