(1)概要
このように既に生じている、さらには将来に予測される気候変動の影響による被害を回避・軽減するための対策を「適応策」という。農林水産業が営まれる場において、こうした対策が適切に実施されないと、食料の安定供給にも影響しかねない。
農林水産省では、気候変動の影響に的確かつ効果的に対応するため、2015年8月に「農林水産省気候変動適応計画」(以下「本計画」という)を定めた。本計画はその後、2018年に施行された気候変動適応法に基づき、同年に閣議決定された政府全体の「気候変動適応計画」や、持続可能な食料システムの確立を目指し2021年5月に農林水産省が策定した「みどりの食料システム戦略」等を踏まえ、必要な改定が行われてきた。
本計画の構成は、第一章の総論、第二章の分野・品目別対策、および工程表から成る。
第一章では、基本的な考え方として、気温上昇等による農作物等の生産量や品質低下を軽減するために、適応技術や対応品種の研究開発や普及等を進めていくことを示している。また、極端な気象現象による災害への対応や、気候変動がもたらす機会の活用、国と地方の関係者間での連携や役割分担等についても示すほか、後述する、日本の気候変動予測の概要を紹介している。
第二章では、農業、森林・林業、水産資源・漁業・漁港等の分野ごと、さらには鳥獣害や農林水産業従事者の熱中症といった各分野に共通する項目ごとに、現在見られる影響と将来予測される影響、そして適応策の基本的考え方と施策についてまとめている。野菜関係では、園芸作物(野菜、花き)の項目と併せ、病害虫や雑草、農業生産基盤に関する項目、さらに、分野共通項目についても、ぜひ参考にしていただきたい。
最後に、工程表では、当面10年間(2021~30年度)に必要な取り組みを中心に、その大まかな時期とともに、品目・分野別にまとめて示している。
(2)気候変動予測
対策を講じるためには、現在既に生じている影響の把握に加え、将来発生しうる影響の予測も重要である。本計画の第一章では、気温や降水、降雪・積雪といった、わが国における気候そのものに関する将来予測について、文部科学省と気象庁が発表した「日本の気候変動2020」を参照して紹介している。
気温については、21世紀末の年平均気温は20世紀末と比較して、全国で平均1.4~4.5℃上昇すると予測され、また、多くの地域で猛暑日のような極端に暑い日の年間日数が増加するとされる。上昇温度の幅は、適用する予測シナリオの違いによるものであり、このイメージを世界平均のものではあるが図に示す。
降水については、日本の年降水量に関する将来の確かな変化傾向は確認されていないものの、大雨や短時間強雨の発生頻度は増加すると予測され、日本付近の台風の強度が強まること等も予測されている。
(3)野菜に関する現状・将来予測・適応策
気候の変化がどのように、またどの程度、実際の農業生産に影響するかは、作物によって異なり、適応策もさまざまである。ここでは、本計画の第二章から、野菜品目に関係する部分を中心に抜粋して紹介する。
まず、現状の影響について、野菜は、比較的生育期間が短いものが多く、例えば水稲や果樹に比べると、品目転換が容易という側面がある一方で、冒頭に述べたように、高温や多雨、あるいは少雨の影響による生育不良等が現に見られる。
具体的には、例えば、ほうれんそう、ねぎ、キャベツ、レタスといった葉菜類では、高温や多雨あるいは少雨による生理障害等が報告されている。また、トマトやなす、きゅうり、ピーマン等の果菜類では、高温等による着果不良や生育不良等が、だいこん、にんじん、さといもといった根菜類では、高温や多雨等による発芽不良が、それぞれ見られる。いちごでは、夏季の高温が影響し、花芽の分化や形成時期が不安定となる影響が報告されている。
野菜そのものの生育への影響に加え、一部の地域では、高温によるレタス根腐病やスイートコーン根腐病の発生が報告されているほか、一部の雑草(ナルトサワギク)において、分布拡大への平均気温の上昇の関与が推定されている。
次に、将来予測について、野菜の中でも葉根菜類は、生育期間が比較的短いため、栽培期間をずらすことで栽培そのものは継続可能な場合が多いと想定されている。ただし、キャベツやレタスなどの葉菜類では、気温上昇によって生育時期が早くなる、栽培が可能な地域が北上するといった影響が予測され、トマトやパプリカといった果菜類では、気温上昇により生育が抑制されることで、果実の大きさや収量への影響が出ることが懸念されている(写真3)。
害虫の予測に関しては、気温上昇により越冬可能な地域や生育適地が北上・拡大すること、また、1年間に卵から親までを繰り返す回数である年間発生世代数が増加することで、被害が増大する可能性が指摘されている。雑草についても、一部の種類で、定着が可能な地域の拡大や北上により、農業被害が拡大する可能性が指摘されている。
最後に、適応策だが、これまで農業全般では、高温による品質障害に対応した品種の開発や普及、また、栽培管理技術として、果実の表面温度を低下させることで日焼けを防ぐ遮光対策などの技術の開発・普及が進められてきている。
野菜については、本計画において、栽培形態別にまとめている。まず、露地野菜については、高温条件に適応する品種の開発・普及を進めるほか、栽培時期の調整や適期防除等を推進することや、干ばつ対策としての深耕や有機物の投入、かんがい施設の整備、マルチシート等による土壌水分蒸発抑制等を推進することとしている。干ばつ時に発生しやすい病害虫の適期防除についても進めることとしている。
施設野菜については、高温対策として、適切な換気・遮光の実施や地温抑制マルチ、細霧冷房、パッド&ファン冷房、循環扇、ヒートポンプ冷房等の導入を進めていくこととしている(写真4)ほか、自然災害全般への対策として、災害に強い低コスト耐候性ハウスの導入、パイプハウスの補強、補助電源の導入、事業継続計画(BCP)の策定等も進めることとしている。
