次に、実際の事例で、農業経営の課題と支援内容とその結果などを見ていきます。
(1)事例1 新規就農者の成功事例
ア 状況
首都圏から地方に移住して新規就農した農家(個人)の方で、就農4年目の時に経営相談を受けました。移住した地域は、にらで有名なブランド産地で、決算書を見ると販売規模は2000万円に到達し、利益も十分でした。10アール当たりの販売規模も地域平均に達しており、技術習得に大変な努力をしたと感じました。1600万円の借入金がありましたが、これは就農時の農地と中古ハウスの取得代金相当です。毎年の返済額は200万円で、利益から事業主の生活費を引くとギリギリでしたが、これからさらに設備投資を行い、規模を一段増やす計画を立てています。
イ 課題
家族(本人と母)だけでは、労働力が不足しており、地域内のパート従業員を数人雇用するものの、雇用に慣れておらず(外部に賃金を払うほどの規模ではなく雇用に抵抗感がある)、繁忙期はオーバーワークになりがちでした。
一般的に新規就農の場合、(1)技術力不足、(2)新たに借りる農地の条件が悪いことが多く、当初の数年間は収量が思うように伸びず、収穫された農作物の規格も不安定で収益面が不安定、(3)収益不足になると、資金を蓄えられず、生活の維持ができなくなる、といった課題に直面することが多く、さらに(4)移住して新規就農する場合は、地域との交流やうまく溶け込めるか、といった課題もあります。実際には新規就農者で販売規模1千万円を超えるまでには、数年かかる方も少なくないのが現実です。
ウ 支援内容
「これから設備投資を行い、規模を一段増やす計画したい」との相談に対し、筆者は規模拡大をして良いとの回答をしました。相談者の規模拡大の計画は、無理のない範囲で設計されており、また、本人が農業に対する手ごたえを感じ、充実感と未来の姿を描けている印象を十分に受けたからです。
本事例の農家は、新規就農の課題を一つ一つ着実にクリアして良好な経営を行っていました。この事例が成功した要因となるポイントを紹介したいと思います。
【成功のポイント】
前述の、一般的な新規就農における課題のうち(1)の技術力不足に対して、本農家は2年間、地域のベテラン農家(師匠)の下でしっかり技術を習得していました。
次に、課題(2)の新たに借りる農地や新規就農をする地域選びについて、この農家は営農する地域をよく検討し、首都圏からにらの大産地へと移住し、営農を開始していました。また、地域が新規就農への援助を行っており、産地がにらの大産地であることから、JAや産地市場が競って庭先集荷や選別加工を行ってくれる環境にあり、労力を生産と一次選別に集中しやすい環境であることも大きな成功要因です。さらに、就農時には、「師匠」から農地と中古ハウスを購入し、収益が見込める安心できる農地で営農を開始していました。
課題(3)の資金面については、青年就農給付金(現在は、就農準備資金・経営開始資金)の補助金を使いながら、修行時の生活費を一部確保し、行政からの住宅補助もありました。また、経営が軌道に乗ると、実家の母を呼び寄せて専従者とし、親子2人中心で労務費を抑えて頑張ってきました。売り上げの伸びに合わせてパート雇用を増やし、外国人研修生も1人採用するまでに成長しています。家族を中心に、無理のない雇用をし、今後の規模拡大を計画していました。
本事例では、面倒をみてくれる師匠の存在や、地域が新規参入者を支援している点、息子の決断を応援して自ら移住した母親など、彼を応援する人の支えがあったことなどが成功を後押ししました。それでも、新規就農者が生活するには、まだ生活費と返済原資を稼ぐのがギリギリで、今後少しずつ身の丈に合った規模拡大と雇用増加をしていく計画です。経営は順調であるにもかかわらず、経営相談をして第三者の意見を聞く姿勢も含め、まさに新規就農者の成功事例だと高く評価しました。
(2)事例2 家族経営から法人化へ
ア 状況
面談当時(平成29年頃)は、すでに両親から長男夫婦に事業を承継しており、水稲20ヘクタールに加え、
桜桃、すいか、はくさいと多品目を栽培しており、利益も十分でした。最初に面談をしたのは長男の妻でした。話を聞くと、とても前向きな反面、農作業がかなりオーバーワークとなっていることに加え、経理から家族間の調整、パート従業員の人間関係まで悩みが多く、肉体的にも精神的にもそれらを自分一人で背負い込んでいる印象で、心配になりました。
イ 課題
後継者がいたことからすでに規模拡大を行っていましたが、パート雇用だけでは限界を迎え、春から晩秋まで家族間の業務がかなりのオーバーワークになっていました。事業主である長男は、地域からの信頼も厚く、JA青年部の役職なども務めていました。さらに、新たな園芸品目としてはくさいの契約取引に挑戦していました。
また、家族間の対立やコミュニケーション不足も問題となっていました。息子を一人前と認めない父と、その父に反発する息子との間で、事業承継後も対立が続いていました。親と長男夫婦の二世帯同居だったため、長男の妻の気苦労は家庭内でも継続し、常に心が休まらない状況でした。近くに住む次男は、正社員での雇用という形でした。
次男以外にも正社員が1人おり、繁忙期にはパート従業員も多く雇用していましたが、この正社員やパート従業員に前事業主である父からの指示が出されることがあるため、現場が混乱することも多発していました。
水稲の規模拡大(現在は27ヘクタール)に伴い、積極的に設備更新をしてきたため、借入金が多くなっていました。不安を感じる長男の妻をよそに、男性陣は、さらに投資と借り入れを増やしていきました。令和3年の米価下落により水稲の収入が減り、正社員を2人雇用するための固定費も重く、膨れ上がった返済額から資金繰りは悪化し、これまでの貯蓄を食いつぶす状況となっていました。
ウ 支援内容
本事例では、状況から見て、長男の経営者としての意識醸成、家族間の公私の区別、数字管理など、経営を根本から変える必要性から法人化を検討していたため、筆者はこの法人化に当たっての伴走を行いました。
【改善のポイント】
(ア)法人化による見える化
法人化後は、1)職場のチームで時間を設定してミーティングを行うこと、2)社内の規程やルールを整備すること、3)雇用契約の内容を書面で明確にすること、4)年度末までためがちであった会計は、顧問税理士に依頼して月次決算を行い、必要な助言をもらうこと―などを話し合って決め、実行するようになりました。顧問税理士との定期面談で会計を見てもらい、筆者とは部門別計算や損益計画、資金繰りの見える化を行い、契約取引をJAと行うなど1つずつ実施したことにより、長男の経営に対する考え方が変わっていきました。「経営者として成長すること」こそが、法人化のメリットだと感じた事例です。
また、資金不足の中でしたが、仕事と家庭をきちんと区別するため倉庫を一部改修して事務所を作りました。家庭と職場を分けてから、事務所に来訪する外部の客が増え、仕事については事務所で夫婦が話すことが増えました。
(イ)経営陣としての意識醸成
社長となった長男は、もともと包容力があり、人を必要以上に追い込まない人柄である反面、曖昧にしておくことも多く、これが規模拡大に伴い人の管理の問題、資金繰りの問題などを表面化させましたが、自分が苦手とすることにも向き合うなど経営者としての意識が徐々に変化しました。
また、次男の処遇を正社員から役員に昇格させ、以前より役割を増やしていきました。これを機に、自覚をもって行動するように変化しています。まさに「立場が人を変える」です。このように成長していく長男や家族に対し、父には頼もしいと思う気持ちと、長年こだわりを持ってきた自分のやり方を変化させていくことや委ねる寂しさの両方があり、心境は複雑だと思います。筆者は、無理に親子の距離を縮めなくても、「負けてたまるか」と思える感情は、仕事への原動力になると思います。
(3)事例3 正社員を経営者の右腕に育成
ア 状況
本事例の農家は、野菜苗を生産し販売しており、これが売り上げの9割を占めています。長女の父に当たる先代が野菜苗を作り始め、自ら直接店舗に売り込みにいき、次第に規模拡大していきました。
長女とその夫は、大学の農学部の研究室で出会い、夫は博士号を取得した後、研究職に就きましたが、その後、妻の実家が営む農業を継ぐ決意をして婿入りしました。他県の兼業農家に生まれた夫は、穏やかな人柄ですが、就農してからの8年間、妻の父が何をするにも介入し、なかなか一人前と認められず、厳しい指導に耐える日々で、妻は夫が農業を続けていけるか心配の毎日だったようです。
イ 課題
研究職を辞めて、嫁の実家に婿入りし就農した当初は、身も心も農業に打ち込む覚悟で義父の考えを学ぼうとしましたが、当初は義父のトップダウン型経営で、仕事の計画や指示もすべて義父が中心で、昭和の根性論的に終わりの見えない作業を力尽きるまで頑張れと指示されるやり方が続きました。就農して8年目に、義父から経営委譲されましたが、その後も長女の夫は事業主というよりは、義父の指示を正社員やパート従業員に伝える中間管理職のような立場になっていました。このような課題はありますが、この夫婦は個人事業主のままで、しかしながら雇用する正社員の待遇は良いものとしてあげたいという希望がありました。
ウ 支援内容
本事例では、正社員を5人雇用していることから、チームで情報を共有し作業指示の見える化を進められるよう、ホワイトボードを用いた作業計画で、毎日の作業を進めることとしました。また、正社員が自分で考え、動けるようになる人材育成を行うようアドバイスをしました。
【成功のポイント】
当初は、家族の朝・昼・夜の食事の時間が打ち合わせ時間となっていましたが、家庭と仕事の時間を分けるため、食事を別にし、家庭内で仕事の話をすることを減らしました。その代わり、朝礼を導入しました。朝礼では、その日の作 業計画を見える化したホワイトボードを見て、チームそれぞれの役割とその日の仕事を確認しました。
長女の夫は、正社員に仕事を任せることを意識し、まず、正社員の中から主任を任命し、主任とは二人三脚で毎日、翌日の作業計画や一週間の計画を立て、仕事の課題や問題点についても相談します。また朝礼やメインの仕事、毎日の作業計画の作成を主任に任せたところ、徐々に主任としての自覚や自信を持つようになり、数年後には社長が不在でも仕事はスムーズに進行するようになり、他の社員からも信頼されています。単なる「丸投げ」ではなく、信頼関係の上に「任せる」ことが、社員の成長とモチベーションアップにつながっているという点が重要です。
また、従業員の労働環境の改善を行うべく、時給制を月給制にし、有給制度を設けました。さらに、年間の労働計画(出勤、休日の日数)を立て、希望する日に休みを取れるようなシフト制も整備しました。
この経営体は法人化はしていませんが、夫婦で正社員を大事に育てるために社会保険適用事業者となり、公務員の賃金や賞与水準を意識した処遇改善を行っています。
このような、作業の見える化や計画的な作業指示、労働環境の改善などから、スタッフからの信頼が高まり、次第に夫婦主導で仕事を進められるようになりました。義父との関係もお互いを変えようとすることをやめ、家庭と仕事を少し区切り、価値観や考え方の違いを認め、それぞれの立場を尊重することが関係改善につながりました。