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【特集】次世代につなげる農業経営~持続可能な野菜生産へのヒント~ 野菜情報 2026年8月号

すべての農業者がデータを当たり前に活用する時代へ ~IoPクラウド「SAWACHI」による農業経営カイゼン~

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国立大学法人高知大学 IoP共創センター 副センター長/特任教授 岡林 俊宏
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1 はじめに SAWACHIとは何か

 高知県では、2013年から環境制御技術の普及に取り組んできた。各地域の農家の協力を得て、ハウス内のCO₂濃度・温度・湿度・日射量をデータ化し、栽培管理を日々カイゼンする実証試験を5カ年にわたって行った結果、なす・ピーマン・きゅうりなどいずれの品目においても、5~40%の増収効果が確認された。
 「データでカイゼンすれば増収できる」という確信が産地に広がる中、次の課題は「農家同士、あるいは農家と指導員間でのデータ共有・比較」だった。当時は、一部の機種を除き、各農家に設置された環境モニターの多くはインターネット未接続であり、指導員がUSBメモリを持ってハウスを回り、データを収集する必要があった。
 こうした中、高知県は2018年から、内閣府の地方大学・地域産業創生交付金の支援を受け、産学官連携プロジェクト 「IoP(Internet of Plants)」に取り組み、これまでブラックボックスであった光合成や蒸散といった作物の生理生態情報の可視化と、農家の営農に必要なさまざまな情報のフィードバックを行うためのデータ連携基盤IoPクラウド 「SAWACHI」を開発した。
 SAWACHIの愛称は、高知の伝統料理「皿鉢料理」に由来する。大皿に盛られた料理を囲み、それぞれが好きな料理を自由に選んで楽しむように、「欲しい情報を欲しい時に自由に活用できる」クラウドを目指して命名された。22年9月の本格稼働後、現在(26年5月時点)は出荷データで約3400戸、環境データで1600ハウスが接続され、利用農家は1800戸を超えている(表1)。
 

 
 SAWACHIには毎日、1)県内約300カ所の営農気象、2)ライバル県産と比較できる市況・単価、3)日々の量・等階級まで連携した30品目の出荷データ、4)約1600ハウスからの圃場(ほじょう)環境データ、5)AI(人工知能)で可視化された作物の光合成量・蒸散量・花数・実数・LAI(葉面積指数)などの生理生態情報などが自動的に集積・分析・配信されており、このほかに病害虫の予察や時期ごとの栽培・経営管理ポイントなどの営農ニュースなど―も各関係機関からタイムリーに配信されている。
 知的財産とも言える個々の農家のデータは、農家一戸一戸と県知事の間でデータ利用契約を締結した上でSAWACHIに集積され、個々の農家と県・JAグループの間で、より良い営農のために共有・活用できる仕組みとしている。また、県に申請すれば、農家間や生産部会など農家グループ間でのデータ共有も自由に設定できる。
 さらにSAWACHIの大きな強みは、全国14社・23機種(25年3月現在)の環境モニターなどから得られるデータを、メーカーや機種の違いを越えて一元的に集約・活用できる点にある(図1)。国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が運営する国のデータ連携基盤「WAGRI」とも連携しており、農林水産省が推進するオープンAPI(注1)整備の動きとも歩調を合わせている。これは、県が産学官連携の中心となって各機器メーカーの協力を得て構築したからこそ実現した仕組みであり、民間企業単独では難しいプラットフォームと言える。
(注1)アプリケーションやサービスの機能・データを外部から呼び出せるように公開し、異なるシステム同士をつなぐ仕組み。

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2 SAWACHIの利用料と自分専用のカスタマイズ

 SAWACHIのクラウドの運用経費は、主に県、また、一部はJAグループが負担し賄っている。現状では高知県内で営農している農家であれば、営農気象、市況、出荷量、ニュースなどの基本的なサービスは無料で利用できる。農家が負担する経費は、ハウス内の機器類やカメラなどを接続する場合の機器購入費用およびデータ送受信のための通信費用である。
 クラウドの運用経費についても農家が負担すべきという考え方もあるが、県内農家の98%以上が零細な家族経営であり、農業改良助長法の下で行う普及指導業務や、農協法の下で行う営農指導業務のツールとして利用しているSAWACHIの運用コストを農家から徴収することは、現実として難しい。
 個人的には、すべての農家が利用できる基本機能については、県の農業振興策の一つとして無料で継続す べきであり、一部の農家のみが利用する特別なカスタマイズ機能や、今後さらに開発が進む中で、接続機種や機能が限定されるメーカー専用機能、流通・販売マッチングなどの機能、生成AIと連動した個別コンサル機能などについては、売上額などに応じて課金できる機能として付加していくべきではないかと考えている。

3 SAWACHIを活用した農業経営カイゼン事例と効果

(1)利用農家は未利用農家より最大40%以上の増収
 高知県農業技術センター調査によると、SAWACHI利用農家569戸と未利用農家998戸の出荷量比較(令和5園芸年度:令和4年9月~翌8月)では、全品目で利用農家が著しく優位だった。なす・ししとうは10アール当たり出荷量が40%以上、きゅうり・ピーマンは25%以上、にらは22%、いずれも利用農家の方が多い結果となっている(図2)。


 
 高知県で栽培している野菜は、キャベツやだいこんなどのように定植後の収穫が1回のみという品目はほとんどなく、年間200~300日間収穫が続く果菜類などが中心である。これらの品目では、シーズンを通じて量・品質ともに安定生産を継続することが重要であるため、SAWACHIの活用により、日々の収量や等階級(A品率やLM比率など)の推移を確認しながら、時期や天候に応じた環境制御をデータに基づいて徹底することが可能となり、収量の増加と安定につながっている。
 
(2)農家毎のニーズに合わせたカスタマイズ
 SAWACHIの基本画面は、定型的なUI(ユーザーインターフェース)が中心であり、特にハウスの温度、湿度、CO₂などのセンサーデータは1ハウスのみの現在値表示が基本となっている。複数のハウスを使っている農家も多く、その場合には、表示させるハウスを都度選択しなければ画面を切り替えられないという問題があった。
 また、農家ごとに確認したい項目やその表示順序は異なる場合が多く、グラフや表の形式についても、見やすさや理解しやすさの組み合わせは個々に異なる。
 こうした個別ニーズに対応するため、SAWACHIには、基本場面とは別に詳細分析画面が用意されている。一定の制約はあるものの、必要なデータを自由に組み合わせてカスタマイズできるようになっている。
 写真に画面のカスタマイズ例を示した。



 
 この例は、1戸で8棟のハウスを経営している農家が、それらのハウスの温度・湿度・CO₂の現在値・最高値・最低値を1クリック・1画面でチェックできるようにしたものである。離れた場所にある複数のハウスのチェックも、瞬時にできるようになった。
 また、最大で28ハウスにセンサーを導入し、接続した大規模法人もある。各ハウスのボイラーの不稼働やカーテンの故障などによる異常値を簡単に検知できるようになったメリットは、労力面でもかなり大きいという。
 
(3)産地の実態を「見える化」してターゲット別にカイゼン
 SAWACHIのもう一つの大きな特徴は、産地全体の実態をデータで把握した上で、農家一戸一戸の課題に寄り添ったカイゼン指導が可能である点にある。
 高知県幡多農業振興センターによる高知県西部・幡多地域のきゅうり農家50戸(平均年齢58歳、10アール当たりの平均収量19.1トン)を対象とした取り組み事例を紹介する。
 農家を、1)環境測定+CO₂施用実施、2)環境測定のみ(CO₂施用なし)、3)環境測定なし―の3区分とし、さらに年齢・収量の観点から分析することで、産地の全体像を可視化できるようにした。
 平均収量以上の農家の大半は1)に分類され、とりわけ30~40代の若手農家は100%が測定装置を導入し、CO₂施用も実施しており、高い単収を上げている。一方で、収量が平均を下回る農家には、3)に該当する高齢生産者が多い(図3)。このような産地の「実態カルテ」をデータに基づいて容易に作成できるようになったことで、指導の優先順位や具体的対策を明確に示すことが可能となった。

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 この分析を基に農家を4グループに分類し、ターゲット別の指導を徹底できる。
 (グループ(1)):30~40代で機器導入済みだが、収量が平均以下となっている農家では、JA以外への出荷分が反映されていないケースがあり、実際の収量を正確に把握することが重要となる。幡多地区の場合、指導員が調査したところ、グループ(1)の農家は、JA以外への個人出荷を組み合わせており、実際の収量はグループ(4)と同レベルで、栽培管理に問題はなかった。
 (グループ(2)):50~60代前半でデータ測定未実施の農家は、ベテラン層であり、基本的な技術は有しており、今後  10年以上営農を継続できる層でもある。産地全体への普及に向けて重要なターゲットとなる。
 これらの農家が、データ駆動型を導入しない理由として「労力がないため、これ以上収穫量が増えても困るだけだ」という声をよく聞く。高知の促成栽培では単価の高い冬場の増収こそが鍵であり、日射量の少ない冬場は逆に労力に余裕があるはずだ。他の産地も含めて、導入をためらっている農家を個別に訪問していくと、研究会や広報誌での報告などを通じ、「データを測定して管理すると収量が増やせることは分かっている」というところが多かった。また、小面積の古いハウスが複数あって、それらのハウスの天窓や灌水(かんすい)装置などはほとんど自動化されておらず、手動で管理されているケースが多かった。
 データ駆動型を導入しない真の理由は、「労力がないから」ではなく、古いハウスがたくさんあって、窓の開閉も水やりも手動なので、「収量が増えると管理しきれなくなる」というのが本音だと感じた。こうした農家には、CO₂施用より先に「自動化装置の導入による省力化」を優先して提案した方が効果的な場合が多い。省力化によって労力的な余裕ができて初めて、データを見て栽培管理を見直す意欲が生まれる。
 (グループ(3)):70代中心で収量が平均以下の農家については、長年の経験と勘で栽培してきた層であり、新しい技術導入には慎重な生産者が多い。中には積極的にチャレンジしてくれる農家もあるが、データ駆動型を導入しても収量が平均を下回っている場合には、原因を分析し、カイゼン支援が必要である。過剰な負担とならない範囲で、省力化とデータ活用を組み合わせた提案が必要となる。
 (グループ(4)):データ活用により成果が出ている農家には、さらなる技術導入によるステップアップ支援を行うことで好循環が生まれる。
 幡多地域のある農家は、2017年に環境測定装置とCO₂発生装置を導入したところ、収量が13年の16トンから18年は23トン(約40%増)となった。手応えを感じた翌19年には日射比例灌水装置と点滴チューブを追加導入し、収量はさらに28トンに増加し、その後も安定した収量をキープし続けている。一つの技術導入で成功体験ができた農家は、次の装備・技術へと自発的にステップアップしていく好循環が生まれやすい(図4)。

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 現状のハウスのスペックと耐用年数、付帯設備の整備状況を把握した上で、環境モニターとCO₂発生装置の次にどのような設備と技術を導入するべきか、技術と経営の両輪でのコンサルテーションが重要となる。
 こうした個別カイゼン指導は1)現状・課題の把握→2)目標設定→3)必要技術の特定→4)装備の決定→5)投資額と補助事業の確認→6)目標収量との整合性確認―という六つのステップで進めている。これまで最も時間を要していた1)・2)の工程は、SAWACHIにより出荷実績がリアルタイムに可視化されることで大幅に効率化された。
 
 品目・栽培担当、経営担当、担い手担当がワンチームで取り組み、地域JAの営農指導員や市町村担当者、機器メーカーとも連携することで、より多くの農家へ効果的に訴求できる体制を整えることも大切だ。最大のポイントは、当事者である農家自身が主体性を持って積極的に考え、自らが責任とやる気を持って判断できるように取り組んでいくことだ。県には、それぞれの機器整備や技術導入に対して、どの程度の投資が必要で、どの程度増収につながるのかのデータがそろっていることも、データ駆動型農業を普及していく上での大きな強みとなっている。

4 さらに可能性を広げるSAWACHIの展開

(1)多様な産地・作目への広がり
 当初は施設園芸を中心にスタートしたSAWACHIであるが、対応機種の増加や電源のない露地圃場でも利用可能な機器の登場により、オクラ・しょうがなどの露地野菜、ユズ・ミカンなどの果樹、花き分野への導入も増加している。水分センサーを活用した夏場の高温・渇水対策のためのモニタリング利用も広がっており、施設か露地かを問わないデータ活用基盤へと進化している。
 
(2)高知県の枠を超える生理生態情報の可視化・活用と他県や海外への展開へ
 IoPプロジェクトでは、高知県と国立大学法人高知大学(以下「高知大学」という)が中心となり、なすやピーマンなど高知県の主要品目を中心に、さまざまな作物の生理生態情報の可視化・活用に取り組んできた。それらの動きは、高知県内にとどまらず着実に広がってきている。高知大学では、IoPに興味を持っていただいている他の大学や都道府県、あるいは農業法人などとの共同研究により、高知県ではほとんど生産されていないワイン用のブドウやトウモロコシ(スイートコーン)、ワサビなどについても、生理生態AIエンジンの開発・整備を進めてきた(表2)。


 
 それらの研究成果は、高知県内で栽培されている品目においてはSAWACHIに実装され、高知県で栽培されていない品目や研究段階においては、高知大学のIoP実証システムに実装され、提供・利用することができる。
 これまで広島県や岐阜県において、SAWACHIの一部の機能を活用したデータ共有などによる実証試験がトマトなどで実施されている。また、福島県の伊達市では、高知大学のIoP実証システムを活用して、いちごときゅうりでのデータ駆動型農業の実証に継続して取り組んできており、2026年度は、高知大学システム内に伊達市の専用環境を構築し、普及を本格化させている。
 伊達市の実証農家からは、個々にデータを活用するのみではなく、システムを通して農家同士でそれぞれのデータを共通言語として共有することができ、収量の推移や栽培管理の良かった点や悪かった点を積極的に情報交換することが効果的で楽しいと評価されている。
 高知大学では、さらにベトナム(日越大学)・インド(マハラナ・プラタップ園芸大学〈ハリヤナ州〉)などとも連携協定を締結し、海外展開の可能性も広がりつつある。
 
(3)カメラ画像と生理生態情報の活用
 リアルタイムの動画を活用した収穫用ロボット、ドローンや衛星からの画像を活用した生育予測システムなどの開発が進む中、IoPにおいても、四足歩行ロボットによる農作業代行の開発などにも取り組んできている。しかしながら、SAWACHIにおける画像活用は、機器の稼働や天窓・カーテンなどの開閉状態の確認および作物の生育状態と生理生態情報の可視化・活用の二つの目的を中心としてきた。また、大規模法人向けではなく、一般的なすべての農家への普及を目指しているため、コスト面から静止画像の活用を中心とした開発を進めてきた。
 SAWACHI開発当初は、専用のIPカメラ(ネットワークカメラ)を圃場内に設置して定点画像を経時的に収集し、モニタリングしていた。しかしながら、機器の稼働や作物の状態をモニタリングするだけならば、専用のIPカメラを利用するよりも、汎用的なWEB防犯カメラやペット用カメラなどとそれらのサービスを利用する方が圧倒的に安価に整備できる。そのため、SAWACHIでは、モニタリングするだけの機能は廃止することとした。
 一方、IoPのメインとなる生理生態情報の可視化・活用のための画像は、ある程度の解像度が必要であるため、安価なWEBカメラなどの利用では厳しい。そこで専用のIPカメラを準備し、ハウス内に定点設置して、画像収集・分析を継続した。IPカメラは解像度などに問題はなかったが、定点設置の場合、農作業や薬剤散布などにより位置がずれたり、レンズが汚れたりしてしまうトラブルが頻繁に発生してしまい、継続的な活用に課題があった。
 そこで、生理生態情報の可視化・活用には農家のスマートフォン内蔵のカメラを起動してもらい、その場で撮影し、SAWACHI/高知大学IoP実証システムに送信することで、分析・診断・フィードバックされる仕組みとして現在に至っている(図5、6)。





 
(4)SAWACHIに蓄積したデータが研究開発と社会実装をつなぐ
 SAWACHIには、2020年のプロトタイプ構築から現在に至るまで、ハウス内の環境データや収量データなどの大量のデータが蓄積されている。トップレベルの農家から平均的なレベルの農家、また、たまたま失敗してしまった農家の事例データなども蓄積されている。さらにリアルタイムでデータが自動収集・追加されていく仕組みを有しているため、つながる農家の圃場すべてで、仮説―実証―検証―見直しが行える状況にあると言っても過言ではない。
 この状況は、データ農業先進国のオランダにおいても成し得ていないレベルにある。あらゆる分野で生成AIの活用が一気に進む中、データを提供してくれる各々の農家と知事(高知県)との間で、データ利用契約に基づき、「各々の農家のより良い営農指導を行う目的であれば、高知県とJAグループこうちが常に連携し、集積されたデータをフル活用できる」メリットは大きい。さらには、「高知県の農業の発展につながる目的であれば、県と契約を結ぶことで県からのデータの第三者提供が可能」であり、「大学等の研究機関でのデータ利用や企業における機器やシステム開発、アプリケーションやサービス開発においてデータを活用できる」というフォーマットで集積されていることの意義は大きい。

5 他の自治体、他産業とも共有できるSAWACHIの仕組みへ

(1)SAWACHIのR&D(注2)機能を内製化
 高知県農業技術センターでは、数年前からSAWACHIと直接つながる研究開発用の農技センタークラウドを構築し、現場からのさまざまな要望に応えて、研究員自らが新たな機能を次々と開発・追加している。SAWACHI本体にはまだ実装されていないそれらの新機能を、データ駆動型農業の普及を担う普及指導員たちが自主企画研修で学ぶ。そして、それぞれの担当地域のやる気のある農家に、実際に使ってもらって、モニタリングしていきながら、さらにより良い機能・画面に進化させていく仕組みが育ってきている。この農技センタークラウドや、前述した高知大学のIoP実証システムは、まさにSAWACHIのR&D機能を内製化して担っていくことができるシステムとして充実してきている。
(注2)研究開発。Research and Developmentの略。
 
(2)他の自治体とのプラットフォーム共有
 SAWACHIに興味を持ってくれている自治体は30以上となっている。それらの自治体や大学の関係者と情報交換をするたびに「なぜ高知県では、農家が自分のデータを県に提供してくれるのか」と質問される。これについては、IPM(総合的病害虫・雑草管理)技術などの確立・普及などの成功体験がある農家が多く、新しい技術や困難な取り組みを確立・普及していくためには、「成功も失敗も皆で共有して進んだ方が早い」ことが認知されているからだと考えている。
 とはいえ、高知県内でデータを共有することに対してのコンセンサスはあるが、データをライバル県や全国で共有することに対してのコンセンサスは、病害虫の予察や対策情報以外ではほとんどないと言える。しかしながら、SAWACHIの普及において、データの共有は県内のみとしているが、SAWACHIが有する「データをセキュア(注3)に収集・蓄積する」と「データを分析・診断してフィードバックする」プラットフォームは、全国の自治体で共有した方が農家にとっても、自治体にとっても、連携接続しているメーカーにとってもメリットが大きい。
 大手のメーカーが、仕入れ先や顧客企業との間でデータ連携基盤を活用する例は多いが、関連する業界全体でメーカーの壁を越えてこれを活用する例はほとんどない。地域産業全体の振興やDX化を点ではなく面的に進めるために、メーカー主導ではなく、地方自治体が前に立ち、自治体の信頼の下で、事業者のデータをセキュアに預かる。そして、それらのデータを関連する産学官全体で共有・活用し、地域産業を活性化していく。県内の施設園芸農家の半数以上が参画しているSAWACHIは、そのロールモデルとなっていると言える。
(注3)データや電算システム、通信経路などが不正なアクセス・攻撃から保護され安全な状態にあること。
 
(3)農業者以外にもメリットをもたらすエコシステム
 高知大学では、高知工科大学と連携して、SAWACHIをさらに次のステージへ進化させるための研究開発を継続してきた。高知大学農林海洋科学部の強みとなっているさまざまな海藻の陸上養殖技術、遺伝子解析も含めた畜産技術、海洋コア(海底の堆積物や地層を円筒状に採取したサンプル)のあらゆる分野への応用技術などの研究開発においても、IoPの研究開発で培ってきたデータ活用のノウハウや、プラットフォームとしてのデータ連携基盤の必要性が高まっている。
 一方、SAWACHIには、これまでの産学官の英知が結集されているが、そのユーザーは県内で営農する農家のみと規定されているため、現在のままでは、企業での利用や大学での研究開発に直接活用することは難しい。また、農業に関係のないデータを集積・活用していくことも難しい。
 そこで高知大学では、新たな設計思想で農業分野のみならずさまざまな分野で集積される大量のデータを活用できる新たな研究開発データ連携基盤を2026年度に構築していく予定だ。
 産学官連携の強化により、データだけでなく、人同士のネットワークもつながって現場の生きた情報がリアルタイムでくるくる回るプラットフォームに育てていくことが次のステージになると考えている。

6 おわりに

 高知県内では、主要7品目の生産農家の約6割にデータ駆動型農業が浸透した一方で、残り約4割は未活用だ。60~70代でもデータを活用している農家は平均収量以上を上げているケースが多く、「苦手意識を克服して機器とデータ活用が定着できれば、収量増が実現できる」ことはデータが示している。
 IoPプロジェクトでは、農業経験やデジタルスキルの有無にかかわらず、誰もがデータの力を活用できる農業の実現を目指している。SAWACHIから得られる生理生態情報や作物の状態を、生成AIに日々学習させて、営農カイゼンの目安として活用する農家もいる。このままAIがどんどん進化していくと、指導員や研究員は必要なくなってしまうのではないか?という声もある。
 私は、むしろ逆だと思っている。指導員や研究員の仕事の仕方は変われど、その役割は増すと思っている。「常に一戸一戸の農家に寄り添い、データと観察によって何が課題で、どう解決していくかを農家と共に試行錯誤する中で、毎日新しい発見があり、成果が見えてくる」のだ。現場の生きたフィールドデータを制すれば、それが最高の伴走支援ツールとなる。すべての農業者がデータを当たり前に活用する時代へ。SAWACHIはその挑戦を続けている。
 
 
岡林 俊宏(おかばやし としひろ)
国立大学法人高知大学 IoP共創センター 副センター長/特任教授
【略歴】
1988年から37年間高知県庁にて勤務、農業技術センター、安芸農業普及センター、環境農業推進課などにて、IPM技術や次世代型農業の技術確立と普及に取り組む。
2020年からIoP推進監を務める。
2025年 高知県庁退職後、現所属にて勤務。