野菜 野菜分野の各種業務の情報、情報誌「野菜情報」の記事、統計資料など

ホーム > 野菜 > 野菜の情報 > 品目転換・周年雇用・人材活用など成長への仕組みづくりで年商6.5億 円を達成~すべての人が働ける農業へ切り開く「株式会社アグレス」~

【特集】次世代につなげる農業経営~持続可能な野菜生産へのヒント~ 野菜情報 2026年8月号

品目転換・周年雇用・人材活用など成長への仕組みづくりで年商6.5億 円を達成~すべての人が働ける農業へ切り開く「株式会社アグレス」~

印刷ページ
株式会社アグレス 代表取締役社長 土屋 梓
顔写真

【要約】

 株式会社アグレスは、野辺山高原に本社を置く農業法人である。2006年の法人化から、大きな品目転換を行いつつ、年間売上高を6億5000万円にまで伸ばしてきた。この20年の間には、周年雇用のための拠点の開設、新拠点での地域連携、社内の人事マネジメント体制を整備し、さらに「どんな人でも働ける職場」を目指して「出来高払い」の仕組みを導入し、高齢者も働きやすい職場環境を提供し、地域の雇用も支えている。

1 はじめに

 株式会社アグレス(以下「アグレス」という)は、標高1350メートルにある八ヶ岳山麓の野辺山高原(長野県)に本社を置き、この地から「日本の農業を革新する」ことを目指し、アグレッシブな成長に取り組む農業法人である。現在の売上高は、6億5000万円(2025年度)となった。2020年農林業センサスによると、全国の農業経営体のうち、販売金額規模が5億円以上の事業体はわずか0.1%のため、アグレスはこの上位に位置する大規模農業法人だと言えるだろう。2006年に法人化してから約20年間のアグレスの取り組みについて、紹介させていただく。

2 アグレスのこれまでと今

(1)父による1度目の品目転換
 ~市場の需要に応える~
 土屋家は祖父の代にこの野辺山開拓に第一世代として入植し、レタスやはくさいを栽培する農家の一つだった。2000年代初頭に、チャレンジ精神旺盛だった二代目である父が大きな決断をした。時代が変化していく中、市場からの需要はありながらも、この地域では誰も作っていなかった「夏場のほうれんそう」への品目転換を行うことを決めた。
 大規模な品目転換に当たり、それまで使用していたレタス、はくさい用のトラクターや設備は全て売却し、資金に変えた。さらに、ほうれんそう栽培用のハウス建設などへの設備投資に当たり、円滑な資金調達をするため、2006年に株式会社へと法人化した。当初は、夏場のほうれんそうの栽培技術もなく、1年目は1000万円の赤字となった。しかしながら、3年目には栽培技術を確立し、もともと夏場のほうれんそうは需要があったことなどから、3年目以降は黒字化を達成し、経営基盤が安定した。
 
(2)周年雇用と再度の品目転換へ挑戦
 規模拡大などアグレスを成長させるに当たり、正社員や外国人技能実習生(以下「技能実習生」という)の雇用を進める中で、「周年雇用するための仕事の創出」が急務となり、「冬の仕事」をいかに作るかという経営課題を抱えていた。アグレスの本拠地である野辺山は、高冷地であるが故に冬場の気温が低く、畑が凍結するため一切の農作業ができなかった。このため、異なる気候帯にも拠点を開設することを決めた。2011年に春・秋の生産を担う「山梨農場」を、そして、2015年に冬の仕事を確保する「埼玉農場」を新たに開設し、周年供給体制を実現した。
 それから数年後の2020年、卸売業者との会話の中で、夏場のブロッコリーは、主力の北海道産が気候の影響により不安定になりがちで、他産地からの供給が市場から強く求められていることを知った。当時ブロッコリーは、国内の需要に対し周年供給が追いついていなかった。もし365日、年間を通じて安定出荷できれば、小売店などの棚を年間契約で確保できる可能性が生まれる。市場には「ブロッコリーの周年を通した需要」があり、アグレスには「周年雇用の体制づくり」という課題があった。「これならアグレスの強みを活かせる」と考え、翌年からレタスや、はくさいの多くをブロッコリーに転換した。
 現在、この3拠点をリレーし、ほうれんそうは、生鮮418トン(うち業務用74トン)、ブロッコリー410トン、はくさい393トンを生産している(写真1、図1)。野辺山の農場では、300棟のハウス(延べ40ヘクタール)でほうれんそうを栽培し、ブロッコリーは、山梨と長野(野辺山)の二つの農場を行き来し、合計18ヘクタールの自社圃場(ほじょう)で栽培を行い、さらに周辺農家の作業も受託する体制を整え、地域の畑を一緒に支えている。また、埼玉農場では、冬の時期に、上里出荷組合(以下「上里組合」という)と連携し、はくさいやブロッコリーの収穫・出荷をしており、2019年からは13ヘクタールの自社農場での栽培を開始している。






 この埼玉農場の開設に当たっては、当初、埼玉の夏が暑すぎるため、長野での栽培拠点を埼玉の農家が探しに来たことが契機だった。その縁で、上里組合からはくさいの頭しばり(はくさいの結球を霜害から守るため外側の葉を中心部に巻きつけて、ひもなどで縛る作業)を受託することとなった。この作業受託により、アグレスと上里組合との信頼関係が構築され、地域の農業委員にも任命されている上里組合の組合長からつないでもらい、埼玉に自社農場を開設できることとなった。また、埼玉の農場長に就いたアグレスの社員が地域に溶け込み、借地の交渉などを行った。
 
(3)アグレスのいま
 3拠点で周年雇用を行うアグレスで働くメンバーは、現在150人を超える。正社員は17人、今年は新卒が1人仲間に加わった。さらに、さまざまな国から来ている技能実習生が30人(フィリピンからが多い)、その他100人を超えるパートスタッフが協力している。
 正社員の平均年齢は31歳と若いが、一緒に働く仲間として、自分の頭で考え動ける人や、ここでしかできない新しい挑戦に積極的に取り組み、仕事を楽しめる人と一緒に前へ進みたいと考えている。
 また、アグレスの理念として、アグレスが地域の農家の力になり、新しく農業を始める人の支えになり、やがて、その地域の「核」として機能する存在になりたいという想いや、地域の雇用を支えたいという考えがあり、高齢の方でも働ける環境を整備した。パートスタッフの最高齢は90歳である。アグレスの人材活用などについて、次の章で紹介する。

3 人材・組織など

(1)人材育成の考え方
 アグレスでは、野菜を育て畑を守る人、仕組みをつくる人、地域とつながる人など、それぞれの現場に異なる役割があると考え、五つの事業部を設置している(図2)。

タイトル: p031
 
 また、会社として、アグレスでは従来のような年功序列型を廃止し、努力と能力に見合った待遇が受けられる体制を整えており、社員も自分の現在位置が分かるようキャリアマップを作成している。
 また、キャリア形成についても、マネジメント側で経営に携わりたいのか、生産などのスペシャリストになりたいのか、それぞれの希望を尊重できるよう取り組んでいる(図3)。

タイトル: p032a
 
(2)社員の声
 アグレスでは、社員インタビューを実施し、希望する職場や適性、チャレンジへの気持ちなどを聞きとって尊重している。アグレスのさまざまな現場で働く仲間の声を紹介する。
 
【農業未経験から、ハウス110棟を任される農場長へ】
 ほうれんそう部 農場長 雨宮 祐紀 (野辺山農場)



1)これまで
 私は高校卒業後、新卒で和紙の製造会社に就職しました。しかし昼夜逆転するような交代勤務で生活リズムが安定しなかったことや、上司との関係性に悩んでいました。そんなとき、現在も一緒に働いている友人の手塚くんからアグレスに誘ってもらいました。彼が楽しそうに働いていたことや、夏は忙しいものの、冬は比較的自由に過ごせる働き方に魅力を感じ、転職を決めました。アグレスでは人間関係にも恵まれ、気づけば今年で入社13年目になります。
 
2)入社してから
 入社以来、長野県・野辺山の拠点でほうれんそうの生産に携わってきました。
 最初の2~3年は、収穫後の野菜を出荷できる状態に仕上げる調整室で、選別・計量・梱包などの作業を担当し、その後は数年ごとに、栽培と調整室の業務を交互に経験しました。また、ほうれんそう栽培の要であるかん水(水やり)や、パートスタッフと共に行う収穫作業、翌日の収穫計画の策定なども担当しました。
 6年目からは農場長に就任し、現在はハウス110棟の栽培管理やかん水に加え、種まきや施肥の計画づくりなど、担当する圃場全体の運営管理を行っています。
 
3)100名規模のチームを束ねる、ほうれんそう農場長へ
 現在、ほうれんそう部は農場長2名による2チーム体制で運営しています。各チームには農場長のほかに社員が1名ずつ所属し、さらに調整室にも社員が1名います。
 加えて、技能実習生約20名、パートスタッフ約100名も在籍し、パートスタッフには、主に収穫が本格化する5月中旬から11月中旬にかけて活躍してもらっています。
 総勢100名規模でのほうれんそう栽培はすでに日本最大クラスですが、今年から新しい圃場が1カ所増えたため、今後は3チーム体制への拡大も見据えています。
 繁忙期は朝6時半に出社し、畑の様子を確認してその日のかん水場所を決めるところから始まります。その後、7時から社員で段取りの確認、7時20分からパートスタッフも交えた全体ミーティングを行い、7時40分頃から収穫作業がスタートします。
 午前中はほとんどかん水に充て、午後も畑を回って翌日の作業計画を立てた後、再びかん水へ。担当しているハウスは110棟もあるため、繁忙期には一日中かん水に追われることもあります。退勤は18時頃、遅いと19時頃になることもあります。一方、冬は栽培計画が中心で、勤務時間も9~16時程度と短く、年末年始には約3週間の休暇もあります。
 
4)今後のキャリアビジョン~「百姓」として多彩なスキルを磨ける場~
 当面の目標は、毎年安定した成果を出し、会社を着実に成長させていくことです。アグレスの特徴は、とにかくなんでも自分たちでやることです。畑づくりは開墾から始め、ハウスの建設や水道・電気工事、重機を使った土木作業まで、自分たちの手で行うため、アグレスの社員は「農家」というより「百姓」と呼ぶ方がしっくりくるかもしれません。
 また、農業は人が一生を通じて関わっていける仕事でもあります。実際、アグレスでは80~90代のパートスタッフが元気に働いており、健康にも良い仕事だと感じます。そうした姿を見ると、数十年後の自分がどんな働き方をしているかはまだ想像もつきませんが、農業がある限り、自分も何らかの形で関わっていけるはずだと思っています。

 【支援する立場から、現場の最前線へ】
 埼玉事業部 農場長 白崎 雅和


 
1)これまで
 私は、大学在学中に学生団体を立ち上げ、学生と農家をつなぐ活動をしていました。園芸学部に所属していた自分の周りですら、農業分野への就職を考える学生がほとんどいなかった課題感から、学生が農業に興味を持つきっかけとなるような農家への訪問やマルシェの開催などを企画・運営していました。土屋社長とは、農業関連のイベントで知り合い、アグレスには学生の受け入れを何度も協力していただき、社会人になってからも個人的にアグレスのイベント運営を手伝ったりと、交流が続いていました。
 大学卒業後は、農業分野に特化した人材紹介会社に入社し、約2年間、全国の農家の採用支援に携わったものの、やはり、現場で農業をしたいと考えていた折、アグレスの土屋社長から「埼玉事業部の農場長をやらないか」と声をかけてもらい、転職を決めました。アグレスには2018年に入社し、今年で8年目になります。
 
2)入社してから 
 1年目は山梨に住み、露地部の立ち上げメンバーとしてレタス・はくさい・キャベツの生産に携わり、技能実習生とともに現場作業に打ち込む日々でした。
 埼玉事業部の発足を機に、入社して2年目、私が埼玉事業部の初の専任社員として赴任しました。私の着任を機に、自社栽培を開始することになり、はくさいやブロッコリーを中心に、土地に合った栽培方法を模索しながら確立していきました。経験が浅く右も左もわからない状態でしたが、社長や作業受託先の組合長に相談しながら試行錯誤を重ね、品種や資材、栽培時期を変えてデータを取り続けたり、専門家と連携して土壌分析や改良を進めたりと、できる限りのことを積み重ねました。その結果、3年目から成果が現れ始め、5~6年目には過去最高の収量と品質を実現できました。
 当初は1人でのスタートでしたが、今では正社員4人のチームに成長し、現在、私は農場長として外部取引や事業運営、拠点整備を担いながら、必要に応じて現場にも入っています。社長には最低限の報告のみ行い、大きな裁量を持って現場を任せてもらっています。
 
3)埼玉は、新しい仕組みを試す実験場。アプリ開発や共同出荷にも挑戦
 社長からは「埼玉事業部は、新しい仕組みを試す実験の場」と言ってもらっています。
 例えば現在取り組んでいる効率的に作業記録を行うための自社アプリの開発では、私がSEと直接やり取りをしながら、まず埼玉でトライアル運用を行い、形になったものを他拠点へ展開することになっています。
 また最近では、地域農家との共同出荷の仕組み作りも始まりました。アグレスの取引先である長野県の青果仲卸に向け、埼玉エリアの農家が生産した野菜をアグレスの物流網でまとめて出荷する取り組みです。社長が掲げる「地域の農家のインフラになる」という目標を、埼玉の地でも少しずつ実現できていると感じています。
 
4)今後のキャリアビジョン~骨をうずめる覚悟を胸に描く、「農業のテーマパーク」構想~
 独立を考えた時期もありましたが、アグレスでは大きな裁量を持ち、自分のやりたいことに挑戦できています。こうした環境のおかげで独立へのこだわりはなくなり、社長にも「アグレスで骨をうずめます」と伝えています。だからこそ私の目標はシンプルで、埼玉事業部をさらに大きく育てていくことです。将来的には、果菜類や根菜類、さらには米や果樹にも挑戦し、生産の幅を広げていきたいです。最終的には、生産・加工・販売・体験を一体化させた「農業のテーマパーク」のような存在になれたら面白いなとも考えています。
 

【技能実習生から正社員へ。決め手は家族のような温かい職場環境】
 埼玉事業部 副農場長 トゥリャス アールジェイ リニョ

タイトル: p034
 
1)これまで
 私はフィリピン出身で、実家はお米を作っている農家です。私も昔から手伝いをしていて、農閑期には別の仕事をしながら暮らしていました。
 日本に来たいと思ったきっかけは、農家での技能実習を経験した友人から「日本の農業はとても楽しいよ!」と聞いたことです。そこで技能実習先を斡旋する会社に登録したところ、アグレスを紹介してもらいました。
 アグレスでは技能実習生として3年間働き、その間に日本で結婚もしました。技能実習生としてのビザが切れたタイミングで一度フィリピンに戻りましたが、新しくビザを取得して日本に戻り、今度は社員としてアグレスに入社しました。技能実習生から社員になったのは、私が初めての例だそうです。
 
2)社員としてアグレスに入社を決めた理由
 社員の皆さんがフレンドリーで明るく、とても働きやすい環境だったからです。特に土屋社長は家族のように接してくれて、まるで社長が兄で、私たち技能実習生が弟のような関係性でした。日本に来て、他の農家の見学もしたことがありますが、そこは「仕事は仕事」と割り切っている雰囲気で、アグレスのような温かさを感じられる職場は他にないと感じました。だからこそ社員として、今後もアグレスで働きたいと思いました。
 
3)入社してから
 技能実習生時代は、主に収穫を担当していました。収穫の時期に合わせて長野・山梨・埼玉の農場を移動しながら、ほうれんそう・はくさい・レタス・キャベツ・トマトなど、さまざまな野菜の収穫を経験しました。ハウスの建設に携わったこともあります。
 社員になってからは埼玉事業部専属となり、トラクターやロータリーを使った耕うん、植え付けなど、機械作業を中心に担当しています。収穫期に技能実習生が来るときには、通訳も担当します。私はもともと機械に乗るのが好きだったので、自分から希望して積極的に操作方法を勉強し、技術を認めてもらったことで機械作業を任されるようになりました。
 社員になって6年目、農場長から声をかけてもらい副農場長になりました。正直、最初は自信がありませんでしたが、思い切ってチャレンジすることにしたんです。副農場長になり責任は増えましたが、その分、自分の裁量で仕事を進められる自由度も広がりました。「この機械がほしい」「この設備を導入したい」といった意見も通しやすくなり、最近では機械メンテナンス用の倉庫をつくりたいと提案して、いま実際に自分で建設を進めています。
 
4)異国での挑戦を支えてくれた、アグレスの仲間たち

 私にとって一番の挑戦は、言語の壁を乗り越えることでした。フィリピンと日本で合わせて6ヵ月の語学研修を受けましたが、仕事で使うにはやはり不十分で、最初の頃はミーティングに参加しても内容を理解しきれず、不安も大きかったです。でもアグレスのメンバーはとても親切で、質問をすればいつも丁寧に答えてくれ、個別に会話の練習にも付き合ってもらい、本当にありがたかったです。副農場長になってからは、出荷先など社外の人とのやり取りも増え、最初はすごく緊張していました。それでも農場長から「ちゃんと話せているから、自信を持って!」と背中を押してもらい、少しずつ自信を持ち話せるようになりました。
 言語の壁を乗り越えられたのは、仲間のサポートがあったからこそ。私のような海外出身のメンバーを受け入れてくれる風土も含めて、アグレスには挑戦を後押ししてくれる環境が整っていると感じます。

 
 (3)90歳でも働ける持続可能な雇用モデル「出来高払い」
 アグレスの事業拡大を支えるのは、約100人に上るパートスタッフの存在である。特筆すべきは、高齢者の方も現役で働いてくれており、最高齢は90歳の方であることだ。しかしながら、現在の雇用モデルを整備する前は、この多様性がスタッフ間の軋轢(あつれき)を生んでいた。ベテランと新人、あるいは年齢による体力差で、収穫量には3~4倍の差が出る。時給制では、その人の技術や成果に見合った賃金を払うことは難しく、どうしても一部から不満の声が出ていた。
 さらに、最低賃金が年々上昇する中で、経営者としてのジレンマにも直面していた。時給が1500円になれば、当然会社の経営としては、それに見合った成果を求めざるを得ない。しかし、それはアグレスが目指す「どんな人でも働ける職場」ではない。この二つの課題を同時に解決するために導入したのが、収穫量に応じて賃金を支払う「出来高払い」の仕組みである。
 この仕組みでは、1年目は、時給制で仕事の流れを覚える。2年目からは、本人の希望と適性に応じて「出来高制」へと移行する。成果が直接報酬に反映されるため、スタッフの中には月に30万円を稼ぐ人もいる。一方で、高齢などの理由で「マイペース」に働きたいというパートスタッフもおり、このような方は、「時給分の成果」というプレッシャーから解放される。スタッフは六つの班に分けているが、基本的に完全自由主義としており、7時40分の開始時間から17時(終了時間)までの時間帯で働ける時間に来てくれれば良いというルールにしている。運動会などで人が少ない時期などは、班のシフトを見て自主的に「少ないから出るわ」と言ってくれる人もおり、自動的に調整してくれている。
 パートスタッフの平均年齢は75歳となっており、高齢者の中には、稼ぐ人もいれば、他の人との交流場として、また、社会へ貢献していることに対しての価値を感じて働いてくれている人もいる(写真2)。
 この多様な現代において、それぞれの体力とペースに合わせて働き、「やりたい人」の意欲も尊重すると同時に、「マイペースにやりたい人」の居場所も守る、持続可能な雇用モデルとして、地域の雇用を支える一助となればと考えている。

タイトル: p036

4 おわりに

 現在、資材高騰もあり生産原価が上昇している。マルチ被覆やハウスに使うビニール類の安定調達も難しくなってきている。今後、全国の農家戸数はさらに減少し、全体としての野菜生産量が減少していくことも予想される。
 私は、今後は個々の農家のままではなく、農業をやりたい人材が集まって強い組織体となっていくことが求められると考えている。そのために、強い組織をつくっていくにはどうすれば良いか考えてきた。アグレスは、相手の気持ち・価値観・多様性を認め合うことを大切にし、一人ひとりの夢や想いを共有し、みんなで応援できる会社・組織でありたいという想いが、会社の根っこの部分を強くするのではないか。そう考え、行動に移しながら社員・パートスタッフ・技能実習生とともに成長してきた結果として、昨年度の売り上げにつながったと考えている。
 しかしながら、アグレスのここまでの道のりは、平坦なものではなかった。17期目(2022年度)までは、規模拡大、設備投資に資金を回し赤字が続いていた。21期目の今年、ようやくこれが実を結び売り上げが追いついてきたと感じている。
 せっかく新規就農した者が数年でやめてしまうという話を聞く。私の感覚的には、農業経営は10年サイクルで回ると考えている。最初の10年は、まずこらえ時である。その後半は、次の10年のための種まきをする。アグレスでも今年度の秋に、ほうれんそうのハウスを1.4ヘクタール(40棟)増やす予定である。チャレンジする姿を通じて、農業がまだまだ成長する産業であることを社内にも社外にも示したい。
 これからも、アグレスは生産者であることを「誇り」に持ち、挑戦という「フロンティアスピリッツ」を胸に、一人ひとりの夢を、会社としての成長を、そして日本の農業をアグレッシブに切り開いていきたい。