中村学園大学
学長 甲斐 諭
【要約】
野菜生産では零細経営に代わって、生産から販売まで総合的に展開する野菜生産者組織が重要になっている。しかし生産・調製段階で大型機械が利用できない生鮮軟弱野菜の場合は生産、選別、調製、出荷など手作業に依存したプロセスが多く、労働力不足が顕在化した農村では課題が多い。さらに実需者や消費者からは多様な小袋化を要請され、農協では対応できなくなっている。これらの課題を解決している「太郎グループ」は、川下の多様な要請に応じ、栽培面積を徐々に増やし大規模野菜生産に成功している。
1 研究の背景と目的および方法
一般に野菜生産は零細な家族経営で担われているので、生産者の高齢化と共に零細経営は離農する。従って、今後は大規模生産者に野菜の生産と供給を依存せざるを得ない状況である。
ちなみに表1は平成22年と27年の露地野菜に関する販売目的の野菜類の作付面積別経営体数を示しているが、全国も九州も福岡も作付面積規模が3ヘクタールを基軸として両極分解(基軸以上の作付面積では経営体数が増加し、基軸以下の作付面積では経営体数が減少)していることが分かる。表2は同期間の施設野菜の経営体数の変化を表示しているが、1ヘクタールが両極分解の基軸であることが分かる。
27年現在、露地野菜と施設野菜について分解基軸以上の経営体数の全体に占める割合は、全国も九州も福岡も3~6%に過ぎない。この3~6%の少数の経営体をより強固な経営体に育成していくことが、将来のわが国の野菜生産にとって極めて重要である。
大規模野菜生産者の数はあまり多くはないが、各地で優良事例が散見されるので、その成功要因と今後の課題を分析することは、野菜の生産維持拡大の推進にとって不可欠である。
本稿では、そのような認識の基に、まず野菜生産に熱心に取り組んでいる福岡県の現状を見て、次に福岡県の野菜生産の優良事例を対象に聞き取り調査を実施する。その結果を踏まえて大規模野菜生産販売法人の成功要因を分析し、今後の課題を考察する。
2 九州と福岡県における野菜生産の取り組み
(1)九州における野菜の生産状況
九州の平成26年の農業産出額は、肉用牛、豚および鶏の価格の上昇により、前年に比べ286億円(1.7%)増加し、1兆7017億円であった(※1)。部門別では、畜産が7403億円で全体の43.5%を占め、次いで野菜が4435億円(26.1%)、米1618億円(9.5%)、果実1247億円(7.3%)となっている。
図1に示すように農業産出額は鹿児島県4263億円(全国3位)、宮崎県3326億円(同5位)、熊本県3283億円(同6位)、福岡県2170億円(同14位)が九州では上位4県となっている。県別の特徴として、南部の宮崎県、鹿児島県は畜産のウエイトが高く、北部の福岡県、熊本県などは野菜のウエイトが高くなっている。
平成26年産の九州における指定野菜(14品目)の収穫量は、約182万4600トンで全国シェア16.1%を占めている。九州で収穫量の全国シェアが高い品目はピーマン4万9080トン(全国シェア33.8%)、トマト19万8200トン(同26.8%)、さといも4万3400トン(同26.2%)、きゅうり12万500トン(同22.0%)、だいこん31万3300トン(同21.6%)である。
九州においても野菜産地では、 高齢化の進展、担い手の減少などによる産地基盤の脆弱化が進んでいることに加え、加工・業務用需要については、国産ニーズが高いにも関わらず、産地が十分対応できていないことから、輸入野菜の使用割合が増加している。このため、農林水産省では、担い手を中心とした競争力ある生産供給体制の確立などを図ることを目的として、野菜の「産地強化計画」の策定を推進している。この計画において、各産地は「低コスト化」、「高付加価値化」、「契約取引推進」、「資材低減」、「加工・業務用推進」のいずれかの項目に係る戦略を策定し、出荷量などの数値目標を定めることとなっている。平成28年3月末現在、九州では496産地で策定され、計画に基づいた取り組みが実施されている。
また、消費者・実需者のニーズに的確に対応した野菜の安定供給体制を構築するため、施設栽培における初期コストの低減や出荷期間の拡大に資する低コスト耐候性ハウスの導入、流通の合理化や鮮度保持に向けた集出荷貯蔵施設などの整備を支援している。さらに、産地の拡大などによる生産量の増加に伴い、流通コストの低減や販売単価の上昇などを目指した集出荷貯蔵施設の再編利用に対しても支援している。
(2)福岡県の農業と野菜生産の全国的位置
福岡県の農家数は約5万3000戸で全国シェアは2.4%(全国17位)、耕地面積は約8万5000ヘクタールで全国シェアは1.9%(同15位)であるが、農業産出額は前述のように2170億円で全国シェアは2.6%(同14位)である。うち野菜の農業産出額は772億円で全国シェアは3.4%で(同10位)であるなど、福岡県では野菜生産が盛んである(上記の農家数は2015年農林業センサス、耕地面積は平成27年耕地面積調査、農業産出額は平成26年生産農業所得統計からの資料による)。
表3に福岡県の主要野菜の栽培面積と生産量および全国的位置を示す(※2)。いちごの栽培面積は450ヘクタールで全国シェアは8%、生産量は約1万7000トンで全国シェアは10%(全国2位)である。みずなの栽培面積は246ヘクタールで全国シェアは10%、生産量は約4500トンで全国シェアは11%(全国2位)である。セルリーと冬春なすが全国3位、しゅんぎくが全国4位、冬春トマトが全国5位である。
(3)福岡県の野菜生産における特徴的な取り組み
福岡県においても農業従事者の高齢化の影響で野菜の生産量が減少しているが、それに対応するために雇用型野菜生産を行う経営体の育成が進展している。図2に示すように雇用型経営が、野菜では平成23年に448経営体であったものが27年には621経営体に大幅に増加している。増加した経営体が栽培する野菜はいちごと軟弱野菜が多い。雇用型経営体の増加は規模拡大に貢献していることが分かる。
図3のように、福岡県においては外食産業などの需要に対応して、農協や直売所、農業生産法人の直接取引が増加している。特に、鮮度を重視する小売業者との直接取引や加工業者との連携による商品開発・販売を行う農業生産法人が増加している。
また、福岡県においては毎年のように襲来する台風などの強風に強く、気候に左右されにくい耐候性ハウスの導入を促進しており、図4に示すように27年度の耐候性ハウスの導入面積は349ヘクタールで、23年度以降毎年3ヘクタールずつ増加していることが分かる。
3 農家の組織化と生産調製販売の分業化により発展した太郎グループの取り組み
(1)任意組合設立により建設した施設での共選共販の概要と効果
福岡県三井郡大刀洗町山隈にある「太郎グループ」は10戸の野菜生産者が設立した任意組合である(現在は7戸)。グループ設立以前から野菜生産者は安全・安心を心がけた野菜栽培を行い、農協出荷をしていたが、徐々に出荷規格(サイズ、グラム数、包装形態など)の要請が販売先から多岐にわたるようになり、農協出荷では対応できなくなっていた。
そこで大坪政輝氏(現在は、太郎グループの野菜販売を代行する後述の販売会社である株式会社「太郎」(以下「㈱太郎」という)の代表取締役会長)が中心となって、大刀洗青果物流通拠点施設(以下「パッケージセンター」という)の建設を開始し、平成16年3月に竣工した。それを契機にして大坪政輝氏の次男である大坪義揚氏を組合長として同年に任意組合「太郎グループ」が設立された。(写真1)。
パッケージセンターの敷地面積は5412平方メートル(1640坪)、施設面積2254平方メートル(683坪)、総事業費約2億9431万円(うち国庫補助は1億4715万円)であった。現在、約40名のパート(女性、高齢者、身障者を含む)を雇用し、20名の2交代制で運営している。パッケージセンター内での作業は冷暖房完備で運動靴での作業であるので、雇用者の確保は各生産者の野菜栽培作業での雇用より比較的楽である。幸い近くに団地ができたことも雇用者確保を好転させた要因になっている。
一般的な共同出荷販売は、個々の生産者が個々に選別するので、個選共販であり、個々の生産者の目合わせは行っているものの品質にバラツキが発生する可能性が高い。一方、太郎グループの場合はパッケージセンターで共同選別・調製し、さらに㈱太郎を経由して共同販売するので、太郎グループの野菜は共選共販品となり、品質が均一化され、また大量製造販売が可能なので、結果的に市場や量販店、外食産業から高い信頼を得ている(写真2)。
現在の太郎グループの事業内容は、野菜の圃場からの保冷車を用いた集荷、パッケージセンターでの洗浄、調製、包装、保冷など各種の施設・機械の共同利用およびIT機器を用いたデータの共同管理である。
パッケージセンターの機能強化により、生産者は野菜の集荷作業や包装作業の負担から解放され、圃場での野菜生産活動に集中でき、より安全・安心な野菜作りに取り組めるようになり、さらなる規模拡大を図ることが可能になった。また、パッケージセンターによる大量な野菜の一括管理により、一層厳しい品質管理を行うことができ、今まで以上に多様な販売先の要請に応えることができるようになった。
太郎グループの平成27年の経営概要は表4の通りである(※3)。7戸の野菜栽培面積は4万6000坪(15.18ヘクタールで、出荷量は1620トン、販売額は7億2600万円である。1戸平均1億円以上の販売額を上げているのは特筆に値する。栽培方法は、表5の通りである。
(2) 太郎グループの生産から販売までの流れ
独立した生産者がそれぞれの圃場で生産した主に4種類の野菜を、まずパッケージセンターの保冷車が1日に3~4回(ほぼ2時間ごとに)、各生産者の域内各地に点在した圃場を巡回して集荷する(写真3)。
集荷した野菜をパッケージセンターにおいて酸性の電解水で洗浄し、その後地下水で中和するなどして、細菌の増殖を抑える(写真4)。これにより鮮度を維持できるメリットがある。その後、一次予冷をして、販売先の要望(サイズ、重量、包装形態など)に沿って分類・計量し、調製・包装・梱包して、予冷庫にて二次予冷後に、㈱太郎を通じて、日本各地の市場や商社、量販店、外食産業に出荷するなど、スピーディーに消費者に新鮮な野菜を届けるシステムを構築している(写真5)。生産から販売までの流れは図5の通りである。
(3)太郎グループの安全性と鮮度の確保
生産する野菜の安全性を確保するために5点を確実に実行している。
第1点は、野菜作りの基本は土作りであるという理念のもと、国内産完熟堆肥の有機質肥料を使用している。化学肥料の施用はわずかである。
第2点は、朝収穫して当日中に出荷するシステムの構築によって鮮度維持に努めている。
第3点は、野菜の品目ごとに農薬のタンクや動力噴射機を分けて使用し、農薬の誤使用や事故を防止している。
第4点は、各圃場で収穫し、保冷車でパッケージセンターに搬入した野菜を電解水に浸し、殺菌処理をし、その後予冷・袋詰め・出荷をするなど棚持ちを長くする努力を行っている。
第5点は、公益財団法人福岡県農業振興推進機構の「減農薬・減化学肥料認証制度」(現在は福岡県の「ふくおかエコ農産物認証制度」に移管された。化学合成農薬の散布回数(成分回数)と化学肥料の使用量を、ともに県基準の半分以下で生産する栽培計画を認証する制度)に沿って栽培しており、こまつなとみずなが認証を受けている。
(4)太郎グループの生産性向上の取り組み
生産性の向上の取り組みとして6点が指摘できる。第1は、野菜栽培は各農家の創意工夫と自主性に任せている。第2は、「栽培」とパッケージセンターでの「集荷・洗浄・包装・出荷作業」を分離し、共同化している。これにより、実需者の商品規格が16にも達するような多様な要望に柔軟に対応できるようになっている。生産者は栽培以外の作業から解放され、栽培に集中できるようになったため、A級品の出荷率が向上した。
第3は、パッケージセンターでの共同梱包により、包装・出荷作業における品質の均一化が図られ、実需者から高い評価を受けることができるようになったことである。
第4は、パッケージセンターでの共同梱包により、袋に使うフィルムをロール単位で購入し、また出荷用の段ボール類をまとめて割り引いて購入できるようになったため、資材の一括購入によるコストダウンが可能になっている。
第5は、7戸の生産者と太郎グループの組合長(後述の販売会社の社長も兼務)を加えた8名による週次のミーティングにより、コスト要因の分析検討会や販売情報を共有でき、実需者や消費者の意向を反映した生産や新品目の選定、補助事業の活用、外国人技能実習生の受け入れ、防除技術など農業経営全般に関する情報共有を図り、意見交換を行い、経営力の向上に努めている。
第6は、外部委員やコンサルタントを交えた検討会の開催により、生産者ごとのコストや収量の比較分析を通じ、より競争力のある産地への取り組みを強化していることである。
(5)太郎グループの原価提示型販売とコスト分析による改善点の明確化
野菜生産におけるコストの要因を総合的に調査分析し、それに基づいた適正な販売価格を設定する「原価提示型販売」を展開している。野菜価格は卸売市場価格に大きく影響されるので、提示した原価通りに販売価格が決定されるわけではない。しかし、原価を明確にすることによってコスト低減と生産性向上に努め、野菜の安定した供給と収益が得られるよう努力する目標を明確にしている。
ちなみに、生産コストの算出には、「野菜の生産コスト」、「集出荷と流通のコスト」、「経営的、総合的なコスト」の3つに分け、費目ごとのコスト表を作成、それをもとに全生産者の調査を行っている。7戸の生産者の野菜は、27圃場の約300棟のハウスで栽培されているが、野菜はハウスごとに出荷されるので、ハウスごとの品目別出荷量が把握されている。一方肥料代や農薬代、労働時間と労働費もハウスごとに品目別に計算できるので、品目別ハウス別に1キログラム当たり生産費が計算できる。
このデータをパッケージセンターの2階の会議室で開催される週次のミーティングで開示し、データを検討することによって各自のデータの精度が向上し、価格交渉の基礎データとなる。さらには各生産者がデータを相互比較することによって栽培技術と経営管理能力の向上に役立ち、切磋琢磨する原動力になっている。
調査結果をもとに外部委員やコンサルタントを交えた検討会でも、各生産者のコストと収量の比較分析を行い、変動要因や生産者間の差異の根拠を明確にし、検証した結果を「原価」として提示している。このような合理的な適正原価をもとに生産者自らが販売価格を設定する「原価提示型販売」は、取引先への安定した供給と生産者にとっての生産性向上・コスト削減・収益安定という、両者にとってメリットがあると考えられている。
(6)販売会社㈱太郎による販売
パッケージセンターで調製された野菜は、パッケージセンターの敷地内にある販売会社㈱太郎を通して販売している。この会社は現社長大坪義揚氏(パッケージセンター長を兼務)の父親(販売会社㈱太郎の現会長)が平成14年1月30日に設立した有限会社太郎を母体にしている。
設立当初は、ねぎのみの販売だったが、こまつな・みずなと品目も増えていき、取引先においても、市場との取引がメインだったのが、徐々に仲卸・量販店・生協・加工業・外食産業との取引も増えてきた。
20年に社長と他2名を株主とし株式会社太郎が設立され、27年には現社長が就任し、以前の社長は会長に昇格した。
現在の販売先は市場(全体の30%程度)、商社、量販店、外食産業などである。出荷市場は福岡県、大分県、大阪府などの関西の卸売市場であり、市場に出荷することにより市況動向を敏感に察知している。量販店は北海道(冬場)から沖縄まで全国展開しており、取引先によっては先方の要請により、包装資材に太郎グループの全生産者の集合写真をプリントし、安全性と安心感をアピールするなど高付加価値化に取り組んでいる。外食産業はハンバーグ、あるいはちゃんぽんを主体として全国展開している各店舗の味噌汁や具材の材料として利用されている。商社は福岡市内に本社を置く総合商社である。
販売価格は前述した圃場での原価それにパッケージセンターでの費用を加味し、また各地の市場価格を勘案して交渉しており、調査時点(平成28年7月29日)では1キログラム当たりに換算するとねぎが800~900円、こまつな300円、みずな350円であった。
パッケージセンターから各販売先の物流は輸送会社に依頼しており、代金回収は卸売業者を介し、債権保全にも配慮しており、現在のところ順調に推移している(写真6)。
4 大規模野菜生産者の栽培と経営の実態
(1)大坪政樹氏の経営の概況と経営理念
7戸の生産者のうち規模が最大の大坪政樹氏は、前述の販売会社㈱太郎の現会長である大坪政輝氏の長男であり、平成8年に大坪政輝氏によって設立された有限会社大坪物産(以下「㈲大坪物産」という)を平成14年に継承して、社長に就任した(写真7)。主な生産品はねぎ・こまつな・みずな・ほうれんそう・スナップえんどう・キャベツなどである。多品目を安定して生産するために、平地と高冷地合わせて5.6ヘクタール、約120棟のハウス施設と、2ヘクタールの露地で生産するだけではなく、カットねぎの加工にも取り組んでいる。27年度の販売額は2億3700万円であった(写真8)。
季節ごとの生育日数、収量、作業量などの情報を、ITを活用してデータ管理することによって、規模拡大に伴って必要となる計画性と戦略立案力を強化している。
夏場の葉菜類の生産適地を求め、福岡県の東南部に位置する標高500メートルの福岡県朝倉郡東峰村小石原にもハウスを建設している。緻密な生産管理によって小ねぎはグループでトップのA品率を維持し、単位面積当たりの収量ではみずながグループでトップ、こまつなは2番目である。
大坪政樹社長の経営理念は明確で、「①私たちは、魅力ある農業を創造し、地域と社会に貢献します。②私たちは、「志」をもって行動し、自己の幸せを実現します。」の2点を掲げている。
(2)栽培ハウスの特徴
ハウス120棟を10カ所の圃場に建設している。ハウスの間口は6メートルであり、長さは圃場(水田)の形状によっても違うが70~100メートルである。ハウスは長期展張フィルムを張り、ハウスの外に雨センサーを設置し、ハウスの中は自動潅水装置が備え付けられている。ハウスには遮光資材を貼って高温対策をしている。
散水には2つのタイプがある。ハウスの上部から1時間に50ミリ散水する従来のノズル方式とハウスの両脇からは霧状に1時間に20ミリ散水するチューブ方式があるが、霧状の散水ではハウス内の地割れが発生しないメリットがある。
ハウス1棟建設するのには、坪当たり2万円強を要する。2年前に2100坪分のハウスを県の「高収益型園芸事業」を活用して建設したが、投資額は2000万円を上回った。
ねぎだけを栽培する場合は年間3~3.5回の回転であり、4回転は難しいので、ねぎ、こまつな、みずな、ほうれんそうの輪作も行っている。輪作だと年間平均5回で、こまつな、みずなだけだと7~8回は可能である。圃場によっては単品の連作ではなく、輪作を行っているので、現状では650回転(延べ650作)の野菜栽培を行っている。650作を計画通りハウス内で均等な生育状態で栽培するのは至難の業である。
圃場には有機質肥料を投入し、化学肥料の施用はわずかである。従って土壌が比較的柔らかくねぎなどは収穫時に引き抜きやすい。しかし、10~15%ほど葉先が枯れるねぎが発生する。これらはパッケージセンターには出荷せず、規格外品として近隣のラーメン店15店舗に個人で販売している。
(3)野菜栽培の労働力
野菜栽培の労働力は社員6名、パート25名、外国人技能実習生6名で行っている。社員は20~30歳であるが、パートは30歳~80歳までの方である。パートの中には先代社長の時代から約40年間、雇用されている人もいる。
しかし、パートの方は、ここ1、2年応募が少なく、地元新聞に求人広告を出して探している状態である。パートであっても査定評価表を作っていて、A~Dまでのランキング表があり、勤務態度や作業量などを評価して数十円単位で賃金に反映させている。同じ作業でも成果は約2倍の格差がある。パートの労働意欲を喚起するためにも賃金に差を付けているという。
外国人技能実習生はフィリピン人5名と中国人1名である。外国人技能実習生はバイタリティがあり、1人で日本人パートの2人分くらいの作業ができる人もいる。
外国人技能実習生の研修期間は3年間で、太郎グループが用意した専用の寮に住んでいる。
(4)経営成果と中間管理職育成理念
前述のように平成27年度の販売額は2億3700万円であったが、それに対応した最大のコストは人件費である。人件費以外では、野菜栽培の肥料代、農薬代などの資材費は全部で約1500万円にすぎない。さらに、パッケージセンターに約5000万円納めている。大規模経営では雇用型経営になるので、人件費が最大の経費となり、雇用者の確保、育成、管理が課題になる。
そのためには経営理念やビジョンの確立が経営者には求められる。社員をはじめパート、外国人技能実習生の労働意欲を高めるハードとソフトの環境整備が経営者にとっての最大の課題になっている。特に、若い社員を中間管理職として育成することが重要であり、品目ごとにリーダーを指名して中間管理職として育成中である。また20名のパートの中から3名を班長として選び、毎週1回の会議を開き、それぞれの計画を共有している。
生産した野菜はパッケージセンターにほぼ全量出荷しているが、一部のカットねぎと約2ヘクタールの露地キャベツについては、個人で出荷している分がある。ハウス栽培だけだと特に夏場に農閑期が発生し、社員、パート、外国人技能実習生の作業がなくなる時期が発生するので、今後、有機栽培の露地キャベツの拡大などを検討している。
(5)借地対策と経営拡大戦略
当該地域でも農地所有者の高齢化により農地流動化が発生する可能性がある。しかも、当該地域は福岡県内でも有数の野菜栽培が盛んな地域であるので、農地をめぐるる借地競争が激しくなっている。近隣には30ヘクタールの露地栽培や5ヘクタールのハウス栽培により1億円の売上げを上げている経営者が出現している。
土地は借地で現在も規模を拡大している。地権者には高齢の方が多いので、世代交代時に農地借用が困難になる危険性を内包している。そのため農地を継承する子供世代との付き合いも大切になってくる。世代交代時に借地が解消されないように地権者やその子供達との良好な関係の維持が経営者の課題の一つである。幸い、近接農地を借りて欲しいとの依頼もあるので、申し出のある全ての農地について誠意をもって借りることにしている。
(6)今後の展望
大坪政樹社長は、今後の経営展望として以下のようなビジョンを持っている。まず5年後には、①売り上げ3億円を達成し、8品目の商品を提供する。②スタッフが向上心とやりがいを持って仕事ができる環境を作る。さらに10年後には売り上げ5億円を達成し、10品目の商品を提供する。③独立希望者を支援するプログラムを構築する。④生産者としての知識、経験、技術を有する社員を育成し、取引先のニーズに素早く対応できる職人集団を育成する。⑤一部の圃場を顧客や地域に開放し、季節の野菜作りなどの農業体験が出来るような環境を作り、収穫祭などの交流イベントを行う。
そのためには作業工程表と生産マニュアルを作成し、5年後に従業員50名の組織にして、品目、業務ごとに責任者を決めて、責任者自らが計画を立案し、実行できる組織作りを目指している。それを通して地域の地権者から預かった土地を農地として生かし、守っていき、企業の社会的責任を果たすことを今後の経営方針としている。
5 大規模野菜生産・調製・販売法人の成功要因と普及のための課題
一般に野菜生産は零細な家族経営で営まれている場合が多い。しかし、大規模経営に成功している事例も散見される。大規模野菜生産経営の成功要因を、本事例を通して考察すると以下の諸点が指摘できる。
①最近の生鮮野菜の販売は量販店での販売が多くなっているが、消費者の世帯人数の減少、単身世帯の増加、高齢者の増加などを背景として野菜包装が店舗により多様化し、また小袋化する傾向にある。
一方、都市に立地する卸売市場内の卸売業者や仲卸業者は、その野菜包装の多様化と小袋化に対応できなくなり、フードチェーンの川上の野菜生産者や農協にそれを求めている。その要請に農協が応えられない場合は、本事例のように農協から離脱した生産者が独自にグループを組織して対応する場合がある。
②そのグループが川下の要請に応えるために、補助金などを得て、選果場あるいはパッケージセンターを建設し、農村にいる女性や高齢者などを労働者として雇用し、多様で小袋化した商品を作るための調製作業を行う。パッケージセンターでは、グループ員の野菜を共選共販により均一な商品にすることができ、大量に供給できるので、川下の量販店や外食店は多様な商品、均一化された商品を大量に定期的に仕入れることができ、消費者への安定的な供給が可能になる。
③グループ員の農家は、選別・調製・包装作業から解放されるので、圃場において均一な野菜の生産に集中することが出来て、規模拡大が可能になる。
④パッケージセンターが保冷集荷車を購入することによって、生産者は出荷作業から解放され、一段と規模拡大を志向することができる。
⑤保冷集荷車が1日に3~4回グループ員の分散した圃場を巡回して野菜を集荷するので、鮮度を維持したまま洗浄・調製が可能になり、鮮度保持期間を伸ばすことが可能になり、量販店や外食店からの厚い信頼を獲得することができる。
本事例のようなケースを広く普及拡大させるためには、次のような課題の解決が不可欠である。
①川下の多様な要請に農協が対応できなければ、農家を組織してグループを形成し、対応する方策がある。だが、それにはグループを統率するリーダーの発掘・育成が必要である。
②リーダーは自己利益だけではなく、構成員の利益にも充分に配慮し、組織利益の最大化を追求する高い理念と熟慮された戦略を持つことが重要である。
③生産者グループを指導し、補助金などで支援する行政などの強力なバックアップが必要である。
④グループ員である各生産者は組織を信頼し、共同化のメリットを発揮できるように組織の発展に協力することが大切である。
⑤今後、農村では世代交代時に農地の流動化が発生するので、各グループ員の圃場に連坦した農地の集積に努め、グループ員が規模拡大を図る必要がある。そのためには近隣農家との信頼関係を醸成しておくことが大切である。
⑥今後、農村において雇用者の確保が困難になるので、外国人技能実習生の受け入れと待遇に配慮した労務管理が、各生産者とパッケージセンターの責任者には不可欠な課題となる。
参考・引用文献
(※1)九州農政局「平成27年度九州食料・農業・農村情勢報告」平成28年8月
(※2)福岡県「食料・農業・農村の動向 ―平成25年度 農業白書―」平成26年7月
(※3)太郎グループHP