国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
野菜花き研究部門 野菜生産システム研究領域長 岡田 邦彦
果樹や水稲では、地球温暖化が進行した場合に栽培が極めて困難となる地域マップや収量・品質低下程度マップなどが全国スケールで作られており、同様のものを野菜についても求める向きも強い。本稿では、人為的な栽培環境制御が可能な施設栽培については、いったんおくこととし、露地野菜について考えることとするが、同様なマップ作成は、一部の永年性の品目を除いて、野菜では原理的に非常に難しいといえる。
その理由だが、野菜は品目、さらには品種が多く、品目・品種ごとのデータ・研究の蓄積が果樹や水稲などに比べて、大きく不足しているという事実が挙げられるが、品目数だけなら、果樹も少なくはないし、何よりも、データ・研究蓄積の不足は技術上の問題であり、原理的にどうこうという理由にはなり得ない。マップ作成が難しい理由は、結論から言うと、各地域における作期の多様さである。レタスを例にすると、相当に温暖化が進んだとしても、日本中のどの地域でも、1年中のどこかに栽培可能な時期があり、逆に、1年中のどの時期でも、日本中のどこかではレタスを収穫できる、というように、レタスとしての各地域共通的に定まった作期がないが、果樹や水稲では、地域が違ったとしても、夏と冬が逆転するようなことはない。また、果樹や水稲などでは、地域内で作期に違いはあったとしても、その違いの幅は大きくなく、地域ごとに明確な主要作期が想定することが可能である。実は、このような地域ごとに代表作期を一意に決めることが、マップ化の必要条件なのである。その点、野菜は、同じ品目が夏作物(高冷地・高標高地)であったり、冬作物(温暖地)であったりするだけでなく、同一の地域でも、春・夏・秋どりや、秋・冬・春どりなど、長期にわたる栽培可能期間の中で、全く異なる作期が存在することが珍しくなく、地域ごとに明確な主要作期を一つだけ指し示すことができないことが、全国スケールのマップ化が原理的に難しい理由である。逆に言えば、地域スケールや時間スケールを限れば、可能である。
なお、永年性木本である果樹と違うことに不思議さはないが、同じ草本の水稲などとも違うのは、露地野菜で主体となる葉茎菜類と根菜は、生殖成長に移行する前の栄養成長期に収穫するという利用上の特性によるものである。そのため、播種(植え付け)から収穫までの1作ごとの栽培期間が短く、その結果、栽培可能期間内に重複しない複数作期が存在しうるという状況が生じている(余談ながら、水稲を出穂前の若い時期に刈り取る工芸的青わら利用場面があり、かつ、周年的な需要があるとすれば、同じようなことになるはずである)。
まず、作物生育への直接的影響を考える。現在、農林水産省の委託プロジェクト研究「気候変動に対応した循環型食料生産等の確立のための技術開発・気候変動の農林業に係る影響評価」の中で野菜についても取り組まれているので、簡単に紹介する。
出芽率を気温や日射量から推定するモデルを開発し、温暖化進行時の影響を出芽率低下程度や遮光の要否の面から推定し、岩手県を中心とした地域でのマップを作成しようとしている(担当:岩手県農業研究センター県北農業研究所・農研機構)。
死に花とも呼ばれる花蕾の生理障害であるブラウンビーズの発生程度を、ある発育段階期間中の温度条件から推定するモデルと、その特定の発育段階期間を定植期から推定モデルを開発し、長野県を中心とした地域について、定植期別にブラウンビーズ発生程度マップあるいはブラウンビーズ発生リスク時期マップを作成しようとしている(担当:長野県野菜花き試験場・農研機構)。
レタスの抽苔の発生リスクを定植後の気温から推定するモデルを開発し、定植期別の抽苔発生リスクマップを作成しようとしている(農研機構・長野県野菜花き試験場)。
この他にも、冬春だいこん収穫期変動や促成いちごの花成・開花遅延への影響についても研究を進めているが、いずれも高温による生育停滞が扱われていないことに気がつかれただろうか。実は、以前にキャベツ・レタス・はくさいについて高温による作物の物質生産性(光合成と言い換えても良い)を検討したのだが、作物の生産性自体への高温の影響は、意外なまでに小さく、もっぱら、生育の乱れや収穫期変動などで、影響が出やすいことが分かったためである。なお、ここで言う「高温」とは、現在栽培が成立している地域・作期に温暖化による温度上昇予想を上乗せした範囲の「高温」であり、それをはるかに超える高温条件では、顕著な影響が出ても不思議ではない。さらにいえば、実際生産で高温による影響を最も強く受けている要因は病害虫発生なのだが、この面での研究取り組みはなかなか進んでいない、というのが現状である。
次に、上述したような同一地域でも作期の違いが大きい、露地野菜栽培の特徴を踏まえて考える。地球温暖化が進行した場合には、地域、夏作・冬作を問わず、以下のような影響を受けるはずである。
①その地域における現行作期のうち、最高温期となる時期での栽培困難化。
②その地域における現行作期のうち、最低温期となる時期での栽培可能化あるいは容易化。
その上に、生産現場での適応を折り込むと以下のような対応が考えられる。
①栽培が困難化した最高温期に適応可能な品種の探索。適当な品種がなければ、多くの場合、最高温期での作付停止ないし作付減。
②その地域における現行作期のうち、最低温期が栽培可能化した場合の作期拡大と栽培が容易化した場合の栽培の簡略化・低コスト化。
ただ、以上は栽培が可能か否か、だけの話であり、実際の生産への影響は栽培条件だけでなく、他産地も含めた全国的な栽培・生産条件の変化に対応した販売・流通環境の変化、さらには、それを踏まえた販売・流通関係者の戦略的反応も踏まえたものとなるはずである。
注:花蕾を構成する花芽の一部が生育中に黄変・褐変する生理障害。2~3花という、ごく一部の花芽が変色しても、小売り時には鮮度が落ちたものと誤解されるため、市場価値を著しく落とす。
気象庁「地球温暖化予測情報第9巻(2017年)」で前世紀末から今世紀末までの気温上昇幅としての予測値は全国平均で見ると、4.5度程度であり、単純に20年ごとの上昇幅で考えると、1度程度である。一方で、県全体の年平均気温でも前年に比べ、1度くらい上下するのは全く珍しくなく、比較的短い野菜の作期中の平均気温であれば、もっと上下幅は激しい。つまり、気象変動による影響評価は、将来における課題ではなく、現在進行形の今日的課題としても考えるべきである。実際、筆者は、生産予測などのテーマで、現在取り組みを進めているところでもあるので、機会があれば紹介したい。
岡田 邦彦(おかだ くにひこ)
【略歴】
1984年東京大学農学部卒業、農林水産省入省。
その後、四国農業試験場、野菜・茶業試験場、農研機構・野菜茶業研究所を経て、2016年4月より現職。