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話題 野菜情報 2026年9月号

農業界でのアスリートの活躍の後押しに向けた「「アス→ノウ」プロジェクト」

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農林水産省 大臣官房新事業・食品産業部 企画グループ 食料システム連携推進室 係長
農林水産省 政策Open Lab「アス→ノウ」プロジェクト代表 坪川 優斗
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1 はじめに~「アス→ノウ」プロジェクト立ち上げの背景~

 現在、日本全体で少子高齢化が進み人口が減少局面にある中、農業界では、農業者の高齢化による離農や後継者不足が深刻化し、それに伴い耕作放棄地面積の増加や農村機能の低下など、種々の問題が発生しています。2030年には主業経営体(農業所得が主で、1年間に自営農業に60日以上従事している65歳未満の世帯員がいる個人経営体)が半減する恐れがあるとの予測(注1)もある中、新規就農者数も減少傾向にあり、農業が成長産業として持続的に発展し、食料の安定供給を担っていくためには、農業内外から幅広く人材を呼び込み、その定着を推進することが急務となっています。
 そのような中、従前にはない動きとして、近年、引退後に農業に取り組むアスリートや、副業として農業に取り組むチームなど、スポーツ界から農業界に参入する動きが見られます。スポーツ界では、若くして引退するアスリートが多く、なおかつその多くがセカンドキャリアに課題を抱えていること、また、スポーツリーグやチームにおいては収益基盤の確立、地域との関係強化や社会貢献の取り組みが重要な経営課題となっていることから、農業がそれらの課題などに対する選択肢として期待されていることが理由です。
 以上のことから、スポーツ界から農業界への参入が農業界とスポーツ界の双方の課題の解決に資する可能性に着目し、農業界でのアスリートの活躍を後押しする施策を検討するため、令和6年7月、農林水産省の新規政策の立案・実行を支援する制度「政策Open Lab」(注2)を活用し、若手職員を中心に、「アス→ノウ」プロジェクト(明日(あす)に向かって農に取り組む選手たち(アスリート)を応援するプロジェクト)を立ち上げました(注3)(図1)。
 
(注1)食料・農業・農村基本計画(令和7年4月11日閣議決定)における「主な耕種農業に関する農業構造の見通し」による。
(注2)時代の変化を見通した対応を行うため、意欲ある職員による、現行の部局や政策の枠を超えた、非連続性や新規性に富んだ政策プロジェクトの立案・実行を支援する農林水産省の制度。省内審査の結果、採択された場合には、業務時間の1~2割を活動に充当することが可能。最終的には、農林水産省内で政策提言を行い、施策としての採用可否が判断される。
(注3)当時、入省1、2年目の職員7人でスタート。令和8年7月末現在、15人で構成。

2 「アス→ノウ」プロジェクトの取り組み概要

 当プロジェクトでは、農業界とスポーツ界がそれぞれの課題を相互に補完し合い、持続的に発展するWin-Winの関係を構築することを目的とし、主に1)アスリートがセカンドキャリアとして農業界で活躍する、2)チームが農業に取り組む・農業との連携を推進する―といった、大きく二つの方向性で施策の検討を進めています。施策の検討に向けては、アスリートやチームの農業の取り組み事例の調査、スポーツ関係団体、農業関係団体や自治体などの関係者が実施する支援策などの調査を行い、農業界でのアスリートの活躍の効果やその課題を分析し、施策の在り方や手法を追究しています。

3 農業界とスポーツ界との連携に関する勉強会

 農林水産省としても、農業界とスポーツ界がより連携を深め、Win-Winの関係となるような方策を検討するため、令和7年8月、スポーツ庁の協力の下、「農業界とスポーツ界との連携に関する勉強会」(以下「勉強会」という)を設置しました。勉強会では、公益財団法人日本バドミントン協会の村井満会長に座長を、元サッカー日本代表の中田英寿氏にアドバイザーを務めていただき、また、農業界やスポーツ界の有識者、自治体、農業参入企業、農業に取り組むアスリートやチームなどに委員として参加いただき、農業界とスポーツ界との連携を強化する具体的な方策について議論しています。これまで4回の勉強会を開催(令和8年7月末時点)し、1)スポーツのファンを巻き込みながら農業界を盛り上げ、地域の活性化や関係性強化につなげていく取り組みが必要、2)合宿・オフシーズンや小・中学校段階において農業体験の機会を提供し、農業への関心を高める場を設けるべき、3)アスリートやチームが農業に関する情報を得られる機会が重要―といった意見をいただき、今後、官民横断プラットフォームの創設につなげていくこととしています。当プロジェクトは同勉強会にオブザーバーとして参画し、取り組み事例の調査結果を勉強会で報告し、そこでいただいた意見を施策の検討に活かすこととしています(図2)。
 
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4 「アス→ノウ」プロジェクトのこれまで

 プロジェクトの立ち上げ以降、これまで農業界で活躍する44事例のアスリートやチーム(以下「「アス→ノウ」事例」という)(図3)、40以上の関係者に調査をしてきました。
 

  その結果、農業界でのアスリートの活躍には、以下のような効果や課題があることが見えてきました。
【農業界でのアスリートの活躍における効果】
(農業界にとっての効果)

(1)地域農業における担い手の確保
(2)アスリートの発信力などを生かした農業・食・地域への興味・関心の喚起
(3)アスリートの関わりによる、地域のブランド力向上、農村関係人口の増加
(スポーツ界にとっての効果)
(1)アスリートのセカンドキャリアやデュアルキャリア(現役中から二つのキャリアを並行して進めること)の多様化
(2)農業を媒介とした、地域のファンやサポーター、スポンサーなどの増加
(3)アスリートやチームのブランド力の向上、収益力の強化
 
【農業界でのアスリートの活躍における課題】
(1)アスリートの「食」への意識の高さが必ずしも「職」としての農業につながらない。
(2)農業経営に関する情報(収益見込みやリスクなど)や、農業法人への就職を含む就農に関する情報にアクセスできないため、ビジョンが見えず、就農・農業参入のハードルが高い。
(3)就農したアスリート同士など、近い境遇同士で情報交換できる場がない。
(4)就農・農業参入時には、農業技術の面や支援策などの情報面でサポートする体制が必要となる。
(5)安定的に農業経営を発展させていくための手立てが明確でなく、経営の持続性・収益性の確保が難しい。
 また、アスリートやチームによって、参入の目的やきっかけ、取り組みの力点や課題、地域との連携の仕方などはさまざまであることが分かりました。
 以上のことから、まずは農業界でのアスリートの活躍について関係者の理解を得ることが重要と考え、スポーツ関係団体、農業関係団体、自治体などとの意見交換や周知活動などを行いました。アスリートの農業参入におけるハードルの解消を図るため、スポーツ関係団体に対してはキャリアとしての農業についての啓発を、また、農業関係団体や自治体に対しては農業参入を希望するアスリートやチームへの積極的な情報提供を促すことを目的としたものです。
併せて、「アス→ノウ」事例や農業界とスポーツ界との連携に関する社会的認知度拡大および理解醸成に向け、農林水産省ホームページ(注4)、InstagramなどのSNS(インターネット交流サイト)(注5)、農林水産省のメディアツールなどを活用し、「アス→ノウ」事例などの発信も開始しました(図4)。

5 「アス→ノウ」プロジェクトの今後

 立ち上げから3年目を迎える今年度は、これまでの調査や分析で判明した課題や勉強会でいただいた意見を踏まえながら、具体的な仕組みづくりや環境整備を本格的に進めていきます。
 まずは、これまでの活動で判明した情報面に関する課題を踏まえた具体的な施策として、農林水産省において、スポーツ界との連携により、農業界の抱えるさまざまな課題を「地域密着型の農業×スポーツの力」で解決するための官民横断プラットフォームを創設します。
 本プラットフォームでは、農業の魅力をスポーツの力を借りて発信し、農業界の課題を身近に感じてもらい実際の体験へと導くきっかけにつなげ、地域農業ファン層の形成、事例の掘り起こし・横展開を推進していきます(図5)。具体的には、1)特設サイトの立ち上げによる情報発信、2)各地域での農業体験、3)指導者などを対象とした「アス→ノウ」事例の方々によるキャリア講習会、4)スタジアムでの農産物販売などのマルシェ開催―など、地域の振興を図るため、スポーツファンの「応援」の力を農業に活用する取り組みなどを行う方向で考えています(図6)。このような取り組みが実効性を持って行われるよう、当プロジェクトとしても、本プラットフォームの創設・運営に係る検討を深めていくこととしています。


 



 
 これまで調査した事例には、1)引退後にセカンドキャリアとして就農した事例、2)チームで営農する事例、3)チームに所属するアスリートが農業に協力・従事する事例―の三つの類型があります。2)や3)のような取り組みを通じて農業との接点を持ったアスリートが、1)の引退後に就農に至るケースも多く見られることから、アスリートの就農においては現役時代から農業と接点を持つことが重要であることが分かりました。また、2)や3)といったチームの農業への参画は、地域農業の振興や農村関係人口の増加などに資することが分かりました。実際に、JAとチームが協働し、アスリート参加型の地域向け農業体験を実施する地域や、スポーツリーグと自治体が協働し、地域農業の課題解決に向けたチームの農業参入を検討する地域もあります。その一方で、チームが農業経営や地域農業との連携に取り組むことによる経営上のメリットや意義は十分に訴求できていない状況にあります。そのため、前述のプラットフォームでの取り組みのほか、チームの農業への参画における多様な形態を整理・体系化し、それぞれの形態に応じ、チームが農業に取り組む意義、活用可能な支援策、産業界や自治体などの参画の在り方などを整理することで、チームが農業に参画する上での選択肢を示し、スポーツ界、農業界、産業界、自治体などが連携して農業の課題解決に取り組む持続可能なモデルの構築を進めることとしています。
 以上のように、アスリートにとって農業がセカンドキャリアやデュアルキャリアの有力な選択肢となり、また、地域で農業に取り組むチームの経営が持続的なものとなるよう、これまでの活動で明らかとなった課題の解決に向け、具体的な仕組みづくりや環境整備について検討を進めていきます。

6 おわりに

 現在、かつて当プロジェクトで調査・発信させていただいた方々から、農業の取り組みが新たなスポンサーの獲得やメディア取材につながったという声が寄せられており、農業界でのアスリートの活躍への注目度は一層高まってきていると感じています。
 アスリートやチームが、スポーツ界で培った力を農業界で発揮し新たな価値を創出する。その挑戦が、農業界のみならず、スポーツ界や地域の未来に新たな可能性を生み出すと確信しています。農林水産省がその架け橋となるよう、「アス→ノウ」プロジェクトで得た知見や成果を具体的な政策へと昇華するため、今後もさまざまな方々とともに歩みを進めていきたいと考えています。引き続き、ご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。
 
 
坪川 優斗(つぼかわ ゆうと)
農林水産省 大臣官房新事業・食品産業部 企画グループ 食料システム連携推進室 係長/
農林水産省 政策Open Lab「アス→ノウ」プロジェクト代表
 
【略歴】
1999年愛知県生まれ。2023年北海道大学農学部卒業後、農林水産省入省。経営局経営政策課にて農業の担い手政策、大臣官房新事業・食品産業部にて食料システム法の検討・施行に携わり、26年4月より現職。24年7月、農業界でのアスリートの活躍を後押しする施策の検討のため「アス→ノウ」プロジェクトを立ち上げ、代表を務める。