それでは、食の安全に関する制度はどの程度順守されているのだろうか。また、日本に届く中国産野菜はどのように生産され、管理されているのか。それを調べるべく、2024年、中国野菜の大輸出産地である山東省、中でも特に野菜産地として有名な
寿光市で事例調査を行った。同市の人口は110万人を超え、中国有数の野菜卸売市場があることで知られる。市場には、地元山東省の野菜をはじめ、東北地方の野菜や南の沿岸地方の野菜などが集まり、首都・
北京市や
天津市などへ運ばれる。かつて、同市場の取引価格は全国の野菜の市価形成に影響を及ぼしたと言われており、直接契約・販売が増えた今でも、同市場は政府が野菜の取引価格を監視する市場の一つである。
その寿光市の地元企業家の案内で調査した先は、いずれも日本人に見せられる成功事例として選ばれた企業または村であるものの、他の産地でも見られる取り組みがなされており、決して特殊な例ではない。その理由や視察での気付きの点に触れながら、以下二つの事例を紹介する。
(1)にんじん輸出企業(A社)の例
ア 会社、生産の概要
2004年に設立されたA社は、にんじんを主力商品とし、かぼちゃやばれいしょなども扱う。主に契約栽培された物を買い取り、洗浄、規格適合性の確認などを行って輸出している。契約栽培面積は2万ムー(約1333ヘクタール)であり、生産量は5万トンを超える。23年の輸出額は1800万米ドル(約26億円)程度、全体の売上げは2億元(約41億円)程度であった。
契約農家の多くは山東省に多い野菜栽培ハウス(写真1)
(注11)を使用し、同社が扱うにんじんの規格はおおむね3種類(L、2L、3L)(写真2)であり、その選別と葉を落とす作業は農家側が行う。
(注11)片側を土壁にして保温性を高めつつ省力化を図るビニルハウスであり、幕は自動で開け閉めするものが多い。幅は30~50メートル程度。日光温室と加熱式の両方がある。
イ 輸出・国内販売の状況
にんじんの輸出割合は40~50%で、輸出先は日本、韓国、タイ、マレーシア、ベトナムなどで、輸出の25~30%が日本向けである。輸出向けの6~7割は地元(寿光市)で栽培するが、これは栽培過程で求められる輸出基準を契約農家が順守しているのか、訪問して確認しやすいようにするためである。国内の販売先は省内(山東省)のほか、隣接する河北省や
安徽省、内モンゴル自治区などが多い。
輸出向けは相手国(および海外の取引先)の輸入基準を満たし、かつ、中国国内の輸出基準(海関総署の検査など)にも合格する必要がある。これらの基準に満たなかったものが国内向けとなる。また、最近は国内需要の増加を受けて、国内向けとして生産するものも増えている。国内向けも含め、扱うにんじんは関連する業界基準と団体基準
(注12)、自社基準にも合致させている。ここで言う団体基準とは、同社が中心となって2024年1月に計12社で設立した「にんじん協会」が策定した基準のことを指し、出荷品質の向上に資する基準などがある。
輸出先国が複数にわたることについて、各国の基準に合致させるためにどのような管理をしているのか尋ねたところ、「あらかじめどの
圃場のものをどの国に輸出するか決めている。各圃場で適切に管理をするだけなので、輸出先が複数あってもそれ自体は問題にならない。また、例えば日本向けと韓国向けの輸出基準は8割が同じようなものであり、市況に応じて途中で輸出先を変えることになっても、ある程度対応は可能」とのことであった。
(注12)中国の基準制度には、国家基準、業界基準および団体基準の三つがある。
ウ 日本との関わり
同社は、「中国で流通するにんじんの95%は日本の品種」とし、「フランスやオランダの品種に比べても、特に日本の北の地域で栽培される品種がこの地域(山東省)の栽培条件に適している」という。また、「輸出ビジネスを行う上で海外産地の視察は当然すべきであり、品種の適性からも日本市場での売れ筋を知る上でも北海道で栽培される品種に注目しているため、今年もにんじん協会のメンバーと北海道での現地視察を予定している」と語る。視察の目的は日本で流行っている品種を確認し、現地の生産者と技術交流をすることであり、生産技術と加工技術、特に収穫で使う機械に関心を持っている。「日本の栽培技術は信頼でき、団体基準を作成するときも参考にした」「中国でも収穫機械の利用は進んでいるが、中国の機械は収穫効率を重視するため商品に傷が付きやすい。一方、日本の機械は商品の傷みが少ないように収穫できるため注目している」という。にんじんの輸出は同社の主要業務であるため、日本だけではなく韓国や欧州にも先端技術を学びに行くとしている。
エ 課題
輸出の課題として、中国の国内手続きにかかる時間の長さを挙げている。具体的には「日本に輸出する場合、日本到着から加工工場などの最終販売先に届くまで2日程度で済むが、中国国内の輸出手続きに3~5日程度かかっている。これは、輸出品に対する海関総署の確認に時間を要するためである。検査の必要性は理解しているので、せめて手続きに必要な時間を短縮してほしい」としている。
また、経営の課題として中国で加工製品の売上げが増えていることに触れ、「今はにんじんのまま出荷しているが、今後はスープやジュース向けの原料として加工した製品も出荷したいので、そのヒントも日本で探したい」としていた。
オ 視察での気付き
A社を視察して、輸出野菜の「管理」は、輸出関連制度の着実な運用にとどまらず、産地企業間の相互協力、地元政府への責任ある行動主体としての関わり、その宣言など、多元的に行われていると感じた。視察で特に気付いた点は以下の3点である。
(ア)輸出向け野菜は、国内向けより厳しく管理されていること。
(イ)農産物の中でも市場競争が厳しいと言われる野菜の中で、一品目(ここではにんじん)だけについて、ブランド 価値の向上のために団体基準が利用されていること。
中国はあらゆる産業で「基準化」と「規範化」(中国語で「规范化」)を進めており、「基準化」は基準の策定を、「規範化」はその基準を用いる工程全般を適切に、かつ、万全に行うことを指すことが多い。そして団体基準とは、業界団体が自主基準として策定し、その会員が順守する基準のことを指し、その内容はいずれ業界全体の基準(業界基準)や強制力を有する国家基準につながる場合もある。中国政府は民間の自主的な取り組みによって市場環境の浄化が進むことを推奨しており、団体基準の策定はその一つの手法である。輸出野菜産地の民間企業がこのような政府方針に対応して新たに協会を設立し、にんじんの団体基準を策定し、産地ブランドの向上に努めていることが本事例から確認できた。
(ウ)地元の成功企業が積極的に地元政府とつながりを持っていること。
中国企業の多くは建物や敷地内に社訓や標語、中国共産党の理念や国家主席の発言を掲げている(写真3)。そのような中、A社が市政府人民代表大会の責務を掲げていたことは、同社社長が市の人民代表大会の代表(日本の地方議員に相当)であることを推測させる(写真4)。中国では農村の民間企業は「郷鎮企業」と呼ばれ、1990年代以降の経済発展を支えてきた。中でも「龍頭企業」(中国語で「龙头企业」)と呼ばれる地元を代表する企業は政府の主要な支援対象兼協力相手であり、地元経済を牽引することが強く期待されている。地元の人民代表大会の責務をパネルにして飾る行為は、ある意味ではA社が地元を代表する企業として責任ある行動を取ることの宣言であり、そこには「龍頭企業」としての自負が伺える。それは、同社の商品の管理、食の安全の確保がより徹底されていくことにもつながるだろう。