調査情報部調査課 課長補佐
平石 康久
Ⅰ 米国における生鮮青果物事業について
1.導入までの経緯
このプログラムの前身となる活動は米国におけるファイブアデイ事業であり、1991年に米国国立がん研究所と健康増進青果財団とのパートナーシップとして全国で展開された活動が土台となっている。2005年10月には米国疾病予防管理センターが、政府機関のうち、指導的な立場に位置する機関としてファイブアデイ事業に加わっている。
(ファイブアデイ事業の発展の経緯、内容については中川圭子氏「米国における野菜果実摂取啓発事業の近況ファイブアデイ事業の成果に学ぶ」野菜情報2007年2月号に詳しい。http://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/kaigai/0702/kaigai1.html)。
法律的な枠組みでは、2002年農業法により、試験事業として開始し、2004年に恒久的なプログラムとなった。
2002年度の事業規模は4州25校での試験事業であったが、2007年度には20州、900万ドル(9億円、1ドル=100円で換算)の予算規模で事業が実施された。
さらに、2008年に成立した2008年農業法においては、対象州が50州およびコロンビア特別自治区に拡大されるとともに、予算枠が2011年度には1億5千万ドル(150億円)と大幅に増額されている。
2.導入された背景
米国生鮮青果物協会のホームページによれば、生鮮青果物事業の目的は、児童の青果物の消費を増やし、健康を増進すると共に、肥満のリスクを解消することであると説明されている。
これは、食習慣は子供のころに定着し、その時期に健康的な食生活を育むことができれば、成人になった後にもその食生活が引き継がれるとの考えに基づいている。この中で、健康的な食生活は心臓病、高血圧、2型糖尿病、多くの種類のがんなどの慢性病のリスクを減少させるものとしている。米国疾病予防管理センターのホームページによれば、青果物の摂取量の多いグループは脳卒中や、循環器系の疾病、いくつかのガンに対してリスクが軽減されているとみなしており、この活動をサポートしている。
3.事業の内容
この生鮮青果物事業は小学校において生鮮青果物を給食以外の時間に提供するために、生鮮青果物の購入費などについて補助する事業であり、冷蔵庫の購入費や管理費についても一定の割合以下であれば補助対象としている。
対象の青果物は国産青果物に限定されていないが、地域産の青果物を購入することが推奨されている。
主な内容としては、表1のとおりである。
この事業の前身である2002年度試験事業の評価レポートによると、青果物の提供は、教室内、売店、無料の自動販売機により行われている(給食時における提供は、他の給食事業との重複などから認められていない)。
提供される青果物の種類はさまざまであるが、果実ではりんご、バナナ、オレンジが多く、野菜ではにんじん、セロリ、ブロッコリーが多い。また、加工品(カット、混合)の利用も多く見られた。これらの品目が選択されたのは、生鮮のまま食用になり、学校で簡単に調理・加工ができ、子供たちが散らかさないという理由からである。
品目の選定では、表2の配布青果物の事例のように、より多様な青果物を食べる機会を増やすという意味からも多くの品目が選定されることが好ましいとされている。
4.事業の実践事例
ウィスコンシン州の資料によれば、学校において提供される青果物に関する教育が行われやすいよう、教材の提供が行われている。
具体的には、州当局が州内での栽培者のリストの提供や、各種品目の収穫カレンダーなどの基礎情報を提供し、教育現場では教員がそれらの情報をもとに児童に対して指導を行うほかに、生産者を教室に招いての説明会や、ほ場見学などが行われている。
5.事業の成果
このプログラムの前身である2002年度生鮮青果物試験事業の評価レポートによると、教職員、保護者、児童生徒による事業の評価として、肯定的な回答を得ていると報告している。
総体として、多様な青果物とその背景に対する理解といった食育面での評価、朝食抜きへの対策、青果物消費の意欲の高まりといった食生活の改善効果が評価されている。
Ⅱ EUにおける学校果実制度について
EU委員会も学校現場での青果物の無料配布を行う学校果実制度を2008年7月に発表している。政策名については「フルーツ」となっているが、野菜も政策の対象とされている。
1.導入までの経緯
まず、健康的な食生活の一環としての青果物の消費の重要性について、EU委員会が2007年5月に発表した白書(COM(2007)279 final)内で「学校果実制度は正しい方向へ進む第一歩となるであろう」と言及されているとしている。
また、2007年9月に採択された青果物政策の改革案においても、青果物の消費量の減少に歯止めをかけ、増加に転じさせることが主要な目標となっており、採択に当たって農相理事会はEU委員会に対し、「児童の肥満の大幅な増加をみると、影響調査に基づき、可能な限り速やかに学校果実制度を提案することが重要」との意見が付されていたとしている。
2.導入された背景
2008年の影響調査レポートによると、学校果実制度が提案された背景として、消費量の減少、健康上の問題、社会経済的観点からのものであると説明されている。
まず、消費量の減少については、近年の青果物消費量がEU全体として減少傾向であるだけでなく、特に若年層の消費量については、以前と比較して極めて低下している問題を挙げている。
また、健康上の問題として、EUの中で若年層の肥満が増加しており、この結果として社会的コストの増大とともに、健康、心理、社会問題を引き起こすとの懸念がもたれている。
社会経済的には、低収入と青果物の摂取不足とは強い相関関係があることから、特に所得水準の低い新規加盟国において青果物の消費拡大は、循環器系をはじめとする各種疾患の予防措置という観点から見ると、コストの低減につながるとされている。
3.長期的な目標
この制度により、将来にわたる嗜好が形成される子供時代の食生活の中で、青果物消費量の持続的な増加が実現されると同時に、貧しい食生活習慣に起因して発生する健康上のコストについて、将来的に削減されることが期待されている。
4.制度の内容
制度の内容は表4のとおりである。
主な内容については、学校内での青果物の無料配布を行うこと、加盟国は、制度が効果的に実行されるよう計画を策定することが挙げられているが、詳細については、EU農相理事会による正式な決定およびそれを受けたEU委員会による具体的な規則の制定を待つ必要がある。
Ⅲ まとめ
以上のとおり、児童の肥満の増加や、若年層における青果物の摂取量の減少およびそれによって起こりうる将来の治療費の増加を防ぐために、学校での青果物の配布事業が立案、施行されている。
同時に、前述した健康上の問題以外にも、業界にとっては販売量の増加などにつながるといった利益を得ることができるため、特に米国の事業については、消費者団体と強く団結した形での青果物業界による働きかけが行われた。EUにおいても、近年に行われた青果物制度の改正(野菜情報2007年8月号「EUの青果物(野菜・果実)共通市場制度の改革案の合意について」参照)に対する代償措置の側面もあるのではないかと推察される。また、これらの制度はWTO上、農業補助金とみなされにくいとされており、従来の制度からの移行圧力も働いた可能性も考えられる。
しかし、そういった青果物業界の働きかけや行政当局の担当部署の意向だけではこれだけの事業が立ち上がることは考えにくい。また、青果物業界も利己的な目的のみで活動を行っていたのではなく、地道な消費活動を続けていたこと、児童の健康問題に対する危惧が広く国民の間に存在すること、将来の食生活の健全化といった目的があったことから初めて、消費者や多方面からの広範囲な支持を集めることができ、それによって実現した事業であると思われる。
資料
米国
EU