(1)栽培作型と主産地
韓国のパプリカ栽培作型は、冬季が比較的温暖な南部を中心とした冬春作型と、夏季が比較的冷涼な北部を中心とした夏秋作型に大別され、リレー出荷体制が構築されている(表1、図3)。
主産地は、冬春作型の
慶尚南道(以下「慶南」という)と夏秋作型の
江原特別自治道(以下「江原」という)で、2022年の作付面積はともに262ヘクタールであり、両産地で全作付面積の7割以上を占めている。それぞれの産地の動向を見ると、慶南などの冬春作型産地は長期どりが可能なことに加え、後述するスマートファームの普及により作付面積が増加している。一方、江原などの夏作型産地はトマトへの転作、コスト上昇や労働力不足により作付面積はわずかに減少している。
(2)スマートファーム普及による作付面積の増加
機内食向けから始まった韓国のパプリカ生産は、対日輸出や内需の伸長などを受けて作付面積および生産量が増加している。2010年以降の推移を見ると、特に12~15年にかけて大きく伸長した(図4)。この要因は、対日輸出や内需の伸長のほかに、ICT(情報通信技術)を活用して作物の生育環境を遠隔・自動で適正に維持・管理できる「スマートファーム」の普及が挙げられる。
(3)政府によるスマートファームの普及支援
WTO体制下の韓国では、2000年に403万1000人であった農業生産者人口が、10年には24%減の306万3000人に減少するなど、農産物の貿易自由化と生産者の高齢化により農業の先細りが危惧されていた。このため政府は、限られた生産者数でより効率的な農畜産物の生産を行うべく、11年に農林畜産食品部が「ICT融合システム(先端生産技術開発)事業」、14年に農村振興庁が「韓国型スマートファームモデル事業」などを措置し、生産者への支援を行ってきた(図5)。これら事業により、パプリカ生産のスマートファーム化が加速した(「第1世代スマートファーム」と呼ばれる)。
2部1庁で類似した関係事業を措置していたことから、推進活動の効率化を図るため、農村振興庁により21年に「スマートファームパッケージ革新技術開発事業」として一本化された(図5)。
直近では、後述する第2世代スマートファーム化への改修や温室の新築を支援する「スマートファーム融合拡大事業」の公募を24年に実施した。本事業は、事業費に対して補助率が5割(政府が2割、地方自治体〈道市〉が3割)と手厚く、さらに、補助残のうち3割は国庫融資(返済が必要)の利用が可能であり、この融資が受けられれば、事業実施主体の当初負担は2割で済むことになる(表2)。
農村振興庁は24年3月、第2世代スマートファームのコア技術「ARA(Agricultural Revolutionary Application)温室」
(注2)の開発および公開について発表した。第2世代ではICTとAI(人工知能)の活用により異なるメーカー製の機器統合管理が可能となり、温室内の空調などの環境制御が最適化されることで、第1世代(現在営農しているスマートファームの8割相当)と比較して生産性が約4割向上、労働力が約1割低減できるとしている。これらはARA温室プラットフォームから最新ファイルをダウンロードし、生産者自らが第1世代制御機器に同ファイルをアップデートすることで、既存のスマートハウスでも第2世代化できるとしている(図6)。
(注2)空調などの温室内機器で個別に設定管理が必要だった第1世代スマートファームをバージョンアップできる技術。ARA温室ファイルを各機器にダウンロードすることで、第1世代スマートファーム内の個別機器間の設定管理を一本化でき、メンテナンスコストも低減できるとしている。ARA温室のプログラムは、農村振興庁の「農業用App Store」でダウンロード可能。また、農村振興庁はARA温室を活用した商品開発を促進するため、機器メーカーなどに対してARA温室プログラムを無償公開している。
また、同庁は、スマートファーム内で使用される溶液の再利用技術として循環型水耕栽培技術も開発し、24年時点で16カ所のスマートファームで運用されている。同技術は、使用後の溶液を再利用するとともに、栽培品目、生育ステージごとに溶液希釈濃度が調整でき(2週間ごとに肥料設計を調整)、慣行栽培に比べて農業用水が1~2割、肥料が2~4割、それぞれ削減可能だとしている。
さらに同庁によると、同技術は施肥量の適正化につながることから、トマトおよびパプリカでは6割、いちごでは3割の二酸化炭素排出量削減につながるとしている。
(4)需要に合わせた国産ミニパプリカ品種の開発
韓国では、一般的に流通する大玉のベル型パプリカはオランダ産品種を中心としていたが、2010年代に入り需要に合わせた食べ切りサイズのミニパプリカを生産する産地が出てきた。
このような状況を背景に農林畜産食品部は13年、国産種子開発による種子生産大国化を目指し、「ゴールデンシードプロジェクト(GSP)」を立ち上げた。これを受けて慶南の道立農業研究機関である慶尚南道農業技術研究院(以下「慶南研究院」という)は、同年からミニパプリカの独自育種に取り組み、15年に高糖度ミニパプリカ「ラオン」(16年品種保護登録)を発表した(写真1)。ラオンは同年から国内の大手大型量販店で販売され、翌16年には対日輸出も開始した。ラオンは食味が良いものの収量が多くなかったことから、より多収品種である「ニューダオン」や、輸出用品種「K-Mini」など、24年までに21品種が開発されている。
(5)生産現場の状況
対日輸出用パプリカを生産する慶南
咸安郡のジョ・グンジェ氏(韓国パプリカ生産者協会会長。以下「ジョ氏」という)の農場を訪問し、生産や課題などについて話をうかがった(写真2)。
ジョ氏は1995年、WTO体制下で政府が輸出用の野菜生産の振興を行っていたことから、サラリーマンから転身してトマト栽培を開始し、01年からパプリカに品目転換した。
現在のパプリカ作付面積は2施設合計で2万1488平方メートル(2.1ヘクタール)と、大規模な栽培を行っている。今回訪問した
圃場の面積は9900平方メートル(0.99ヘクタール)であり、農村振興庁の先端技術融合次世代スマートファーム技術開発事業を活用し、20年に新規取得したスマートファームである(写真3)。ジョ氏のパプリカ栽培作型は、慶南を含む韓国中部以南で主流の冬春作型である。栽培品種は韓国の独自育成品種であるミニパプリカ「レッドロマンス」で、8月から10月までの定植後、11月から翌7月まで収穫が続く。スマートファームが普及している韓国では、農場1人当たりのパプリカ栽培管理面積は330平方メートル(3.3アール)といわれており、スマートファームであるこの圃場では3人の雇用労力で栽培管理を行っている。
枝葉の
剪定や収穫などの栽培管理は雇用労力で担当しているが、スマートハウス内の空調および湿度管理、肥料である溶液濃度管理などは、栽培管理責任者であるジョ氏の長男が担当している。ジョ氏の圃場は第1世代後期のスマートファームであるが、同一メーカーで整備したため、空調・湿度・溶液管理など、すべての管理を1台の管理端末で行っている。
ジョ氏のような第1世代のスマートファームで、仮に栽培管理機器の増設や他社製品を導入しても、ARA温室ファイルをダウンロードし第2世代化することで、統一管理が可能である(写真4)。
生産したパプリカの販売先は、8割がパプリカ輸出統合組織
(注3)であるKOPA
(注4)経由による日本向け、2割が大型量販店や卸売市場などの国内向けである。規格別に見ると、Mサイズは日本向け、Lサイズ以上は国内向けであり、ジョ氏によると、日本の量販店はMサイズを好むが、韓国などでは大きなサイズが好まれるという。
今回訪問した圃場以外にも、ジョ氏の長女が管理するスマートハウス圃場がある。同氏は、「規模拡大による手取りの向上にスマートハウスは欠かせない」としつつも、総工費(13億5000万ウォン〈1億3783万5000円〉)の半分は国(3割)と地方(2割)からの補助で賄うことができるが、返済を伴う融資(3割)や自己資金(2割)での対応も必要となるため、誰でもスマートハウスを設置できるものではないと感じているという。このため、「融資を返済するために、一つでも多くの高品質なパプリカを生産することに努めている」と語っていた。
(注3)輸出業者が母体となった一元的な輸出組織。生産農家と相互拘束力のある契約を締結し、輸出統合組織が主体となって指定品種、栽培・収穫、選別、包装、輸出、品質管理などの基準を定めるほか、輸出(販売)代金精算、農家教育などの付帯業務を実施することで、輸出農畜産物の競争力を高めて輸出拡大を目指している。
(注4)2012年にパプリカ輸出業者である株式会社ラブパブと株式会社農産(のんさん)が農林畜産食品部の認可を得て設立した輸出統合組織。「KOPA(KOREA PAPRIKA)」ブランドで日本向けを中心にパプリカを輸出している。