農林水産省生産局 園芸作物課
野菜は、天候などによって生産量や品質が大きく左右される上、保存性に乏しく、出荷量を調整することが難しいため、卸売市場などに供給される量の多寡により価格が乱高下しやすい特徴がある。こうした価格変動は、価格の暴落時には、生産者の所得が低下し、生産意欲の喪失や資金不足などにより再生産が難しくなり、価格の高騰時には、消費者が十分に野菜を購入することが難しくなるなど、生産者の経営の安定や消費者への野菜の安定供給に重大な影響を及ぼす。このため、野菜の価格を安定させることは非常に重要な課題となっている。
この課題に対しては、これまで、昭和41年に制定された野菜生産出荷安定法に基づく「野菜価格安定制度」により対処してきたところであるが、本年4月の農業災害補償法の一部改正(名称を「農業保険法」に改称)により、平成31年1月からは、新たに、野菜を含め品目の枠にとらわれずに、価格低下だけでなく、自然災害なども含め、生産者の収入の減少を補てんする「収入保険」が導入されることとされたため、生産者が、自らの経営判断でより有利と考える制度を選択できるようになった。
ここでは、野菜価格安定制度と収入保険の概要と、利用する制度を選択する際に気をつけるべきポイントなどを紹介する。
野菜価格安定制度には複数の事業があるが、野菜の種類により「指定野菜」を対象とする事業と「特定野菜」を対象とする事業に分けられ、取引形態により卸売市場出荷を対象とする事業と契約取引を対象とする事業に分けられるため、大きくは4つに分類される。
(1)野菜の種類による分類
指定野菜は、国民消費生活上重要な野菜として、キャベツ、きゅうり、さといも、だいこん、トマト、なす、にんじん、ねぎ、はくさい、ピーマン、レタス、たまねぎ、ばれいしょ、ほうれんそうの14品目が農林水産大臣により指定されている。この指定野菜の出荷の安定を図るため、産地として形成することが必要な区域を農林水産大臣が「野菜指定産地」として指定しており、当該産地から出荷される指定野菜が、指定野菜価格安定対策事業、契約指定野菜安定供給事業の対象となっている。
特定野菜は、アスパラガスやブロッコリー、かぼちゃ、こまつな、いちご、すいかなど、国民消費生活や地域農業振興の観点から指定野菜に準ずる重要な野菜として35品目(うち6品目は都道府県知事の要請によるもの)が農林水産大臣により指定されている。この特定野菜の出荷の安定を図るため、産地として形成することが必要な区域を都道府県知事が「対象産地」として選定しており、当該産地から出荷される特定野菜が、特定野菜等供給産地育成価格差補給事業、契約特定野菜等安定供給促進事業の対象となっている。
(2)取引形態による分類
卸売市場出荷を対象とする事業(指定野菜価格安定対策事業、特定野菜等供給産地育成価格差補給事業)は、出荷先の卸売市場における当該野菜の平均販売価額が、当該卸売市場の過去6年間の平均価格の原則9割(保証基準額)を下回った場合に、下限となる最低基準額(平均価格の原則6割)を上回る部分について、その差額の原則9割を補てんするものである(発動基準や補てん割合は野菜の品目や事業の種類により異なる)(図1)。
この補てんは、他の事業も同様であるが、国、都道府県、生産者が、事業の種類や野菜の品目などに応じて一定割合で拠出して造成した基金を原資として交付される。例えば、指定野菜価格安定対策事業の場合、国、都道府県、生産者が、原則3:1:1の割合で拠出することとしている。
契約取引を対象とする事業(契約指定野菜安定供給事業、契約特定野菜等安定供給促進事業)は、安定的な契約取引の維持に必要な取り組みなどを支援の対象としており、次の3つのタイプに分けられる。①価格低落タイプは、取引価格が市場価格に連動して変動する契約を締結している生産者に対し、卸売市場出荷を対象とする事業の場合と同様に、価格の低落時に差額の一部を補てんするものである。②出荷調整タイプは、生産者が契約数量を確保するため余裕のある作付けを行い、価格が低落した際に、契約以外の生産量の出荷調整を行った場合、その差額の一部を補てんするものである。③数量確保タイプは、生産者が契約数量の確保のために、自らの生産で足りない量を卸売市場などから調達した場合、その掛かり増し経費を補てんするものである。
(3)その他の事業
その他、指定野菜の一部の特に重要な野菜については、価格高騰時には出荷の前倒しを、価格低落時には出荷の後送りや加工用販売、市場隔離などを行う「緊急需給調整事業」があり、経費の一部を補てんしている。
また、指定野菜の契約取引に対するセーフティネットを強化するため、平成23年度から「契約野菜収入確保モデル事業」を実施しており、①収入補てんタイプとして、生産者が、契約締結時に予定していた収入(価格×数量)が得られなかった場合に差額の一部を補てん、②出荷促進タイプとして、卸売市場価格が高騰している時に、卸売市場ではなく、契約に沿って野菜を出荷した場合に差額の一部を補てん、③数量確保タイプとして、中間事業者が契約数量の確保のために卸売市場などから調達した場合に、その掛かり増し経費の一部を補てんする事業を行っている。
これら野菜価格安定制度の全ての事業は、JAなどの出荷団体などの単位や、一定規模以上の生産者・法人の単位で利用することができる。
(4)価格、供給の安定に向けた取り組み
指定野菜については、需要を踏まえた計画的な生産・出荷により、価格や供給を安定させるため、国は、全国の野菜需給に係るガイドラインを作成しており、生産者や出荷団体は、これを参考に、自らの販路や販売力、価格動向などを踏まえた生産・出荷の計画(供給計画)を作成し、野菜価格安定制度を利用する産地においては、この供給計画に沿った計画的な生産・出荷を行うこととしている。
収入保険は、野菜価格安定制度と異なり、個々の品目や対象地域、出荷団体などの枠にとらわれずに、農業経営者ごとの収入全体を見て、自然災害による収量減少や、需給変動による価格低下なども含め、農業者の経営努力では避けられない収入減少を広く補てんする保険制度として創設されたものである。
(1)対象者
収入保険は、青色申告を行っている農業者(個人・法人)が加入できる。加入申請時に、青色申告(簡易な方式を含む。)の実績が1年分あれば加入できるので、就農して間もない者や、現在は白色申告を行っている者でも早期に加入できる。
(2)補てんの仕組み
収入保険は、保険期間の収入が、基準収入の9割(保険方式と積立方式の補償限度額の上限)を下回った場合に、差額の9割(支払率の上限)について補てんする仕組みとなっている。補償限度額や支払率は、農業者が保険料負担を勘案して、複数の割合の中から選択できる。(図2)
① 基準収入
農業者ごとの過去5年間(青色申告実績が5年分ある場合)の平均収入(5中5)を基本として、保険期間の営農計画も考慮して設定する。この場合、経営面積の拡大や過去の収入に上昇傾向があるときは、上方修正をする仕組みである。
② 対象収入
収入保険では、農業者が自ら生産している農産物の販売収入全体を対象とする。カット野菜など簡易な加工品は含まれる。一部の補助金(畑作物の直接支払交付金などの数量払)は含まれる。なお、肉用牛、肉用子牛、肉豚および鶏卵は、マルキンなどの対象なので含めない。
③ 対象要因
収入保険の補償の対象になるのは、自然災害による収量減少や、価格低下など、農業者の経営努力では避けられない収入減少全般である。ただし、捨て作りや意図的な安売りなどによって生じた収入減少は対象外となる。
④ 補てん方式
保険料が経営にとって過度な負担にならないよう、「掛捨ての保険方式」と「掛捨てとならない積立方式」の組み合わせである。
⑤ 保険料・積立金
保険方式の保険料には50%、積立方式の積立金には75%の国庫補助がある。保険料率は1.08%(50%の国庫補助後)であり、危険段階別に設定し、自動車保険と同じように、保険金の受領が少ない者の保険料率は段階的に下がる仕組みである。保険料は掛け捨てであるが、積立金は、補てんに使われなければ、加入者の持ち分として翌年に繰り越すことになる。
野菜価格安定制度は、生産者の収入の減少を補てんする機能を有するという点で、収入保険と類似しているため、国費の二重助成を避けつつ、生産者がそれぞれの経営形態に応じた適切なセーフティネットを利用できるよう、基本的にはどちらかの選択加入となっており、同時利用はできない。ただし、野菜価格安定制度には、契約取引の維持・安定のための取り組みなど、直接的に収入減少を補てんする機能を有さない事業があり、具体的には、契約指定野菜安定供給事業および契約特定野菜等安定供給促進事業の出荷調整タイプと数量確保タイプ、契約野菜収入確保モデル事業の出荷促進タイプと緊急需給調整事業については、収入保険と同時利用することが可能となっている(表1)。
収入保険は、平成30年秋から加入申請の受付が開始され、31年1月から保険期間が始まる(個人の場合)。それまでに、生産者が両制度の特徴について正確に理解し、メリットやデメリットを比較・検討した上で、自らの経営形態に最も適切な制度を選択できるよう、現在、農林水産省や野菜価格安定制度の関係者、収入保険の関係者から、生産者への説明、周知などを行っているところである。
特に、野菜価格安定制度のうち、収入の減少を補てんする機能を有する事業については、収入保険と同時利用した場合、収入保険の保険資格を有さないこととなり、保険金が支払われなくなるおそれがあるため、生産者の不利益とならないよう、事前に十分に確認を行う必要がある。
このため、野菜価格安定制度の運用においては、野菜価格安定制度を利用する生産者などに対し、収入保険への加入に伴う野菜価格安定制度を利用しない意思や期間について、野菜価格安定制度を利用しない期間が始まる前までに生産者などから書面で提出いただくこととしている。また、野菜価格安定制度の実施主体と、収入保険の実施主体が、両制度の利用状況などを共有し、誤った同時利用の発生を防ぐため、必要に応じて相互に情報提供ができるよう、制度を利用する生産者などから、個人情報提供の同意書を提出いただくこととしている。
そのほか、野菜価格安定制度を利用しない場合の負担金の返戻申請など詳細については、加入するJAや都道府県の野菜価格安定法人、(独)農畜産業振興機構などへ確認されたい。
野菜価格安定制度と収入保険は、仕組みや実施主体は異なるが、生産者の収入の減少を補てんし、生産者の経営の安定を図ることで、消費者への安定供給を実現するという目的は同じである。どちらの制度を利用する方がより経営の安定に資するかは、災害の発生頻度などの産地の状況や、品目による価格変動の大きさの違い、経営規模や複合経営かどうかなど、さまざまな条件により異なるため、生産者は自らの経営戦略などを十分に鑑みて、最適な選択を行っていただきたい。また、野菜価格安定制度および収入保険の実施主体などの関係者にあっては、生産者と消費者の利益に資するよう、しっかりと連携・協力して、生産者自らの判断による選択を支援していただければ幸いである。