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話題(野菜情報 2017年9月号)


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消費拡大に果たす野菜ソムリエの役割

日本野菜ソムリエ協会 理事長 福井 栄治

〈はじめに〉

「健康に良い食事」といえば、野菜たっぷりの食事を思い浮かべる人が多いだろう。野菜をたくさん食べるのが健康に良いことは、みんな知っているのだ。厚生労働省では、生活習慣病などを予防し、健康な生活を維持するための目標値の一つに「野菜類を1日350グラム以上食べましょう」を掲げている。1日350グラムという数字はさておき、野菜が健康に良いなんて知らなかった、という人なんて、ほとんどいない。しかしながら、日本人の野菜の消費量がなかなか増えていかないのも現状だ。

家庭での調理時間がどんどん縮小されていることも、その一因だろう。調理せずに簡単に食べられる野菜が好まれるようになってきており、家族で暮らしているのに包丁を置いていない家庭があるとテレビで見ると驚きを隠せないが、それが現状なのだ。

さらに、核家族化によって家族単位の消費量が限られ、重量野菜が嫌われるなど、野菜の消費拡大に向けた逆風を考えるとキリがない。たくさん食べないといけないと分かっているのに、なかなか食べるのが難しい野菜。そんな野菜の消費拡大に一役買っているのが野菜ソムリエだ。

〈野菜に関わるさまざまな現場で活躍する野菜ソムリエ〉

野菜ソムリエとは、日本野菜ソムリエ協会が認定する民間資格だが、初級の野菜ソムリエの受講生は全国で6万人を超えている。野菜ソムリエプロ、野菜ソムリエ上級プロという上級資格者を筆頭に、野菜に関わるさまざまな現場で活躍している。

今年に入ってから、79歳という最高齢の野菜ソムリエプロの合格者が誕生したり、8歳という最年少の野菜ソムリエが誕生したり、資格取得者の幅はますます広がる一方だ。野菜・果物が大好きでその知識をさらに深めたい人から、家族の健康に役立てたい人、レストランのシェフや流通・小売などの仕事に役立てたい人まで、さまざまな目的をもって受講いただいている。

野菜ソムリエの使命は、生産者と生活者の架け橋となることであり、その強みは、「人の心を動かすこと」だと定義したい。本来の野菜ソムリエの強みは、野菜・果物の価値を分かって、生活者に分かりやすく発信できることなのだが、さらにそこに「楽しさ」という要素を付加して情報発信できることに、人の心を動かす大きな強みがあると言える。

スーパーの青果物売場でよく耳にする言葉と言えば、「○○産の△△がお買い得ですよ、いかがですか。」という、値段の安さを売りにした売り文句がほとんどである。

同じ野菜を野菜ソムリエが売ったなら、その言葉はどのように変化するだろうか。「○○産の△△は今が旬だから一年で一番甘味がのっていますよ。他の季節よりビタミンCも豊富に含まれています!」これが価値を伝えることであり、これだけの情報を得るだけでも十分に心ひかれるだろうが、「サッと15秒だけゆでて、オリーブオイルと塩だけで、甘味の引き立つ、簡単で素敵な料理になりますよ!」ということまで伝えたら、おいしそうな料理が目に浮かび、純粋に食べてみたい、という気持ちになって、野菜の一皿が食卓に追加されることも考えられるだろう。

野菜を食べなければならない、という義務感では人の心は動かない。これはイソップ寓話のひとつである「北風と太陽」と似ている。野菜をたくさん食べないと健康を害しますよ、という脅しの言葉ではなく、太陽の光が優しく照らすように、野菜のおいしさと楽しさをアピールすることで、人の心を自然と動かしていくのが、野菜ソムリエの強みと言えよう。

〈野菜・果物の価値をもっと伝えるために〉

では、これまで野菜・果物の価値がうまく伝えられてこなかった原因は、どこにあるだろうか。野菜・果物の評価が大きさや形によって決まっている現在の青果流通の仕組みもあるが、そもそも生産者がその価値を把握できていないケースがほとんどだ。

日本の生産者のレベルは、世界的に見てもトップクラスであり、海外の生産者が見学に来ると、日本の生産者が均一に美しい野菜を生産するのを見て、芸術的だと感嘆の声を上げるほどだ。しかし、「あなたの野菜の価値はどこにありますか」という質問に答えられる生産者はほとんどいない。

なぜなら、丹精込めて作ってきたことに自負心があったとしても、生活者から見た価値がどこにあるのか、というマーケティングの視点は、これまで生産者には求められてこなかったためだ。生産者はあくまで生産におけるプロであって、それを売るためのマーケティングにおいては、全くの素人といっても過言ではない。

そこで、日本野菜ソムリエ協会では、青果物ブランディングマイスターという、青果物や生産者のブランドを構築する支援を行うことで生産者の手取りを割増やすことができる人材を輩出する養成講座を作った。実際に生産者を訪れ、話を聞いてみると、驚くべき価値が隠されていることが少なくない。それは、特別なひと手間を加えた生産方法であったり、その土地に長年続く歴史であったりするのだが、それはその生産者にとっては日常の当たり前のことであって、それを伝えることにどれだけの価値があるのかを全く認識できていないのだ。

青果物ブランディングマイスターによる生産者のヒアリング項目は、青果物の生産方法はもちろん、その土地の歴史まで、驚くほど多岐にわたる。どこに価値が隠れているのか、聞き手はもちろん、生産者も分かっていないから、一つ一つ、地道に情報を聞き出していく。そして、その中から価値ある情報を選抜し、その価値を生活者に届ける手法を選び、生産者に寄り添いながら実施のサポートをしていくのだ

マーケティング支援だけで利益が2割増えるなんて、他の産業では考えにくいことかもしれないが、それが可能なのは、いかにこれまで農業においてマーケティングの視点が欠落していたのかを物語っていると言えよう。青果物の隠れた価値を見抜き、その価値を生活者にしっかりと届けることによって、野菜・果物の消費拡大に一役買っているのだ。

〈野菜・果物のさらなる消費拡大に向けて〉

日本野菜ソムリエ協会では、月より新たに「野菜ソムリエダイレクト」という、直売所での買い物代行のサービスをスタートした。直売所で販売されている野菜・果物と言うと、安くておいしい、というイメージがあるのではないだろうか。

安さの秘密は、一般的な流通を通さないことで、流通コストを減らすことができるためだ。おいしさの秘密は、流通を介する期間の棚持ちを考慮する必要が無いため、完熟させてから収穫して、鮮度が落ちる前に収穫からすぐに販売できるところにある。これらの秘密を知ってしまうと、今すぐ直売所に行って安くておいしい野菜・果物を買いたくなるのではなかろうか。

そこで、直売所ごとに目利きとなる野菜ソムリエを配置し、買い物代行をお願いしよう、というのが、野菜ソムリエダイレクトのサービスだ。「今は○○が旬だから、有名な産地の△△の直売所から取り寄せてみようかな」「野菜ソムリエの××さんは自分と同じくらいの子どもがいるから、自分と近い目線で選んでくれるし、同封してくれるレシピも簡単でおいしいんだよな」などといろいろ考えながら注文をするのはとても楽しいし、何より目利きが選んだ旬の野菜・果物を安く手に入れることができるのは、とても分かりやすい価値である。

地域ならではの珍しい野菜には、野菜ソムリエおすすめのレシピがつけられていたりするなど、追加のサービスは野菜ソムリエが独自に工夫している。野菜ソムリエが野菜の価値を伝え、楽しさがあり、かつ値段が安い、という3拍子がそろった野菜ソムリエダイレクトも、野菜・果物の消費拡大に向けて一石を投じるサービスとなるだろう。

まだテスト段階で、愛知県豊橋市をはじめ4カ所からのスタートだが、これから全国各地の直売所に展開していく予定である。全国の安くておいしい野菜・果物を気軽に手に入れることができる日を是非楽しみにお待ちいただきたい。

〈さいごに〉

月31日は、や()さ()い()の語呂合わせから「野菜の日」に制定されており、日本野菜ソムリエ協会でも「Enjoy Vege-Fru Life!」という野菜の日にちなんだイベントを毎年実施している。普段どのように野菜・果物を楽しんでいるのか、という野菜ソムリエの発表をはじめ、野菜・果物で作るベジフルブーケ作り体験、美しいベジフルカッティング体験、美容のためのスムージー紹介、サラダレシピコンテストや写真コンテストなど、野菜・果物の多様な魅力に溢れたイベントとなっている。

今年は、東京:月26日(土)、大阪:日(土)、の2カ所で開催する予定だ。是非イベントに気軽に足を運んでいただき、野菜・果物の魅力を体験することを通して、野菜・果物をおいしく楽しむきっかけをご提供できれば光栄である。


福井 栄治(ふくい えいじ)

【略歴】
1963年 京都府生まれ。
1987年 大阪府立大学 経済学部 経営学科 卒業、日商岩井入社。
2000年 有機食品のネット販売を手掛けるオイシックス設立に副社長として参画。
2001年 日本ベジタブル&フルーツマイスター協会((2010年4月、日本野菜ソムリエ協会に名称変更)を設立。
2002年~ 同協会理事長。
著書に「野菜ソムリエという、人を育てる仕事」(幻冬舎文庫)他。


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