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【特集】次世代につなげる農業経営~持続可能な野菜生産へのヒント~ 野菜情報 2026年8月号

これからの農業経営のヒント~難易度の上がる農業経営の判断ポイント・課題を事例から学ぶ~

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青果流通経営コンサルタント 本田 茂
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【要約】

 農業経営は、規模が大きくなるほど、さまざまな要因や課題が複雑に絡み合い、その難易度が上がっていきます。本稿では、筆者が長年にわたり農家の経営支援をしてきた経験から、経営規模別に、新規就農、事業承継後の家族経営と法人化、正社員育成などの事例を紹介しつつ、農業経営において判断が必要な時にどうすべきか、また、経営を悪化させる農家の特徴などを分析し、報告します。

1 はじめに

 筆者は、平成7年に全国農業協同組合連合会園芸直販部(現:JA全農青果センター株式会社)に入会し、17年間青果物流通に携わった後、宮城県仙台市太白区秋保(あきう)という山形県との県境にある中山間産地に移住し、「農家の経営の町医者になる」というコンセプトを掲げて24年10月に独立開業しました。以降、約14年間にわたり農家の経営支援をしてきた経験から、農業経営の現状や課題について、事例などを交え紹介します。
 まず、農業経営の現状を知るために、農林業センサスから農業経営体を2025年と10年で比較して見てみます(表1)。この15年間で農業経営体数は、151万から78万と約半減しています。
 25年のデータを見ると、78万経営体のうち、販売規模が1千万円以下の経営体数が84%を占めています。また、3千万円以下の経営体はすべての層において減少していますが、3千万円を越える層はすべて増加しています。特に、5千万円以上の層は増加率が上がっています。これは、農地の集約や規模拡大、六次産業化などにより、軌道に乗った大規模経営者が、さらに経営拡大の方向に進んでいることを表しています。
 
タイトル: p002b

2 コンサルタントとしての気付き

 独立当初に農家を回りヒアリングをする中で気付いたのは、「今年の売上高はどのくらいですか?」、「今年の収支はどうなりそうですか?」との質問に、ほとんどの方が「分からない」と回答することでした。現場に忙しい農家の皆さんは、足元や未来の数字が見えない状態で、毎日農作業に追われています。
 そこで、筆者は、本年の品目ごとの面積や収穫量をヒアリングし、売上予測や収支予測、資金繰りを見えるようにすると、最初は皆さんキョトンとされていましたが、毎月繰り返し数字を確認していくことで数字と現場がひもづき、農家の士気が上がり、行動が変化しました。
 次に気付いたことは、家族経営を中心とする農家は関係が近くなり過ぎるということです。外から見たイメージは、仲が良く、定年もなく親子2世帯、3世帯で暮らしており、会社の上下関係やストレスのない生活でした。しかし、実際には一緒に仕事をする上で、家族ということから感情的になりがちだったり、次第に話をしなくなったりするケースが多いことに気付きました。そこで、筆者は毎月農家を訪問し、家族ミーティングの司会進行を行い、「足元と未来の数字を共有する」、「問題点はホワイトボードで共有する(家族の会話を「言った言わない」の水掛け論にしない)」、「全員の意見を引き出す」ということをしています。
 以降、筆者は、コンサルタントという第三者として、(1)数字を確認し経営に生かすこと、(2)家族経営であっても家庭ではなく職場として全員の意見を共有し経営判断を行うこと、この2点を重点として農家の支援を行ってきました。

3 経営が悪化する農家の特徴とは

 まず、経営が悪化する農家の特徴について解説します。少し暗い話題となりますが、東日本大震災や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大、米価下落からの令和の米騒動、ウクライナや中東での紛争とそれに伴う物価高騰、毎年の異常気象など、この15年間は外部環境の大きな変化の連続だったかと思います。そのような中で、筆者はさまざまな農家を見てきましたが、同じ外部環境下であっても、経営が悪化する農家には、いくつかの特徴があることに気付きました。筆者は東北の農家を中心に見てきましたが、他地域の方でも当てはまることが多いかと思いますので、「やってはいけないこと」、「注意した方がいいこと」という観点で読んでいただきたいです。
 
 経営が悪化する農家の特徴には、以下の五つが挙げられます。
(1)急激な規模拡大や新規品目への無理な変更
(2)身の丈以上の投資による資金繰りの悪化
(3)無理な雇用や問題のある雇用
(4)原価とかけ離れた契約取引
(5)事業主が一人で背負い決断
 
(1)急激な規模拡大や新規品目への無理な変更
 私がお会いした農家の方は、「利益が上がっていないのは、規模が足りないから」という思い込みから急激な規模拡大などを行う方が圧倒的に多く、特に男性やベテラン農家にその傾向が強いです。補助金などを活用し、ハウスの新設や農地拡大による急激な規模拡大を行うと、高い確率で経営を圧迫する要因となります。急激な規模拡大に当たり、新たな人員を雇用しても新しい人材を十分育成できず、これまでの作付面積であれば経験豊富なパート従業員や家族で栽培管理できていた範囲を大きく超えてしまい、全員が忙しく作業に追われ、その結果、チーム内のコミュニケーション不足や雰囲気の悪化といった問題も発生し、全体の生産効率が低下していきます。
 同様に、COVID-19の拡大など外部環境の変化に動揺し、今まで収量が安定していた品目の生産から、これまで栽培したことのない新規の品目に大きく面積を転換してしまうケースも見受けられます。新しい品目のため、地域の農業普及員のデータや経験も少なくアドバイスを得られず、その結果手探りとなり、栽培に失敗してしまうことがあります。「急激過ぎる」規模拡大や品目転換という経営方針の変更には、注意してください。
 
(2)身の丈以上の投資による資金繰りの悪化
 (1)の規模拡大とも関連しますが、今より利益を改善するには、大規模な投資が必要だと思い込み、急な設備投資を行うケースがあります。設備投資は、借入金により行うことが多いため、返済の負担も増加し、投資による減価償却費の負担が増え、赤字に陥りやすくなるという直接的な影響もあります。しかし、より深刻なのは、支出が先行して増える中で、生産管理不足により作物の病気の発生や収量減少が重なり、資金繰りが一気に悪化する悪循環です。また、設備投資に補助金を活用される場合が多いのですが、補助金の交付には、規模拡大や正社員雇用、法人化、新たな販路開拓、新たな品目を入れた複合経営を取り入れるなどの要件が設定されている場合があります。補助金活用のためにこれらの要件をクリアすることで、農業経営がうまくいく場合もありますが、経費が増加するケースも多く、大規模な設備投資のための借り入れや、無理な要件クリアをすると、結果としてうまくいかずに経営が悪化するケースが多いため、注意して取り組んで欲しいと思います。
 
(3)無理な雇用や問題のある雇用
 無理な雇用とは、地方では人材確保が難しく、ご縁があり正社員を希望する方が現れると、「これを逃すとせっかく応募してくれた人を逃してしまう」と思い、経営者の冷静な判断を曇らせ、経営規模を考えずに正社員雇用を決断してしまうことです。一定以上の規模であれば良いのですが、農業には農閑期があり、周年雇用はどうしても経費負けしてしまうことがあります。法人化をしていれば、社会保険料もかかります。周年雇用をするために手のかかる園芸品目を栽培して、販売規模は上がって見えても採算が合わない状況のまま、仕方なく継続雇用するケースも多いのです。
 また、問題のある雇用も、経営を悪化させる要因になります。規模拡大に伴いパート従業員の人数が増えてくると、人間関係の問題も複雑化します。パート従業員間の経験の差から、新人や他者に厳しくなる場合があります。その結果、職場全体の雰囲気が悪くなり人材が定着しなくなっていきます。しかし、農家は分かってはいても、現場作業ができる人を厳しく指導することができず問題を放置しがちです。人間関係の問題は、放置すると解決がより難しくなります。
 
(4)原価とかけ離れた契約取引
 「六次産業化や直接販売、契約販売による農家所得向上」という事例を、新聞やネット記事で目にする方も多いかと思います。農家などが、取引先と直接契約することも一般的になってきました。しかし、自社農場の生産原価を正確に把握しないまま、取引先の言い値で契約し、経営が悪化している事例を目にすることがあります。特に業務用野菜のシーズン契約も注意が必要です。業務用の野菜などは一見、「規格が簡素化され労力が減るので、価格が安くてもメリットがありそう」と、原価を計算しないまま契約しているケースもよく目にします。筆者が過去に見た事例では、材料費、労務費、配送費、減価償却費などの固定費を計算すると、1キログラム当たり400円かかっている原価に対して、同280円で契約していました。
 こうした無理な契約取引の背景には、主に以下の三つの心理的要因が考えられます。

ア.手間が省けることへの過大評価
 選別作業などが楽になると、単価が安くても得をしたように感じてしまう。
イ.原価意識の欠如
 自社の原価を計算せず、省力化につながるからと考え言い値で契約してしまう。
ウ.価格交渉への恐怖
 「この機会を逃せない」と提示された単価で契約したり、過去に値上げを要請して取引を止められた経験から、価格交渉することを恐れてしまう。
 
 これらのような、不利な契約条件での取引を「やめる」と言い出せず続けると、その間にも経営悪化は進んでしまいます。
 
(5)事業主が一人で背負い決断
 最後は、事業主(主に父や長男)が、家族の誰にも相談せずに、栽培規模や雇用、販売価格、投資など大事な事項を一人で意思決定しまうことです。資金繰りも一人で背負いこみ、急激な規模拡大や新規品目の栽培などの極端な計画を断行しがちです。特に高齢の男性ほど、「チーム全員が自分の持つ技術と同じようにできる」と理想を追いがちで、家族に相談すると反対されるため、一人で決断して事後報告というケースをよく目にしてきました。経営が悪化しても、家族がそのことを責めるとけんかになるので、誰も言い出せず、資金繰りが悪化してもぎりぎりまで外部に相談しないケースもあります。
 
 これらのような経営が悪化する特徴があったとしても、これまでは何とか乗り越えてこられた時代だったかもしれません。しかしながら、近年では、気候変動や家族の高齢化により今までと同じ作業ができない、加えて、外部環境の変化によりインフレが起こり、材料費や燃料費、人件費が上昇するなど、経営の難易度は上がっています。だからこそ、まずはここで紹介したような五つの「やってはいけないこと」に注意して、経営判断をして欲しいと思います。

4 販売規模別の事例からよく見られる農業経営の課題

 次に、私がこれまでに見てきた農家を販売規模(売上高)、後継者の有無で分類し、特徴・課題を表2に示しました。なお、筆者は農家には経費を含まない売上高でヒアリングをしていますが、言葉の混在を防ぐため本稿では販売規模を用います。

タイトル: p006
 
 (1)販売規模1千万円未満の農業経営の特徴とよく見られる課
 後継者がいないことが多く、高齢や兼業の農家も多数見られます。市場や地元の農業協同組合(以下「JA」という)への出荷が中心です。長年設備などに投資をしておらず、夫婦の高齢化などから、今後は経営の縮小を検討していることが多いです。

(2)販売規模1千万~2千万円の農業経営の特徴とよく見られる課題
 専業農家となり、家族内労働だけでは間に合わなくなるため、パート雇用が多くなります。後継者のいない農家は、規模拡大や設備投資に消極的で、経営の縮小を検討していることも多いです。一方、後継者がいる農家でも、販売規模が2千万円未満ではまだ規模が大きいとは言えず、従業員雇用や設備投資の費用回収への難しさを感じています。周年で出来る仕事の創出や、資金繰りの心配からどこかのタイミングで規模拡大や投資に踏み切るべきかを検討する農家と、現状維持で様子を見るかの農家に二分される傾向にあり、法人化や設備投資などに二の足を踏む農家が多いです。
 
(3)販売規模3千万~5千万円の農業経営の特徴とよく見られる課題
 正社員を雇用する販売規模になりますが、規模拡大に合わせた投資のため、借入金が多くなっています。設備投資の返済負担が大きくなることによる資金繰りの課題や、事業承継など人間関係の課題、親子での対立など家族間の意見がぶつかりがちです。規模拡大の効果が出てきており、十分な利益はありますが、「さらに稼ぐためにさらなる投資をすべきか」、「正社員を雇用するか」、「販売や資金繰りはどうするか」などの今後の方向性を決める判断が必要な課題が多く出てきます。雇用する人を増やし、家族やベテランパート従業員の技術力に追いつけるよう人材育成を急ぎ過ぎると、退職したり、閑散期には雇い負けしたりするなど、雇用面での課題対応が必要となります。また、この規模になると、法人化する農家も多くあります。
 
(4)販売規模5千万~1億円の農業経営の特徴とよく見られる課題
 販売規模が5千万円を超えて1億円に近づくと、正社員の人数が3~5人と増加していきます。周年雇用で法定福利の固定費も多くなりますが、勤務時間内で切り上げる正社員の意識と、作業を終わらせるまで続けるべきだという家族との温度差が顕在化していきます。また、パート従業員の人数が10人以上と多くなりますが、人数が増える分人間関係の問題が生じがちです。先述の通りパート従業員の経験の差により、職場内の雰囲気が悪くなることがあります。このため、パート従業員をまとめられる中間管理職的な正社員の人材育成などが課題となります。
 また、固定費が増加して収益率が下がると、さらに規模を大きくしようとする思考に陥りがちで、規模を縮小して効率を上げたり、原価を見直したりするという発想が出てこない傾向にあります。このため、繁忙期にオーバーワークが加速し、さらに生産効率が悪化するという悪循環になりがちです。設備投資での借入金が多い場合、返済期間の短い運転資金を借入れると資金繰りが悪化しやすいです。設備投資の減価償却費や正社員雇用の費用を補いながら経営を維持する必要があり、安定価格での販売など、販路が課題となります。
 この販売規模になると、複数農家が一緒に経営する法人なども増えてきますが、部門間の収支の違い、お互いの仕事の負担の不公平感から対立が生まれやすくなります。

5 経営の見直しや改善のための事例紹介

 次に、実際の事例で、農業経営の課題と支援内容とその結果などを見ていきます。
 
(1)事例1 新規就農者の成功事例
ア 状況

 首都圏から地方に移住して新規就農した農家(個人)の方で、就農4年目の時に経営相談を受けました。移住した地域は、にらで有名なブランド産地で、決算書を見ると販売規模は2000万円に到達し、利益も十分でした。10アール当たりの販売規模も地域平均に達しており、技術習得に大変な努力をしたと感じました。1600万円の借入金がありましたが、これは就農時の農地と中古ハウスの取得代金相当です。毎年の返済額は200万円で、利益から事業主の生活費を引くとギリギリでしたが、これからさらに設備投資を行い、規模を一段増やす計画を立てています。

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イ 課題
 家族(本人と母)だけでは、労働力が不足しており、地域内のパート従業員を数人雇用するものの、雇用に慣れておらず(外部に賃金を払うほどの規模ではなく雇用に抵抗感がある)、繁忙期はオーバーワークになりがちでした。
 
 一般的に新規就農の場合、(1)技術力不足、(2)新たに借りる農地の条件が悪いことが多く、当初の数年間は収量が思うように伸びず、収穫された農作物の規格も不安定で収益面が不安定、(3)収益不足になると、資金を蓄えられず、生活の維持ができなくなる、といった課題に直面することが多く、さらに(4)移住して新規就農する場合は、地域との交流やうまく溶け込めるか、といった課題もあります。実際には新規就農者で販売規模1千万円を超えるまでには、数年かかる方も少なくないのが現実です。
 
ウ 支援内容
 「これから設備投資を行い、規模を一段増やす計画したい」との相談に対し、筆者は規模拡大をして良いとの回答をしました。相談者の規模拡大の計画は、無理のない範囲で設計されており、また、本人が農業に対する手ごたえを感じ、充実感と未来の姿を描けている印象を十分に受けたからです。
 
 本事例の農家は、新規就農の課題を一つ一つ着実にクリアして良好な経営を行っていました。この事例が成功した要因となるポイントを紹介したいと思います。
【成功のポイント】
 前述の、一般的な新規就農における課題のうち(1)の技術力不足に対して、本農家は2年間、地域のベテラン農家(師匠)の下でしっかり技術を習得していました。
 次に、課題(2)の新たに借りる農地や新規就農をする地域選びについて、この農家は営農する地域をよく検討し、首都圏からにらの大産地へと移住し、営農を開始していました。また、地域が新規就農への援助を行っており、産地がにらの大産地であることから、JAや産地市場が競って庭先集荷や選別加工を行ってくれる環境にあり、労力を生産と一次選別に集中しやすい環境であることも大きな成功要因です。さらに、就農時には、「師匠」から農地と中古ハウスを購入し、収益が見込める安心できる農地で営農を開始していました。
 課題(3)の資金面については、青年就農給付金(現在は、就農準備資金・経営開始資金)の補助金を使いながら、修行時の生活費を一部確保し、行政からの住宅補助もありました。また、経営が軌道に乗ると、実家の母を呼び寄せて専従者とし、親子2人中心で労務費を抑えて頑張ってきました。売り上げの伸びに合わせてパート雇用を増やし、外国人研修生も1人採用するまでに成長しています。家族を中心に、無理のない雇用をし、今後の規模拡大を計画していました。
 本事例では、面倒をみてくれる師匠の存在や、地域が新規参入者を支援している点、息子の決断を応援して自ら移住した母親など、彼を応援する人の支えがあったことなどが成功を後押ししました。それでも、新規就農者が生活するには、まだ生活費と返済原資を稼ぐのがギリギリで、今後少しずつ身の丈に合った規模拡大と雇用増加をしていく計画です。経営は順調であるにもかかわらず、経営相談をして第三者の意見を聞く姿勢も含め、まさに新規就農者の成功事例だと高く評価しました。
 
(2)事例2 家族経営から法人化へ
ア 状況

 面談当時(平成29年頃)は、すでに両親から長男夫婦に事業を承継しており、水稲20ヘクタールに加え、桜桃(おうとう)、すいか、はくさいと多品目を栽培しており、利益も十分でした。最初に面談をしたのは長男の妻でした。話を聞くと、とても前向きな反面、農作業がかなりオーバーワークとなっていることに加え、経理から家族間の調整、パート従業員の人間関係まで悩みが多く、肉体的にも精神的にもそれらを自分一人で背負い込んでいる印象で、心配になりました。

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イ 課題
 後継者がいたことからすでに規模拡大を行っていましたが、パート雇用だけでは限界を迎え、春から晩秋まで家族間の業務がかなりのオーバーワークになっていました。事業主である長男は、地域からの信頼も厚く、JA青年部の役職なども務めていました。さらに、新たな園芸品目としてはくさいの契約取引に挑戦していました。
 また、家族間の対立やコミュニケーション不足も問題となっていました。息子を一人前と認めない父と、その父に反発する息子との間で、事業承継後も対立が続いていました。親と長男夫婦の二世帯同居だったため、長男の妻の気苦労は家庭内でも継続し、常に心が休まらない状況でした。近くに住む次男は、正社員での雇用という形でした。
 次男以外にも正社員が1人おり、繁忙期にはパート従業員も多く雇用していましたが、この正社員やパート従業員に前事業主である父からの指示が出されることがあるため、現場が混乱することも多発していました。
 水稲の規模拡大(現在は27ヘクタール)に伴い、積極的に設備更新をしてきたため、借入金が多くなっていました。不安を感じる長男の妻をよそに、男性陣は、さらに投資と借り入れを増やしていきました。令和3年の米価下落により水稲の収入が減り、正社員を2人雇用するための固定費も重く、膨れ上がった返済額から資金繰りは悪化し、これまでの貯蓄を食いつぶす状況となっていました。
 
ウ 支援内容
 本事例では、状況から見て、長男の経営者としての意識醸成、家族間の公私の区別、数字管理など、経営を根本から変える必要性から法人化を検討していたため、筆者はこの法人化に当たっての伴走を行いました。
【改善のポイント】
(ア)法人化による見える化
 法人化後は、1)職場のチームで時間を設定してミーティングを行うこと、2)社内の規程やルールを整備すること、3)雇用契約の内容を書面で明確にすること、4)年度末までためがちであった会計は、顧問税理士に依頼して月次決算を行い、必要な助言をもらうこと―などを話し合って決め、実行するようになりました。顧問税理士との定期面談で会計を見てもらい、筆者とは部門別計算や損益計画、資金繰りの見える化を行い、契約取引をJAと行うなど1つずつ実施したことにより、長男の経営に対する考え方が変わっていきました。「経営者として成長すること」こそが、法人化のメリットだと感じた事例です。
 また、資金不足の中でしたが、仕事と家庭をきちんと区別するため倉庫を一部改修して事務所を作りました。家庭と職場を分けてから、事務所に来訪する外部の客が増え、仕事については事務所で夫婦が話すことが増えました。
(イ)経営陣としての意識醸成
 社長となった長男は、もともと包容力があり、人を必要以上に追い込まない人柄である反面、曖昧にしておくことも多く、これが規模拡大に伴い人の管理の問題、資金繰りの問題などを表面化させましたが、自分が苦手とすることにも向き合うなど経営者としての意識が徐々に変化しました。
 また、次男の処遇を正社員から役員に昇格させ、以前より役割を増やしていきました。これを機に、自覚をもって行動するように変化しています。まさに「立場が人を変える」です。このように成長していく長男や家族に対し、父には頼もしいと思う気持ちと、長年こだわりを持ってきた自分のやり方を変化させていくことや委ねる寂しさの両方があり、心境は複雑だと思います。筆者は、無理に親子の距離を縮めなくても、「負けてたまるか」と思える感情は、仕事への原動力になると思います。
 
(3)事例3 正社員を経営者の右腕に育成
ア 状況

 本事例の農家は、野菜苗を生産し販売しており、これが売り上げの9割を占めています。長女の父に当たる先代が野菜苗を作り始め、自ら直接店舗に売り込みにいき、次第に規模拡大していきました。
 長女とその夫は、大学の農学部の研究室で出会い、夫は博士号を取得した後、研究職に就きましたが、その後、妻の実家が営む農業を継ぐ決意をして婿入りしました。他県の兼業農家に生まれた夫は、穏やかな人柄ですが、就農してからの8年間、妻の父が何をするにも介入し、なかなか一人前と認められず、厳しい指導に耐える日々で、妻は夫が農業を続けていけるか心配の毎日だったようです。

タイトル: p010
 
イ 課題
 研究職を辞めて、嫁の実家に婿入りし就農した当初は、身も心も農業に打ち込む覚悟で義父の考えを学ぼうとしましたが、当初は義父のトップダウン型経営で、仕事の計画や指示もすべて義父が中心で、昭和の根性論的に終わりの見えない作業を力尽きるまで頑張れと指示されるやり方が続きました。就農して8年目に、義父から経営委譲されましたが、その後も長女の夫は事業主というよりは、義父の指示を正社員やパート従業員に伝える中間管理職のような立場になっていました。このような課題はありますが、この夫婦は個人事業主のままで、しかしながら雇用する正社員の待遇は良いものとしてあげたいという希望がありました。
 
ウ 支援内容
 本事例では、正社員を5人雇用していることから、チームで情報を共有し作業指示の見える化を進められるよう、ホワイトボードを用いた作業計画で、毎日の作業を進めることとしました。また、正社員が自分で考え、動けるようになる人材育成を行うようアドバイスをしました。
【成功のポイント】
 当初は、家族の朝・昼・夜の食事の時間が打ち合わせ時間となっていましたが、家庭と仕事の時間を分けるため、食事を別にし、家庭内で仕事の話をすることを減らしました。その代わり、朝礼を導入しました。朝礼では、その日の作 業計画を見える化したホワイトボードを見て、チームそれぞれの役割とその日の仕事を確認しました。
 長女の夫は、正社員に仕事を任せることを意識し、まず、正社員の中から主任を任命し、主任とは二人三脚で毎日、翌日の作業計画や一週間の計画を立て、仕事の課題や問題点についても相談します。また朝礼やメインの仕事、毎日の作業計画の作成を主任に任せたところ、徐々に主任としての自覚や自信を持つようになり、数年後には社長が不在でも仕事はスムーズに進行するようになり、他の社員からも信頼されています。単なる「丸投げ」ではなく、信頼関係の上に「任せる」ことが、社員の成長とモチベーションアップにつながっているという点が重要です。
 また、従業員の労働環境の改善を行うべく、時給制を月給制にし、有給制度を設けました。さらに、年間の労働計画(出勤、休日の日数)を立て、希望する日に休みを取れるようなシフト制も整備しました。
 この経営体は法人化はしていませんが、夫婦で正社員を大事に育てるために社会保険適用事業者となり、公務員の賃金や賞与水準を意識した処遇改善を行っています。
 このような、作業の見える化や計画的な作業指示、労働環境の改善などから、スタッフからの信頼が高まり、次第に夫婦主導で仕事を進められるようになりました。義父との関係もお互いを変えようとすることをやめ、家庭と仕事を少し区切り、価値観や考え方の違いを認め、それぞれの立場を尊重することが関係改善につながりました。

6 おわりに

 これまでに見てきた農業経営を営む上での課題を再整理すると、(1)数字の把握、(2)資金繰り、(3)家族間・スタッフ間のコミュニケーション、(4)事業承継・法人化、(5)雇用・人材育成-などがあげられます。特に(5)の雇用については、スタッフの数が増えることで、人間関係の問題も複雑化します。いくつかの事例を紹介しましたが、農業経営は規模が大きくなるほど、複数の要因や課題がより多く絡み合い、経営の難易度が上がっていきます。一口に「規模拡大」や「法人化」と言っても、その裏では課題を乗り越えるために経営者の意識を変えたり、苦労を乗り越えてきた家族・チームのドラマがその数だけあります。
 筆者の肌感覚としては、販売規模3千万~5千万円くらいの経営体は、比較的経営が安定しやすい規模帯です。さまざまな人員の課題や投資の返済も乗り越えるべく、家族で一致団結し、時にぶつかり合いながら、成長している農家が多く、家族経営にとって、課題を乗り越えられる規模かと思います。
 今後、農業人口が大幅に減少すると予想されている現在、規模拡大を含め新たなチャレンジをする方に補助金のメニューが用意されています。行政からの補助金には要件がありますが、「補助金をもらえるから今しかない」という焦りや「自分一人で何とかしなければ」という思い込みにより急激な方針転換をすることは経営の悪化を招きます。成功している経営者は、「一足飛びの事業拡大」のリスクを知っており、無理のある拡大路線は避け、チームの成長に合わせて一歩ずつ着実に事業を発展させています。規模拡大、六次産業化、新規事業への挑戦、そのいずれにおいても、経営者が一方的に無理を強いるのではなく、チームで課題を一つ一つ乗り越えながら、組織全体の成長と共に事業を前進させて欲しいと願っています。もし、ご自身の経営に少しでも思い当たる節があれば、一度立ち止まり、客観的に状況を見つめ直す時間を作ってみてください。そして、ご家族や信頼できるスタッフ、あるいはわれわれのような外部の専門家と一緒に、決算書などデータに基づいた経営方針を話し合ってみてください。数字に基づいた冷静な対話とチームワークが、持続可能な経営を築くための最も確実な一歩となるはずです。
 本稿が、農業経営におけるそれぞれのターニングポイントで、経営判断の一助となれば幸いです。
 
 
 
本田 茂(ほんだ しげる)
青果流通経営コンサルタント
HS経営コンサルティング株式会社 代表取締役
【略歴】
 平成7年全国農業協同組合連合会入会後17年間青果物流通の最前線に立つ。全国のJAから野菜を集め、大手量販店、生協に販売する大卸と仲卸の業務を併せ持つJA全農青果センター株式会社に勤務。日々変動する相場と需給の中で直近では26億の販売実績を持つ。
 平成24年9月末でJA全農を円満退職し、17年間の青果物流通の経験と中小企業診断士の資格を活かし、農業経営支援・青果卸売市場流通の分野に特化したコンサルタントとして独立する。
 不確定要素の多い農業経営の分野でも、ビジョンと目標の設定、予測損益と毎月の進捗管理および人材育成を農業経営者に寄り添いながら、強い経営体作ることを支援する。
 農業経営を良くするには、(1)未来の数字を見える化する、(2)毎月のミーティングでチーム力を高めること。この2点に特化している。家族や社員を大事にする家族経営の農家に頼りにされる「農家の町医者」を目指して活動している。千葉県我孫子市出身。仙台市秋保町在住。
【主な執筆実績・活動】
研修・講演:山形県アグリウーマン塾、女性農業者向けの事業計画作成研修、「決算書の向き合い方」「損益分岐点・原価計算」「利益をあげるために抑える4つの数字」「資金繰り表で経営の不安をなくす」「販売提案書作成とバイヤーや市場担当との商談の仕方」「事業計画の作成手法」「採用と人材定着」「家族経営の事業承継」他
執   筆:農経新聞社「誰でもできる青果物営業のマニュアル」他