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話題(野菜情報 2017年10月号)


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農業はイノベーションの宝庫

株式会社エムスクエア・ラボ  代表取締役社長 加藤 百合子

農業は社会の礎であり、それゆえに、どのような事業ともかけ算することできる素晴らしい産業です。その思いを『農業×ANY(なんでも)=Happy』という方程式で表し、農業に関する三つの改革、流通改革・生産改革・教育改革を掲げています(図)。私自身は農学部を出たものの、長らく工業に従事し、現事業を始める前は農業に従事したこともなければ、農業者と話したこともないほど、何も知りませんでした。だからこそかもしれませんが、過去にとらわれず、農業がより評価されるためにできることを改革と称して進めています。

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流通改革は、「取引から取り組みへ」を合言葉に、つくる人・つかう人・たべる人をつなげることで、結果的に農産物が流通するというコンセプトです。既存の卸業務との違いを表現するため、「べジプロバイダー®」と名付けて活動しています(図2)。生産改革は、製造業での経験を生かし、経営分析・作業分析などによる生産性カイゼンを目的に活動しています。また、少し先を見据え、農業ロボットの開発も始めています。

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そして、教育改革は、前出の改革を進める中で、この不確実な世の中で、地域課題に取り組むイノベーター人材を育成する必要があると感じ、農業を活用した人材育成プログラム「アグリアーツ®(注)」を展開しています。

注:子どもたちが地域・農業と触れ合い、世の中とつながり、社会に生きる人間にとって本当に必要な「生き抜く力」を研さんする教育プログラム。小・中学生のコミュニケーション力や論理的思考力など「生き抜く力」を育むため、菊川の主幹産業の一つである農業を軸に学校や家庭では体験できない成長機会を提供している。

なぜ流通改革に乗り出したのか?

三つの改革の中で、最初に手掛けたのは流通改革です。農業者のヒアリングから販路開拓が何よりも課題であるとわかり、卸売りを始めました。しかし、取引先の夜逃げにより、売掛金未回収という失態を経験します。周囲に相談してみると、中間業者だけでなく、直接販売する農業者も似たような経験をしていました。さらに、購買者も安定した量や品質で供給されずに困っており、誰もハッピーではない流通の現実が見えてきたのです。

また、産地偽装の問題も毎年のようにニュースになります。ある有名な旅館で、南魚沼産のコシヒカリの米を農家さんに直接注文し、自信をもって提供していました。しかしある時、南魚沼の方が宿泊に来られ、これは南魚沼の米じゃないと言われます。そこで、調べてみると、農家が出荷したのちに、卸業者のところで他の米と混ぜられていることが判明したのです。それからは、農家さんへ直接取りに行くことにしたそうです。DNA鑑定すれば偽装は防げるのかもしれませんし、キャベツにICタグをつければ完璧に追跡可能になるのかもしれませんが、日常食べるものが相当高価なものになってしまい、非現実的です。

そこで、そもそもの要因を考えると、農産物が“カネ”という単一価値にだけ変換されていることであり、つくる人・つかう人・たべる人が相互に見えないことが悪さをしていると考え至りました。そして、構想したのがベジプロバイダー®という仕組みです。つくる人・つかう人・たべる人の3者のチームづくりに注力することを主業務とし、結果として野菜が流通されるという、少々回りくどい方法です。ちなみに、つかう人の多くは、食材にこだわりたいレストランやこだわりの野菜を扱いたい需要家です。

この農業ド素人が始めた理想を追い求める青臭い方法は、当初、既存の流通業者からかなり馬鹿にされました。しかし、立ち上げてから年ほどして、 “つかう人”のレストランから売り上げが上がったという評価が返ってきたのです。“つくる人”との良好な関係から、よりおいしくなった食材を“つくる人”のストーリーと共にお客様に提供したことで、リピーターが増えたとのこと。同じような効果は、小売でも、総菜でも同じように見られ、口コミで取組先が少しづつ増えています。

やさいバスの立ち上げ

べジプロバイダー® を始めて間もなく、次の課題に直面します。つくる人とつかう人をマッチングし、相互に気に入りました。しかし、毎日1000円の野菜を送ってもらうのに、夏季は1000円を超える配送料がかかることがわかり、つかう人側が断念してしまいました。

この問題は、当社のべジプロバイダー®だけでなく、農家さんが直売する際にも直面していることを知りました。それぞれが運びたい量は小さく、物流コストがかさむという課題です。さらに宅配業者も交渉による値引きを辞めはじめ、そんなときに、静岡県西部地域は自動車産業と隣接しており、彼らが運用している部品の共同集荷の仕組みを知ったのです。

コストダウンに成功している業界のノウハウを農産物に応用しようと構想し始めたのが今から2年半前。大手運送業者や、青果物流通業者の方々にも検討に参画いただきながら、構想を温めました。農業における物流は共有すべき機能であるという考えを基礎とし、農産物が乗ったり降りたりするバスのような仕組みを“やさいバス”と称し、事業を立ち上げました。2016年夏から春にかけ、静岡県庁のサポートを受け実証し、損益分岐点や運用課題を洗い出しました。現在、県内のバス停は10か所ほどで、バス停には、卸業者やJAの直売所のみならず、商業施設や新聞店など農産物流通に新規に参画する事業体もでてきています(図3)。

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バスは保冷トラックを2台用意し、毎日、このバス停を集配しながら巡回しています。既に効果がみられ、浜松の“つくり手”と静岡の“つかい手”とは、約80キロメートル離れており、宅配便で冬は700円、夏は1200円のコストを払って、農産物を日々やり取りしていました。この“やさいバス®”を利用し、夏も冬も1ケース当たり350円、つくり手の売り上げ向上とつかい手のコストダウンを実現できています。さらに、宅配便では出荷した次の日に届きますが、やさいバスならその日に届きます。しかし、利用者のコストダウンの結果、やさいバス側がビジネスにならないのでは持続可能ではありません。

特に気を付けているのが、間接コストを極限まで抑制することを開発方針とし、ITシステムを構築。県10億円分くらいの荷物の量であれば管理者1名、パート2名で対応できるよう仕立てています。大手宅配業者の配送限界という背景も重なり、この月に法人化し、さまざまな地域のプレーヤーが参画するコミュニティ物流として、発展させていきたいと思っています。

日本が社会課題の解決方法のお手本に

農業は社会の基盤であり、農業の持続性なくして日本も世界も成り立ちません。農業を今一度社会に組み込み直すことで、さまざまな社会問題を解決できます。まずは、農業がとても魅力的で、重要な産業であることを国内外へ知らしめるためにも、ブラックボックス化している流通を変える必要があります。そして同時に、各分野と融合して、農業×テクノロジー、農業×教育、農業×福祉など、課題先進国である日本の社会課題を農業で解決する。その解決方法が、追って課題に直面する諸外国のお手本になるものと確信しています。


加藤 百合子 (かとう ゆりこ)

【略歴】
1974年 千葉県生まれ。
1998年 東京大学農学部卒業
1999年 英国クランフィールド大学で修士号取得
1999年~2000年
       米国でNASAのプロジェクトに参画
2000年 キヤノンに入社SOC検証部隊に配属
2001年 産業用機械の研究開発配属、最後の2年はR&Dリーダー
2009年 株式会社エムスクエア・ラボを設立
2009年~株式会社エムスクエア・ラボ 代表取締役社長
2012年 青果流通の取引を取組みに変える「ベジプロバイダー事業」で日本政策投資銀行第一回女性ビジネスプラン
       コンテスト大賞受賞。
       他に、テラスマイル株式会社 取締役
           信州大学 客員教授
           新静岡学園 理事など。


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