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話題 野菜情報 2024年11月号

空飛ぶ野菜 鮮度保持と物流問題を空陸一貫輸送による流通トータルコーディネートで解決~株式会社日本産直空輸の取り組み~

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株式会社日本産直空輸 代表取締役 木下 真祐央
顔写真

1 当社立ち上げの経緯~私の農体験と社内ベンチャー起業~

 株式会社日本産直空輸(以下「日本産直空輸」という)は、航空輸送のスピードを生かし、全国各地の農産物や水産物、加工品、花きなどをこれまでにはないとれたて・作りたての鮮度で輸送・販売する会社です。
 日本産直空輸は、地域でこだわりを持って育てられた農産物を少しでも早く、新鮮な状態で消費者に届けたいという想いから誕生しました。私はもともとANA(全日本空輸株式会社)で会社員として働きながら、同時に山梨県の実家において週末農家といった形でぶどうを栽培していました。
 ところで、ぶどうはどのように生育し消費者の元に届いているかご存じでしょうか。普段、スーパーなどで買うぶどうは粒が大きく、きれいな逆三角形の形をしています。ぶどうは樹から実がなり、自然とあの形に生育していくものと思われている方も多いのではないでしょうか。
 しかし、実際にはそのようにはいきません。自然のままに放置しておくと、実は小さく想像以上に細長い房になってしまいます。そのため、はさみで房を小さく刈り込んで大きさを整えたり、余計な粒を間引いたりして形を整えます(写真1)。
 実はこのように生産者が一房一房、丁寧に手を加えており、非常に手間のかかる作業なので、繫忙期には猫の手も借りたいくらい忙しく、時間との勝負になります。
 もちろんかなり体力を要する作業でもありますが、そんな時にモチベーションとなるのは、やはり手に取った消費者が笑顔で買ってくれる姿です。
 丹精込めてわが子のように育てた作物ですから、収穫後はより早く、より良い状態で嫁ぎ先の消費者へお届けしたいというのが切なる想いでした。
 
タイトル: p002b
 
 当時、私はANAに勤めていたこともあり、自社の飛行機を使えば遠方の産地でも最短で都市部の消費者へ届けることができるのではないか、自身のぶどうに対する課題と想いを、全国の生産者とも共有し解決できるのではないか、とある意味短絡的に考えていました。社内でもそのような事例はこれまでになかったことから、空輸を活用した食の最速流通スキーム「産直空輸」を組み立てていくことが私の目標となりました。
 ちょうどANAグループには「ANAバーチャルハリウッド」(現:ダ・ビンチ・キャンプ)という社員提案制度がありました。これは日頃の業務の枠を超えて、会社の既存のリソースを活用し、新たな事業提案や業務改善提案を行うといった有志の課外活動です。活動はあくまで業務外として無評価・無報酬で行うのですが、社内で共に活動してくれる多くの知見を持った仲間を募ることができ、また、役員プレゼンを経て提案が採用されれば、会社の名の下に実証実験や事業化に向けた準備を行うことができます。
 私はこの制度を利用し、約2年間の実証実験を経たのち、日本産直空輸は2022年1月にANAグループより誕生しました。

2 日本産直空輸の事業内容~既存流通の課題を解決する「産直空輸」~

 産直空輸のスキームを実現するためには、新たな流通の形を模索することが必要でした。
 一つは産地直送の流通モデルであること。そしてもう一つが空輸に主眼を置いたオリジナルの最速物流スキームであることです。このスキームにより、従来は実現できなかった最速のドアツードア輸送が可能となり、消費者に「究極の限界鮮度」を届けることができると考えました。
 また、「流通」とは単にモノの流れ(物流)だけではなく、生産~物流~販売といった「川上から川下までのすべての過程」だと私は定義しています。そのため、単なる物流の見直しだけでは不十分で、これまではバラバラに機能していた生産者、物流業者、販売者が一体となり、「産直空輸」という共通のコンセプトのもとで、歯車がスムーズに動く仕組みを作り上げる必要がありました。この歯車をスムーズに動かすためには、その動力源となるコーディネーターが必要です。
 日本産直空輸は、まさにこの動力源である産直空輸の「流通トータルコーディネーター」となることがコンセプトであり使命なのです(図1)。

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 日本産直空輸の事業内容は、航空輸送と陸送をタイムリーに連動させた最速物流スキームに全国各地の特産品を乗せ、消費者や販売先にダイレクトに届ける「産直空輸」の流通トータルコーディネート・卸事業です。対象商品は農産品、魚介類、加工品、花きなど多岐にわたります。
 産直空輸の最大の特徴は何と言ってもその流通スピードによる究極の限界鮮度ですが、メリットはそれだけではなく、食材本来の味わいを引き出すことも可能になるのです。
 例えば、いちごはこれまでの既存流通においては、流通時間から逆算すると完熟の6割程度のまだ白いうちに早摘みしなければなりません。トマトであればまだ熟していない青いうちに収穫し、物流倉庫で赤くなるのを待って店舗に陳列するといったこともよくあります。実が硬いうちに出荷できれば長時間輸送に耐えられるというメリットもあるのですが、やはりその素材本来の味わいや風味を引き出すには、完熟に近い状態で収穫するに越したことはありません。産直空輸はその「ほぼ完熟採り」が可能になるのです。
 これまでの流通は同一規格を大ロットで輸送することが前提であり、また陸送が主な輸送手段であったため、出荷から消費者に届くまでの流通時間が長く、さらに店舗に納品されるまでの過程で、出荷量調整のために経由地点の物流倉庫で数日間保管されていることもあります。結果として、消費者が購入する時には、生産者が収穫してから1週間以上経ってしまっているということもしばしばあります。これでは、作物の鮮度が失われ、消費者に届く頃には本来の風味や栄養価が損なわれてしまうということも少なくありません。
 
 産直空輸の流通トータルコーディネートでは、具体的に次のようなサービスを提供しています。
 
(1)商品提案
 全国各地の旬の農産品、魚介類、加工品などについて、特に空輸の優位性が大きく発揮される鮮度が重要な食材や足の早い食材、これまでの物流課題によってその産地近辺にしか出回っていなかった逸品食材などをご提案します。産地にとっては、一般的な市場流通では販売しにくかった少量生産品目を、地元以外で販売することで全国的な認知度を高めたり、こだわりの栽培方法や高い品質で他と差別化を図り、高付加価値商品として販売したりすることができます。産直空輸の流通スキームにより各地のこだわりのある高品質な食材が消費者に直接届けられ、消費者の多様なニーズに応えることができるようになります。
 
(2)輸送コーディネート
 空輸と陸送を組み合わせた物流スキームを構築し、ドアツードアで最速かつ効率的に食材を届けるためのコーディネートサービスを提供します。空輸を利用した食材輸送はこれまでにももちろんありましたが、そのほとんどは空輸する前と後の固定化された大ロット陸送に主眼を置いて構築されてきたものがほとんどでした。経由地点での集約、待機、荷送に時間がかかってしまい、結局は空輸のスピードが存分に活かしきれていないという課題があり、空輸と陸送のタイムリーな連動が必要だと感じておりました。一般的には煩雑な航空貨物の手配や陸送との組み合わせや、店舗ごとの緻密な納品予定時間の設計なども、生産者や販売主の手間を省きスムーズに行うことができます。
 トラック運送のドライバー不足や物流費の高騰、配送日数の増加が懸念されている物流2024年問題に対して、空輸による物流の効率化を促進することで、従来のトラックのみの物流に依存しなくても済む環境が整いつつあり、輸送手段の多様化が食の流通の持続可能性を高めることができます。
 
(3)販路拡大・販促支援
 生産者は、集荷場に出荷した以降の荷物の流れや、自身が栽培した作物がどこで販売されているかなどは基本的にわからないため、最終的なお客様の顔が見えず、生産のモチベーションに繋がりにくいとともに、生産者の役割が「作ったらおしまい」になり、販売先に応じた商品の磨き上げ、いわゆるマーケットインが難しくなってしまいます。
 生産者のこだわりやその産品に対する強い想い、流通の過程などのストーリーを言語化・ビジュアル化して消費者に伝えていくことも日本産直空輸の使命であるため、販売先への産地産品情報および販促物提供などを行っています。これは生産者のモチベーションアップにつながり、また販売側は特色ある商品を並べることで店舗ごとのオリジナリティを生むことができます。さらに、自治体の販促PRやバイヤーとの商談マッチングなども行っています。
 地方の特産品は、物流の時間的制約によって、都市部への流通が限られていたものも少なからずありました。しかし、空輸を活用することで、流通時間が短縮され、これまで販路が限られていた地域産品が都市部でも手に入るようになります。これにより、地方の特産品が新たな市場に進出し、売上の拡大を図ることが期待されます。
 
 もちろん、産直空輸がモデルとする産地直送流通にも少なからず課題があります。
 一つは、小~中ロットでの輸送となるため、大ロット輸送と比較すると輸送コストが割高になってしまうこと。
 二つ目は、物流倉庫などでの保管機能がないため、天候不順によるイレギュラー事象の影響を受けやすく、欠品リスクが高くなってしまうこと。
 三つ目は、生産者が自ら出荷価格を設定するため、市場相場と乖離してしまうことがあること。
 以上のような課題がありますが、日本産直空輸は産地直送モデルを運用する中で、できる限り中間業者を経由しない取引を行うことで輸送コストをカバーしています。また、取扱品目や生産者の選定、ならびに天候および交通情報の収集・解析、出荷量や出荷価格の調整などを自社で行うことにより、これらの課題に対処しています。
 環境面においては、産直空輸は既存の航空便の貨物スペースを利用するため、産直空輸が独自で空港間のCO2排出量を増やすことはなく、極めて合理的で環境負荷の低い物流モデルであるとも言えます。
 
 ここで、実際の出荷~販売までのタイムスケジュール例を紹介します。夏に出荷されるビールにぴったりの山形県鶴岡市の特産品「だだちゃ豆」の実例です(図2)。
 だだちゃ豆はなんといっても鮮度が命です。その甘みとコクのある風味は他にはない魅力で、収穫直後の新鮮さがそのうま味を最大限に引き出します。まさに産直空輸にはもってこいの食材といえるでしょう。

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 この流通モデルは、生産者、物流、販売先との協力関係が不可欠です。しかし、この最速物流スキームを構築することによって、その日に産地で収穫された食材が当日の午後にはお客様の手元にお届けすることができ、産地で食べる、もしくはそれ以上の鮮度でだだちゃ豆を食べることができます。まさに、都市部にいながら産地の味をそのまま味わうといった他にはない特別な食体験を得ることができるのです。
 販売先からは「商品が良いので自信を持って売れる」といった声をいただき、また消費者からは「朝採れを空輸でという新鮮さのおかげで、だだちゃ豆は本当に甘くて、普通のえだまめとは雲泥の差でした!価値は人によって違いますが、量より質と考えている人にとっては大変価値のあるものですので、オススメです!」といった評価をいただいております(写真2)。

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3 日本産直空輸が目指すもの

 現在、日本には食にまつわる多種多様な流通モデルがあります。わざわざ空輸しなくとも地産地消で流通する食材もあれば、生産者と消費者が直接取引を行う産直EC(電子商取引)もあります。一般的な既存の市場流通も含め、そのいずれにおいてもメリット・デメリットはあります。そのいずれかが残り、いずれかが淘汰(とうた)されていくものとは私は考えていません。それぞれの流通モデルが消費者の多様なニーズに応えて共存共栄していくことこそが、今後の日本の食を支えていくために必要だと考えております。
 そういった環境の中において、日本産直空輸は、生産から物流、販売までを一貫してサポートする独自のサプライチェーンを構築し、消費者に「とれたて・作りたて」の価値を届けるプラットフォームを構築することを目指します。産直空輸ならではのスピードと品質を両立させた流通モデルにより、消費者に最高の食体験を提供し、日本の食文化のさらなる発展と地域活性への貢献に寄与していきたいと考えております。
 2024年現在、日本の農業従事者(個人経営体)の平均年齢は約70歳とされていますが、これまで日本の食卓を支えてくださっていた世代が引退していくであろう10年後、物価高や為替変動、気候変動といった環境も相まって、日本の食事情はおそらく今とはまた違ったより厳しい時代が来るのではないかと考えています。今後も日本の豊かな山の幸や海の幸を守り、より一層食を楽しめるよう、生産者、物流業者、販売者が垣根を越えて密に連携し、食の新たな流通モデルを模索していくとともに、消費者の食に対する感度を高めていくことが重要なのかもしれません。
 
木下 真祐央(きのした まゆお)
株式会社日本産直空輸 代表取締役
【略歴】
2011年3月   慶應義塾大学院理工学研究科卒業
2011年4月   全日本空輸株式会社 入社
           運航技術、整備技術に従事
2021年10月 株式会社ANA総合研究所 出向
2022年1月  株式会社日本産直空輸 代表取締役就任