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話題 野菜情報 2026年2月号

二度の肥料高騰に学ぶ~経済安全保障に見る肥料の安定供給~

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一般財団法人 肥料経済研究所 理事長 春日 健二
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1 肥料価格の高騰とその背景

 日本は、これまで二度にわたり肥料高騰を経験している(図1)。
 一度目の肥料高騰は、平成20(2008)年である。この時は、新興国における原油の需要増加、産油国の政情不安、サブプライム問題に端を発する投機マネーの流入といった複数の要因が複合的に重なり、原油価格は20年7月に1バレル当たり145ドルを突破した。
 ご承知の通り、窒素肥料の主たる原料である尿素はアンモニアから生産されるが、このアンモニアは大気中の窒素と原油や天然ガスに由来する水素を反応させる「ハーバー・ボッシュ法」と呼ばれる製法で生産されている。そのため、原油の価格が上昇すると、尿素とリン酸アンモニウム(以下「りん(あん)」という)の価格が上昇し、その後、塩化加里(注1)の価格が上昇するという経過をたどるケースが多い。
 20年当時の肥料原料価格の動向を見ると、尿素とりん安の価格は、急激に2~3倍に上昇している。当時の国内の肥料価格は、肥料年度(7月~翌6月)単位で全国農業協同組合連合会(以下「JA全農」という)が6月末に公表する価格が指標となっていたが、その価格を見ると、高度化成肥料(NPK(注2)の合計量が30%以上の肥料)が、前年比1.6倍に跳ね上がっている。この値上げ幅は過去最大であり、化学肥料(注3)を使用する農家にとっては大変な事態となり、燃油を使用する施設園芸農家は、燃油高騰と肥料高騰のダブルパンチとなった。
 続いて、二度目の肥料高騰は、令和4(2022)年である。この年は、ロシアのウクライナ侵略によるロシア産原油の禁輸措置や物理的な供給懸念、世界最大の化学肥料生産国である中国による尿素、りん安の輸出規制などが原因とされる。
 このように、肥料価格は地政学的なリスクが国際価格に反映されやすい特徴がある。
 
(注1)塩化加里は、農業分野における塩化カリウム(KCl)の呼称。
(注2)NPKは、植物の生育に不可欠な三大栄養素である窒素(N)、りん酸(P)、加里(K)の頭文字を取った略称で、肥料の成分表示の基本となるもの。
(注3)化学肥料とは、化学的に合成あるいは天然産の原料を化学的に加工して作った肥料。化学肥料は、無機養分一つのみを保証する「単肥(たんぴ)」
と、NPKのうち二つ以上の成分を保証する「複合肥料」の大きく2つに分けられる。化成肥料は、化学肥料の一種であり、NPKのうち2つ以上を含むものを造粒したものを指す。
 
タイトル: p003a

2 作物生産に占める肥料費の割合

 ここで、作物の生産に占める肥料費の割合について確認してみたい。
 農林水産省は、主要な作物ごとに生産費調査を実施しており、その数字を見ると、作物の生産に占める肥料費がどの程度であるかについて把握することができる。以前は、野菜についても生産費調査が行われていたが、調査は平成6年に終了した。その後は、標本数を削減した品目別統計を実施していたが、こちらの調査も19年に終了したため、野菜生産費に対する肥料費の割合を正確に把握することは困難である。
 そこで、品目別統計の最終年である19年のキャベツの統計を見ると、農業経営費は10アール当たり21万円で、うち肥料費は2万4000円であり、農業経営費に対する肥料費のウエイトは11パーセントであった。同様に、ねぎの農業経営費は10アール当たり27万8000円で、うち肥料費は3万3000円であり、肥料費のウエイトは12パーセントであった。すなわち、19年時点での露地野菜の農業経営費に対する肥料費のウエイトは、おおむね1割強であることが分かる。
 一方、農業物価統計を見ると、平成19年を100とした場合の令和6年の価格動向は、資材総合が141.4に対し、無機肥料(化学肥料)は185.4となっており44ポイント高く、化学肥料が突出して高騰した様相を呈している(表1)。このため、化学肥料の高騰が農業経営に与える影響は大きい。
 
タイトル: p003b

3 価格高騰に伴う対策

 このような価格高騰に対して、農林水産省や肥料業界がどのような措置を講じてきたのかについて述べてみたい。
 筆者は、平成20(2008)年4月から7月まで、農林水産省の資材対策室長として肥料高騰対策を担当したが、当時の対策について紹介したい。
 対策の1点目は、肥料価格本体の低減を目指したものである。肥料の価格は、末端価格の約6割を原料価格が占めている(図2)。他の工業製品では、製品価格に占める原料価格のウエイトが3割程度といわれている中で、肥料がいかに原料価格に支配されているかが分かる。
 
タイトル: p004
 
 一方、肥料の銘柄は約2万近く存在するとされており(ポケット肥料要覧)、個々の商品ごとに価格を決めることが困難であるため、成分単価を決めて、成分含有量に応じて商品の価格が形成される仕組みとなっている。窒素、りん酸、加里のそれぞれの成分単価は異なるが、りん酸と加里を大幅に削減した低成分銘柄(NPKが14-8-8)は、汎用性の高度化成肥料(14-14-14)に比べて約3割安くなる。一方、わが国の農地土壌は、りん酸の過剰施肥が叫ばれていたことから、りん酸の減肥につながる低成分銘柄の普及を急遽推進した。
 対策の2点目は、国による肥料費の増加分の緊急支援である。低成分銘柄を使用してもなお1.6倍の価格上昇分のすべてを吸収することはできないことから、施肥を削減してもなお肥料費が上昇する分の一部について、国が補助をするという緊急対策を行った。
 対策の3点目は、肥料の太宗を取り扱うJA全農の取り組みである。JA全農は、年内引き取りの推進や満車直行(トラックに肥料を満載にし、農家へ直送すること)による物流費の削減など、肥料価格を少しでも低減させる取り組みを行った。同時に、過剰な施肥を抑制させるために、土壌分析を適切に行うことが重要であり、JA全農は、国の補助を受けて全国数カ所に土壌分析施設を設置し、大規模な土壌分析を行うようになった。
 幸い、平成20年後半にはリーマン・ショックの影響により原油の需要が激減し、同年12月には原油価格が1バレル当たり30ドル台まで急落し、肥料高騰は一服することとなった。
 一方、令和4年の時の対策としては、平成20年の経験を踏まえ、土壌分析に基づき低成分銘柄などを活用した適正な施肥を推進するとともに、それでもなお掛り増しとなる肥料費の一部を国が補助する緊急支援が発動された(平成20年と同様の支援)。令和4年の高騰はその後落ち着いてきているが、ロシアのウクライナ侵略の問題が解決しているわけではなく、中国の輸出規制も引き続き行われていることから、平成20年の高騰時とは異なり、価格が高騰前に戻ることはなく、図1の通り現在でも比較的高い水準で推移している。

4 経済安全保障推進法に基づく肥料の備蓄

 このような状況を踏まえ、国は、令和4年5月に経済安全保障推進法を制定し、肥料を特定重要物資の一つに指定した。具体的には、肥料原料のうち、資源が少数の国に偏在して輸出国が限られているりん安と塩化加里を対象として、民間備蓄(国内需要量の3カ月分が目標)に対する保管料の補助と備蓄に必要な倉庫の整備に対する支援を行っている。
 上記の安定供給確保支援業務を行う組織として、一般財団法人肥料経済研究所が指定され、必要な資金を造成し、支援の実務や国内未利用肥料資源の調査などを行っている。
 令和7年12月現在で備蓄に参加している企業は、肥料メーカーおよび商社の計12社が計画を策定して国の承認を経て事業に参加している。なお、この備蓄は、需給がひっ迫した場合は放出する仕組みとなっているが、7年12月時点で発動したことはない。

5 おわりに

 以上のような情勢の中で、肥料はこれまで二度にわたる高騰を経験し、過去の経験を踏まえた対応を行っているが、国際情勢いかんによっては、三度目の高騰がある可能性は排除できないと考えるべきである。
 窒素肥料は、空気中の窒素を利用するため、世界的な遍在はないが、中国の輸出の動向によっては、尿素の価格が高騰する可能性がある。実際、中国は令和7(2025)年10月半ばには、尿素の輸出を停止するなど輸出規制の動きがあった。また、表2の通り、リン鉱石はモロッコや中国など数カ国に偏在しており、可採埋蔵量に対する採掘量を比較すると、世界全体で300年ほどの埋蔵量の余裕があるが、近い将来、中国は生産減少に向かう可能性があることに留意する必要がある。塩化加里は、カナダやロシア、ベラルーシなど数カ国に資源が偏っている。可採埋蔵量に対する採掘量を比較すると世界全体で100年ほどの埋蔵量の余裕があるが、生産地に偏りがあるため、地政学的な緊張により供給が不安定となりやすく、今後も資源の安定供給のための外交努力は不可欠と考える。
 
タイトル: p006
 
 他方、わが国は、穀物を大量に輸入しており、その穀物には窒素、りん酸、加里が一定量含まれている。それらの穀物を家畜や人が食べて排せつされたものは、家畜ふん尿や下水汚泥となるが、この中には窒素、りん酸、加里が含まれており、これらを肥料として再利用することは、肥料の安定供給を図る上で極めて重要なことである。
 同時に、農地の土壌を知ることが重要である。過去の施肥の継続や作物栽培の変化により、農地の土壌は刻々と変化している。何も考えずに単に過去の経験に基づく施肥を継続するのではなく、土壌分析を行った上で、土壌の変化を的確に把握し、適正な施肥を行うことが重要である。
 最後に、施肥バランスについて私見を述べて終わりたい。日本は、火山灰土壌が多い中で、伝統的にりん酸成分の高い肥料が好まれてきた。多くの国では、りん酸や加里の施肥量は、窒素の半分以下である(図3)。わが国の野菜畑では、りん酸の過剰な土壌が多く存在しているので、現在の施肥バランスが適正かどうか、今一度原点に返って考えても良い時期になっていると思う。
 
タイトル: p007

 
<引用文献>
・農林水産省「肥料をめぐる情勢」
・農林水産省「品目別統計」および「農業物価統計」
・USGS「MINERAL COMMODITY SUMMARIES 2025」
・ポケット肥料要覧
・FAOSTAT
 
春日 健二(かすが けんじ)
一般財団法人 肥料経済研究所 理事長
【略歴】
昭和59年4月 農林水産省入省
平成20年4月 農林水産省生産局生産技術課資材対策室長
平成23年9月 独立行政法人農畜産業振興機構 野菜需給部長
平成25年9月 農林水産省大臣官房統計部生産流通消費統計課長
平成29年7月 北陸農政局次長
令和元年7月 消費・安全局食品安全政策課食品安全情報分析官
令和4年3月 農林水産省定年退職
令和4年6月 全国農業協同組合連合会耕種資材部肥料課肥料技術対策室技術主管
令和5年4月 一般財団法人肥料経済研究所 専務理事
令和7年5月 同上 理事長(現職)