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調査・報告 野菜情報 2024年3月号

離島地域ならではの経営の安定化~沖縄県伊是名村(いぜなそん)の若手生産者の取り組み~

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那覇事務所 河西 真帆/ 調査情報部 高田 勇一

【要約】

 沖縄県伊是名村では、農業産出額の8割を占めるさとうきびの生産維持に向けて、生産者に対して、さとうきび以外の品目との複合経営による経営の安定化を支援している。本稿では、県や村の支援策を利用して野菜や畜産との複合経営に取り組む若手生産者2人の事例を交えて報告する。

1 はじめに

 国内でも珍しい亜熱帯海洋性気候に属する沖縄県は、年間平均気温23.3度、年間降水量2000ミリ以上の恵まれた気候条件下にあり、県内各地で地域や島ごとの土壌や自然環境を生かした農業が営まれている。
 令和3年の農業産出額922億円のうち、野菜の占める割合は13%であり(図1)、本州の端境期となる冬から春にかけて、ゴーヤーやさやいんげん、ピーマン、かぼちゃなどの生産が盛んに行われている。

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 沖縄県の基幹作物として位置付けられているさとうきびは、干ばつや台風の襲来といった厳しい気象条件の中でも他品目に比べ安定的に収量を得られることから、特に離島に住む生産者にとって重要な収入源となっている。
 しかしながら、さとうきび生産者数は県全体で減少傾向にあり(図2)、どの地域においても、人口減少や高齢化による担い手不足の解消や安定した収入の確保などが課題となっている。
 このような課題を解決するため、県内の離島地域では新規就農のほか、移住・定住を促進するサポート事業や支援制度を実施している自治体が多く見られる。
 本稿では、離島地域が抱える課題に対し、新規就農者の増加により、さとうきび生産者数の減少に歯止めをかけるとともに、他品目との複合経営により経営の安定化を支援する伊是名村(伊是名島)の取り組みについて紹介する。

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2 伊是名村の概要

 沖縄本島の北部半島からフェリーで約1時間の距離にある伊是名村は、総面積15.43平方キロメートル、人口1300人ほどの島である(図3、写真1)。
 自然豊かな環境を生かし、さとうきびの生産やもずくの養殖が盛んに行われており、令和3年の農業産出額(推計)のうち工芸農作物であるさとうきびが81.3%(5億2000万円)を占める(図4)。また、平成30年時点の市町村別養殖魚種別収穫量におけるもずくは1118トンと、県内5位の生産量を誇っている。

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 令和4年産の伊是名村のさとうきび生産者数は212人であり、3年産は経営の継承などを背景に一時的に増加したものの、総じて減少傾向にある(図5)。
 直近10年間のさとうきび生産量は、元年産が日照不足や病害虫の影響で1万8000トンを下回った以外は、2万トン前後で推移しており、収穫面積は400ヘクタール弱となっている。
 なお、5年産は記録的な夏の降水量不足などにより生育が伸び悩み、生産見込みは約1万9500トンとなっている。

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3 さとうきび増産および就農・担い手 育成支援の取り組み

(1)伊是名村・JAによるさとうきび 増産に向けた取り組み
 伊是名村やJAおきなわ伊是名製糖工場(以下「製糖工場」という)では、さとうきび生産者に対し、さとうきびの増産に向けたさまざまな取り組みを行っている。
 同村では、農作業の受委託体系が構築されており、村を五つの地区に分け、地区ごとの受託組織が、植え付け作業が難しい高齢生産者の作業を請け負っている。また、カメムシ類の防除作業については、受託に加えて、村単独で一定の予算(令和4年度実績:440ヘクタールに約1000万円)を確保し、害虫の発生抑制・単収の増加を図っている。
 その他、製糖工場では、優良種苗の無償配布や、堆肥の導入・害虫防除費用の補助などを行っている。
 このように、地域一体となって生産者の負担を軽減し、さとうきびの生産を促すことで、製糖工場の安定的な操業に必要な2万トン以上の生産量維持を図っている。
 
(2)県・伊是名村による担い手育成・確保に向けた政策的支援
 県および伊是名村では、担い手の育成・確保に向けて以下の支援が行われている。
 県では、若手の新規就農を図るべく、新規畑人(はるさー)資金支援事業(以下「県事業」という)において、就農前の新規就農希望者で、県知事が認める研修期間などにおいて研修を受けた者に対して、年間150万円、最長2年間の就農準備資金を交付している(表1)。
 一方、伊是名村では、伊是名村農業次世代人材投資事業において、経営の不安定な就農直後の若手就農者に対して資金を交付することで、若手の営農意欲の喚起とその後の定着を図っており、令和5年度からは「新規畑人資金支援事業(以下「村事業」という)」に事業名を変更して、従来と同様の支援に取り組んでいる(表2)。
 上記の県および村のいずれの事業も、平成24年度に新設された国の新規就農者育成総合対策の一環であり、県は就農前、伊是名村は就農直後の担い手の育成・確保に向けた事業内容となっている。
 このように、県や村では、新規就農者への資金援助を行うことで、若手生産者がさとうきび生産に加えて新たに野菜や畜産物の生産といった複合経営に取り組むことによる収益性の向上を支援している。

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4 若手生産者の取り組み事例

 ここでは、上記事業を活用して、経営の安定化に向けて複合経営を開始した2人の若手生産者の取り組みを紹介する。
 
(1)神山勇太朗氏の取り組み
ア 経営概況

 現在28歳の神山氏はさとうきび49.8アールとピーマン10アールの複合経営を行っている(写真2、3)。
 もともと、祖父がさとうきびを栽培しており、「祖父の行うさとうきび栽培をこの先も続けたい」との思いから沖縄本島の農業大学校に進学した。その後、島に戻ってピーマンの栽培を開始し、ピーマンの生産体制が落ち着いたことから、徐々に祖父からさとうきびの圃場(ほじょう)を継承している。
 就農に際し、前述の県事業や村事業をビニールハウスの防風・遮光ネットやパイプ、苗代などの初期投資に利用したとのことである。
 伊是名村のピーマン生産者は神山氏1人だが、本島でピーマン栽培の盛んな具志頭(ぐしかみ)(注1)豊見城(とみぐすく)市のピーマン生産者と情報交換を行いながら、生産性の向上に努めているという。

注1:『野菜情報』2020年10月号「沖縄県島尻郡八重瀬町におけるピーマンの生産~地域ブランド「ぐしちゃんピーマン」の産地形成の取り組み~」をご参照ください。
https://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/senmon/2010_chosa01.html

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イ ピーマンとの複合経営
 神山氏がピーマンの栽培を始めたのは、(1)農業大学校で扱った経験があったこと(2)果菜類に分類されるピーマンは、葉物野菜と比べて日持ちするため沖縄本島向けの海上輸送に耐えられること―などの理由からである。
 神山氏が栽培している「ちぐさ」という品種は、大型ベル系ピーマンの一つで、具志頭地区における主流品種である(写真4)。ピーマン特有の青臭さや苦みが少なく、甘みがあり、果肉はやや肉厚で通常のピーマンよりも大ぶりという特長を有する。日本で最も多く出回っている中型ピーマンが1個当たり約30~40グラムなのに対し、ちぐさは約70グラムと約2倍の重量がある。小さいうちに収穫すると回転率が上がることから収量が伸びるほか、長期間にわたり収穫できることから、小さめの収穫を心掛けているとのことである。
 神山氏のピーマン栽培は、8月後半から植え付け作業を開始している。植え付け後は、台風シーズンが終わる10月に誘引(注2)を行い、11月にハウスにビニールを張り、12月に剪定作業を行っている。収穫作業は露地ものが始まる10月から翌年6月まで続く(図6)。
 緑肥として、もみ殻や米ぬか、さとうきびの葉を圃場に散布しているほか、製糖工場で副産物として生産される糖蜜を薄めて散布することで、より良い土壌づくりに努めているという。

注2:ピーマンが風などにあおられても大きく揺れないよう、枝を支柱などに引っ張る作業。
 
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 神山氏のピーマンは、他の生産者との差別化を図るため「ゆーぴー」という商品名で販売している。大きくてみずみずしいほか、パプリカのような甘みがあり、ピーマンが苦手な子どもでも食べられるため、島内の売店や沖縄本島のファーマーズマーケット(直売所)で人気が高い(写真5)。
 こうしたピーマンの栽培とともに、さとうきび栽培も行っており、春から初夏にかけてさとうきびの植え付けを行い、冬は午前中にピーマンの収穫、午後はさとうきびの手刈り収穫を行っている。さとうきびの植え付け後は、圃場ごとに設置された放水ポンプ(写真6)を用いて村内のため池の水を簡単に放水でき、収穫期には、村の農作業受託組織に収穫作業を委託することで省力化につなげている。
 村ではゆいまーる(助け合い)の精神もあり、ピーマンとさとうきびの収穫が忙しいときは、村の若手生産者の他、製糖工場や役場の職員などに声を掛けて収穫を手伝ってもらうこともあるとのことである。
 
ウ 今後の見通し
 神山氏は、収益性向上のため、ピーマンの経営面積をハウス6棟(20アール)まで拡大したことがあったが、管理作業が大変で休む間もなかったことから、現在はハウス3棟(10アール)を管理している。
 その分、(1)単価の高いLサイズではなくS~Mサイズを多く出荷し、圃場回転率を上げること(2)自ら梱包作業を行うこと(3)直売所に卸して出荷コストを削減すること―で収益性の向上を目指している。将来的にはネット販売も検討しているとのことである。
 今後は、祖父からさとうきび圃場を追加で継承する予定であり、収穫面積や単収の増加を見込んでいる。神山氏が農業を始めたきっかけである「祖父の行うさとうきび生産をこの先も続けたい」という思いは、ピーマン栽培とともに今後も引き継がれていくことだろう。

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(2)伊禮(いれい)勇作氏の取り組み
ア 経営概況

 伊禮氏は、令和5年5月時点で、さとうきび18アールの栽培とともに、母牛17頭、子牛11頭を飼養する複合経営を行っている(写真7、8)。
 さとうきびは幼い頃から身近な存在であったが、父親が人工授精師として畜産業に従事していたことから畜産業への憧れがあったという。専門学校卒業後は本島で介護職に従事していたものの、40歳目前の元年に脱サラして農業大学校へ進学し、憧れであった肉用牛繁殖農家となった。同時に、親族からさとうきびの圃場を継承し、さとうきび生産を開始した。就農前には、農業大学校で畜産の勉強をしながら、今帰仁村(なきじんそん)家畜市場で周辺の畜産農家から情報収集を行ったとのことである。
 今帰仁村家畜市場に出荷される子牛は質が良いとの評価から、取引価格が高く、県外の購買者も多いため、同家畜市場に出荷している。9カ月齢で300キログラムになる子牛は増体が良く、高く売れるため、飼料の配合のほか、消化しやすいよう給餌する牧草の長さにもこだわっている。なお、母牛用の牧草は7割が自家生産で、子牛用には濃厚飼料をJAから購入しているとのことである(写真9)。
 
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イ 肉用牛繁殖経営との複合経営
 さとうきび生産は比較的手がかからず、複合経営に向いているのがメリットである。植え付け作業や防除作業を村の農作業受託組織に委託することで、空いた時間で、繁殖経営に従事することができる。
 繁殖経営は、他の農作物に比べて初期費用がかかり、伊禮氏は経営開始前に牛舎の建設や母牛16頭の導入に2000万円を要したという。また、母牛を導入してから子牛を売るまでに一定期間を要するため、その間の収入を県事業や村事業、さとうきび甘味資源作物交付金で賄うことで生活の見通しを立てたとのことである。
 他にも、村では繁殖雌牛の導入費用を半額助成(上限40万円)しており、生産者負担は実質6割ほどで済んでいる。
 経営が軌道に乗り、現在では、収入全体の7割を繁殖経営が占めているという。

ウ 今後の見通し
 令和5年産のさとうきびの作付面積は、親族からの継承もあり300アールを超えた。4年度には人工授精師の資格を取得し、今後は、和牛の受精卵移植に取り組みたいとのことである。今後2~3年のうちに牛舎を増設し、母牛を50頭まで増頭後は、従業員の雇用を検討しているとのことである。
 伊禮氏の牛舎では、敷料に島内のライスセンターから出たもみ殻を用いており、今後は、牛ふん堆肥をさとうきび圃場に散布し、循環型農業による付加価値を高めたいと意欲的だ。牛ふん堆肥の散布は地力の向上にもつながり、さとうきびの単収増加も期待される。

【コラム 伊是名村のさまざまな農水産物】

 沖縄県では、さとうきびやもずくの生産が盛んなイメージがあるが、伊是名村では温暖な気候と豊かな水源を利用して米の二期作やいちごの栽培も行われている。
 米の品種はひとめぼれで、「尚円(しょうえん)(さと)」というブランド名で販売されている。例年7月ごろに全国に先駆けて出荷され、新米を全国で最も早く味わえる。
 いちごは、高付加価値の作物を栽培することで、新たな特産品および雇用を生み出すことを目的に、平成29年度から「沖縄離島活性化推進事業」を活用して栽培が始まり、令和元年度に初出荷された。徹底管理された植物工場から良質ないちごを安定的に出荷できるため、沖縄本島のホテルやカフェ、ケーキショップからの需要も高い。コロナ禍前には、本島の小学生を島に招いていちごの収穫体験を行い、本島と離島の交流の一助となっていた。
 村のふるさと納税では、定番の泡盛やもずく、海ぶどうのほかに、米や米のパスタ、米のプリンなどバラエティ豊かな返礼品が充実している(コラム―写真1・2)。皆さまも調べてみてはいかがだろうか。
 
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5 おわりに

 沖縄県の各島における農業は、暖かい気候、豊富な資源と恵まれた条件にある一方、台風の脅威などの厳しい自然条件や島しょであるための地理的不利など、これまでさまざまな試練を乗り越え、さとうきびと野菜、畜産などとの複合経営を実践することで着実に発展してきた。
 今回訪れた伊是名村でも、生産者の高齢化が進む中、島を盛り上げようと沖縄本島からUターンし、さまざまな支援を活用しながら、さとうきびと野菜、さとうきびと畜産といった複合経営により島の基幹産業を守ろうとする意欲的な若手生産者の姿が見られる。
 人口減少や高齢化による担い手不足の解消、農作業の効率化・省力化や安定した収入確保など、島しょ地域の農畜産業にもさまざまな課題があるが、ゆいまーるの精神で生産者、行政、JAなど地域関係者が一体となった取り組みにより、伊是名島の農業がますます発展し、村全体の活性化につながっていくことが期待される。
 最後に、本稿の執筆に当たりご協力いただいた神山勇太朗氏、伊禮勇作氏、伊是名村農林水産課の神田課長、東江(あがりえ)主事、JAおきなわ伊是名製糖工場の東江(あがりえ)氏ほか、取材にご協力いただいた皆さまに厚く御礼申し上げます。