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海外情報 野菜情報 2026年3月号

中国農村は今~権利保護などによる種苗市場の発展と電子商取引などによる農村振興~

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調査情報部
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【要約】

 日本の最大の輸入先である中国の野菜生産が適切に行われることは、日本の野菜の需給や食生活に大きな影響を及ぼすため、その生産状況を種苗市場や農村の状況を含めて理解することには意味があるだろう。本稿では、中国の種苗について登記制度が適切に運用され、植物新品種に関する権利保護意識が以前より強くなっている状況、また、就業機会確保を目的とする電子商取引政策といった農村振興の現状について紹介する。

1 はじめに

 中国産の野菜は、日本で流通する輸入野菜の半分を占めている。その生産が適切に行われることは日本の食生活に影響を及ぼすため、以前、輸出産地について取り上げ(注1)、対日輸出用に日本の野菜品種を栽培する地域を紹介した。本稿では、前回言及しなかった中国における一般的な農村の状況や、植物新品種の海外流出のように日本産品種にも影響を及ぼす事柄に関し、まず種苗(注2)について市場の規模、行政と司法の取り組みを紹介し、その次により一般的な状況として農村の振興、中でも就業機会の創出をめざす電子商取引政策について紹介する。
 なお、本稿中の為替レートは、三菱UFJ銀行リサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中の平均為替相場」の2026年1月末日TTSである1元=22.41円を使用した。
 
(注1)中国野菜における食の安全管理と輸出産地での取り組みについては、『野菜情報』2025年8月号「中国産野菜の安全管理と輸出産地の事例調査」(https://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/kaigaijoho/2508_kaigaijoho1.html)をご参照ください。
(注2)中国語の「種苗」はすべての動植物に使用されるが、本稿では植物の種苗について取り上げる。

2 健全化を進める中国の種苗市場と種苗政策

(1)種苗会社の概況と市場規模
 中国の野菜生産者・生産企業は、どこから種苗を購入しているのか。種苗の生産・販売を行う現地の日系種苗企業に聞くと、輸出産地のように輸出先の品種を中国国内や輸出先の種苗会社から購入するとの答えのほか、連携先の大学(多くは同一省内、同一市内にある農業大学)(注3)の教授や地元の村の幹部から勧められたものを買う、市場価格が高い売れ筋品種を近所の種苗会社で買う、収穫物の買い取り業者から渡される種子を使う、といった多様な答えが返ってくる(写真1)。
  中国の種苗市場は、2023年の企業の販売収益ベースで1257億7700万元(約2兆8187億円)に上り、今でも年率10%以上で拡大し続けている(表1)。

(注3)中国には中央政府や各省が設立した(出資する)企業があり、例えば「山東(さんとう)省種苗集団」は山東省が全額出資する種苗会社である。同グループの傘下には子会社に当たる種苗会社があり、それら企業が新品種の育成を山東農業大学と共同で行い、それを省内の企業、生産者に普及、販売するなどしている。
 
タイトル: p100a
 
タイトル: p100b
 


(2)重視される種苗政策
 中国において種苗政策は極めて重要な政策の一つであり、それを象徴するのが「種苗業振興行動方策」(2021年7月公表、以下「方策」という)(注4)である。
 方策は、種苗資源および種苗産業に関する長期的な政策方針として習近平国家主席が主催する中央全面深化改革委員会によって審議、策定されたもので、1962年に出された「種子関係業務の強化に関する決定」に次いで重要な政策方針とされる。2021年当時の中国農業農村部長はそれを「わが国の種苗産業発展史の一里塚とも言うべき一大事案である」と評した。
 18年の米中貿易摩擦以降、中国は食糧の自給とそのための農畜産物貿易の改善に力を入れた。種苗自給は食糧自給を支えるもので、かつ、遺伝資源と密接に関連する重要政策の一つとされている。01年のWTO加盟後の政治的に最も重要な法律とも評される食糧安全保障法(24年6月施行)は、食糧生産の章の最初の条文で種苗産業の振興および遺伝資源の保護と利用を規定する。同法の制定計画が初めて公にされたのは、方策公表の前月であった。18年以降、水面下で進んでいた各種検討が、21年以降次々と公になり、その後数年かけて関連政策が実現し、推進されてきた結果、中国の種苗産業や種苗行政は18年以前とは異なるものとなっている。
 なお、新品種育成のための資金援助など、より直接的な中央政府からの支援は、重要品目とされる主要農作物(イネ、小麦、トウモロコシ、綿花、大豆)や家畜(肉牛、乳牛、豚)に限定されているものの、中国では地理的表示制度に代表される地域の特産品を振興する取り組みが普及しており、地方政府が野菜の普及、改善などを支援することがある。
 
(注4)種苗業振興行動方策の概要については、海外情報『中国農業農村部、畜種や野菜など種苗振興に関する政策の中間総括を実施(中国)』(令和6年7月9日発)(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003874.html)をご参照ください。

(3)種苗市場の適正化を促す政策
 日本では、植物新品種の海外への流出に関心が持たれていることから、方策によって推進される政策のうち「種苗市場のクリーンアップ」(市場の適正化)を紹介する。
 中国でも農民の収入向上は重要政策課題の一つで、単収が高く育てやすいなど費用対効果の高い品種は普及が推奨され、優良と認められた品種は普及推進対象としてリスト化される。優良品種だと偽って別の品種を売る行為や、他者が独占的利用権を有する種苗を勝手に増殖して販売する行為などは取り締まりの対象となり(注5)、例えば2024年にはそれを重点的に行う「全国種苗監督管理執行年活動」が実施された。
 この活動には、農業農村部のほか市場の適正化を所管する中国市場監督管理総局と知的財産権を所管する国家知識産権局などが参画した。中国では、栽培面積が大きい主要種苗の販売は許可制になっている。この許可を出す権限と品種権の登録に関する権限は農業農村部門または林業草原部門にあるものの、表示偽装など市場を乱す行為を取り締まる権限は市場監督管理部門にある。また、表示の偽装が商標権侵害に該当する、あるいは不正競争防止法違反に該当するような場合は、知識産権部門の所管となる。中国の農政でこのように複数の行政部門が連携する他の例としては、食の安全についての対応がある。
 「2024年中国農作物種業発展報告」(農業農村部)によれば、種苗監督活動の内容および成果は次の通りである(いずれも延べ数)。
ア 参画した農業農村部門の職員(中央および地方の合計)は70万人
イ 現場調査を行った店・企業は37万店・社
ウ 抽出調査を行った種苗は8万点
エ 行政処罰または刑事処分のために立案した数は6078件
 違法行為の取り締まりは、種苗市場の拡大の可視化に寄与している。種苗の許可制度の観点から言い換えれば、より多くの種苗が適法に、必要な許可を得た上で販売されるようになることは、販売許可を得た企業の業績が政府統計によって把握できるようになることだからである。統計で把握される種苗市場規模とは、種苗販売の許可を得ている企業の総売上金額のことであり、それが年率10%以上のペースで増加するほど市場規模が拡大している、と見ることができる(図)。
 
タイトル: p102
 
(注5)21年以降の中国における偽種子の取り締まりについては、海外情報『中国農業農村部、不適切な農作物の種苗登記を抹消(中国)(令和6年5月28日発)(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003817.html)をご参照ください。

(4)種苗に関する権利の保護と活用
 中国で種苗産業が成長していることは、植物新品種に関する権利(中国では「品種権」)の利用が進んでいることからも確認できる。
 中国は、「植物新品種保護国際同盟」(UPOV)1978年条約に加盟している。日本が加盟する1991年条約と保護対象植物は異なるが、2021年の中国種子法改正と25年の植物新品種保護条例(日本の政令に相当)改正により、制度の仕組みは日本とほぼ同等となった。品種権登録数も増えており(表2)、政府によって権利取得が推奨されている主要農作物(イネ、小麦、大豆、トウモロコシ、綿花)については、実際に栽培されている面積が多い品種トップ10のうち、ほとんどが登録品種である(表3)。権利化の進展により紛争件数も増加し、品種権に関する裁判の新規受理件数は、19年から24年までの5カ年で累計3100件、24年だけでも887件(前年比32.6%増)に上っている。

タイトル: p103

 このような中、中国最高人民法院(日本の最高裁判所に相当)は、方策の公表と同じ21年7月、より迅速に紛争を解決すべく植物新品種の紛争に特化した指導文書を(注6)発出し、同年9月には典型的な裁判例10数件を取りまとめた判決集を公表した。いずれも全国の人民法院が参考にするものとされ、判決集に至ってはその後、毎年1回公表されている。判決集には、例えばDNA鑑定技術の証拠能力の認定方法などを収録した理由も付されている。司法部門が品種権保護を重視していることは、裁判の7割が権利者側の勝訴で結審していること、懲罰的損害賠償(注7)の認定割合が他の知的財産権より多いことからもうかがえる。
 典型的な事例を取りまとめ、全国の関連部署に周知する手法は農業農村部も同じで、同部が(へん)(さん)する植物新品種保護に関する典型的な事例集には、訴訟になった事例のほか、行政摘発対象事例などが含まれ、こちらも年に1回農業農村部門の研修会にて公表されている。

(注6)「植物新品種育成者権侵害に係る紛争案件の審理における具体的な法律応用の問題に関する若干の規定(二)」((一)は07年に公表された)。
(注7)中国は、懲罰的損害賠償制度(侵害した者に対して実際に発生した被害額以上の賠償を求めること)を採用している。品種権の侵害案件で懲罰的損害賠償が認められる率が高いことについて、最高人民法院知識産権法廷の課題検討チームは2025年3月、「植物新品種権の侵害における懲罰的損害賠償の司法適用についての検討」と題して、懲罰的損害賠償の意義や適用条件を整理し、公表した。


(5)野菜品種の状況
 種苗市場と政策の概況は上述の通りであるが、主要農作物と、非主要農作物に該当する野菜とではやや状況が異なる。例えば、主要農作物の新品種は審定を受けなければ販売することができない(品種審定制度)が、非主要農作物については指定された特定の農作物(注8)に限った登記制となっている(品種登記制度)(写真2)。農作物の種類に応じた取り扱いの違いは「市場のクリーンアップ」政策や損害賠償額などにも表れており、前者では食糧作物や油糧作物が優先され、後者では紛争件数(表4、5)や、損害賠償額の差に見ることができる。具体的には、過去最高の損害賠償額(25年末時点、懲罰的損賠を含む)が、主要農作物では5355万元(約12億円、中国企業が権利を有するトウモロコシの例)であるのに対し、非主要農作物では330万元(約7395万円、外国企業が権利を有するりんごの例)にとどまる。
 ただし、これらの違いは栽培面積(ひいてはその農作物、品種の市場価値)に由来するため、特定の地方で特に栽培面積が大きい野菜品種があれば、上述の通り地方政府がその野菜を重点的に支援する。例えば種苗監督行動時にその野菜の品種を重点的に取り締まるといった例や、野菜についての地理的表示侵害をめぐる訴訟案件において積極的に調停に乗り出すといった例(注9)である。

(注8)農村農業部は2017年に「非主要農作物品種登記弁法」を制定し,その対象となる農作物種として、生産面積などに基づき、「第一回非主要農作物登記目録」により、ばれいしょ、かんしょ、そらまめ、えんどう豆、落花生、てん菜、ひまわり、トマト、りんご、ぶどうなどの29種を指定した。
(注9)例えば
南(こなん)陽(がくよう)鎮(しょうじゅちん)の「樟樹港トウガラシ」は2018年、中国農業農村部から地理的表示登録を受けた(申請主体は同鎮の農業サービスセンター)。同トウガラシは毎年10月から翌年4月までの間、市場で販売しないこととしているにもかかわらず、オンラインで非正規に販売する例が後を絶たなかったことから、同鎮のトウガラシ産業協会が、不正販売した会社を相次いで提訴した。同地域を管轄する人民法院は同案を集中的に審理し、調停チームを立ち上げ、調停の場において原告被告双方の合意を取り付け、賠償義務を履行させた。
 
タイトル: p104







(6)小括
 本章では、日本で植物新品種の海外、特に近隣諸国への流出に関心が持たれていることを念頭に、2021年以降急速に推進と管理、そして成長が進む中国の種苗政策や植物新品種保護の状況を紹介した。中国でも、収益向上につながる品種は積極的な利用と保護が図られ、そのために政府も司法部門を巻き込んで知的財産権の保護や違法行為の取り締まりに力を入れており、関係者数が日本よりはるかに多いため、不適切な種苗の利用・流通は後を絶たないものの、取り締まりは確実に厳格化している。これらの取り組みは、国際約束を果たすためといった形式的な動機からではなく、自国の遺伝資源と種苗の自給および確保という重大な政治目的に基づくものであるため、今後も緩むことはないと考えられる。
 日本において目に付く中国農業の話題は、植物新品種の不適切な流出、あるいは中国で進むデジタル技術の導入例などではないかと思うが、競合相手として脅威を感じるのは、流出した種苗が圧倒的な速さで普及すること、その分だけ値崩れするまでの時間が極めて短い場合があること、そして、それらの裏にはそれを可能とする多額の資金と多数の農業企業の存在があり、発達した情報網、流通網があるということである。新しい品種や栽培技術・施設を取り入れる中国の意欲と能力は極めて高い。

3 豊かさを目指して変化する中国の農村~農村振興、生活条件改善と電子商取引の進展~

 中国には、1億9400万人の農業従事者(注10)がいる(2019年時点)。また、農村に暮らす労働人口は2億9600万人で、うち地元外で就業する者(いわゆる「農民工」)の割合は58.2%、その平均年齢は42.3歳、40歳以下が占める割合は47.0%である(いずれも22年時点)(注11)。そのような中国の農村でも、若い労働力の流出、農村の空洞化や高齢化は農政の課題となっている(注12)
 本章では、日本に多くの野菜を輸出する中国の農村の様子を、個別の事例、ある省の事例、日本と比較した時の大きな特徴である電子商取引を例にして、その変化に着目しながら紹介する。

(注10)「中国農村発展報告2020」(中国社会科学院農村発展研究所編)。「農業従事者」は「農業、畜産、園芸作物の繁殖と栽培に従事する人員」を指し、補助人員は含まない(中国人力資源および社会保障部公表の職業分類に基づく定義)。
(注11)「農村電子商取引推進政策の就業効果とその仕組み」(『中国農業経済』2024年4月号)
(注12)2025年11月、中国農業科学院農村発展研究所主催の農村振興に関するフォーラムで、一人の農家男性が次のように発言した。「今日は中国を代表する農村研究の専門家の皆さんの発表を楽しみにしてきたが非常に幻滅し、憤りを感じている。なぜ誰も農村の嫁不足問題を取り上げず、軽視しているのか。私の息子も農業をしていて今年39歳になるが、まだ独身である。自分の村も周辺の村も『大青年の未婚』に苦しんでいる。このままでは多くの村がなくなることをもっと深刻に考え、研究してほしい。」

 
(1)山東省の成功事例~急激に豊かになった例~
 「野菜情報」2025年8月号の執筆取材において、中国国内向け有機にらの有数な産地となって急激に豊かになった山東省()(ぼう)市の一農村を訪問した。その村は村民が共同出資した36万元(約807万円)を元本に、10~15年までの数年間で年間売上高1000万元(約2億2410万円)を達成したという。当時は下水道も舗装道路もなく、労働意欲の低い村民ばかりが出稼ぎにも行かず村で暮らしていた。企業経営で成功した元村民の一人が、そのような状況を改善すべく村に戻り、「力を合わせて産地形成に取り組めば暮らしはもっと豊かになる」と説き、それを村民にも分かる形で示すため、村民から出資を募り、それを元手にまずは道路整備などのインフラ改善から着手し、力を合わせれば現状は改善できるということを示したという(写真3)(注13)

(注13)最高額は村の幹部の3500元(7万8435円)で1カ月分の給与すべて、最低額は生活保障を受けていた村民からのもので100元(2241円)であった。
 
タイトル: p107a
 
(2)中国の農村振興~急速に豊かになる農村~
 1978年以降、中国は急激な経済発展を遂げた。中国共産党が掲げていた「脱貧困」(「国家級貧困県」としてリスト化された地域の解消)は2020年に達成され、21年の党創立100周年大会では、さらに「小康社会」(安定的で、生活にいくらか余裕を感じることのできる社会)の達成が宣言された。22年には、党の中央農村工作会議で「農村が基本的な現代的生活条件を備えること」を目指すとされ、中国の農村では今、電線や上水道、情報通信設備、医療拠点、公衆衛生、そして社会保険といった生活のあらゆる面で整備が進められている。
 このような生活基盤整備は、中国の農村振興政策の一つの特徴である。この農村振興の成果を取り上げられることが多い(せっ)(こう)省の農村住民の収入と支出の変化を紹介すると、同省内のある10カ所の農村は、1戸当たり平均総収入が09年の12万4000元(約278万円)から18年の32万8000元(約735万円)へと、10年で約2.6倍に増加した(表6)。また、その間の農村の物価上昇程度を、それら農村の1戸当たり野菜生産資材の平均総支出の増減で見ると、約2.1倍であった(表7)。
 
タイトル: p107b
 
(3)中国の農村で進む電子商取引
 中国は世界最大、かつ、最も活発な電子商取引(注14)市場を有している。中国国家統計局のデータによれば、その額は2022年時点で43兆8300億元(982兆2303億円)に上る。農村でのインターネットを利用した小売り販売総額を見れば、13年の1100億元(2兆4651億円)から22年には2兆1700億元(48兆6297億円)と約19.7倍に増加した(注15)。農業農村部の調査によれば、20年に故郷に戻った、あるいは故郷に戻っていた労働者1900万人のうち、55%はデジタル技術を必要とする業務(例えば直販サイト開設やライブ配信要員、それら商品の運送業務など)に従事し、そのうち85%は既存の職業分類に当てはめることが難しい新たな業種であったという。

(注14)中華人民共和国電子商取引法は、「電子商取引」を「インターネットなどの情報ネットワークを通じて商品を販売し、またはサービスを提供する経営活動」と定義する。
(注15)本節のデータは研究論文「農村電子商取引推進政策の就業効果とその仕組み」(《电商进村政策实施的就业效应与机制分析》、『中国農業経済』2024年4月号)に、農業農村部の調査結果は『2021全国県域デジタル農業農村電子商取引発展報告』に基づく。

 
 この急激な増加を支えたのは、電子商取引を活用して農村の就業機会を増やそうとの国策である。
 14年、中国財務部弁公庁および中国商務部弁公庁は連名で「農村電子商取引推進総合モデル拠点の展開に関する通知」を公表し、農村で電子商取引に関するモデル拠点(以下「電商モデル拠点」という)の整備を開始した。電商モデル拠点では、デジタル技術を利用した公共サービス提供機能、電子商取引に関する物流・配送の機能および貧困対策拠点としての機能を兼ねる「2センター、1拠点」式の拠点の整備が進められるとともに、電子商取引に従事する人材の育成が重点的に支援された。プロジェクトの進展に伴い、拠点の整備は高齢化・留守児童問題が目立つ地域や貧困地域でも行われ、成功事例を横展開するためのモデル化や評価制度も整備された。22年7月時点で電商モデル拠点が立地する県(日本の市町に相当)は1489に及び、中央政府からの財政支援は累計で299億6000万元(6714億360万円)に及んだという。
 中国政府が進める農村電子商取引政策については、その効果を分析する研究も多く発表されている。中国のある農業経済の専門家チーム(注16)は政策の効果として、男性よりも女性において、また、若者よりも中高年において非農業関連の業務への就業が促されたとした。ただし、教育の程度やデジタルリテラシーが高い人々は、関連政策が推進される前から既に非農業関連業務に従事していたか、離村していた可能性が高いため、政策効果が数値として表れなかったのではないかと推測した。
(注16)出典は注15に同じ。
 
(4)小括
 筆者が訪れた省の省都(市)郊外の農村では、まだ午後3時を過ぎたばかりの時間だというのに、既にそこかしこの路傍で人々が囲碁のような遊びに興じていた。「残念ながらこれが今の中国の農村の姿だ。まだまだ当時のように貧しい村はたくさんある。昔より少し豊かになったからと現状に満足してしまい、もっと成長しようという気概もない」と、農村を離れて成功した企業家は筆者に語った。そのような農村がある一方、山東省濰坊市の農村では、人手不足解消のためにほとんどの訪問先で農村女性対象の栽培技術研修や表彰が行われていた。その多くは、一昔前なら無職になっていたはずの50代の女性だという。大卒以上の若者就業を促すことは、農村幹部の重要な業績評価項目になっているともいう。農村地域と都市郊外の農村とを対象とする地方振興(「郷鎮振興」)は、中央政府各部門の政策目標の一つで、()(なん)省のある村には、蜂蜜で起業した会社のために中国商務部が助成した販売のライブ配信用施設があった。(きつ)(りん)省の農業展示会では、トウモロコシの新品種を携帯アプリケーションでライブ配信し、配信を通じて直売している種苗会社の社員の姿が少なからず見受けられた(写真4)。他方で、整備しただけで使われていないという電子商取引用施設も珍しくない。筆者が25年11月に参加した中国農業科学院農村発展研究院主催の農村振興に関するフォーラムでは、「農村発展の要は農民の主体性にある」との発言がなされ、これを聞いた農業経済の大学教授は、「農村振興で問題となっているのは実は『農農問題』(豊かになった農村とそうではない農村の間の格差問題)である」と語った。
 中国の農村(写真5)は大きく変化し、まだ大きく変化する潜在力を持っている。他方で、日本の農村が長年直面してきた多くの課題も見られるようになっている。日本市場で日本の生産者が競合する相手は、「野菜情報」2025年8月号で紹介したような輸出産地であるが、その背景には本号で紹介したような変化があり、日本にとっての競合相手が次々に生まれる土壌が培われている。
 
タイトル: p109

4 おわりに

 中国の農村は多様である。しかしながら、農畜産物は総じて過剰投資と景気低迷によって品目を問わず生産過剰気味であり、中でも生産周期が短く施設栽培も進む野菜生産は、直近の需給動向に左右されやすい(注17)。地元消費が中心の農家は別として、市や省を超えて出荷するようなある程度の規模の農業生産組合や企業は総じて、激しい市場競争を生き残るために、設備投資や管理水準の引き上げ、新規の顧客開拓を行い続けなければならない状況にある。このような環境の下で行われる各種工夫、例えば、会員制の小売チェーンストアがコスト削減のため産地と直接契約し、店頭にそのまま陳列できるよう段ボール箱に入れた状態で商品を入荷することや、産地が巨大な保冷施設を建設し、各地の卸売業者と情報を共有してより高い価格で売れる時期、地域に向けて出荷することなど、日本で行われている工夫に加え、潤沢な資本投入により先進設備の導入、ビッグデータなどデジタル技術を活用した精緻で省力的な生産が行われ、毎年必ず他の国・地域に視察に赴き学ぶという地方の農業企業も少なくない。
 本稿が、今の中国農業に対する理解を深める一助となれば幸いである。

(注17)中国野菜の生産過剰状況については、海外情報「中国の野菜価格、生産過剰や流通コスト削減などから下落が継続(中国)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_004078.html)をご参照ください。
 
(山田 智子(日中経済協会北京事務所))
 

【参考文献】
・「農村電子商取引推進政策の就業効果とその仕組み」(《电商进村政策实施的就业效应与机制分析》、『中国農業経済』2024年4月号)(のびゆく農業―世界の農政―「中国農村における市場化改革の軌跡と電子商取引の現状」(一般財団法人農政調査委員会、No.1065、2024)において日本語訳収録)
・「中国農村政策条件研究報告(2024)」(農村生活条件グリーンブックシリーズNo.1、中国農業科学院「農村が基本的に現代生活条件を備える際の制約要因を解消するための研究」重要任務課題チーム編、2025年8月)
・「共同富裕:浙江の農家を巡って(2003―2018)」(中国農業出版社、2022年6月、高晶晶、高国棟、史清華 共著)