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話題 野菜情報 2025年2月号

農研機構初のスタートアップ企業「株式会社農研植物病院」 ~民間登録検査機関の連携で農業を強くする~

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株式会社農研植物病院CTO、農研機構本部 総括執行役 眞岡 哲夫
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【要約】

 農研機構は、ベンチャーを育成する制度を整備し、2024年1月にこの制度による初のスタートアップ企業「株式会社農研植物病院」を設立した。事業内容は、輸出検疫検査、総合的病害虫・雑草管理(IPM)や一次防除を重視した病害虫雑草防除(ヘソディム)の総合コンサルティングサービス、および病害虫防除技術などの教育サービスである。野菜・野菜種子に関連性の高い輸出検疫検査事業では、研究開発を行いながら、登録検査機関の連携・信頼性確保・新市場の創出を目指している。

1 はじめに

 筆者の所属する国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構」という)では、ベンチャーを育成する制度を整備し、2024年1月にこの制度による初のスタートアップ企業「株式会社農研植物病院」(以下「農研植物病院」という)を設立した。本稿では、設立の背景や経緯、事業内容を紹介するとともに、主力事業である輸出検疫での新しい市場の創出など、今後の展望についても述べる。

2 設立の背景と経緯

 わが国の農林水産物・食品の輸出について、政府は「食料・農業・農村基本計画」(令和2年3月31日付け閣議決定)および「経済財政運営と改革の基本方針2020」、「成長戦略フォローアップ」(令和2年7月17日付け閣議決定)などで、25年までに2兆円、30年までに5兆円という輸出目標を設定し、輸出の拡大に向けた取り組みを強化している。
 直近の実績をみると、同輸出額は、23年に1兆4547億円で、前年比2.9%増、額では同407億円の増加となり、25年の目標額達成も現実味を帯びてきている(統計は農林水産省統計情報より引用。以下同じ)。野菜関係の輸出は256億円で、加えて野菜種子の輸出も53億1600万円となっており、野菜は食用に並び種子輸出も重要な位置を占めている。
 こうした輸出の拡大に伴い、輸出検疫検査を強化するため、23年4月1日付けで改正植物防疫法が施行され、これまで国が行っていた輸出植物などの検査の一部を民間企業などの登録検査機関が実施できるようになった。また、検査区分を栽培地検査、消毒検査、精密検査および目視検査の四つに分けて明記することで、民間企業の参入をしやすくしている。なお、植物防疫法の改正については詳細な解説書が出版されているので参照いただきたい(1)
 一方、筆者の所属する農研機構では、18年に改正研究開発力強化法が成立し、農研機構を含む22の国立研究開発法人がベンチャーなどへ直接出資することが可能となった。このような情勢を踏まえ、農研機構では「農研機構発ベンチャー企業認定制度」を整備し、厳格な審査の下、農研機構が開発した研究成果を活用するベンチャー企業(スタートアップ企業)に対する出資や支援を行うこととなった。そして第1号のスタートアップ企業として、農研植物病院を24年1月9日に設立したのである。なお、社名の「農研」は農研機構を指し、「植物病院」は、CTO(最高技術責任者)を務める筆者が一般社団法人日本植物医科学協会認定の植物医師®の資格を有しており、糸状菌、細菌、ウイルス、ウイロイド(数百塩基の核酸分子からなる最小の病原体)、害虫、線虫、雑草の広い病原に対する診断、検査、指導業務を行うことから付けられている。また、植物病院®は一般社団法人日本植物医科学協会の登録商標のため、同協会から使用許諾を受けて使用している。

3 事業内容

 農研植物病院は、定款の筆頭に「農研機構の研究成果の社会実装」を掲げ、農研機構と生産現場を取り持つ橋渡し役を担うことを目的としている。以下に具体的な事業内容を紹介する。

(1)輸出検疫および国内流通検査サービス事業
 農研植物病院は、24年3月22日付けで農林水産大臣の登録を受け、精密検査の区分で輸出検疫検査を実施することとした。同年6月および10月に検査員をそれぞれ確保し、同年12月現在、ウイルス2種、ウイロイド5種、細菌2種、糸状菌1種の合計10種の病原の検査が可能となっている。これらは、輸出検疫だけではなく、国内流通用としても検査可能である。対応病害も日々更新されているので、ホームページ(https://naroph.jp/)で確認いただきたい。
 
(2)総合的病害虫・雑草管理(IPM)コンサルティングサービス
 上述した改正植物防疫法では、発生予防を中心とした「総合防除」を推進することが明記され、これを受けて、病害虫の総合防除を推進するため、国が「指定有害動植物の総合防除を推進するための基本的な指針」(令和4年11月15日農林水産省告示第1862号)を定めた。この指針に基づき、都道府県知事は、24年3月31日までに、指針に即し、地域の実情に応じて、指定有害動植物の総合防除の実施に関する計画(総合防除計画)を定め、令和6年度より各都道府県で総合防除が実施されることとなった。しかし、農業現場においては、総合防除の概念がまだ浸透しておらず、何を実施したらいいのか悩んでいる農業法人、JA、自治体も多い。そこで、植物防疫法上の行政用語である「総合防除」のみならず、これまで環境保全型農業として行われてきた「総合的病害虫・雑草管理(IPM)」を含め、IPMの実践をサポートするコンサルティング事業を行うこととした。
 一例として、JAみやざきでのコンサルティング事業を紹介する。農研植物病院は24年6月25日に、宮崎県内の営農指導事業の体制強化と指導員のスキル向上を図るためJAみやざきと連携することで合意した。まず今年度は、農林水産省事業「グリーンな栽培体系への転換サポート事業」を活用し、株式会社ジェイエイフーズみやざきのほうれんそう圃場(ほじょう)で、緑肥の栽培による化学肥料の削減や、各種リスク要因の共有・分析に取り組んでいる。本事業には、農研植物病院の他、九州エリアを所管する農研機構の九州沖縄農業研究センター研究員や、みどりの食料システム戦略の普及を行っている農研機構本部みどり戦略・スマート農業コーディネーターが「Teamグリサポ」として調査に参加している(写真)。
 また、圃場調査などで現地を訪問した際に要望の多かった、地球温暖化・高温対策についての情報提供にも対応している。近年はインターネット社会が発達しており、WEB上の検索エンジンを利用すると、さまざまな情報を入手することが可能である。例えば、農研機構が実施している地球温暖化・高温対策の成果を検索すると、8万件以上の情報がヒットする。しかし、これらの情報のうち、宮崎県にとって有用な情報がどれかを判断することは難しい。そこで、農研植物病院がこれらの情報の「目利き」となって、有用な情報をピックアップし、提供することにも取り組んでいる。このように農研植物病院が保有する技術データやノウハウを活用し、現地の営農指導員が有効活用できるよう、共通ツール化を目指している。

タイトル: p004
 
(3)一次防除を重視した病害虫雑草防除(ヘソディム)の総合コンサルティングサービス
 HeSoDiM(ヘソディム)とはHealth Check up based Soilborne Disease Managementの略で「健康診断に基づく土壌病害管理」を指し、圃場単位で病害の発生しやすさを診断し、予防・防除対策の手段を講じる土壌病害管理法である。人の予防医療の考え方を土壌病害管理に適用しており、人が健康診断で血圧、血糖値などのデータをとり、発病リスクを評価して、発病前に禁酒、運動などの予防策を講じるのと同様、圃場のデータを収集・蓄積して病害虫の発生リスクを評価し、リスクに応じて輪作、品種変更、薬剤防除などの対策をとっていく方法である。ヘソディムは上述した総合防除の理念に非常に合致する管理法である。現在、北海道と宮崎で、AI診断アプリ(2)を活用して詳細なマニュアルを作成し、概念実証(PoC)を実施しており、今後、全国展開を行っていく予定である。
 
(4)病害虫防除技術などの教育サービス
 人材育成に関しては、病害虫防除技術のうち、大学などで履修してこなかった技術のリカレント教育(社会人が必要なタイミングで教育を受けること)に力を入れている。具体的には、みどりの食料システム戦略、改正植物防疫法、スマート農業技術活用促進法などに関連して注目を集めている、AI病害虫診断、ドローンなどによる病害虫診断や農薬の局所散布、データ駆動型病害虫防除、みどり戦略に活用可能な病害虫防除技術の紹介などである。上記のJAみやざきとの連携に関連して、宮崎県主催の野菜研修会で病害虫防除技術の講演を行い、日本スナック・シリアルフーズ協会他主催の「ポテトフォーラム」などでもばれいしょ生産者向けに講演を行っている。
 北海道大学、東京農業大学、早稲田大学では、学生向けの講義や国際シンポジウムでの講演も行っている。また、日本植物病理学会がアウトリーチ活動(研究者が国民に対して行う双方向的なコミュニケーション活動)として行っている植物病害診断教育プログラムなどでも講演を行っている。
 なお、これらの事業の一部は、内閣府の事業「研究開発と Society5.0 との橋渡しプログラム(BRIDGE)」のうち農林水産省が実施する施策「国産農産物の輸出拡大に向けた植物検疫スタートアップの創出」、生物系特定産業技術研究支援センターのスタートアップ総合支援プログラム(SBIR)などの予算を受けて実施されている。

4 課題と展望

 以上述べてきたように、農研植物病院は輸出検疫検査を軸に、多様な事業を展開している。それぞれの事業に課題はあるが、特にここでは、野菜・野菜種子に関連性の高い、輸出検疫検査事業に注目して、課題と今後の展望を考えてみたい。
 24年10月25日現在、植物防疫法に基づき農林水産大臣の登録を受けている登録検査機関は14機関となっている(表)。筆者は、同年3月から8月にかけて、当時登録されていた12機関すべてに連絡を取り、訪問可能であった10機関(自社を除く)を訪問し、業務内容、技術的課題、検査機関間の連携のあり方などについて調査を行った。さらに、その結果を受けて、11月に東京で登録検査機関を参集して意見交換会を開催した。これらの活動を通して浮かび上がってきた課題を紹介する。

(1)登録検査機関の多様性
 各登録検査機関は、経営母体が大学、公的機関、私企業に大きく分類され、登録申請を行った経緯もさまざまであった。各機関のミッションについても、大学など研究教育のアウトリーチ活動の一環として運営され、利益の追求を主目的に置いていないものから、環境測定や食品検査などの主力事業の傍ら新規部門として輸出検疫検査事業に参画した私企業、農研植物病院のように登録検査を事業の主力に据えている機関などさまざまである。また、検査区分については、中古農機の輸出を行ってきた機関では、目視検査は可能であるがPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法などの精密検査は行えないし、逆に、ヒトの遺伝子検査を行ってきた機関では、精密検査は容易でも、目視検査や栽培地検査は実施できないなど、各機関の生い立ちによって、検査区分の得手不得手が生じている。また、大学においても、担当教授の専門分野により、ウイルスを得意とする機関、細菌類のみを取り扱う機関などがある。それぞれの機関が得意とする検査区分を持つこと自体は、登録検査機関の多様性という意味において歓迎すべきことではあるが、これを依頼者の立場から見ると、どの機関に何を依頼すべきかが分かりづらく、顧客ファーストの検査体制がとられているとは言い難い状況である。
 
(2)登録検査機関の相互連携
 上に述べたように、各機関では対応可能な検査区分・対象病害と、自機関では対応できない区分・対象がある。現在、自機関で対応できない検査の依頼が来た際には、それを得意とする他機関を紹介するようなサービス体制が構築されていないが、これを早く構築する必要がある。また、先に述べたように登録検査機関の生い立ちはそれぞれ異なっているので、互いに意見交換をし、各機関の強み・弱みを知り合うことが重要である。これにより、どの機関に依頼が来ても、機関間の相互連携により、ワンストップで適切な機関を紹介することが可能になる。
 
(3)技術的課題
 登録検査機関の技術的課題としては、以下のものが挙げられる。
ア 検査の信頼性確保
 民間登録検査機関が、信頼に足る検査を実施していることを、国内外に示すことが必要である。海外の例を見ると、国際植物防疫条約(IPCC)の国際基準に沿う形で、フランス・スペインなどでは政府を交えた国内での認証制度が整備されており、日本でもこうした制度の創設が望まれる。認証機関の設立・運営・財源、認証を行う病害種など、具体的な実施方針については引き続き議論する必要がある。
イ 検査技能試験
 環境測定・食品検査分野では、検査精度担保のための技能試験が多数存在する。種子検査分野では他分野に比べて標品となる汚染種子作製の労力が大きく、直ちに導入することは難しいと考えられるが、海外では種苗会社が提供した汚染種子による技能試験の実施例などもあることから、これらを参考に実施可能性を検討したい。
ウ 新規検査の研究開
 現在の登録検査機関は、背景で述べたように農林水産省植物防疫所の検査を補完強化するという特性がある。そのため、難しい病害などの新規検査手法の開発など、技術開発費が必要となる。一方、輸出を行う種苗会社などは検査に費用をかけられないため、登録検査機関の技術開発費を検査費には転嫁できず、仮に転嫁した場合の検査価格では採算がとれなくなるため輸出自体を取りやめてしまう事態になる。
 登録検査機関制度は日本の重要な植物防疫事業であり、各自の資金獲得による研究開発に加えて、国から継続的な研究開発費支援を受けられる体制が不可欠である。
エ 植物防疫所との連携・協力
 国として検査を行っている植物防疫所とは、積極的に情報交換を行っていく必要があると思われる。一例として、二国間協議に基づき、対象の検査機関が登録検査機関にも拡大されたものなどについて、速やかに情報共有があれば登録検査機関が分担できる検査が増え、植物防疫所の労力を軽減できる。また、上記ウで登録検査機関が開発した新規検査手法を植物防疫所へ提供することも重要である。
 
(4)民間機関による検疫検査市場の育成
 現在、輸出検疫検査のほとんどは国の植物防疫所が無料で行っている。一方、諸外国の情勢を見ると、多くの先進国では国の機関も有料で検査サービスを行っている。仮に、30年に農産品の輸出額5兆円が達成されると、現在の植物防疫所の規模が維持されると想定しても、民間検査機関による検疫検査市場は192億円に上ると試算される(BRIDGE未公表データ)。現状では国の無料検査と並行して行われている民間機関による検疫検査市場はまだ小規模なものであるが、今後の輸出量増加に伴い、植物防疫所の業務量超過分をしっかりと民間で担保できるように、登録検査機関相互の連携を図り、信頼される技術力と適正価格を維持することにより、国内の新市場創出に取り組みたい。
 
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5 おわりに

 以上、農研植物病院の事業内容について紹介し、輸出検疫検査の登録検査機関について、今後の展望を述べた。現在、農研植物病院では、BRIDGE事業で開発した検査手法について、他の登録検査機関への提供や、国内で入手が困難な陽性対照サンプルの提供、登録検査機関メンバーの連絡先リストの作成・配布、上記課題の種苗検査関係者ならびに行政部局への共有などを通して、ユーザーにとっても利便性の高い登録検査機関の体制構築を目指している。これらが、野菜生産・輸出の一助になることを願っている。
 
 
文献等
(1)植物防疫法研究会編(2024)『逐条解説植物防疫法』大成出版社
(2)プレスリリース:(お知らせ)圃場毎の土壌病害の発生しやすさをAIで診断できるアプリを開発(2022.7.25農研機構、株式会社システム計画研究所/ISP)〈https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nipp/154107.html
 
眞岡 哲夫(まおか てつお)
株式会社農研植物病院CTO、農研機構本部 総括執行役
【略歴】
生物環境調節学博士、技術士(農業部門 植物保護)、植物医師
1985年農林水産省入省。植物病理学を専門とし、パパイア、ばれいしょなどの重要病害虫の診断・防除法等の研究開発、生産現場への社会実装に従事。15年より農研機構北海道農業研究センター生産環境研究領域領域長、同センター地域戦略部部長などを歴任。21年同機構植物防疫研究部門所長。23年同機構本部 総括執行役兼みどり戦略・スマート農業推進室長。24年1月より株式会社農研植物病院取締役(CTO)に就任。