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【特集】次世代につなげる農業経営~持続可能な野菜生産へのヒント~ 野菜情報 2026年8月号

高齢化に立ち向かいなすの老舗産地を再生!                ~新品種とICTの導入で産出額増加~

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福岡県筑後農林事務所南筑後普及指導センター 植村 直人
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1 はじめに

 福岡県南筑後普及指導センター(以下「普及指導センター」という)の管内は、全国有数の冬春なす産地である。しかし、近年は、高齢化や長時間労働により栽培をやめる農家も多く、産地規模の縮小が懸念されていた。そこで、普及指導センターでは、平成29年度から関係機関と連携し、単為結果性(受粉や受精が行われなくても果実が肥大して形成される植物の性質)品種「PC筑陽」の導入と、情報通信技術(ICT)を活用した環境制御技術の推進に取り組むことで、産地拡大を図った。
 さらに、令和5年度以降は、燃油・肥料などの価格高騰に対応した低コスト管理技術の普及にも取り組み、増収技術導入から、持続的な産地維持に向けた取り組みへと活動を発展させている。

2 課題解決に向けた計画~新品種導入とICT活用を両輪で~

 普及指導センターの管轄地域は、福岡県の南西部に位置し、みやま市、大牟田市、柳川市、大川市、大木町の4市1町で構成されている(図1)。管内の筑後川・矢部川下流域周辺には、肥沃(ひよく)な土壌に恵まれた平坦地帯が広がっている。これらの地域では、水稲、麦、大豆に加え、なす、いちご、アスパラガスなどの施設園芸作物の栽培が盛んである。

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 特に、冬春なすは産地の歴史が古く、昭和35(1960)年ごろから栽培されている。現在、南筑後農業協同組合(JAみなみ筑後:みやま市、大牟田市)および柳川農業協同組合(JA柳川:柳川市)のなす部会に所属する農家数は、合計260戸、産出額は約40億円、栽培面積は66ヘクタール(令和6年産)である。なすの産出額は、いずれのJAにおいても園芸品目の中で最も高く、農業振興上重要な品目となっている。一方、栽培面積は高齢化や長時間労働の影響により、1で述べた取り組み開始前(平成28年産)までの10年の間に24%減少しており(図2)、産地規模の維持が喫緊の課題であった。
 


 
 このような中、労働作業時間の約30%を占める着果促進処理を省略できる「単為結果性品種」が開発された。この品種を導入することで、作業の大幅な省力化が期待されたが、この地域における栽培方法や適性が不明であった。また、この地域は冬季に低温寡照となりやすいため、生産者の経験や勘に頼る栽培管理では、草勢維持が不安定であった。この対策として、ICTを活用したハウス内の環境制御を検討したが、具体的な活用方法や技術体系が確立されていなかった。
 そこで、単為結果性品種の導入と、ICTを活用した環境制御技術の定着を両輪で推進することとし、産地規模の維持とイノベーションの活性化をスローガンに、なすの収量を平成28年度の10アール当たり15トンから、令和4年度は同18トンとすることを目標に掲げた。また、活動を着実に進めるため、目標達成のための取り組みを当初から普及指導計画に組み込み、平成29年度から令和4年度までの活動内容を整理した(図3)。


3 具体的活動の内容と成果~新品種「PC筑陽」導入編~

(1)新品種の導入、推進
ア 省力化新品種の選定

 当産地での栽培方法や適性が不明であった単為結果性品種に対しては、新規導入に慎重な農家が多かった。そこで、現場が抱く導入リスクを払拭するため、管内の栽培環境に適した単為結果性品種を客観的に評価・選定する実証()を設置した。そして、普及指導センター、JAみなみ筑後、JA柳川、全国農業協同組合連合会福岡県本部(JA全農ふくれん)、福岡県農林業総合試験場(以下「試験場」という)などで検討を重ねた結果、安定した単為結果性を有し、果形が安定し、秀品率が高い「PC筑陽」を選定した。
 
イ 新品種の栽培技術確立と普及活動
 導入当初は、「従来品種より樹勢が弱い」、「首細果の発生が多い」などの問題が見られたため、導入農家へのアンケート調査や、環境測定装置を活用した現地実態調査を行い(写真1)、試験場と連携して原因究明と対策技術の確立に取り組んだ。これらにより、新品種と従来品種の栽培環境特性の違いや問題の解決策を明らかにした(表1)。そして、その結果を基に、新品種に適した栽培管理方法に関する情報を講習会や現地検討会などで提供し、さらに、これらを「博多なす栽培の手引き」として取りまとめ、新品種の栽培技術の定着を図った。

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(2)短期間での品種更新
 PC筑陽の栽培技術の確立と普及指導活動により、収量が従来品種と同等以上になった農家が増え、高収量農家が増えたことで新品種に対する農家の認識が改まり、その栽培面積は年々増加した。新品種の導入面積は、本取り組み前(平成28年産)の0.2ヘクタール(管内全体の0.4%)から、普及計画第1期終了時(令和2年産)には300倍近い58.1ヘクタール(同88%)と大幅に増加した。その後も、PC筑陽は管内の主力品種として定着し、直近の令和6年産では65.1ヘクタール(同99%)となっている(図4)。
 単為結果性品種の導入により、全労働時間の約30%を占めていた着果促進処理が不要となり、作業負担が軽減され、規模拡大に取り組む農家も見られるようになった。


4 具体的活動の内容と成果~ICT活用編~

(1)ICTを活用した環境制御技術の推進
ア ICT研究会の体制整備

 新品種に適した環境制御技術を確立するため、環境測定装置を導入した農家4戸と普及指導センター、両JA、試験場、ICT機器メーカーなどで平成29年に「ICT研究会」を立ち上げた。同研究会では、環境測定装置のデータを全メンバーにオンラインで共有し、LINEを活用してリアルタイムに情報交換できる体制を整備した(図5)。


 
イ ICT研究会の活動
(ア)勉強会の開催

 ICT研究会では、定期的に勉強会を開催し(写真2)、温湿度や炭酸ガス濃度などの環境データに基づく栽培管理、環境制御機器の設定方法、EOD(日没後)加温や炭酸ガス施用などの新技術について情報交換を行った。

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(イ)個別面談の実施
 ICT研究会の会員農家を対象に、個別面談を年1回実施し、JAの出荷実績や環境モニタリングデータを整理した成績表(図6)を作成して、農家ごとの課題整理と次期作の目標設定を行った。


 
(ウ)LINEを活用した生育診断
 栽培環境と生育状態を併せて把握するため、スマートフォンで撮影した画像による生育診断を導入した。農家自身が撮影した画像と生育調査データを送信してもらい、普及指導センターが取りまとめて分析し、栽培管理のポイントをLINE上で共有する体制を整えた(図7)。これにより、効率的かつ定期的な生育状況の確認と、きめ細やかな情報共有が可能となった。


 
ウ ICT研究会員以外への支援
 両JAの生産部会全体の収量向上を図るため、平成31年に県域で作成された「『匠の技』実践マニュアル」や、令和3年に作成した「ICT導入の手引き」を活用し、環境制御技術の有益性を部会内に情報提供した(図8)。特に、低温寡照期の改善効果が高い炭酸ガス発生装置については、効果的な利用方法を周知し、補助事業も活用しながら導入を推進した。
 

 
(2)スマート農業の実装を牽引(けんいん)する組織の育成~収量・所得・研究会員の増加~
 ICT研究会では、栽培環境のモニタリングや生育診断、勉強会活動により、会員の間で環境制御に対する高い意識が醸成された。ハウス内の炭酸ガス濃度などの環境データや生育調査を基にした栽培管理が浸透し、農家同士で「夕方の炭酸ガスの濃度設定をどうしているか」、「葉面積を保つためにどのような整枝方法をしているか」といった会話をしているのがよく聞かれるようになった。さらに、農家自ら勉強会や先進地視察を行うようになり、農家が主体となる活動も活発化した。
 その結果、令和2年産の研究会員の平均収量は、10アール当たり20.5トンとなり、両JAの生産部会平均の同17.8トンを上回る成果が得られた。その後もICT研究会の会員平均収量は、両JAの生産部会平均を上回り続けている(図9)。
 

 
 また、研究会員の経営分析をしたところ、技術導入に伴い経費は増加したが、それ以上に収量が増加し、所得は向上した(表2)。さらに、両JAの生産部会全体の研修会でICT研究会の成果を情報提供し、環境測定装置の導入を推進したところ、平成29年産では4戸だった研究会員が、令和6年産には75戸に増加し、イノベーションの中核となる組織を育成することができた。
 現在もさらなる生産性向上を図るため、勉強会活動を継続して実施し、環境制御技術の普及拡大に取り組んでいる。

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5 再生した老舗産地

 図2の通り、平成19年産の87.7ヘクタールから28年産の66.7ヘクタールと、この10年間で24%減少したなすの栽培面積は、規模拡大を行う農家が増加したことにより減少は下げ止まり、令和2年産以降は横ばいで推移し、直近の6年産は66ヘクタールとなっている。
 また、新品種の栽培技術を普及するとともに、マニュアルなどを用いて、ICT研究会以外の農家も含めた産地全体での環境制御技術の推進を図ったことで、産地全体の環境制御に対する意識が高まった。その結果、増収効果が高い炭酸ガス発生装置の導入農家数は、平成28年産の5戸から令和2年産は89戸まで増加し、さらに直近の6年産では148戸まで増加し、全体の57%となった。
 さらに、両JAの生産部会全体の収量も向上し、平成28年産の10アール当たり16.5トンから、令和2年産では同17.8トンと約8%増加した(図9)。
 これらの取り組みにより、冬春なすの産出額は、平成28年産の35億円から令和6年産は40億円と、約15%増加した(図10)。
 

6 今後の普及活動に向けて

 今回の活動により、単為結果性品種「PC筑陽」は管内の主力品種として定着し、環境測定装置や炭酸ガス発生装置などを活用した栽培管理も広がりを見せている。その結果、冬春なすの作付面積の減少に歯止めがかかり、収量も増加したことから部会の産出額は増加し、地域の農業を牽引する品目となっている。
 一方、近年は燃油や肥料などの資材価格が高騰しており、単収向上だけでなく、生産コストを意識した栽培管理の重要性が高まっている。このため、令和5年度から7年度にかけては、これまでに導入・定着が進んだ環境制御技術を土台として、「環境制御技術及び低コスト管理技術を活用したなすの生産性向上」をテーマに掲げ、活動している。具体的には、ICT研究会や個別相談会を通じて環境測定データを活用した栽培管理の定着を図るとともに、展示圃の設置や現地検討会などにより、スマートCO₂施用(局所施用、換気連動施用)による光合成促進装置の効率的な利用などの省エネ技術、土壌診断に基づく施肥体系の見直しや低コスト肥料の利用を推進した。
 今後も、ICT研究会や研修会、現地検討会などを通じて、データを活用した栽培管理や低コスト管理技術の普及、新規栽培者への技術継承を進め、老舗なす産地として持続的な発展を図っていきたい。
 
 
 
植村 直人(うえむら なおと)
福岡県筑後農林事務所南筑後普及指導センター
【略歴】
平成31年4月 福岡県入庁、朝倉農林事務所久留米普及指導センター配属
令和6年4月 筑後農林事務所南筑後普及指導センター配属
園芸課 野菜第一係において冬春なす等の野菜品目を担当
現在に至る。