日本大学生物資源科学部
教授 下渡 敏治
【要約】
福岡市中央卸売市場の卸売会社である福岡大同青果株式会社は、アジアに隣接する立地的な優位性と卸売市場の集出荷機能を生かして、農産物輸出事業に取り組んでいる。また、九州の経済界・農業界が設立した九州農水産物直販株式会社と福岡県と福岡県内のJAが設立した九州農産物通商株式会社は、アジア各地の大手流通チェーンや日系量販店に農産物を輸出しており、従来、産地ごとに縦割りで実施されてきた農産物輸出を、オール九州さらには九州以外の他産地と連携することによって香港、台湾市場を軸に一体感のある統一的な農産物輸出事業の実現に向けて動き出している。この3者の取り組みは、現地市場での産地間競争による価格破壊などの弊害を回避し、より効率的でかつ国内産地のモチベーションを高める可能性が高いといえよう。
1 はじめに
多様化した農産物の輸出チャネルの一つとして、大量多品目の青果物の集荷が可能な卸売市場の重要性が高まっている。大都市圏に設置された中央卸売市場は、従来、産地から出荷された青果物を国内市場向けに販売する重要な機能を担ってきたが、その優れた集出荷機能を活用して国内市場のみならず海外市場向けの農産物輸出を担う新たな役割に関心が集まっている。
本報告では、アジア市場を視野に入れた九州産青果物の一大流通拠点として、平成28年2月に福岡地区の3つの市場を統合して開設された「べジフルスタジアム」を拠点にした福岡大同青果株式会社(以下「福岡大同青果」という)の農産物輸出の新たな取り組みと、九州農水産物直販株式会社(以下「九州直販」という)と九州農産物通商株式会社(以下「九州農産物通商」という)の二つの農産物輸出商社の新たな輸出戦略に焦点をあてて、卸売市場の集出荷機能を活用した農産物輸出の意義と今後の展開方向について検討した。
2 福岡大同青果の農産物輸出事業
(1)輸出の現状
福岡大同青果は、昭和35年設立、同年に長浜市場で営業を開始し、63年台北農産((台北農産運錆股扮有限公司)との姉妹会社提携、平成元年筑紫青果株式会社との合併などを経て、平成23年株式会社福果物流設立、28年2月に、アイランドシテイ(福岡市沿岸部の埋立地に建設された都市区域)に建設された新しい福岡市中央卸売市場「べジフルスタジアム(15万平方メートル)」に移転した。福岡大同青果は、売上高670億円(全国6位)、日本最大級の低温設備を完備した中央卸売市場の卸売業者として、今後、アジア市場を視野に入れた輸出拠点としての役割が期待されている(写真1)。
福岡大同青果の農産物輸出事業は10数年前にさかのぼる。平成15年ごろに、香港向けに、宮崎県産小玉かんしょを商品化して輸出したのが輸出事業の始まりである。その後、宮崎県産の小玉かんしょは香港市場でヒット商品となり、現在では年間200トン以上の宮崎県産かんしょが香港、台湾などに輸出されている。かんしょの他に、キャベツ、ほうれんそう、はくさい、たまねぎ、きゅうり、トマト、ごぼう、えのき、しめじ、いちご、りんご、ぶどうなど30種類以上の青果物が、香港、台湾、シンガポール、タイ、米国、その他の国々に輸出されており、最も取扱金額の大きいのが福岡県産のいちごあまおうである。輸出金額は4億~5億円に達している。福岡大同青果の保管倉庫には、大量の輸出用青果物が、用途や品目ごとにそれぞれの温度帯に分けて保管されており、輸出相手国の輸入業者からのオファーに応じて適宜出荷可能な体制が整備されている(写真2)。
通常、農産物の輸出には40フィートのリーファーコンテナ(冷蔵コンテナ)を利用しており、月平均コンテナ20台の青果物が香港などに出荷されている。輸出は、市場出荷用の段ボール箱に入った青果物をそのままコンテナに積み込んで出荷している。福岡大同青果の倉庫に一時保管された輸出用青果物は、コンテナに積み込まれた後、大型トラックで博多港まで搬送されているが、りんごに関しては産地(青森県)から直接台湾に出荷しているという(写真3)。
現在、注目されているCAコンテナ(注1)による輸出は、月4、5回程度であり、利用回数は輸出品目や輸出量によって異なる。CAコンテナによる香港までの輸送費は50万円前後で航空便に比べて割安だという。ただし、CAコンテナを利用した場合でも、香港までの輸送に4、5日掛かるため、即日配送できる航空便に比べてどの程度のメリットがあるかは、輸出品目や輸出量によって異なる。仮に、輸送日数が経過したことによって商品が劣化し、クレームが発生すればCAコンテナによる輸送であってもメリットが少なくなるという。コールドチェーンが整備されていない多くの輸出相手国の市場では、途中でコールドチェーンが途切れるのが普通であり、物流上の課題も多い。
たとえば、福岡市場からシンガポールに青果物を輸出するのに船便では2週間かかるが、CAコンテナを利用した場合、酸素を5%に引き下げるため二酸化炭素を注入し二酸化炭素の濃度を引き上げ冬眠状態にして、2~5度の温度帯で輸送されるので問題はない。ところが、シンガポールに到着して荷物を開封した途端に28度の高温にさらされ、一気に過呼吸状態になり、品質が劣化するといった問題がある。商品到着後、冷蔵庫で貯蔵する必要があるが、先進国のシンガポールでさえ最終エンドユーザーまでのコールドチェーンの整備が十分でなく、コールドチェーンが途切れる場合が多いという。
物流上の課題は航空便についても同様である。福岡空港からエアカーゴ(航空貨物)で出荷される商品は5度の温度帯に冷蔵されて輸送されるが、真夏の東南アジアの空港での積み下ろしの30分間に商品が劣化するケースがあるという。商品の劣化と廃棄によって現地市場での販売価格が割高になってしまうことから、生鮮品の輸出には到着後のスピーデイな空港業務が欠かせないという。
輸出チャネルは、福岡大同青果 → 仲卸業者 → 現地輸入業者の経路で実施されており、青果物の輸出を担当している仲卸業者が、現地の輸入業者が発注した品目と数量を福岡大同青果で品ぞろえして日本の相場で輸出している。輸出の大部分は輸出相手国からの要請によるものであり、産地からの要請によるものは10%程度だという。ただし、あまおうに関しては、福岡大同青果は輸出用として集荷しており、収穫時期も現地までの輸送日数を考慮して国内販売用より早くしている。
最大の輸出先である香港では、売れた商品の代金だけを決済する消費販売システムが主流であり、日本のように一定の時間が経過した商品、閉店間際の商品を値引き販売する習慣がないことから、売れ残った商品は販売を委託した日本の輸出業者が引き取ることになる。このため、輸出業者は返品のリスクを上乗せした価格で販売することになり、それが国内価格の3倍程度の小売価格となって現地市場で中間層を取り込むことが困難になっている。
現在、福岡からアジア市場向けに青果物などの農産品の輸出を担う仲卸・輸出業者は10社、東京、大阪などを含めると多数の輸出業者がひしめき合っているため、香港では日本産品が飽和状態に陥っている。その結果、国内産地間、輸出業者間の値引き合戦、過当競争を引き起こす原因になっているという。現地の量販店では、産地ごとの輸出フェアが繰り返されており、1週間で産地が入れ替わる現象が起きている。日本の農産物の最大の輸出先である香港には、国内の産地と輸出業者がひっきりなしに押しかけ、現地の量販店でマネキンを雇って多額の費用を支出して1週間ごとに何々県フェアが開催されている。いわゆる産地主導型、自治体主導型の輸出である。こういった単発的な農産物輸出が多いのが、日本の農産物輸出事業の特徴である。各産地によるフェアやイベントが大部分を占め、九州フェアや日本フェアといった産地横断的、全国規模のイベントが見られないのが実態である。輸出の拡大には、一体感のある統一的な農産物輸出事業の構築が必要だという。
注1:リーファーコンテナの一種で、温度だけでなく酸素と二酸化炭素濃度を調整し青果物の貯蔵期間を延長させることができる。
(2)輸出拡大の課題
日本の農産物輸出は国内市場の余剰品を海外に出荷する輸出が主流であり、余ったときだけ輸出するため、輸出市場が育ちにくいといった問題がある。さらに、台風などの自然災害によって国内の青果物の市場相場が3倍に跳ね上がる場合がある。これに対して、輸出先市場では安定した販売価格が要求されることから、自然災害が発生した場合などにも対応可能な価格帯で輸出できる輸出専用枠を設けるなどして安定した価格帯で輸出する仕組みづくりが重要だという。
人口減少・超高齢化社会の到来によって国内消費が減少傾向にある中で、農産物輸出の重要性は高まる傾向にあるが、課題も多い。
一つ目は、輸出相手国の植物検疫の問題である。植物検疫の対象項目は全体で350項目に達しており、農薬基準が日本と異なる国も少なくない。台湾向けの輸出では、植物検疫で不合格になると全量廃棄しなければならなくなる。輸出相手国の輸入業者からの商品の引き合いが多いにもかかわらず、植物検疫で不合格になる事を恐れて、輸出が滞ってしまう場合も少なくないという。
農産物輸出の拡大には輸出相手国の検査官が日本に常駐するなど、円滑な対応を講じる必要がある。迅速な検査体制が整備されれば、青果物の輸出量は現在の2倍程度に増える可能性があるという。
二つ目は、輸出業者の数が多く、業者ごとに輸出相手国に個々に出荷している点である。輸出業者が個々にコンテナで出荷すると、コンテナを満杯にするために混載が多くなり、現地市場で過当競争による価格破壊を引き起こす原因になる。理想的な
輸送は、たまねぎならたまねぎだけを40フィートコンテナで輸出することであり、単品で輸送することによって輸送費のコストダウンが可能になる。たとえば、台湾向けりんごはりんごだけ、ながいもはながいもだけと言った具合に単品での輸出が望ましく、単品で輸出した方が植物検疫にも対応しやすいという。
ちなみに、韓国の場合には、輸出業者が1、2社程度と数が少なく効率的に輸出を行っている。日本の農産物輸出事業でも輸出業者の一本化が重要な課題である。
三つ目は、現地市場での過当競争の問題である。福岡大同青果で取り組んでいる卸売市場経由の農産物輸出は、産地間競争の弊害を回避できる可能性があるという。現在、福岡だけでも10の農産物輸出業者がひしめき合っている状況にあり、輸出業者の数に対して輸出相手国の輸入業者の数が少ないため、足元を見られて値引きせざるを得なくなるなど、輸入業者に有利な条件で取引せざるを得なくなっている。福岡からの青果物輸出では、福岡大同青果から直接輸出相手国に輸出する取り組みも行っている。他地域では仲卸業者による輸出がほとんどであり、そういう意味でも、福岡大同青果の農産物輸出事業は従来とは異なる新たな試みとして注目すべき点が多いといえよう。
しかしながら、農産物輸出には輸出手続きや代金決済などのスキルが必要であり、独自に進出して日の浅い福岡大同青果の輸出事業には輸出スキルなどの面で課題が残されているという。
四つ目は、国内取引の場合には、取引4日後には代金が支払われるが、海外との取引の場合には取引期間が長く、代金回収などに課題がある点である。
福岡大同青果では、将来、生産者の高齢化や担い手の減少などによって、国内の青果物の供給体制が弱体化していくことも踏まえて、輸出を前提に価格を提示するなど、産地のモチベーションを高めるための情報発信を密にしていきたいとの意向である。
3 九州直販の香港向け輸出の取り組み
福岡大同青果と連携して香港の大規模流通チェーンに九州産農水産物を輸出しているのが、九州直販である。九州直販は、九州の強みであるアジアに近いという地理的条件を生かした農水産物の海外市場への輸出促進を目的に、九州の経済界、農業界で組織する九州経済産業連合会(九経連)が中心となって、平成27年8月に設立された輸出商社である。株主には、宮崎県経済農業協同組合連合会、麻生株式会社、JR九州旅客鉄道株式会社(以下「JR九州」という)、株式会社九電工、エスジーグリーンハウス株式会社(西部ガスの関連企業)、日本通運株式会社、三井住友信託銀行が名を連ねており、九州の一次産業の活性化、生産農家の所得向上を目指した農水産物の海外直販市場の形成を目的としている。
同じ九州産農産物の輸出拡大を目指して、福岡県や福岡県内のJAが出資母体となって設立されている九州農産物通商とは、生産農家の経営安定・所得向上という設立時の目的は同様であるが、出資母体が異なっている点などに違いがある。
九州直販の輸出が開始されたのは設立間もない27年11月末であり、取引先は香港の財閥企業ジャーデイン・マセソン・ホールデイングス(Jardine Matheson Holdings)傘下の流通企業Dairy Farmである。Daily Farmの店舗内に九州直販の売り場を設置し、従来、現地の富裕層に特化してきた日本産農産物の購買層を一般消費者に広げることを目指して農産物輸出に取り組んでいる。
ジャーデイン・マセソングループは、香港を拠点に東南アジア各地に、ホテルや流通事業を含むさまざまな事業を展開しており、その傘下に九州直販の取引相手であ
るDairy Farmがある。Dairy Farmグ
ループは香港の二大流通グループのひとつであり、傘下には、MARKET PLACE、Wellcome、OLIVER’S、Three Sixtyなどのスーパーマーケット322店舗、本拠地の香港はもとより、シンガポールに126店舗、マレーシアに84店舗、台湾に253店舗、インドネシアに160店舗、べトナムに1店舗、中国に500店舗、フィリピンに35店舗、マカオに15店舗、カンボジアに12店舗のスーパーマーケット、ハイパーマーケット、コンビニエンスストアなどを展開している(表1)。
27年11月21日に、これまでバナナなどの輸送用に使用されてきたCAコンテナ(日本郵船所有)による第一便(初荷)が博多港を出港し、11月25日に香港に到着し、翌26日の午前中にはDairy Farm社のフレッシュフードセンター(流通センター)に搬送され、品質検査(QC)後、午後にはThree SixtyのKowloon店、MARKET PLACEのTelford Plaza店とPopcorn店、WellcomeのCauseway店の4つの店舗内に設置された「九州市場産直棚(九州産農産物の陳列・販売を目的に設置された棚)」での販売が開始された。その後、「九州市場産直棚の売り場は9店舗に広がっている(図1、写真4)。
九州直販の農産物輸出の特徴は、九州直販が輸出業者となって香港の流通業者あるDairy Farm社との直接取引による固定取引になっている点であり、複数の取引先に輸出している他の仲卸業者とは異なっている。会社設立後日が浅いこともあって、現在の取引高は月商2000万円程度と多くない(ちなみに、後述する九州農産物通商の平成27年度の取り扱い高は4億6879億円に達している)。特に高温が続く夏場の時期(5~7月)は青果物の生産品目、生産量が少なく、輸出可能な商品数が限定されるため、輸出の売り上げが減少しているという。青果物の出荷量が増加する秋冬の季節を迎えて、九州直販では、「九州市場産直棚」売り場を持つ9店舗の他に、27店舗の合わせて現在36店舗と試験販売を実施している段階である。
現在、福岡大同青果が集荷している宮崎県産かんしょを中心に、はくさい、キャベツ、ごぼう、だいこん、ながいもなどを海上コンテナによって週1便出荷する一方、季節の果物類を中心に、こまつな、ほうれんそう、白ねぎ、しめじ、生しいたけなどを航空便で週2便出荷している。農産物輸出は、一般的に現地輸入業者の手数料が20%から25%と割高になっていることから、直接取引によって中間マージンが削減されれば一般消費者にも手が届く価格設定が可能となる。
また、現在利用しているCAコンテナによる輸送では、さまざまな青果物を混載して運ぶため、品目ごとの温度調整が難しいといった問題があり、今後、温度管理がしやすい品目別にCAコンテナを分けて輸出することを検討している。
福岡大同青果で品ぞろえされた商品は、輸出業務を担う九州直販から直接香港のDairy Farmに出荷されており、ドアツードアの取引が可能になっている。
今後の農産物輸出の課題としては、①「九州市場産直棚」以外の販路を拡大していくこと、②かんしょ、いちご(あまおう)以外のりんご、ながいも、しめじ、だいこん、キャベツ、かぼちゃなどの主力商品を育てていくこと、③輸出商品が品薄になる夏場の商品(もも、ぶどうなど)を強化していくこと、④契約取引、契約栽培を増やすこと、によって、安定数量、適正価格での輸出を実現することである。このため、九州直販では、福岡大同青果と情報を共有するのと同時に、産地に足を運ぶことにしている。
第2に、青果物が中心になっている現在の取引品目を青果物以外に広げることである。このため、現在、水産物については、商品リストを作成中であり、農産加工品については、JAグループ宮崎に提案しており、他県との産地商談も実施したい考えである。畜産物についても、豚肉、ハム・ソーセージなどの加工品も検討中であり、さらに、加工品などを扱う大手卸売会社とも協議中である。
第3に、物流の重要性に鑑み、効率的な物流システムの構築がある。海上輸送についてはCAコンテナを基幹的に利用するが、品目ごとに最も輸送効率の良い、コストパフォーマンスの高い輸送方法を構築したい考えである。一方、鮮度劣化の早い商品については、コールドチェーンが整備されていない海外市場の保冷設備などの導入によって、途切れたコールドチェーンを補完する手立てが必要である。
第4に、輸出先、取引ターゲットの拡大である。当面、Dairy Farm社との香港向けの取引を中心に進めるが、他国への展開を図りたい意向である。既に28年には香港と同じ枠組みによるシンガポールでの販売が実現する見通しであり、28年度5億円の売り上げを目標にしている。さらに、28年に香港で開催した「日本フェア」のように、産地横断的な農産物輸出に取り組んでいきたい意向である。
4 産地間連携を軸にした九州農産物通商の新たな輸出戦略と市場拡大の課題
九州農産物通商は、福岡県産農産物の輸出拡大を図ることを目的に、平成20年12月に設立された福岡農産物通商株式会社(以下「福岡農産物通商」)が、28年4月に九州農産物通商に社名変更して再スタートした農産物輸出商社である。初代社長には、麻生前知事の肝入りで福岡県の渡辺氏が就任し、福岡県域のJA系の農産物輸出事業を一体的に担うことによって、海外の農産物ニーズに応えるととともに、輸出産地の農業生産者の所得向上を目指して、新たな輸出戦略による輸出の拡大に取り組んできた。
社名変更した背景には、福岡農産物通商時代には会社設立の趣旨から、①輸出品目が福岡県産の農産物(あまおうなど)に制限されてきたこと、②また、九州圏内の他産地との戦略的な提携が組みにくいといった問題があり、初代社長の時代には業績が振るわず、赤字経営を余儀なくされてきたことがある。会社の立て直しを託された2代目社長の坂井氏就任以降は、県行政等設立時の関係者と株主である県内JAが協議し、①他県産の農産物も扱うこと、②水産物、畜産物、加工食品も扱うことを確認し、③商品調達の軸足を市場調達に移し、会社の業績も黒字に転換した。
九州農産物通商の株主には、福岡県農業協同組合中央会、福岡県、福岡県信用農業協同組合連合会、全国農業協同組合連合会(以下「全農」という)、全国共済農業協同組合連合会、県内20のJA(設立時は23)のほか、九州電力株式会社、西日本鉄道株式会社、JR九州、福岡大同青果、アグリビジネス投資育成株式会社といった企業が名を連ねている。3代目社長の波多江氏が経営を担うようになって、商品調達の軸足を、産地調達に大きく移し、市場調達が3割に減少する一方、7割を産地買い付けに変更した。その背景には、輸出用農産物を少しでも高く売りたいという産地側の強い思いがあり、それを実現するために国内市場と同じ目線で輸出を捉えて輸出事業に取り組んでいきたいという新会社の戦略がある(図2)。
九州農産物通商の輸出相手先は、香港向けが65.4%と大きな割合を占めており、次が台湾の28.4%で、この二つの市場で全体の93%を占めている。以下、タイ3.1%、シンガポール1.2%、ロシア0.3%、EU、米国がそれぞれ0.1%である。前年度、前々年度と比較して、香港への輸出割合が減少する一方、台湾向けがおよそ20ポイントの大幅な増加を示しているが、その他のEU、米国、シンガポール以外は減少もしくは横ばい状態にある(写真5)。輸出先国の多元化が重要な課題であると言えよう(表2)。
九州農産物通商も輸出相手国の多元化の重要性を十分認識しており、27年度は、「あまおう」をハワイと米国本土向けに出荷するなど新規市場の開拓に乗り出している。28年度は、極東ロシアのウラジオストックの市場開拓にも取り組んでいるが、マレーシア、ベトナム、インドネシアなどのアジア市場の開拓は現状ではあまり進んでいない。
シンガポールや中東は輸出コストがかさむのが大きなネックであり、ロシア向けも同様という。28年度は、現地輸入業者との連携により輸出が大きく伸張している台湾へのさらなる輸出拡大に取り組んでおり、対前年度1.5倍増の輸出目標を掲げ、輸出を大きく伸ばしたい考えである。ただ、台湾向けの輸出は、ポジテイブリストに対応した厳しい植物検疫をクリアしなければならないため、商品を調達しているJAとも提携して台湾向けの樹園地の開発をすすめている。現在、大分県日田なし、北海道・東北産のながいもなどが台湾向けに輸出されている。
主な輸出品目は、いちご、かんしょ、はくさい、みかん、メロン、なし、金柑、りんご、もも、ぶどう、かきなどであり、27年度の輸出金額は4億6839万円、産地別では九州産が全体の35%で福岡県(14.4%)、鹿児島県(9.4%)、宮崎県(5.0%)、大分県(2.6%)、熊本県(2.4%)、長崎県(1.0%)、佐賀県(0.3%)の順となっている。その他の県産の農産物が65%を占めており、海外の多様な市場ニーズに応えるには九州圏内のみならず全国各地からの商品調達が必要であることを示している(表3)。
九州農産物通商は九州を地盤とする輸出商社であり、出資の8割をJAが負担しており、企業の出資は1割にとどまっている。農産物輸出事業は各県行政単位、JA単位で動く傾向が強く、商品調達の壁が厚いといった問題がある。社名変更したことによって、九州各県の商品を同一レベルで扱うことが可能となり、輸出商品の幅が広がることが期待できる。さらに、全農宮城県本部、全農業山形県本部、愛知県経済農業協同組合連合会などとも連携し、さらに行政にも連携の輪に入ってもらうことを目指している。各県のJAが連携し、農産物輸出を福岡や地域ブロックに拠点化・一元化することによって農産物輸出にとって最大のネックになっている流通コストを、大幅に削減することが可能となり、品質の安定にもつながるという。
農産物輸出のもう一つの課題として、海外市場での過当競争の問題がある。特に日本からの輸出が集中している香港は、日本国内の輸出チャネルが多元化した結果、いちごをはじめ多くの青果物が過当競争に陥っている。これまであまり注力してこなかった台湾に26年から重点を移した理由もそこにあるという。九州農産物通商の取り扱いの川上に位置する産地の生産農家の所得向上のためには、輸出価格は下げられない。現在、台北中心に展開している台湾には市場拡大の余地が残されているという。今後、台中、高雄に市場を拡大することは十分可能だという。例えば鶏卵については、すでに公益社団法人中央畜産会、一般社団法人日本養鶏協会と連携して、28年9月1日からプロモーションを台湾で実施した。九州農産物通商では平成30年度の売上高の目標を8億円に設定し、さらなる輸出増につなげていきたい意向である。
5 卸売市場の集荷機能を活用した農産物輸出事業の展望と課題
アジア向けのハブ市場としての機能を備えた九州産青果物の流通拠点として、28年2月に開設された「ベジフルスタジアム」で野菜、果物などの青果物の輸出事業を担っている福岡大同青果、九州直販、九州農産物通商の農産物輸出事業の内容と今後の展開方向について検討した。
福岡大同青果の農産物輸出事業は、従来、仲卸業者(輸出業者)が担ってきた農産物の輸出事業に、卸売会社が進出した唯一の事例である。中央卸売市場の集荷機能を最大限に活用することによって、輸出相手国が求めている多品目の青果物を即時に品ぞろえし、臨機応変に輸出することが可能な輸出チャネルといえる。輸出は、福岡大同青果→輸出相手国の輸入業者との間で直接取引されるものと、仲卸業者でもある輸出業者が介在する二つのケースがあるが、福岡大同青果の農産物輸出事業は、卸売市場の集荷機能を生かした産地横断的な輸出が可能である点に大きな特徴がある。わが国の農産物輸出は産地ごとの縦割り状態になっており、産地ごとに海外市場で単発のフェアやイベントを開催し、継続性に欠け、市場が育ちにくいことに加えて、過当競争による価格破壊を引き起こしている。
とりわけ日本産品が集中豪雨的に輸出されている香港では、こうした現象が顕著である。従来の農産物輸出の弊害を回避し、安定的、持続的な農産物輸出事業を構築する有効な手立ての一つとして卸売市場を活用することの重要性が高まっている。福岡大同青果の輸出事業は、まさに従来の輸出事業の欠陥をカバーする取り組みとして評価される。
一方、九州直販の輸出事業の特徴は、Dairy Farmとの直接固定取引にあり、この点が従来の農産物輸出事業のように複数の輸入業者を相手にした取引と大きく異なっている。28年度内には、香港と同様の事業スキームでシンガポールにも「九州市場産直棚」を設置する予定であり、卸売市場を活用した産地横断的な農産物輸出に取り組んでいきたい意向である。
九州直販よりも一足早く農産物輸出事業に進出している九州農産物通商の場合には、これまでの輸出事業の実績を生かしつつ、さらなる輸出拡大に向けた新たな取り組みに着手している。九州農産物通商は、行政、JAグループを出資母体にしている組織の性格上、市場調達にシフトしてきたこれまでの商品調達を見直し、産地間連携による新たな輸出事業の構築に取り組んでいる。九州農産物通商の輸出事業は、九州各県の産地を福岡に一元化することによって、最大の課題である流通コストを大幅に削減し、輸出産地の生産者の所得向上を目指している点に大きな特徴がある。農産物の輸出先も香港から台湾、米国、極東ロシアなどの新規市場の開拓に取り組んでおり、こうした努力が実って、27年は台湾向けの輸出が対前年比で3倍増となるなど徐々にその成果が現れ始めている。今後は、輸出品目を畜産物などに拡大し、国内市場と同じ目線で輸出を捉えてさらなる輸出拡大に取り組む意向である。
6 おわりに
以上のように、ベジフルスタジアムを拠点とした3者の輸出事業は、卸売市場の集荷機能とこれまでに培ってきた各社の農産物輸出のノウハウを生かしつつ、①輸出拡大のネックになっている流通コストの削減、②海外市場での産地間競争、過当競争の回避、③産地間連携による統一的で一体的な輸出事業の実現を目指した取り組みと言える。
農産物の輸出事業が開始された当初の主たる担い手は、全国各地の地方自治体およびそれらの自治体で組織する輸出組織やJAなどの農業団体、民間団体が大部分を占めていた。このため、産地が限られた単一の品目を独自に売り込むケースが多く、明確な輸出目標や輸出戦略に基づいた輸出と言うよりも、展示会や物産展での販売など限られた期間内でのスポット的な輸出が多く、商業ベースによる継続的な取引にはほど遠い状態にあった。しかも、日本の農産物輸出は加工食品と水産物・水産調製品が全体の7割弱を占め、青果物(野菜、果物)、コメ、畜産物などの生鮮農産物の輸出割合が低いといった特徴が見られる。平成27年度の総輸出額7450億円に対して青果物の輸出額は4.7%の150億円にとどまっている。青果物などの生鮮農産品の輸出を拡大するには、国内産地から輸出先国の量販店に至る切れ目のないサプライチェーンと物流システムの構築、流通コストの大幅な削減、産地間競争の回避による適正価格での輸出が不可欠である。
日本産農産物の全体の輸出量の約7割が輸出されているアジアの食品市場も、経済発展に伴う国民所得の向上によって食料品の消費需要が大幅に増大し、消費者ニーズも多様化し、高度化している。多様化、高度化するアジアの食品市場には、米国、豪州、ニュージーランド、韓国、中国などからの農産品の輸出も増える傾向にある。日本の農産物輸出事業もこの点を考慮した取り組みが必要になっている。
農産物の輸出拡大には、国内市場とは大きく異なる海外市場の現地商慣習や消費者ニーズを的確に把握し、輸出目標を設定し、多様な商品を品ぞろえして切れ目なく供給することが重要である。ただ単に商品を提供するだけの輸出では安定した市場を確保し、日本産農産物の需要を拡大することは困難である。九州直販が取り組んでいる海外の量販店のネットワークを活用した輸出や、現地市場の需要に応じていつでも日本産の農産物を供給できる体制作りが求められていると言える。そういう意味からも、福岡大同青果、九州直販、九州農産物通商が取り組んでいる農産物輸出事業は、国内の産地間競争を海外市場に持ち込み過当競争状態に陥っている日本の農産物輸出事業に、新たな販路拡大の方向を提示するとともに、農産物の輸出産地に対しても強いインセンテイブを与えることとなり、その意義は大きいものと思われる。九州ブランド、ニッポンブランドの発信基地としてのベジフルスタジアムの役割と福岡大同青果、九州直販、九州農産物通商の農産物輸出事業の新たな取り組みに期待したい。
多忙な日程を割いて、調査にご協力いただいた福岡大同青果の椿課長、九州経済連合会の小田農水産部長、九州直販の富土部長、船村次長、九州農産物通商の波多江社長ほか関係各位に深甚より謝意を表したい。
参考資料
(1) 福岡市農林水産局中央卸売市場青果市場紹介パンフレット「ベジフルスタジアム」
(2) 福岡大同青果株式会社案内「Health & Life」
(3) 九州農産物直販株式会社「九州の農水産物 香港向け輸出の取り組み」平成28年7月
(4) 九州農産物通商株式会社会社安内「日本の“おいしさ”を世界へ」