NPO法人 青果物健康推進協会
事務局長 近藤 卓志
【要約】
野菜の新たな消費拡大手法として、学校栄養士と連携し、野菜利用の多い郷土料理を学校給食で提供し、それを家庭へ波及させることを目指した。そのためには、多くの学校栄養士などとの信頼関係を築くことが重要である。そこで、全国5都市に学校栄養士コミュニティを立ち上げ、学校栄養士の問題解決に貢献する研修会を定期的に開催した。
その後、東京と福岡の一部の学校において、連携産地との協力のもと、郷土料理の学校給食を実施し、野菜の消費拡大の取り組みを行った。
1 はじめに
最近の野菜の1人当たりの野菜の供給数量の推移を食料需給表で見ると、近年は90キログラム前後で推移し、日本人個々の野菜摂取量は横ばいで推移している(図1)。また、国民健康・栄養調査で世代別の野菜の摂取量を見ると、どの年代も摂取目標値の350グラムを下回っているが、40代以下は、平均を下回る摂取量になっている。
NPO法人青果物健康推進協会(以下「当協会」という)は、野菜・果物の摂取拡大と日本の農業を支援することなどを主な目的として活動する団体で、JAなどの農業者団体、全国中央卸売市場の青果卸売会社並びに仲卸組合、量販店・スーパー・青果小売業者、食品メーカー、外食・中食業者など、青果物の生産流通に関わる者が構成会員になっている。当協会は、平成14年度の発足時より、生活習慣病などの発症の要因の一つとも指摘されている野菜・果物の摂取不足の改善は、喫緊の課題と考え、長年野菜の消費拡大に取り組んできた。
また、近年は、食の外部化が進展し、食事全体における外食や中食の需要が半数程度になっているが、野菜需要の現状では、外部化率が高いほど国産比率が下がる傾向がある。そのため、国産野菜の消費拡大を推進するには、業務需要の国産化推進と家庭で野菜料理の出現度を高める必要がある。
消費者に対し「野菜を食べましょう!」と叫ぶだけで消費は簡単には拡大しない。当協会の主たる会員である生産者を束ねるJAなどの農業者団体のためにも、国産野菜の効率的な消費拡大策を開発する必要があり、①大規模需要先をターゲットとする、②これまでになかった効果的な手法(ノウハウ)を開発することをテーマに、当協会では消費拡大に取り組んできた。
①では、スーパーなどの小売り、外食などの業務需要先、社員食堂などのほか、学校給食をターゲットに効果的な野菜の消費拡大の手法を開発してきた。今回は、農林水産省の補助事業として実施した学校給食を通じた②の消費拡大の取り組みを紹介する。なお、学校給食は大規模需要先だが、学校給食だけでは限定的なので、目的はあくまで各家庭での野菜の摂取を拡大することである。
2 取り組んだきっかけ
家庭での野菜摂取拡大のアプローチ方法としては、スーパーなどの店頭での試食宣伝などが一般的だが、コスト高の割には波及性に乏しい状況があり、効果は限定的だった。消費者の野菜の購入場所(大規模需要先)として最も多いスーパーでの消費をさらに拡大するためには、購入者である子供がいる家庭をターゲットとし、学校給食を通じて野菜の購入意欲を高める手法の開発を目指すこととした。
~学校栄養士コミュニティの立ち上げ~
学校給食を通じて、となると「食育活動」を連想するが、単なる食育活動では定量的な効果を得るのは難しい。また、学校の外(部外者)からでは児童および保護者とのコミュニケーションは困難だ。学校給食を通じて野菜の消費を着実に伸ばすには、学校内部に協力者がいることが望ましいだろう。そこで、平成25年度から当協会では、全国の5都市(仙台・東京・名古屋・大阪・福岡)に「学校栄養士コミュニティ」を立ち上げ、着実な野菜の消費拡大に取り組む準備を始めた。
学校栄養士は、給食を通じて児童の日々の食に関わるので、食育活動の一環として食生活改善の意欲が高い。特に、小学生の場合、野菜嫌いの改善は全国共通の課題といえよう。つまり、野菜の消費拡大に取り組む当協会と学校栄養士は、同じような価値観を共有していることになる。一方、各学校に勤務する学校栄養士は、行政区によって職務内容は異なるが、学校給食(献立)作成など、給食作りの責任者として、衛生管理の責務は重いが、どこの学校でも栄養士は多くて1校1人であり、孤軍奮闘しているのが現状のようだ。また、他の教諭などに比べても発言力が小さい場合が多く、悩みが多く、相談相手が少ない厳しい環境にいるケースが多いようである。
学校栄養士コミュニティの設立目的の一つは、こうした厳しい環境で働く学校栄養士の皆さんを支援し、スキルアップと地位向上などに貢献するために研修会などを開催することと、栄養士および当協会関係者などとの連携関係の構築に寄与することである。学校栄養士コミュニティの事務局、運営は当協会、全国各地のベジフルティーチャー(注)(以下「VFT」という)が務めている。VFTは、当協会設立以来13年にわたり食育専任講師を務めてきており、学校などに出向いて食育出前授業や、スーパーなどに出向き、パート社員などへ研修などを行っているが、彼らには食育経験や野菜に関する知識は豊富だが、学校栄養士の職務経験はない。
そこで、学校栄養士の職務に詳しく、模範となる指導者が必要となり、元荒川区の主査栄養士で現在は学習院女子大学で教鞭をとる宮島則子氏を当協会の顧問に迎え、学校栄養士コミュニティの設立にご尽力いただくこととした。宮島氏は33年間にわたる栄養士人生の中で、学校栄養士が抱える多くの難題を独自の視点とコミュニケーション能力などで解決したほか、さまざまな食育授業を開発するなど栄養士の地位向上に貢献したことで多くの関係者に知られている。そのため、学校栄養士コミュニティを立ち上げた各地区では、「宮島先生のお話が聞きたい」「先生の指導を受けたい」と多くの学校栄養士が参加してくれている。中には宮島氏の著書を持参し、サインを求める熱狂的なファンもいたほどだった。こうして学校栄養士コミュニティはスタートを切ることになった。
注:当協会が認定する資格で、野菜や果物の消費拡大に取り組み、摂取不足を改善しこれらの問題解決に寄与するためのスキルを兼ね備え、さまざまなシーンで食育活動を実施する能力をもつ専任講師の資格のことで、現在約320名のVFTがいる。
3 活動の概要
(1)学校栄養士コミュニティ研修会
学校栄養士コミュニティを立ち上げるに当たって、まず最初に行ったのは、各地区の各学校宛てへの研修会開催の案内状の送付だった。この時点では栄養士の名前が不明なため、宛先は各学校の「栄養士様」となり、残念ながら全てが栄養士まで届くわけではないようだった。平成25年度の東京地区の設立に続いて、大阪地区・福岡地区が26年度、仙台地区・名古屋地区は27年度に設立し、現在の参加栄養士は全国で150名(校)である(表1)。
学校栄養士コミュニティでは各地区でそれぞれ定期的な研修会を実施しているが、平成25年度の東京地区での第1回目の研修会のテーマは「頑張れ! 現場の栄養士たち」第2回目では、「食育活動の実践事例」や「年間計画の立て方」など、と題して宮島氏が講演した。宮島氏が体験した現場の課題や苦労話は共通なテーマのようで、講義の後はさまざまな意見や質問が寄せられる。宮島氏はその一つひとつに丁寧に耳を傾け、解決のヒントをアドバイスする。さらに、栄養士のスキルを高める宮島氏のノウハウを惜しみなく提供する。このような研修会を繰り返すことで、学校栄養士皆さんと当協会との連携、信頼関係が構築されていった。
2年目以降は学校栄養士が興味を持つテーマで、さまざまな講師を迎え入れてきた。平成27年度は、表2の通りで全6回実施し、第2回目では福島支援バスツアーや、第5回では、熊本県の生産量が多い野菜であるトマトを使った郷土料理のアレンジメニューで「トマトだご汁」の調理教室を行った(写真1~2)。この学校栄養士コミュニティの研修会は、学校栄養士は仕事ではなく任意の参加になるため、主に土曜日など休日に設定されている。参加費は、無料である。
(2)学校栄養士と野菜の消費拡大
この学校栄養士コミュニティのもう一つの目的は「野菜の摂取拡大」である。学校栄養士コミュニティ研修会の活動により構築できた連携関係を生かして、第二の目的に向けて研修会の中で給食実施の準備も進める。全国5地区の中で東京地区と福岡地区は給食メニューの変更がしやすいことから、この2地区で先行して実施した。また、給食メニューは、食育の観点からも学べ、多く人になじみがあることから受け入れられやすい「郷土料理」を扱うこととした。
参加栄養士の最大の関心事は「食育実践」であるため、食育推進に貢献する内容にすることでより実践率が高まると考えた。これまで、当協会では、青森県、新潟県、福岡県、大分県、熊本県および各県の農業団体(JAなど)などと「郷土料理推進」で連携してきており、これらの産地は当協会にとって連携産地となっている。目的が「野菜の摂取拡大」であるため、郷土料理の選定に当たり野菜の利用が多い郷土料理を候補に挙げ、郷土料理に使用する産地の野菜が東京地区および福岡地区に卸売市場を経由して流通していることを確認した。もちろん、平均価格も確認して学校給食で使用可能な価格であることも確認した。また、全国的にも1月に「給食週間」といって特別メニューを提供する機会が多いことを栄養士の先生方との意見交換で知り、実施時期を3学期とした。
郷土料理メニューが決まったら、次に当協会では、保護者向けのレシピチラシの作成を行うのと同時に連携産地に協力要請を行う。保護者向けのレシピチラシとは、冒頭にも説明したが、給食での郷土料理メニューの実施が目的ではなく、各家庭での野菜料理の出現度を高めることで野菜の消費拡大を効率的に遂行したいからだ。そのためには、保護者が見て、作りたくなるレシピチラシである必要がある。
また、日本各地の郷土料理について食育的に学ぶため、郷土料理の連携産地との協力も重要だ。ただ、給食に郷土料理を出すだけではあまり効果は期待できない。給食を食べた児童が、郷土料理を食べている実感を持ち、できれば家に帰って家族にやや興奮気味で報告してもらいたいのだ。そのためには、学校で実施する郷土料理の給食にイベント性が求められる。
例えば、青森県と連携した「八戸せんべい汁給食」は、青森県で生産量の多いごぼうやにんじんなどを多く使うことから、この調理法での野菜の食べ方を知るとともに、これが再現されれば野菜の消費拡大に貢献する。また、実際の給食の日は、青森県から県の公認ゆるキャラ(決め手君)を借り、各クラスを青森県職員やJA全農青森県本部の職員並びに栄養士と回り、青森県の郷土料理を積極的にPRしたほか、当協会では、青森県を事前に訪問し、郷土料理や使っている野菜の畑の動画などを撮影し、DVDにして各学校に提供することで事前の食育教材として活用してもらった(写真3)。そして、郷土料理給食を実施した日に全児童に八戸せんべい汁レシピチラシを配布した(写真4、図3)。
4 効果について
郷土料理を実施した学校数および参加栄養士数は表3の通りだが、東京は「八戸せんべい汁」、新潟の「のっぺい汁」、福岡の「がめ煮」の3種類の郷土料理を実施し、福岡は、「がめ煮」の1種類を実施している。
実施した学校の栄養士から「実施日から4~5日後に多くの保護者から作り方の質問があった」との報告があったことから、狙い通りに多くの児童が家に帰り、レシピチラシを渡しながらやや興奮気味に郷土料理給食イベントについて報告したことが推測できる。また、郷土料理給食は、他の日に比べて給食の残食率が低かったという報告もあった。そのため、学校栄養士コミュニティを通じて、新たな郷土料理メニューを求める声が多数あった。
学校栄養士コミュニティの研修会のアンケート調査結果では、次年度も参加したい方が半数を超え、実施したい活動としては、有識者の講演・意見交換、産地見学・市場見学などが多かった。また、「見学ツアーや調理実習などの体験型研修会は実務に役立つので、次年度も続けて欲しい」、「今後も学校栄養士コミュニティのような情報交換をできる仕組みがあると助かる」などの声があった(図2、表4、表5)。
5 今後の方向性
学校栄養士コミュニティはこれまで事例がなく、全国的にも初の試みだった。当協会が目指す「野菜の消費拡大」は、学校栄養士にとっても共通の価値観となった。一方、学校給食における郷土料理の実施については、その産地の野菜が出回る時期や価格(予算)、栄養士の提案力などの関係上、簡単なことでは無いことがわかった。しかし、もっと回数を重ね、参加校が増えれば、学校や家庭において、より多くの野菜の消費拡大につながるとは思われる。
学校栄養士は、責任が重いうえ、各校に多くて1人しか配属されない孤軍奮闘の環境であるが、野菜の消費(摂取)拡大という共通な価値観を持つ我々が各学校栄養士のサポートを行うことで、力を合わせて取り組める可能性が見えてきた。
今後は、学校栄養士コミュニティを他の地区に立ち上げることができれば、食育の観点からの効果も期待でき、野菜の消費(摂取)拡大につなげていきたいと思う。ご希望の地区、また連携産地として取り組んでいきたい産地があれば、ぜひ声をかけていただきたい。