(1)種苗会社の概況と市場規模
中国の野菜生産者・生産企業は、どこから種苗を購入しているのか。種苗の生産・販売を行う現地の日系種苗企業に聞くと、輸出産地のように輸出先の品種を中国国内や輸出先の種苗会社から購入するとの答えのほか、連携先の大学(多くは同一省内、同一市内にある農業大学)
(注3)の教授や地元の村の幹部から勧められたものを買う、市場価格が高い売れ筋品種を近所の種苗会社で買う、収穫物の買い取り業者から渡される種子を使う、といった多様な答えが返ってくる(写真1)。
中国の種苗市場は、2023年の企業の販売収益ベースで1257億7700万元(約2兆8187億円)に上り、今でも年率10%以上で拡大し続けている(表1)。
(注3)中国には中央政府や各省が設立した(出資する)企業があり、例えば「山東(さんとう)省種苗集団」は山東省が全額出資する種苗会社である。同グループの傘下には子会社に当たる種苗会社があり、それら企業が新品種の育成を山東農業大学と共同で行い、それを省内の企業、生産者に普及、販売するなどしている。
(2)重視される種苗政策
中国において種苗政策は極めて重要な政策の一つであり、それを象徴するのが「種苗業振興行動方策」(2021年7月公表、以下「方策」という)
(注4)である。
方策は、種苗資源および種苗産業に関する長期的な政策方針として習近平国家主席が主催する中央全面深化改革委員会によって審議、策定されたもので、1962年に出された「種子関係業務の強化に関する決定」に次いで重要な政策方針とされる。2021年当時の中国農業農村部長はそれを「わが国の種苗産業発展史の一里塚とも言うべき一大事案である」と評した。
18年の米中貿易摩擦以降、中国は食糧の自給とそのための農畜産物貿易の改善に力を入れた。種苗自給は食糧自給を支えるもので、かつ、遺伝資源と密接に関連する重要政策の一つとされている。01年のWTO加盟後の政治的に最も重要な法律とも評される食糧安全保障法(24年6月施行)は、食糧生産の章の最初の条文で種苗産業の振興および遺伝資源の保護と利用を規定する。同法の制定計画が初めて公にされたのは、方策公表の前月であった。18年以降、水面下で進んでいた各種検討が、21年以降次々と公になり、その後数年かけて関連政策が実現し、推進されてきた結果、中国の種苗産業や種苗行政は18年以前とは異なるものとなっている。
なお、新品種育成のための資金援助など、より直接的な中央政府からの支援は、重要品目とされる主要農作物(イネ、小麦、トウモロコシ、綿花、大豆)や家畜(肉牛、乳牛、豚)に限定されているものの、中国では地理的表示制度に代表される地域の特産品を振興する取り組みが普及しており、地方政府が野菜の普及、改善などを支援することがある。
(注4)種苗業振興行動方策の概要については、海外情報『中国農業農村部、畜種や野菜など種苗振興に関する政策の中間総括を実施(中国)』(令和6年7月9日発)(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003874.html)をご参照ください。
(3)種苗市場の適正化を促す政策
日本では、植物新品種の海外への流出に関心が持たれていることから、方策によって推進される政策のうち「種苗市場のクリーンアップ」(市場の適正化)を紹介する。
中国でも農民の収入向上は重要政策課題の一つで、単収が高く育てやすいなど費用対効果の高い品種は普及が推奨され、優良と認められた品種は普及推進対象としてリスト化される。優良品種だと偽って別の品種を売る行為や、他者が独占的利用権を有する種苗を勝手に増殖して販売する行為などは取り締まりの対象となり
(注5)、例えば2024年にはそれを重点的に行う「全国種苗監督管理執行年活動」が実施された。
この活動には、農業農村部のほか市場の適正化を所管する中国市場監督管理総局と知的財産権を所管する国家知識産権局などが参画した。中国では、栽培面積が大きい主要種苗の販売は許可制になっている。この許可を出す権限と品種権の登録に関する権限は農業農村部門または林業草原部門にあるものの、表示偽装など市場を乱す行為を取り締まる権限は市場監督管理部門にある。また、表示の偽装が商標権侵害に該当する、あるいは不正競争防止法違反に該当するような場合は、知識産権部門の所管となる。中国の農政でこのように複数の行政部門が連携する他の例としては、食の安全についての対応がある。
「2024年中国農作物種業発展報告」(農業農村部)によれば、種苗監督活動の内容および成果は次の通りである(いずれも延べ数)。
ア 参画した農業農村部門の職員(中央および地方の合計)は70万人
イ 現場調査を行った店・企業は37万店・社
ウ 抽出調査を行った種苗は8万点
エ 行政処罰または刑事処分のために立案した数は6078件
違法行為の取り締まりは、種苗市場の拡大の可視化に寄与している。種苗の許可制度の観点から言い換えれば、より多くの種苗が適法に、必要な許可を得た上で販売されるようになることは、販売許可を得た企業の業績が政府統計によって把握できるようになることだからである。統計で把握される種苗市場規模とは、種苗販売の許可を得ている企業の総売上金額のことであり、それが年率10%以上のペースで増加するほど市場規模が拡大している、と見ることができる(図)。
(注5)21年以降の中国における偽種子の取り締まりについては、海外情報『中国農業農村部、不適切な農作物の種苗登記を抹消(中国)(令和6年5月28日発)(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003817.html)をご参照ください。
(4)種苗に関する権利の保護と活用
中国で種苗産業が成長していることは、植物新品種に関する権利(中国では「品種権」)の利用が進んでいることからも確認できる。
中国は、「植物新品種保護国際同盟」(UPOV)1978年条約に加盟している。日本が加盟する1991年条約と保護対象植物は異なるが、2021年の中国種子法改正と25年の植物新品種保護条例(日本の政令に相当)改正により、制度の仕組みは日本とほぼ同等となった。品種権登録数も増えており(表2)、政府によって権利取得が推奨されている主要農作物(イネ、小麦、大豆、トウモロコシ、綿花)については、実際に栽培されている面積が多い品種トップ10のうち、ほとんどが登録品種である(表3)。権利化の進展により紛争件数も増加し、品種権に関する裁判の新規受理件数は、19年から24年までの5カ年で累計3100件、24年だけでも887件(前年比32.6%増)に上っている。
このような中、中国最高人民法院(日本の最高裁判所に相当)は、方策の公表と同じ21年7月、より迅速に紛争を解決すべく植物新品種の紛争に特化した指導文書を
(注6)発出し、同年9月には典型的な裁判例10数件を取りまとめた判決集を公表した。いずれも全国の人民法院が参考にするものとされ、判決集に至ってはその後、毎年1回公表されている。判決集には、例えばDNA鑑定技術の証拠能力の認定方法などを収録した理由も付されている。司法部門が品種権保護を重視していることは、裁判の7割が権利者側の勝訴で結審していること、懲罰的損害賠償
(注7)の認定割合が他の知的財産権より多いことからもうかがえる。
典型的な事例を取りまとめ、全国の関連部署に周知する手法は農業農村部も同じで、同部が
編纂する植物新品種保護に関する典型的な事例集には、訴訟になった事例のほか、行政摘発対象事例などが含まれ、こちらも年に1回農業農村部門の研修会にて公表されている。
(注6)「植物新品種育成者権侵害に係る紛争案件の審理における具体的な法律応用の問題に関する若干の規定(二)」((一)は07年に公表された)。
(注7)中国は、懲罰的損害賠償制度(侵害した者に対して実際に発生した被害額以上の賠償を求めること)を採用している。品種権の侵害案件で懲罰的損害賠償が認められる率が高いことについて、最高人民法院知識産権法廷の課題検討チームは2025年3月、「植物新品種権の侵害における懲罰的損害賠償の司法適用についての検討」と題して、懲罰的損害賠償の意義や適用条件を整理し、公表した。
(5)野菜品種の状況
種苗市場と政策の概況は上述の通りであるが、主要農作物と、非主要農作物に該当する野菜とではやや状況が異なる。例えば、主要農作物の新品種は審定を受けなければ販売することができない(品種審定制度)が、非主要農作物については指定された特定の農作物
(注8)に限った登記制となっている(品種登記制度)(写真2)。農作物の種類に応じた取り扱いの違いは「市場のクリーンアップ」政策や損害賠償額などにも表れており、前者では食糧作物や油糧作物が優先され、後者では紛争件数(表4、5)や、損害賠償額の差に見ることができる。具体的には、過去最高の損害賠償額(25年末時点、懲罰的損賠を含む)が、主要農作物では5355万元(約12億円、中国企業が権利を有するトウモロコシの例)であるのに対し、非主要農作物では330万元(約7395万円、外国企業が権利を有するりんごの例)にとどまる。
ただし、これらの違いは栽培面積(ひいてはその農作物、品種の市場価値)に由来するため、特定の地方で特に栽培面積が大きい野菜品種があれば、上述の通り地方政府がその野菜を重点的に支援する。例えば種苗監督行動時にその野菜の品種を重点的に取り締まるといった例や、野菜についての地理的表示侵害をめぐる訴訟案件において積極的に調停に乗り出すといった例
(注9)である。
(注8)農村農業部は2017年に「非主要農作物品種登記弁法」を制定し,その対象となる農作物種として、生産面積などに基づき、「第一回非主要農作物登記目録」により、ばれいしょ、かんしょ、そらまめ、えんどう豆、落花生、てん菜、ひまわり、トマト、りんご、ぶどうなどの29種を指定した。
(注9)例えば湖南(こなん)省岳陽(がくよう)市樟樹鎮(しょうじゅちん)の「樟樹港トウガラシ」は2018年、中国農業農村部から地理的表示登録を受けた(申請主体は同鎮の農業サービスセンター)。同トウガラシは毎年10月から翌年4月までの間、市場で販売しないこととしているにもかかわらず、オンラインで非正規に販売する例が後を絶たなかったことから、同鎮のトウガラシ産業協会が、不正販売した会社を相次いで提訴した。同地域を管轄する人民法院は同案を集中的に審理し、調停チームを立ち上げ、調停の場において原告被告双方の合意を取り付け、賠償義務を履行させた。
(6)小括
本章では、日本で植物新品種の海外、特に近隣諸国への流出に関心が持たれていることを念頭に、2021年以降急速に推進と管理、そして成長が進む中国の種苗政策や植物新品種保護の状況を紹介した。中国でも、収益向上につながる品種は積極的な利用と保護が図られ、そのために政府も司法部門を巻き込んで知的財産権の保護や違法行為の取り締まりに力を入れており、関係者数が日本よりはるかに多いため、不適切な種苗の利用・流通は後を絶たないものの、取り締まりは確実に厳格化している。これらの取り組みは、国際約束を果たすためといった形式的な動機からではなく、自国の遺伝資源と種苗の自給および確保という重大な政治目的に基づくものであるため、今後も緩むことはないと考えられる。
日本において目に付く中国農業の話題は、植物新品種の不適切な流出、あるいは中国で進むデジタル技術の導入例などではないかと思うが、競合相手として脅威を感じるのは、流出した種苗が圧倒的な速さで普及すること、その分だけ値崩れするまでの時間が極めて短い場合があること、そして、それらの裏にはそれを可能とする多額の資金と多数の農業企業の存在があり、発達した情報網、流通網があるということである。新しい品種や栽培技術・施設を取り入れる中国の意欲と能力は極めて高い。