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話題 野菜情報 2026年5月号

子どもが憧れる「かっこいい農業」を目指して~北海道長沼町・桂農場~

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桂農場 代表 桂 光
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1 はじめに

 「子どもが憧れる農業」と聞くと、最新機械や広大な圃場(ほじょう)といった華やかなイメージを思い浮かべる方も多いでしょう。しかし、桂農場が目指している「かっこいい農業」とは、見た目の話ではありません。私は、「かっこいい農業」とは、仕組みで実現する働き方だと考えています。
 稼げて、休めて、やりがいを持って働けること。それを個人の根性や努力ではなく、組織の仕組みとして実現することです。
 私は平成25年に就農しました。当初、農業は社会に必要とされる素晴らしい仕事だと信じて現場に立ちましたが、現実は長時間労働で賃金は低く、休みも取りづらいという厳しいものでした。この構造を変えなければ、農業は若い世代に選ばれない。そう強く感じたことが、経営を学び、組織づくりに取り組む原点となりました。
 そこで取り入れたのが、会社員時代に学んだPDCA(注1)の考え方とKPI(重要業績評価指標)(注2)による数値管理です。感覚や精神論に頼るのではなく、事実を数値で捉え、改善を積み重ねる。その先に、「農業で(ゆかり)ある人達を豊かにする」という理念を据え、高品質な作物を安定的に生産し、利益を出しながら、役割分担によって休みも確保できる農業を目指してきました。
 本稿では、北海道長沼町で多品目経営を行う桂農場が、どのようにして生産性と安定性を両立し、子どもが憧れる農業像に近づこうとしているのか、その経営の考え方と実践を紹介します。
(注1)Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(確認)→ Act(改善)の4段階を繰り返して業務を継続的に改善する方法。
(注2)Key Performance Indicatorの略で、組織やプロジェクトの目標達成度を測定するための具体的な指標。

2 桂農場の概要と多品目経営への転換

 桂農場のある北海道長沼町は、新千歳空港から車で30分、札幌から車で50分程度の場所に位置し(図1)、冷涼な気候という地域特性を生かした農業経営を行っています。
 花きと露地野菜を組み合わせた多品目経営が特徴であり、単に多くの作物を作るのではなく、気候に最も適した作物を、最も適した時期に生産する作型を組むことを重視しています(図2)。
 
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 就農当初の経営規模は約23ヘクタール、総収入は約7000万円でした。そこから規模拡大と経営改善を重ね、現在は約43ヘクタール、総収入は約4億円規模にまで成長しています。就農から13年が経過した現在、この成長は単なる面積拡大によるものではありません。
 花き生産では、北海道の冷涼な気候を最大限に活用し、作期ごとに適した品目を選択しています。価格変動が大きい花は、特定の市場に集中させると暴落リスクが高まるため、全国10~15の市場に分散出荷する体制を構築し、需給バランスを調整しています。これが、多品目でありながら、リスクを分散し、収益の安定化を図る仕組みです。
 一方、露地野菜では、ブロッコリーと長ねぎを高収益作物として位置付けています。桂農場では、作物選定において販売単価だけを見ることはしません。価格×数量×労務時間という総合的な視点で需要を捉え、再生産性と拡張性が見込めるかどうかを判断基準としています。
 ブロッコリーに本格的に取り組んだ背景には、就農当初の制約がありました。利便性の高い立地と生産意欲の高い担い手の存在により、農地の需要が高い長沼町では、農地の新規取得が容易ではなく、土地利用型作物だけでは売り上げを伸ばすことに限界がありました。また、施設園芸で規模を拡大するには、多額の投資が必要で、当時の収益状況では現実的ではありませんでした。
 その中で、地域にはブロッコリーの販売インフラが整っており、水稲や小麦の単収が10アール当たり約10万円とされる時期に、ブロッコリーは同約30万円が見込める作物として注目されていました。面積拡大にはさまざまな制約があっても、ブロッコリーを作るかどうか、どう改善するかは、自分の努力で切り拓くことができる領域であると考え、挑戦を決めました。
 開始初年は失敗の連続で、ブロッコリーの年間売上額は100万円にも届きませんでした。しかし、毎年改善を重ね、工程ごとにやるべきことを整理し、計画と実行を繰り返してきました。その結果、ブロッコリーの年間売上額は平成29年の76万円から、令和7年には2億3445万円へと約300倍に伸びています(図3)。


 
 この成長は偶然ではなく、再生産性と拡張性を前提にした経営判断の積み重ねです。
 多品目経営は非効率だといわれることがあります。しかし、桂農場では、多品目を「分散」ではなく「戦略」として組み立てることで、気候リスクや市場リスクに強い経営体制を築いてきました。

3 生産性を高めたのは「人」ではなく「仕組み」

 桂農場が規模を拡大する中で、最も強く意識してきたのは、「人を増やせば解決する」という考え方からの脱却です。農業現場では、経験豊富な人材に依存して生産を回している例が少なくありません。桂農場もかつては、同じ問題を抱えていました。
 ブロッコリー栽培を始めた当初は、作業を覚えた「プロフェッショナル」を育成し、その人の判断や技量に依存する形で現場を回していました。しかし、このやり方では、個々の実力差が生産性の差となり、繁忙期には早朝作業や残業が常態化します。規模を広げようとすればするほど、現場の負担が増え、結果として人が疲弊していく構造でした。
 そこで桂農場が選んだのが、「人に頼る」のではなく、「仕組みで回す」経営への転換です。作業を個人の感覚に任せるのではなく、すべてを分解し、数値で定義し、誰がやっても一定の成果が出る仕組みをつくることに力を注ぎました。
 まず、ブロッコリー栽培に関わる作業を洗い出し、ある程度の習熟度が必要な工程と、比較的短時間で習得できる初心者でも可能な工程に分けました(表1)。
 
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 育苗や追肥、防除管理、圃場での収穫といった判断を伴う作業にはレギュラー人材を配置し、播種(はしゅ)、倉庫での箱詰め、出荷作業などは、マニュアルと基準を整えることで初日から対応できる業務として切り出しました。この分業により、習熟度の高い人材が本来注力すべき業務に集中できるようになり、人手不足の問題にも柔軟に対応できるようになりました。
 この仕組みを支えているのが、KPIによる数値管理です。桂農場では「頑張ったかどうか」ではなく、「基準に達しているかどうか」を判断基準としています。例えば、倉庫でのブロッコリーの箱詰め作業(写真1)では、1人当たり1時間200個を標準処理量として設定しています。この基準を満たしていれば、問題はありません。下回った場合は作業手順の確認や配置の見直しを行い、それでも改善が見られない場合は、配置転換や契約の見直しを行います。感情で叱責するのではなく、ルールと基準で運営することが、人間関係の摩擦を減らしています。
 
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 圃場作業でも同様に数値基準を設けています。苗の移植作業では、移植機1台で1時間当たりセルトレイ50枚を目安とし、1台につき3人(機械操作、補植、苗運び)を配置します。作業時間、面積、数量、人員を事前に数値化し、計画的に作業を進めています。
 これらのデータは、毎日の実績としてLINEで共有され、その日の売上算出や売上高人件費率の管理に活用しています。正社員などの直雇用は固定費として捉え、改善余地のある部分は日雇い人材の投入量を調整することで、1日単位での作業進捗の改善を可能にしています。
 桂農場の生産性向上は、経験豊富で優秀な人材を集めた結果ではありません。初日に来た人でも即戦力になれる仕組みを整えた結果として、人材の幅が広がり、規模拡大と安定運営を両立できるようになったのです。

4 安定生産を支える人材確保と配置設計

 農業経営において「人が足りない」という問題は、全国共通の悩みです。桂農場では、この問題を嘆くのではなく、なぜ人が集まらないのか、どうすれば選ばれるのかを自らに問い続けてきました。
 現在、桂農場では、1日求人アプリ「デイワーク」を担い手確保の入口として活用しています。当アプリの年間の就業成立件数は1700件以上、新規参加289人のうち150人以上がリピーターとなり(2025年実績)、最多で99回参加している人もいます。高校生や大学生などの若い世代の参加も多く、「1日から農業に触れる機会」を提供する場として機能しています。
 重要なのは、「人が来ない理由」を時代や人のせいにしないことです。他責にしてしまえば改善は生まれませんが、自責で捉えれば、職場づくりや運営方法を変える余地が生まれます。桂農場では、人が定着する仕組みづくりの方法として、選択理論心理学(注3)を取り入れています(表2)。
 
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 人は報酬だけで動くのではなく、「生存」、「所属」、「力」、「自由」、「楽しみ」という五つの基本的欲求をそれぞれ異なるバランスで持っています。そのため、桂農場では、命令や叱責で動かそうとするのではなく、「傾聴する」、「支援する」、「励ます」、「尊敬する」、「信頼する」、「受容する」といった内的コントロールの関わり方を重視しています。一方で、「批判する」、「責める」、「脅す」といった人の関係性を壊す行為は明確に避けています。
(注3)ウィリアム・グラッサー博士によって提唱された、人間の行動や心理を内的な動機づけに基づいて理解することを目的とした理論。

 短期就業者に対しても、初めて来た人や次も来てほしいと感じた人には、必ず感謝の言葉を伝えます。忙しい場合には人工知能(AI)を活用して丁寧なメッセージを作成することもあります。自分の感情を優先するのではなく、相手が「また来たい、またここで働きたい」と感じる可能性を最大化することを目的としています。
 少子高齢化は避けられない現実ですが、スマートフォンやアプリの普及により、副業人材という新たな担い手層が生まれています。桂農場では、理念という軸をぶらさず、時代の変化に柔軟に対応することで、安定した人材確保と生産体制を築いてきました(写真2)。
 
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5 中間管理職が「空気をつくる」という考え方

 農場の規模が大きくなるにつれ、作物や機械以上に重要になるのが「人の動き」です。桂農場でも一時期、現場が指示待ちになり、判断が止まる場面が増えていました。その原因は、すべての指示をトップである私が出していたことにありました。
 以前は、朝の段階でその日の作業内容をすべて指示していました。しかし、このやり方では、自走する人材は育ちません。外部研修で学んだリードマネジメント(注4)の考え方を取り入れ、指示ではなく役割を与え、責任と権限を持たせる運営へと切り替えました。
 具体的には「2:6:2」の法則と、結果の8割は2割の構成要素によってもたらされるという「パレートの法則」を応用し、上位2割(中間管理職)に光を当て、任せ、伸ばすことで、その他(現場全体)が引き上げられます。
 現在は、私が示すのは計画までであり、当日の作業量や段取りは、各部署の責任者が判断します。朝礼では、責任者が 自らの動きを発表し、その後、各部署での朝礼を経て業務がスタートします。この仕組みにより、現場は徐々に自走するようになりました。
 中間管理職の役割は人を動かすことではなく、組織の空気を設計し、自然に人が動く環境をつくることだと考えます。
(注4)本稿で言及する「リードマネジメント」は、「見込み顧客管理」を指す一般的なマーケティング用語とは異なり、株式会社アチーブメントが提供する組織開発の概念であり、選択理論心理学を基盤とし、理念共有と主体性の発揮を通じて組織成果を高めることを目的としている。

6 今後の展望と課題

 農業を取り巻く環境は、年々厳しさを増し、桂農場でも、温暖化による干ばつや害虫の増加、病害の続発といったリスクが顕在化しています。こうした状況の中で、「努力したが自然災害でうまくいかなかった」という説明は、経営としては不十分だと考えています。重要なのは、起こり得るリスクを事前に想定し、計画に織り込んだ上で対応策を準備することです。
 今後の大きなもう一つの課題が、農業機械の高騰への対応です。固定費率が上昇する中、同じ経営を続けていては持続性が損なわれます。桂農場では、作物を戦略的に絞り込み、規模拡大によって固定費を削減する努力をしてきました。作物の販売単価は市場環境に左右されやすく、コントロールが困難です。一方で、数量や作業効率は自らの工夫と改善によって高めることができます。経営の軸は、常に自分たちの改善や調整が可能な領域に置いています。
 桂農場が目指しているのは、「やる気のある人間が活躍できるモデル農場」として機能することです。農業は単に生活費を稼ぐための手段ではなく、生活を豊かにするための仕事であるべきだと考えています。自然の中で体を動かし、心地良い汗をかきながら、しっかりと収入を得て、家族との時間や私生活も大切にできる。その両立ができなければ、農業が次の世代に選ばれる職業にはならないと考えます。
 繁忙期だからといって、家族や子どもとの時間をすべて犠牲にする働き方が当たり前であってはなりません。責任を持って仕事に取り組みながらも、役割分担と仕組みを整え、自分が現場にいなくても回る体制をつくることで、繁忙期であっても休みを取ることは可能になります。やりがいと責任を持って働き、成果を上げ、周囲から感謝される。その積み重ねこそが、農業という職業の価値を高めていくのです。
 その実現のために、桂農場では再生産性と拡張性を軸とした組織づくりを進めてきました。数値に基づいて改善を重ね、人と仕組みの両面から経営を磨き続ける。農業を、個人の我慢や犠牲の上に成り立つ仕事ではなく、誇りを持って選ばれる職業へと変えていくことが、私たちの挑戦です。
 私自身が子どもの頃に見た、働く父の背中に憧れて農業を志したように。
 次の世代が、何の迷いもなく「農業はかっこいい仕事だ」と言える社会をつくる。
 その未来を実現するために、桂農場はこれからも経営と現場の両輪で進化し続けていきたいと考えています。
 
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桂 光(かつら ひかる)
桂農場 代表
 
【略歴】
1987年生まれ。
2010年3月 酪農学園大学農業経済学科卒業。
同年4月  (株)トーヨータイヤジャパン北海道販売に入社し、営業職として3年間勤務。
2013年3月 同社を退職。
同年4月  家業である農業に就農。
2022年   経営移譲を受け、桂農場代表に就任。農業歴は現在13年(※2026年時点)。