一般財団法人日本GAP協会 事務局長 荻野 宏
今、GAPに対する注目が急速に高まってきています。GAPとはGood Agricultural Practiceの略で、直訳すれば、よい農業のやり方、農林水産省では農業生産工程管理と訳しています。農薬や肥料の使い方、土や水などの生産に不可欠な要素、それに環境保全の観点や、農場で働く人の農作業事故の防止など、農業生産に関する多くの工程を決められた基準に沿って実施し、それを記録し点検することで、安全で品質のよい農産物の生産、さらには持続可能な農業生産につなげようというものです。
今、なぜ、ここまで注目が高まってきたのか、ここではGAPに取り組み認証をとることの意味と、GAPをめぐる最新の状況を踏まえた活用などについて解説します。
今や食品の分野においても、食品製造業や流通業は一国にとどまらず、世界中に製品の販売や出店を行い、世界中から農産物や食材を調達するような、グローバル展開を進める企業が大きな力を持っています。その際、これらの企業にとって最も重要なのは、調達する食品の安全性をどのように確保するかということです。また、食品の安全性や、農業の持続可能性に対する消費者の関心も少しずつ高まってきています。
もちろん生産者は、生産する食品の安全性を高める不断の努力をしていますし、食品の事故などは滅多に起きるものではありません。しかしながら、そのような事故が散見されることも事実ですし、過去には農産物に由来する痛ましい死亡事故も起きています。また、残留農薬基準違反は、日本国内で今でも発生しています。
そのような中で、安定して安全な農産物を生産・調達する仕組みとして活用が広がっているのがGAPなのです。GAPは、農産物の安全性を確保するための多岐にわたる基準に基づいて生産工程を管理するため、生産する農産物の安全性が大幅に高まります。そしてその生産工程の管理について第三者の審査機関による「認証」を受けていれば、その信頼性も十全なものとなります。従ってGAPに基づいて生産され、かつ認証を得ている農産物であれば、企業、そして消費者は納得して購入することができるのです。
そのようなGAPが世界で初めて本格的な認証制度として運営されたのが、1997年にヨーロッパの流通業者などで作る団体により創設された「EUREPGAP」です(運営本部はドイツ、ケルンにあります)(2007年に「GLOBALG.A.P.」に名称を変更)。ヨーロッパでは、生鮮品として消費する青果物であっても日本とは大きく事情が異なり、アフリカや南米など域外からも多く輸入されているほか、域内においても国をまたいで多種多様に流通しています。そのような中で、農産物の安全を確保するため、流通業者からの支持を集め、広く普及していきました。
また、GLOBALG.A.P.以外にも、食の安全・安心への意識の高まりや、農産物流通のグローバル化を背景に、多くの国でGAPが作られ、普及していきました。ここで注意すべきは、農業は気候・風土・経済状況などにより各国で大きく事情が異なるため、農業の生産工程管理を行うGAPも国や地域ごとにあるといっても過言ではない、という点です。例えば、上述のヨーロッパを代表するGLOBALG.A.P.の他、北米のSQF、CanadaGAP、PrimusGFS Standard、アジアのChinaGAP、K-GAP、TGAP、そして日本のJGAPなど、世界各国において多様なGAPスキームが運営されています。
アジアにおけるGAPの普及はこれからですが、GAPは、よりよい農場管理をもたらす先進的な農場管理システムであるとともに、消費者の安全・安心を支えるものとして、今後遠からずアジアでも普及してくると見込まれています。
最近、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「東京2020大会」という)における食材の調達基準が大きく注目を集めています。なぜならば、2012年に開催されたロンドン大会において、初の「フードビジョン」が策定され、そこで定められた食材の調達基準がGAP認証を要求していたからです。ロンドン大会のフードビジョンでは、単に試合会場や選手村に安全な食品を提供するというにとどまらず、より強力で持続的な食品セクターをもたらすことを「レガシー」として、一般のレストランなどにも間接的な影響をもたらすことが期待されたことから、ここで定められた食材の調達基準は、農業のみならず社会的にも大きな影響がありました。
そのような流れの中、2020年に開催される東京2020大会においても、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員(以下「東京2020組織委員会」という)が、「持続可能性」という理念を前面に打ち出した、食材を含む全ての調達の基準を設定しています。具体的には、東京2020組織委員会における「持続可能な調達ワーキンググループ」の場で検討が進められ、13回もの検討を経た本年3月24日の東京2020組織委員会理事会において「持続可能性に配慮した調達コード」が策定されました。
この「持続可能性に配慮した調達コード」は、東京2020組織委員会が購入する全ての物品・サービスなどに適用する基準や運用方法などを定めたものです。その構造ですが、まず全体の共通事項として、法令順守、省エネなど環境に関する事項、差別の禁止や児童労働の禁止など人権・労働に関する事項、地域経済の活性化など経済に関する事項などが持続可能性に関する基準として定められています。さらに、重要な物品・サービスなどやその原材料については個別に調達基準などを設定するとされており、農林水産物の調達はこれに付属する個別の調達基準として定められています。
「持続可能性に配慮した農産物の調達基準」においては、①食材の安全性の確保、②環境保全に配慮した農産物生産活動の確保、③作業者の労働安全の確保、の3点に対して適切な措置が講じられていることが要件とされており、この要件を満たすものとして、JGAPおよびGLOBALG.A.P.が挙げられています(JGAP Basicも「組織委員会が認める認証スキーム」として具体的に想定されているため、本稿ではJGAPと記載しました。また、畜産物ではJGAPとされています。)。
なぜ、持続可能性に配慮した調達をしようとした場合にGAPが注目されるかというと、次のような理由が挙げられます。GAPが必ず含む内容は食の安全に関する要素ですが、先ほどのGLOBALG.A.P.や、この後説明する日本のJGAPなどは、環境の保全や、生産活動を行う農業者自身の労働安全、農場で働く人の福祉や人権の尊重といった要素まで含まれており、まさに東京2020組織委員会が要求する、総合的に農業の持続可能性に資するものとして作られているからです。(なお、食の安全の要素のみから成り立つGAPも多いので、GAPであれば全て該当するとは言えません。)
日本においても、食の安全・安心をより高い水準で求めるようになってきた世界的な潮流の下、2000年代に入り、都道府県やJA、食品流通業者などがさまざまなGAPを作っていきました。このため、食の安全についてカバーする範囲の大小や、環境保全や労働安全の要素を含むもの、含まないものなど、さまざまなGAPが日本には存在しています(図1)。
しかしながら、それでは食品流通業者や製造業者など農産物を購入する側にとっては、どのようなレベルで管理されているものかをさまざまなGAPごとに個別に評価していかなければなりません。また、GAPを評価するに当たって重要な要素は、決められたことを生産者が実際に実施しているかどうかをチェックする「認証」なのですが、認証の仕組みを持つGAPは少ないことから、信頼性の判断も難しいという問題もあります。
一方で、世界で普及しているGAPは、一定の食の安全のレベルを確保するととともに、認証の仕組みを持つものがほとんどであり、日本でも上述したようなオリンピックの食材調達基準への対応や、輸出への対応を進める中で、そのような世界水準のGAPに取り組む必要性が急速に高まってきています。
実は日本国内においても、まだ数は少ないながらも世界水準の二つのGAPが普及してきており、近年は上記のような事情も背景にして急速に注目が高まってきています。
うち一つは、先ほど紹介しましたヨーロッパ発のGLOBALG.A.P.です。原文が英語であったり(日本語訳も進められています)、ヨーロッパの農業や法制度をベースに作られたものであることなど、日本の農業者にとって難しい点もありますが、日本でも高い評価を得ており、普及が進んできています。
もう一つは、日本発の世界水準のGAPである「JGAP」です。JGAPは先ほど説明したような日本の状況の中で、日本農業の現状を踏まえ、かつ内容は世界水準のものとするべく2006年に創設された本格的な第三者認証制度を持つGAPです。認証の仕組みのみならず、食の安全に加えて、環境保全、労働安全、人権の尊重などGAPに求められる最新の要素を全て含んでいます。また、日本の農業者と、食品製造業者や流通業者の双方が意見を交わして開発したものであることから、どちらの立場から見ても納得のいく内容となっており、多くの支持を集めています。最近は食品製造業者や流通業者が取引の条件としてJGAPを使うケースも増えてきています。
この「JGAP」は、一般財団法人日本GAP協会が開発・運営を行っています。JGAP基準書は、青果物、穀物、茶に加えて、本年JGAPの新たな分野として加わった家畜・畜産物の4種類があります。昨年9月より運用を開始した青果物、穀物、茶についての新たな基準書であるJGAP2016は、初めてBasicとAdvanceの二本立てとなりましたが、その概要は図2の通りです。なお、BasicとAdvanceのどちらを選ぶかということについては、販売戦略やバイヤーからの要求などを踏まえて決めるべきことですが、Advanceに対する特段の必要性がなければ、まずは日本の標準的なGAPとして、関係者からの幅広い支持を得て発展してきたBasicから始めることをお薦めします。
JGAP基準書の内容は、経営の基本、経営資源の管理、栽培工程における共通管理の三つの大項目に分け、その大項目の下に生産工程におけるリスク評価、トレーサビリティー、人権・福祉と労務管理、労働安全管理、周辺環境への配慮、農薬・肥料などの管理など、農業の持続可能性に関する中項目が並ぶ形となっています(図3)。さらにこの下に、審査の現場において適合性の評価が行われる具体的な適合基準の記された管理点が合計120~150項目程度(青果物ではBasicが120、Advanceが149)並ぶという構成です。なお、基準書については日本GAP協会のウェブサイトから無料でダウンロード可能ですので、是非ご覧下さい。
JGAPの認証は2年更新であり、中間で維持審査を実施するため、基本的には年1回、専門の審査・認証機関による審査が行われることとなります。
また、JGAPの普及活動として、年間で延べ100日以上、受講者総数1700人(2016年)となる公認の「JGAP研修」を全国各地で実施しています。これらの研修においては、JGAPの基本的な考え方とともに、実施のための多くのノウハウを得ることができますので、JGAPの取り組みに向けたわかりやすい入り口として、多くの方に評価を頂いています。
このような充実した審査と指導の仕組みにより、JGAP認証農場は2017年3月末時点で4113農場となっています。
このような状況の中で、政府もGAPの普及に本腰を入れて取り組んできています。昨年夏には農林水産省の平成28年度補正予算として、GAPの普及・取得の拡大に3億5千万円もの予算が措置されており、うち2億円はJGAP、GLOBALG.A.P.を生産者が取得する際の審査などに要する経費の補助となっています。さらに注目されるのが、今年の5月19日に取りまとめられたばかりの自民党(農林・食料戦略調査会、農林部会、農林水産業骨太方針実行PT)「規格・認証等戦略に関する提言」です。そこでは国際水準のGAPの指導体制の構築、GAP認証取得の3倍増(国際水準であるJGAPまたはGLOBALG.A.P.を推奨)など、GAPの推進に関する多数の施策が列記されています。現在、この提言の実現に向けた取り組みが、農林水産省、都道府県の農政担当部局を中心に次々と実行に移されてきています。
これにより日本農業においても本格的なGAP普及のステージを迎えたといえるでしょう。より安全・安心な農産物の流通が進み、持続可能な農業生産が進展するとともに、世界に向けた日本農業の発展につながっていくことが期待されます。
荻野 宏(おぎの ひろし)
【略歴】
1988年4月 農林水産省入省(食糧庁企画課)
以降 畜産局牛乳乳製品課、農林水産技術会議事務局総務課、中国四国農政局企画調整室、総合食料局流通課など
2008年3月 農林水産省退職
2014年4月 特定非営利活動法人日本GAP協会
2015年1月~現職