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調査・報告(野菜情報 2017年1月号)


大規模な農地集積による農業経営の安定化を目指して~農事組合法人 勝山グリーンファームの取り組み~

札幌事務所(現 調査情報部)
坂上 大樹

要約

 北海道おけ町の勝山地区の13戸16名の生産者は、新たに設立した法人「農事組合法人 勝山グリーンファーム」に約473ヘクタールの農地を集積させた。
 新法人設立に至る経過には、合意形成を円滑に進めるため生産者が主体となって話し合いを積み重ねたほか、女性限定の座談会を取り入れ、法人化への理解を深めるなどさまざまな工夫があった。今後は、同法人が地域農業のみならず、地域社会を支える重要な役割を果たしていくことが期待されている。

はじめに

2014年度から農地貸借の新たな仕組みである農地中間管理事業が本格的に動き出したことで、担い手への農地集積・集約化が進んでいる。

その事例の1つ、北海道置戸町の勝山地区は、2015年10月に町の耕地面積(牧草地を除く)の約3分の1に当たる約473ヘクタールの農地を新たに設立した法人「農事組合法人 勝山グリーンファーム」(以下「勝山グリーンファーム」という)に集積した(図1)。東京ディズニーランドの敷地面積10個分に相当する経営面積は、1経営体が経営する規模としてわが国で最大級である。

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そこで本稿では、勝山地区に誕生した「勝山グリーンファーム」の事例を紹介する。

 置戸町の農業を取り巻く環境

(1)地域の農業概要

置戸町は北海道のオホーツク地域に位置し、地形的には緑豊かな山岳部が町域の大半を占め、古くから林業と農業が盛んな町である(図2)。

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同町を含む1市2町を管内とするきたみらい農業協同組合(以下「JA」という)の区域は全国の生産量の約2割を占めるたまねぎのほか、麦類、ばれいしょ、てん菜、豆類などの畑作物、水稲、生乳など多様な農畜産物が生産されており、その販売高は全道一と言われている。

(2)加速する担い手不足

今回の舞台となった勝山地区は、16戸ある生産者の平均年齢が52.3歳と、全国平均と比べて10歳以上、北海道平均と比べて約5歳も若く、加工用ばれいしょの需要増加に対応すべく、新規事業としてコントラクターによる大型機械化体系を導入するなど、JA管内のばれいしょ生産を支える重要な拠点産地として高い生産性を実現してきた地区である。

同地区やその周辺地区では毎年何人かの離農者が出ているが、幸いにして地区内の生産者が農地の引き受け手となり、地域全体の農業生産活動が維持されている。

一方、国立社会保障・人口問題研究所の将来人口推計によると、約25年後の2040年の置戸町の人口は、全国より10年程度先行して人口減少・高齢化が進展しているといわれる北海道全体をはるかに上回るペースで減少し、2010年と比較して約半分にまで減少すると予測されている。加えて、65歳以上の高齢者の人口が生産年齢人口といわれる15歳から64歳までの人口を上回り、高齢者1人を現役世代1人では支えられない状況になると予測されている(図3)。

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また、農業部門では、2000年の農家戸数は239戸であったのに対し、2015年には109戸と、町の人口減少率をしのぐペースで離農が進行している。JAの推計によると、地域の平均的な離農年齢や後継者の有無などに基づく勝山地区の10年後、20年後の姿は、2025年には9戸、2035年には5戸の生産者しか営農を続けられないと予測されている(図4)。地域農業の存続のみならず、集落が消滅の危機にひんする可能性が高い。

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(3)勝山地区大型法人設立検討委員会の発足

ア 経緯

勝山地区で農業を営み、JAの役員も務める柏原勝氏(57歳)は、その立場上、地域全体を常に俯瞰することができることから、こうした勝山地区が置かれた状況や将来の見通しなどに対して強い危機感を抱いていた。そこで、同じ町内に住むJAきたみらい馬鈴薯振興会副会長の堺信幸氏(48歳)に声をかけ、地域の未来のために立ち上がった。

方策を検討すべく相談に訪れたJA担当者と何度も話し合いを重ねるうちに、勝山地域の生産者全員で将来像を話し合いながら、1集落1法人の設立を目指す構想が持ち上がった。そして、2015年4月、これを具現化するため「勝山地区大型法人設立検討委員会」(以下「検討委員会」という)を発足させた。検討委員会は、柏原氏および堺氏の2名とこの理念に賛同した7名の生産者のほか、JAの協力を得て、置戸町長を顧問に迎えるとともに、JAや行政などの担当者、税理士などの専門家を構成員に加えた(表1、図5)。

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イ 新法人が優先的に解決すべき課題

検討委員会では、新法人が定める経営計画の目標設定の基本的な考え方や方針を議論するに当たり、生産者全戸の前年度の経営状況を比較・開示している。その結果、勝山地域の生産者は、同じ規模でも農業所得に差があり、大規模化するほどその格差が広がっていることに加え、勝山地区の中核を担う2030ヘクタール規模の経営体が十分な所得を確保していないことが明らかとなった(図6)。

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詳しく分析すると、40ヘクタールを超える大規模経営の場合、「あと何年現役で働けるのか」「補助事業を活用したとしても自己負担額を払いきれるか」などといった不安や、後を継ぐかどうか分からない子供たちにまで負担を残すわけにはいかないという考えなどから、新たな設備投資を思いとどまる様子がうかがえた。所得向上を図る目的で規模拡大を進めても、面積に見合わない機械を使い続ける結果、総労働時間が延び、慢性的な労働力不足から一層管理が粗放的となることで、1ヘクタール当たりの収量の低下を招き、農業所得の低落につながっていた。

一方、2030ヘクタール規模の生産者の中には、40ヘクタール規模に適応するような高性能な機械を導入しているケースが見受けられ、減価償却費やメンテナンス費用などの経費が経営を圧迫していることが判明した。

もっと深刻なのは、多くの生産者が勤労者世帯並みの所得水準に達していないことであった。

このことから、新法人が優先的に解決すべき課題・達成すべき目標として、「1人当たりの農業所得の引き上げ」を掲げた。

ウ 法人設立

検討委員会での議論、調整および地区全戸の投票方式による社名決定を経て、2015年10月、「勝山グリーンファーム」を設立させた。検討委員会の議論の過程において2戸の離農、1戸の離脱があったものの、13戸16名で置戸町の未来のための新たな一歩を踏みだすこととなった。

なお、柏原氏は同法人の代表である代表理事組合長に、堺氏は代表理事専務にそれぞれ就任した。

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 法人設立の円滑な合意形成の進め方

柏原氏らは、検討委員会を立ち上げてからわずか半年余りというごく短期間で合意形成を図り、法人設立に導いている。勝山グリーンファームの法人設立までの経過を振り返ると、その理由が見えてきた。

(1)課題の切り分けと重点化

検討委員会は、法人の運営に関わる事項は当事者である生産者が決めるべきであるとの考えから、作業分担、補助事業活用の検討、就業規則などについては法人設立以降に検討や策定すべきものとして案や方針を示すにとどめた。その一方、参加者の確定、組織機構、農地の賃借料の設定など人間関係や利害の調整が必要な事項については第三者が加わりかつオープンな場である検討委員会が間に入ることで合意形成を円滑に進めることができた。

(2)生産者本位の議論

JA担当者は、成功の要因を「押し付けられたものではなかったから」と分析する。

JAが支援したり、考えを誘導したりすることは必要だが、自己裁量の下で経営を行ってきた生産者にとって、決められたレールに乗ることに反発を覚える者も少なくない。かつてJAは、別の地区において農業経営の法人化を支援したが、生産者からは「押し付け」と捉えられ、必要性に対する認識が深まらず法人設立に至らなかった経験がある。

今回の事例は、柏原氏や堺氏など生産者の自発的な意思を出発点としたものであることから、検討委員会の議論や取り組みを生産者が積極的に主導してきた。外部講師を招いての勉強会や現地視察を企画するとともに、生産者の意見をすい上げるための大小さまざまな会議、会合をほぼ1週間に1回のペースで開催し、検討委員会立ち上げから法人設立までの約半年の間に延べ30回以上にも及ぶ議論を重ねた。

議論するに当たっては、①議題そのものや他人の意見を否定しない、②結論を出さない、などの基本ルールを定めて、発言力や影響力が強い生産者の意見に全体が従ってしまうことや生産者同士の対立・衝突を避けることにも気を配ったという。こうした冷静な議論の積み重ねが、理解者を増やし、合理的な判断や妥協点を探るのに役立ったと言える。

(3)女性の役割

法人化の話が持ち上がった当初、女性たちの反応は、これまでの日常生活が変わることに対する不安や戸惑いの声の方が強かったという。

このため、女性たちの不安を和らげ、法人化の必要性を理解してもらおうと、柏原氏や堺氏などは、女性たちに対して会議などに経営主と一緒に参加するよう呼び掛けるとともに、女性のみを対象とする座談会を開催し、不安や疑問などを気軽に本音で語り合える機会を提供した。

経営主と二人三脚で農業に従事するケース、繁忙期のみ手伝うケース、家事・育児に専念するケースなどそれぞれの家庭により女性たちの農業への関わり方は十人十色であることから、普段は家業や子育てなどで忙しく一堂に会して話し合う機会が少なかった女性たちにとって、座談会はさまざまな立場の女性たちとの交流やざっくばらんな対話の場となり、今の暮らしや地域を見つめ直し、視野を広げるきっかけとなった。

最終的には、10回もの話し合いがもたれ、回数を重ねるごとに法人化に対する肯定的な見方や支持する意見へと変化していった。こうした女性たちの法人設立に対する知識や理解の深まりは、生産者の決断を後押しするという効果をもたらした。そういった意味で、家業を支える女性たちが法人設立に導いた陰の立役者なのかもしれない。

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(4)農地中間管理事業による後押し

勝山地区は、JAの推計通りに離農が進んだ場合、10年後には120ヘクタールを超える離農跡地が発生することが見込まれる。その面積を同地区の生産者が引き受けたと仮定した場合、1戸当たりの平均経営面積は50ヘクタール台に達することから、既存の労働力と機械では到底対応することはできない。

こうしたことを背景として、農地中間管理事業の予算措置が拡充されたことを機に、同事業活用によるメリットを享受する仕組みづくりに対する要請が自身の代で離農を考える生産者などから強まったことも合意形成を加速させた要因の1つである。

 期待される効果と役割

(1)酪農コントラクター事業への参入

北海道における酪農家戸数の減少に歯止めがかからない中で、地域内でも将来性を悲観して離農する酪農家が相次いでいる。家畜ふん尿を原料とする堆肥は農業生産に不可欠な資源であるとともに、酪農家は地域農業を支える重要なパートナーであることから、勝山グリーンファームは酪農家の労働負荷軽減を図るため、初年度からコントラクター事業に乗り出し、受託面積40ヘクタールを確保した上で、牧草やデントコーンなどの粗飼料生産にも取り組む。

他方、経営面積は10年が経過するまで維持する(図7)。その理由を堺氏は「現在は、圃場を寄せ集めたにすぎない。圃場ごとに土壌条件、陽の当たり方、傾斜の有無、排水性の良否などバラつきがあるため、生育がコントロールできるようになるまで最低でも10年はかかる」と話す。

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なお、将来は直売や6次産業化の展開を考えているが、家業を支える女性たちから本業が軌道に乗るまで手を出さぬよう釘を刺されていることを明かした。

(2)経費節減と雇用創出

農作業の受託と農産物生産を組み合わせた農業経営の当面のビジョンは、3年後に経営の黒字化、5年後の2020年度に当期利益130万円の達成を目指す。

各戸の倉庫に眠る農業資材を合計すると、その評価額が1500万円に上ることがJAの試算で分かった。法人設立に伴い、これを集約し、一元管理することで、作業のムラ・無駄の抑制による経費節減を図ることができるほか、一元調達による大口取引に移行することで、調達単価の引き下げも期待できる。また、既存の保有機械の活用により法人設立に伴う初期投資を抑えるなどして、物財費の大幅な低減を見込んでいる。

また、作物ごとに点在している作付け圃場をそれぞれの区画にまとめ、機械作業を集約するなどの作業の効率化を図ることで、これまで常時従事者だけで30名程度の労働力が投下されてきた面積を、今後は社員16人体制で対応することとなる。また、これまでの繁忙期における1戸当たりの臨時雇い12名を、構成員家族からの雇用に切り替え、所得税の扶養控除の範囲内で雇用することで雇用費も大幅に圧縮することが可能となった。

これら支出の節減などを通じて利益確保のめどがついたことから、検討委員会のメンバーを務め昨年3月に定年退職した置戸町役場OBと元JA職員の2名を正社員として雇用し、総務・経理などの管理業務全般を任せている。

今後、事業が拡大していけば、将来の地域農業を支える担い手を育成するため、就農に意欲や関心がある者の雇用機会を拡大していきたい考えだ。

(3)集落機能を代替する新たな役割

今夏、北海道を相次ぎ襲った台風は、勝山グリーンファームの圃場にも大きな爪痕を残した。置戸町を流れる河川が氾濫し、圃場の流出、浸水などの被害が発生するとともに、ばれいしょの収穫最盛期と重なったため、収穫作業が思うように進まず、例年と比べ10日前後の大幅な遅れが発生した。

この遅れを取り戻すため、ばれいしょ圃場約56ヘクタールの大半が手掘り作業を余儀なくされたものの、社員やその家族総出で作業に当たり、10月上旬までに何とか収穫を終え、最小限の被害で乗り切った。

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かつてはこうした地域の災害に際して、集落を基本単位とする生活の互助・共助機能が有効に作用してきた。しかし近年、過疎・高齢化に伴い、その機能に頼ることは困難になりつつあり、法人設立以前ならば、これだけ甚大な被害を受ければ離農者や耕作放棄地が出かねない状況である。勝山グリーンファームは、今回それに代わる機能・役割を果たしたと言える。自然災害などの緊急時は、むしろ明確な指揮系統が存在する組織体の方が迅速に対処できるという側面がある。

 課題

これまでは各々が一斉に作業に取り掛かるため、播種作業などは地域全体から見るとほぼ3日間で完了していた。しかし、今後は作業ムラが発生しないよう、作付作目ごとにグループ分けした班が担当区画の作業を一貫して行うこととしたため、1時間当たりの作業効率は以前に比べ1.5倍以上向上したものの、作業日数が23日延びるというジレンマを抱えている(図8)。経営面積が巨大であるが故に作業日数が延びれば、適期を逃すことによる収量および経営に与える影響が大きくなる。

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他方、生産者の中には、「繁忙期に農作業を手伝ってくれた親の出番がなくなった」と、少し寂しげに語る姿もあった。経営者の親世代の中には、80歳近くになっても現場で働き続ける者も珍しくない。法人化により効率性は格段に向上し、それにより新たな雇用機会も生まれたが、反面、親世代の働く機会を奪ってしまっているのではないかという思いも少なからずある。

現場の一線を退いたとはいえ、これまで地域を支え、蓄積してきた技術・ノウハウを数多く有する親世代を労働力として生かす、または働く意欲のある者に対して労働機会を提供することは、65歳以上の人口比率が約40%を占め、全国よりも早く超高齢社会を迎えた置戸町における社会的課題と一致するところである。このことから、町などに支援を求めつつ、担い手確保との競合を避けながら高齢者の雇用の受け皿としての役割も検討していく必要があると考えられる。

おわりに

JA担当者は「法人化・協業化によって所得の安定化、労働力の軽減などを実現した好例がいくつか蓄積されつつあるが、普及・拡大が今ひとつ進んでいないのは、経営主から組織人に転換することに対しての生産者の葛藤の大きさや心理的なハードルの高さを物語っている」と語る。

今回の事例では、地域のリーダーが生産者たちの背中を押した。課題解決に際しては、リーダーシップを発揮し、理想とするゴールに導くリーダーの存在が必要不可欠であることを改めて感じる。注意しなければならないのは「強制しない」「女性たちの声に耳を傾ける」ことであった。

他方、今年は自然災害に見舞われるというアクシデントがあったが、見方を変えると地区全域の生産者および農地を取り込んだことが功を奏して、地域社会の架け橋の一端を担う新たな可能性も見えてきた。しかし、農事組合法人という形態では農業以外の活動が制限されることから、さらなる進展を図るためには株式会社への移行の検討が必要であり、同法人もそれに対する意欲を示している。

勝山グリーンファームの地域農業を次世代へつなぐ挑戦はまだ始まったばかりである。今後もその行方を見守っていきたい。

今回の取材にご協力いただいた農事組合法人勝山グリーンファーム代表理事組合長の柏原勝様をはじめとする社員の皆さまおよびきたみらい農業協同組合の皆さまに、改めて御礼申し上げます。

最後に、この度の台風で被害に遭われた勝山グリーンファームの皆さまとそのご家族をはじめ、すべての方々に心よりお見舞い申し上げるとともに、被害の一日も早い復旧と今後の安全をお祈り申し上げます。



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