野菜 野菜分野の各種業務の情報、情報誌「野菜情報」の記事、統計資料など

ホーム > 野菜 > 野菜の情報 > 「積極的な気分の維持」に役立つ!~ケルセチンを関与成分とするたまねぎの機能性表示食品の開発~

話題 野菜情報 2024年12月号

「積極的な気分の維持」に役立つ!~ケルセチンを関与成分とするたまねぎの機能性表示食品の開発~

印刷ページ
国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 
国立健康・栄養研究所 食品保健機能研究センター 
センター長 小堀 真珠子
kao

【要約】

 野菜を多く食べるバランスの良い食生活が健康へ寄与することが、さまざまな研究により明らかになりつつあります。筆者らはこれまでに、加齢による認知機能の低下やうつと食生活との関連性に着目し、ケルセチン高含有たまねぎが健康な高齢者の認知機能および脳機能検査の点数を改善することを示して、「積極的な気分を維持するのに役立つ機能」を表示する生鮮たまねぎの機能性表示食品の届出を行い、全国販売を実現しました。たまねぎを取り入れた食事が、健康維持に役立つ食生活に貢献することを期待しています。

1 はじめに

 筆者は、2024年3月まで国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)において、また、24年4月からは国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所において、個人に適した、健康長寿に寄与する食生活の提案を目指して研究を行っています。
 米を主食として魚、肉、牛乳・乳製品、野菜、海藻、豆類、果物、茶など、多様な副食を組み合わせた日本食は、栄養バランスに優れ、日本人の健康長寿に貢献していると考えられています。また、死因の中で高い割合を占める心疾患や脳血管疾患などの循環器疾患の発症には、食生活を含めた生活習慣が深く関わっていることが明らかになっています。
 そこで20年には、日本型の食事パターンや日本型の食事に特徴的な食品の摂取と、循環器疾患による死亡リスクとの関係を調査した複数のコホート研究(原因から結果を追跡する研究モデルの一種)の結果を統合して、分析を行いました(1)。その結果、日本型の食事パターンの摂取が循環器系疾患による死亡リスクを低下させるほか、日本型の食事に特徴的な食品の中でも、野菜、果物、緑茶、植物性タンパク質、食物繊維の摂取が、循環器系疾患による死亡リスクを低下させることが示されました。分析の結果は、さらに死亡リスクを低下させるには、健康づくりの指標である「健康日本21」(厚生労働省)の中で策定された目標摂取量に達していない野菜や果物の摂取量を増やすこと、減少傾向の魚の摂取量を増やし、塩の摂取を減らすこと、さらに、大豆製品、乳製品、緑茶の摂取を増やすことなどが有効であることを示していました。
 2018(平成30)年の国民健康・栄養調査では、主食、主菜、副菜を組み合わせたバランスの良い食生活をしている人は、5割に達していませんでした。個々の食品の健康機能性はバランスの良い食生活に取り入れてこそ、健康維持に役立つものと考えられます。そこで現在は、健康機能性に関わる研究に加えて、農研機構や大学、企業などと連携し、食事バランスを可視化して野菜不足などの自覚を促し、適正化するための研究も行っています。

2 ケルセチン高含有たまねぎの健康機能性

 たまねぎはさまざまな料理に用いられ、バランスの良い食生活に重要な野菜摂取量の増加に貢献しています。また、ポリフェノール類のうちフラボノイドのケルセチンを多く含み、この健康機能が期待されています。しかし、日常的に摂取する食品成分の健康機能性の科学的根拠を示すことは難しく、筆者らの研究グループでは、長くたまねぎのケルセチンの健康機能性に関する研究を行ってきました。そしてその成果を踏まえ、2017年から20年に、大学、企業、農業協同組合(JA)などと連携したプロジェクトを実施し、人介入試験により、たまねぎの認知機能の維持などに関わる健康機能性の科学的根拠を明らかにするとともに、生産者圃場(ほじょう)でのたまねぎのケルセチン含量を明らかにするなどして、機能性表示食品の届出を目指しました(注)
 それまでに実施した動物実験や人試験において、ケルセチンを高含有するたまねぎが、加齢により低下しがちな認知機能の維持に役立つ可能性を示しました。また、認知症の周辺症状であるうつやアパシー(無気力・無関心)は、軽度認知障害や認知機能に異常のない高齢者にも見られ、認知症やうつと食事との関連性が明らかになりつつあります。
 そこで、北海道情報大学において、認知症ではない60~80歳の健康な方70人を対象として(1)ケルセチン高含有たまねぎ(一般的なたまねぎよりケルセチン含量が高い北海道産のブランドたまねぎ「さらさらゴールド」)を摂取するグループ(以下「高ケルセチングループ」という)(2)ケルセチンを含まない白たまねぎ(※)を摂取するグループ(以下「白たまねぎグループ」という)の二つのグループに分け、いずれかの加熱粉末を1日1回11グラム(たまねぎとして120グラム、中玉1/2個分。ケルセチン含量として50ミリグラム)、24週間(6カ月間)毎日摂取してもらいました(図1)。毎日の摂取方法は、お湯やみそ汁に入れる、料理に入れるなど自由としました。
 摂取期間の前後で、一般的な認知機能検査であるミニメンタルステート検査(認知機能の状態を客観的に評価するテスト)やiPadを用いた脳機能評価を実施しました(2)(3)
 その結果、(1)の高ケルセチングループでは、白たまねぎグループと比較して、ミニメンタルステート検査の点数が、24週間後により大きく増加しました(図2)。また、高ケルセチングループは、抑うつ状態を示す気分に関する脳機能評価の点数が、24週間後により大きく低下しました(点数が高いほど抑うつ状態にあることを示しています)。
 機能性表示食品は健康な方を対象としていることから、医薬品を常用している方を除いた解析も行いましたが、結果は同様で、ケルセチンが加齢によって低下しがちな積極的な気分の維持に役立つと考えられました。うつ様症状には神経細胞死、海馬新生抑制、炎症などの関与が報告されていますが、ケルセチンの摂取は酸化ストレス低減、抗炎症作用などを介して、積極的な気分を維持する働きがあると考えられました。
 
(注)生物系特定産業技術研究支援センター「「知」の集積と活用の場による革新的技術創造促進事業(うち「知」の集積と活用の場による研究開発モデル事業)」「脳機能改善作用を有する機能性食品開発」
 
※黄たまねぎに対しケルセチンを含まない白たまねぎを比較対象として用いた。白たまねぎは水分が多く、辛みが少なく生食に向き、黄たまねぎとは違った特徴と魅力がある。

 
タイトル: p004
 

3 ケルセチン高含有たまねぎのケルセチン含量と機能性表示の届出

(1)機能性表示における規格について
 ケルセチン高含有たまねぎ「さらさらゴールド」は北海道のJAきたみらい管内で生産されています。そこで、2020年度に生産された「さらさらゴールド」を生産者圃場でサンプリングし、たまねぎのケルセチンの分析法を用いて分析しました。農林水産省農林水産技術会議事務局が公開する資料に従って計算した結果、生産者圃場のたまねぎ中の機能性表示におけるケルセチン濃度下限値(ほとんどのたまねぎで超えている濃度)は、24.9mg/100g新鮮重でした。機能性表示に当たっては、年次間差を考慮し、「可食部150グラム中に関与成分の効果が期待できる1日摂取目安量の50%に相当する25ミリグラムを上回るケルセチンが含まれる」と表示することとしました。なお、21年度にJAきたみらい管内で生産された「さらさらゴールド」についても、同様の規格を満たすことが確認できました。

(2)加熱後のケルセチン含有量について
 たまねぎは加熱調理して食される場合が多いため、「さらさらゴールド」の可食部を薄切りにしたものを三つに分け、(1)生の状態、(2)5分間ゆで、ゆで汁を含めて測定した値、(3)5分間炒めた後に測定した値とを比較したところ、加熱調理によりケルセチン含量が大きく減少しないことが確認でき、また、炒めたものはケルセチン含量の増加が認められました(図3)。これらのことから、普段の食生活で煮物や炒め物などに取り入れることにより、健康維持や、野菜全体の摂取量の増加にもつながることが期待されます。
 
タイトル: p005
 
(3)生鮮たまねぎにおける機能性の表示と販売について
 これらの結果に基づいて、22年に株式会社植物育種研究所が、生鮮食品「さらさらゴールド タマネギ」に表示する機能性を「健常な高齢者の加齢によって低下しがちな積極的な気分を維持するのに役立つ機能」として、機能性表示の届出を行いました(届出番号H846、図4)(4)。さらに、23年にはホクレン農業協同組合連合会が「北海道産 JAきたみらい さらさらゴールド」の機能性表示の届出を行い(届出番号I137、図4)、同年10月より全国、スーパー、生協などで販売を開始しました。
 
タイトル: p006

4 さらなる取り組み~ケルセチンは文章表現の維持にも役立つ~

 さらなる科学的根拠の蓄積に向け、岐阜大学では、軽度認知障害および発症早期の認知症(アルツハイマー病)の方19人を健康な方を対象とした試験で用いたものと同じ(1)高ケルセチングループまたは(2)白たまねぎグループの二つのグループに分けて、加熱粉末を12週間摂取する試験を実施しました。その結果、摂取前後のミニメンタルステート検査において、ケルセチン高含有たまねぎを摂取した人で文章記述の点数がより高くなり、特に「良い」「楽しい」などの前向きな表現を示す形容詞の記述や、単語のつながりのある記述が増えていました(5)(6)。このことは、認知機能低下が始まった、軽度認知障害や早期認知症の方においても、認知機能のうちの「表現」の維持や積極的な気持ちの維持に役立つ可能性を示しています。

5 おわりに

 生鮮食品の機能性表示においては、成分含量のばらつきを考慮することなどにより、1日の摂取目安量が多くなりがちですが、前述のように、今後はバランスの良い食生活の中で、より個人に合った食生活の構築が望まれます。
 また、生産者サイドへは、国産たまねぎの付加価値を高め、国内生産と輸出も含めた関連産業の活性に役立つことを期待しています。
 そのためにも、今後は一人ひとりの食生活を精度よく評価できるシステムの開発を目指し、機能性表示が認められた野菜をはじめ、健康を維持できる食生活とはどんなものかを研究していきたいと考えます。
 
 
文献等
(1)Shirota M. et al. (2022)Japanese-Style Diet and Cardiovascular Disease Mortality: A Systematic Review and Meta-Analysis of Prospective Cohort Studies. Nutrients, 14, 2008.
(2)Nishihira J. et al. (2021)The effect of 24-week continuous intake of quercetin-rich onion on age-related cognitive decline in healthy elderly people: a randomized, double-blind, placebo-controlled, parallel-group comparative clinical trial. J Clin Biochem Nutri, 69, 203‐215.
(3)プレスリリース:(研究成果)タマネギのケルセチンは認知機能の維持に役立つ(2021.5.農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nfri/141222.html
(4)プレスリリース:(研究成果) 北海道産タマネギブランド「さらさらゴールド」は 機能性表示食品としてオンラインで販売が開始されます(2023.2.農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nfri/157013.html
(5)Hayashi, Y. et al. (2023)Continuous intake of quercetin-rich onion powder may improve emotion but not regional cerebral blood flow in subjects with cognitive impairment. Heliyon, 9, e18401.
(6)プレスリリース:タマネギのケルセチンは文章表現の維持に役立つ ~ヒト介入試験で軽度認知障害や早期認知症に伴い低下する認知機能のうちの"表現"の維持に役立つ機能を報告~(2023.7.岐阜大学)
https://www.gifu-u.ac.jp/news/research/2023/07/entry26-12570.html
 
小堀 真珠子(こぼり ますこ)
国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 国立健康・栄養研究所 食品保健機能研究センター・センター長
【略歴】
千葉大学薬学研究科博士前期課程修了。薬学博士。
農林水産省食品総合研究所(現 (国研)農業・食品産業技術総合研究機構 食品研究部門)研究員、ユニット長を経て、2018年より食品健康機能研究領域長として農産物・食品の健康機能と、おいしくて健康に良い食の提案に向けた研究に従事。2024年4月より(国研)医薬基盤・健康・栄養研究所 国立健康・栄養研究所 食品保健機能研究部長、同年10月より、食品保健機能研究センター長として、健康食品を含めた食品の栄養・健康機能と安全性に関する研究に従事。