農研植物病院は、定款の筆頭に「農研機構の研究成果の社会実装」を掲げ、農研機構と生産現場を取り持つ橋渡し役を担うことを目的としている。以下に具体的な事業内容を紹介する。
(1)輸出検疫および国内流通検査サービス事業
農研植物病院は、24年3月22日付けで農林水産大臣の登録を受け、精密検査の区分で輸出検疫検査を実施することとした。同年6月および10月に検査員をそれぞれ確保し、同年12月現在、ウイルス2種、ウイロイド5種、細菌2種、糸状菌1種の合計10種の病原の検査が可能となっている。これらは、輸出検疫だけではなく、国内流通用としても検査可能である。対応病害も日々更新されているので、ホームページ(
https://naroph.jp/)で確認いただきたい。
(2)総合的病害虫・雑草管理(IPM)コンサルティングサービス
上述した改正植物防疫法では、発生予防を中心とした「総合防除」を推進することが明記され、これを受けて、病害虫の総合防除を推進するため、国が「指定有害動植物の総合防除を推進するための基本的な指針」(令和4年11月15日農林水産省告示第1862号)を定めた。この指針に基づき、都道府県知事は、24年3月31日までに、指針に即し、地域の実情に応じて、指定有害動植物の総合防除の実施に関する計画(総合防除計画)を定め、令和6年度より各都道府県で総合防除が実施されることとなった。しかし、農業現場においては、総合防除の概念がまだ浸透しておらず、何を実施したらいいのか悩んでいる農業法人、JA、自治体も多い。そこで、植物防疫法上の行政用語である「総合防除」のみならず、これまで環境保全型農業として行われてきた「総合的病害虫・雑草管理(IPM)」を含め、IPMの実践をサポートするコンサルティング事業を行うこととした。
一例として、JAみやざきでのコンサルティング事業を紹介する。農研植物病院は24年6月25日に、宮崎県内の営農指導事業の体制強化と指導員のスキル向上を図るためJAみやざきと連携することで合意した。まず今年度は、農林水産省事業「グリーンな栽培体系への転換サポート事業」を活用し、株式会社ジェイエイフーズみやざきのほうれんそう
圃場で、緑肥の栽培による化学肥料の削減や、各種リスク要因の共有・分析に取り組んでいる。本事業には、農研植物病院の他、九州エリアを所管する農研機構の九州沖縄農業研究センター研究員や、みどりの食料システム戦略の普及を行っている農研機構本部みどり戦略・スマート農業コーディネーターが「Teamグリサポ」として調査に参加している(写真)。
また、圃場調査などで現地を訪問した際に要望の多かった、地球温暖化・高温対策についての情報提供にも対応している。近年はインターネット社会が発達しており、WEB上の検索エンジンを利用すると、さまざまな情報を入手することが可能である。例えば、農研機構が実施している地球温暖化・高温対策の成果を検索すると、8万件以上の情報がヒットする。しかし、これらの情報のうち、宮崎県にとって有用な情報がどれかを判断することは難しい。そこで、農研植物病院がこれらの情報の「目利き」となって、有用な情報をピックアップし、提供することにも取り組んでいる。このように農研植物病院が保有する技術データやノウハウを活用し、現地の営農指導員が有効活用できるよう、共通ツール化を目指している。
(3)一次防除を重視した病害虫雑草防除(ヘソディム)の総合コンサルティングサービス
HeSoDiM(ヘソディム)とはHealth Check up based Soilborne Disease Managementの略で「健康診断に基づく土壌病害管理」を指し、圃場単位で病害の発生しやすさを診断し、予防・防除対策の手段を講じる土壌病害管理法である。人の予防医療の考え方を土壌病害管理に適用しており、人が健康診断で血圧、血糖値などのデータをとり、発病リスクを評価して、発病前に禁酒、運動などの予防策を講じるのと同様、圃場のデータを収集・蓄積して病害虫の発生リスクを評価し、リスクに応じて輪作、品種変更、薬剤防除などの対策をとっていく方法である。ヘソディムは上述した総合防除の理念に非常に合致する管理法である。現在、北海道と宮崎で、AI診断アプリ
(2)を活用して詳細なマニュアルを作成し、概念実証(PoC)を実施しており、今後、全国展開を行っていく予定である。
(4)病害虫防除技術などの教育サービス
人材育成に関しては、病害虫防除技術のうち、大学などで履修してこなかった技術のリカレント教育(社会人が必要なタイミングで教育を受けること)に力を入れている。具体的には、みどりの食料システム戦略、改正植物防疫法、スマート農業技術活用促進法などに関連して注目を集めている、AI病害虫診断、ドローンなどによる病害虫診断や農薬の局所散布、データ駆動型病害虫防除、みどり戦略に活用可能な病害虫防除技術の紹介などである。上記のJAみやざきとの連携に関連して、宮崎県主催の野菜研修会で病害虫防除技術の講演を行い、日本スナック・シリアルフーズ協会他主催の「ポテトフォーラム」などでもばれいしょ生産者向けに講演を行っている。
北海道大学、東京農業大学、早稲田大学では、学生向けの講義や国際シンポジウムでの講演も行っている。また、日本植物病理学会がアウトリーチ活動(研究者が国民に対して行う双方向的なコミュニケーション活動)として行っている植物病害診断教育プログラムなどでも講演を行っている。
なお、これらの事業の一部は、内閣府の事業「研究開発と Society5.0 との橋渡しプログラム(BRIDGE)」のうち農林水産省が実施する施策「国産農産物の輸出拡大に向けた植物検疫スタートアップの創出」、生物系特定産業技術研究支援センターのスタートアップ総合支援プログラム(SBIR)などの予算を受けて実施されている。