単身・共稼ぎ・高齢者といった簡便化志向が強い世帯の増加を背景として食の外部化(調理の外部化)が進行し、カット野菜やサラダなどの即食性食品や、冷凍野菜、冷凍調理食品、キット食品などの時短食材の利用が増加している。こうした状況の中、輸入野菜加工品に対抗し、価格競争に陥らない加工製品の生産・供給を図るために必要なのは、簡便化志向の強まりに対応し利便性という付加価値を活かしながら品質面の一層の向上を図った製品づくりである。
こうした観点から、まず、冷凍食品の利用動向について確認する。
(1)家庭における冷凍食品の利用動向
株式会社日本政策金融公庫が年に2回継続して行っている食の志向調査では、「健康志向」、「経済性志向」、「簡便化志向」が3大志向として定着している。このうち、簡便化志向と回答した者が、食の簡便化のために家庭で実践している内容で最も多いのは(複数回答)、「冷凍食品の活用」である。また、冷凍食品の中で最も購入量が多いのは(単数回答)、電子レンジなどで解凍して「そのまま食べられる調理食品」であり、冷凍野菜(葉物野菜、軽量野菜、根菜野菜の合計)の利用も多い(資料:日本政策金融公庫・消費者動向特別調査〈2022年3月〉)。食の簡便化志向が強まる中、簡便化の食材として冷凍調理食品や冷凍野菜に対する需要が高いことを確認することができる。
これに関連して、家計調査(総務省)から冷凍食品の利用動向を見ると、二人以上世帯・単身世帯ともに、コロナ禍以前から増加していた支出金額(一人当たり・四半期別)は、その後もほぼ一貫して増加している(図4、5)。これを収入階層別に見ると(図6、7)、ローマ数字が大きくなるほど収入も多いが、いずれの階層においても、2010年以降からの支出の増加傾向が継続しているほか、収入階層間の支出金額の差もあまり大きくないことが特徴となっている。 この点は、外食(食事代)のような、収入が多い層ほど支出金額も多い所得依存型の性格が強い消費とは異なっている。最後に、世帯主の年齢階層別に見ると(図8、9)、2010年、13年頃は、若い世帯の支出金額が相対的に多かったが、その後、高齢層の支出金額が大きく増加している。このように冷凍調理食品の利用が右肩上がりで増加しており、いずれの収入階層においても幅広く利用されているほか、近年では特に高齢層による利用が増加していることがわかる。
(2)「顧客価値」のとらえ方
「顧客価値」は、マーケティングや価値連鎖の仕組みを考える上で重要な概念の一つである。これについては、いくつかのとらえ方があるが、本稿では、「顧客価値」を消費者・実需者といった「顧客」が必要とする「機能・便益・価値」を意味し、「機能的価値」と「意味的価値」から構成されるものとしてとらえている(図10)。
このうち、「機能的価値」は、基本的には、製品の機能・性能などの属性から得られる価値であり、例えば、自動車であれば、エンジンの性能や燃費の良さ、収容人員の数など、自動車の移動・輸送手段としての機能や性能に関するものである。
一方、「意味的価値」は、「感性的価値」、「経験価値」などとも呼ばれ、製品それ自体の五感に関わる属性や、物語性、ブランドなどから得られる価値や、ライフスタイル・価値観などに対応した価値であり、自動車でいえば、デザインや乗り心地、それに乗ることによるステータス、自分らしさの表現などに関するものである。
優れた商品は、「機能的価値」だけではなく、「意味的価値」の点でも消費者に訴求できる価値を有している。商品の本来的な顧客ニーズという面から考えると、商品づくりにおいては「機能的価値」の向上が基本であるといえるが、価格競争に陥らない商品づくりという観点からは、商品の機能や性能などの「機能的価値」の向上にとどまるのではなく、物語性やライフスタイル・価値観などに対応した「意味的価値」をいかにして高めるかという点も重要となる。
次に、こうした「顧客価値」の考え方を食品に当てはめて考えることにする(図11)。食品は三つの機能を有している。栄養素の供給という「栄養機能」、味覚、食感などを通じたおいしさを感じる「嗜好機能」、そして機能性成分による疾病予防、健康の維持・増進という「生体調節機能」である。特定保健用食品や機能性表示食品などは、この食品の「生体調節機能」に着目したものである。こうした食品の機能について、「栄養機能」は一次機能、「嗜好機能」は二次機能、「生体調節機能」は三次機能と呼ばれる。
こうした食品の三つの機能である「食味、栄養素、機能性成分」などに関するものが食品の「機能的価値」に相当し、物語性、ブランドや、ライフスタイル・価値観などへの対応、例えば、食の簡便化志向に対応した利便性や、国産であることの安心感や価値などを「意味的価値」としてとらえることができる。
こうしたさまざまな「機能的価値」や「意味的価値」を付与することによって、顧客にとっての価値やメリットである便益が増すこととなり、複数の便益からなる便益の束としての「顧客価値」の魅力は高まることとなる。
次に、こうした考え方を踏まえながら、食の外部化に対応した野菜加工製品の「顧客価値」の向上について、栄養・機能性などの食品の機能面に着目した訴求力のある付加価値の向上という観点から検討する。
(3)栄養・機能性を高めた「顧客価値」の向上
食の外部化が簡便化志向の強まりを背景として進行しており、野菜消費において、カット野菜、サラダなどの即食性食品や、冷凍野菜、冷凍調理食品、キット食品などの時短食材といった「利便性食材」の需要が増加している。
こうした状況の中で大切なのは、カット野菜、冷凍野菜などの加工過程を経て食卓に上る、食の段階における野菜の栄養・機能性成分はどのようになっているのか、ということである。
このことがなぜ大切かというと、厚生労働省が推奨する、国民の健康づくりの指針である「健康日本21」においては、健康維持や生活習慣病の予防などを期待して、野菜の1日の摂取目標350グラム、この中で緑黄色野菜120グラムが提唱されている。この350グラムという数値は、健康維持などに必要な、ビタミンC、カリウム、食物繊維の摂取量の確保を野菜に当てはめて算出したものである。ただし、その基となる栄養素の数値は、文部科学省の「日本食品標準成分表」であり、一般的なホール野菜を使用した「生」の状態での成分分析が基本となっている。そして、これをベースに「ゆでた」状態や、「油炒め」の場合なども計測されているが、冷凍形態の成分分析が行われている品目はほうれんそうなど6品目であり、カット野菜の成分分析についてはキャベツなど2品目にとどまっている。
しかし大切なのは、カット野菜、冷凍野菜をはじめ、加工・流通過程を経て食卓に上る、食の段階における野菜の栄養・機能性成分である。このため、加工野菜の製造工程における、洗浄・殺菌・ブランチング(冷凍前の加熱処理)・冷凍などによる栄養素の流出・低減などを視野に入れた、カット野菜、冷凍野菜などの食の段階における野菜の形態別・加工方法別成分分析を行い、これを踏まえた上で、利便性という付加価値を活かしながら、必要な栄養素をより多く供給できる新たな商品の開発や食べ方の提案が必要である。
なお、表は「日本食品標準成分表」(八訂増補、2023年)から、いくつかの野菜について、可食部100グラム当たりのビタミンCの含有量を抜粋して示したものである。
ビタミンCは水溶性であるため、ブロッコリーで見ると、ビタミンCの含有量は、「生」の140ミリグラム対して「ゆでた」ものは55ミリグラムと「生」の約4割に減少している。ほうれんそうについては、旬である冬場のほうれんそうは夏場のものに比べてビタミンCの含有量が多いことや、「ゆでた」ものは「生」の半分程度にまで減少していることのほか、冷凍品(中国産の市販冷凍品)の場合、ボイルによるブランチングであると思われるが、ビタミンC含有量は、通年平均の「ゆでた」ものと同じような値であることなどが示されている。
また、カット野菜については、カット野菜メーカーから次亜塩素酸殺菌を行ったものをサンプルとして入手し計測したものであるが、ビタミンC含有量は、「生」に比べて、キャベツの場合は約3割の減少、にんじんでは約半分となっている。
ただし、計測された冷凍品やカット野菜のサンプルは、「生」の状態で計測した原体と同じ個体を使用してブランチング・冷凍加工や殺菌などを施したものではないため、「生」と「冷凍」、「カット」などの計測結果は単純には直接比較できない点に留意する必要がある。
次に、図12は、国産のブロッコリーを原料として、過熱水蒸気でブランチング処理を行った後、急速冷凍した冷凍ブロッコリーと、市販の輸入冷凍ブロッコリーのビタミンC含有量を、筆者の研究室で調べたものである。
冷凍ブロッコリーの製造におけるブランチング方法としては、一般にボイル加熱が多いが、これを過熱水蒸気加熱でブランチングした場合、ビタミンC量の大きな低減は見られず、これを急速冷凍したものもほとんど影響は見られない。一方、中国産、エクアドル産の輸入冷凍ブロッコリーはボイルによるブランチングにより、水溶性のビタミンCが多く流出しているものと思われる。このため、ビタミンCなどの水溶性の栄養素・機能性成分の保持という点では、過熱水蒸気によるブランチング方法は有効であると言える。
ただし、冷凍野菜製造におけるブランチング方法について、例えば、ほうれんそうの場合、シュウ酸のようなアクを取り除くためには、むしろボイルの方が適している。また、品目によっては、ブランチング処理が必要ないものもあり、ブランチングの有無やその方法については、品目特性に応じた適切な方法を選択する必要がある。また、急速冷凍の方法においても、エアブラスト方式(食品に冷風をあてて凍結する方法)や液体凍結(ブライン凍結。マイナス温度のエタノールに食品を漬けて凍結する方法)などさまざまなものがある。このため、品目ごとに、ブランチング方法や急速冷凍方法などの適切な組み合わせを行って、食味はもとより、栄養・機能性といった品質面での向上という付加価値が重要であり、この点に関する消費者・実需者へのアピールによる価値訴求も必要である。
冷凍野菜をはじめ、輸入野菜加工品に対抗し、その国産品への代替を図り、国産の野菜加工品の生産・供給の拡大を進めるためには、コスト面と品質面の双方の検討が必要であるが、価格競争に陥らない「顧客価値」を向上させた商品の生産・供給という視点が大切である。すなわち、カット野菜、冷凍野菜などの「利便性食材」の加工・製造過程で生じやすい栄養・機能性成分の低減などを改善し、食品に求められる「機能・便益・価値」を高めた商品づくりが重要であり、利便性という付加価値を活かしながら、栄養・機能性といった健康の維持・増進機能を高めた「利便性+栄養・機能性」へと「顧客価値」を向上させることが重要である。
このことは、食の外部化が進行する中で需要が増加しているカット野菜、冷凍野菜などの「利便性食材」の利用の目的を、「利用の手軽さ・便利さ」による「野菜を手軽に食べること」から、健康の維持・増進機能を高め、「野菜を手軽に食べて、より健康になること」へと、消費者の便益をより高めた目的の達成につなげていくことを意味している。