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話題 野菜情報 2024年10月号

「漬物力」の承継・発展で地元の漬物文化を守る ~秋田県横手市の漬物製造継続支援の取り組み~

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横手市 農林部 食農推進課 主査 松浦 崇
顔写真

1 はじめに

 秋田県横手市は秋田県の東南部に位置する日本有数の豪雪地帯です(図1)。古くから食べ物を貯蔵したり保存したりしながら、雪で閉ざされた厳しい冬を乗り越える文化が根付いており、その中でみそや漬物といった発酵食が生活の基盤となってきました。
 特に漬物については、「なた漬け」や「なすの花ずし」「いぶりがっこ」など数多くの種類があり(写真1)、「いぶりがっこ」については伝統の味を守り続けるとともに、さらなる品質向上を目的に「いぶりんピック」というコンテストを毎年開催しています(写真2)。「いぶりがっこ」には各家庭に秘伝のレシピがあり、その違いやバリエーションを楽しむほか、生産者同士の交流もこのイベントの目的の一つです。出品者の多くが「来年のいぶりんピックではもっとおいしい『いぶりがっこ』を出したい」というモチベーションで日々生産しています。

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2 漬物製造に関する当市の現状と支援の目的について

 そういった漬物文化が根付いている当市において、令和3年6月の食品衛生法改正(注)(以下「法改正」という)による漬物製造の営業許可制の導入は、産業の継続だけでなく、食文化の承継をする上でも大きな影響がありました。
 3年に市内の漬物製造者を対象に行った実態把握のためのアンケートでは、回答者158人のうち継続を希望する製造者が100人いましたが、その中で「確実に継続していく」と答えた人がたったの10人で、残り90人は「迷っている」との回答でした。
 迷っている方の多くから「施設整備にいくらかかるかわからない」「うわさでは何百万円もかかると聞いた」といった声が上がりました。前例がほとんどないことから、施設改修やその後の営業許可取得を前向きに進めようとする方が非常に少なかったと感じています。
 横手市の漬物文化の強みは、個人の製造者が自慢の漬物をそれぞれ作り、お客さんに味を選んでもらえることです。そのため、商品(製造者)ごとに固定のファンがついていることが多くあります。後継ぎのいない製造者の方々がやめていくと、その味は一つ、また一つと失われていきます。個人の味が集まっているという強みが弱点にもなり得る状況でした。また、これまではお子さんやお孫さんが継ぐことも少なくなかったのですが、後継者が見つかりにくくなっているという現状の変化もあります。
 このままいけば、伝統的な土地の味や各家庭で代々伝承された漬物の多くが店頭から姿を消すだけでなく、伝統的な食文化の消滅や地域産業の消失、ひいては製造者の生きがいを奪ってしまうことにつながると懸念しました。そこで、秋田県と協調し、法改正に伴う施設改修費用を助成する制度を、4年度から開始しました。

(注)法改正に対応する経過措置期限は令和6年5月末。

3 具体的な支援策について

(1)コスト面での支援
 具体的には事業経費(施設改修費用や機器導入費)の3分の1以内を秋田県が助成、6分の1以内を市が助成し、事業費のおおよそ半分の負担で施設を整備することができる制度です(県補助額上限1000万円)。
 また、当市では県との協調助成のほか、市独自の助成制度も設け、漬物製造のほか、今回の法改正によって届出制となった山菜の水煮製造者などに対する支援も行ってきました。
 前述の通り、当初は施設整備に「数百万円かかるのではないか」と心配されていた漬物製造者の方たちも、いざ見積もりを取ってみると100万円かかる人はほとんどおらず、実際はもっと安く済むことも周知されてきました。
 令和4年度から2年間実施したこの助成制度も、4年度は県・市の協調助成で18件、市単独助成で4件、5年度は県・市の協調助成で15件、市単独助成で1件の制度利用があり、法改正に対応する施設整備を着実に進めることができました。
 
(2)ハード面での支援~人と技術が交流する場として~
 また、上記の個別製造者に対する支援のほか、当市では漬物製造を複数名で実施する団体に対する共同加工施設の整備への支援や、市営の共同加工施設の整備も実施しました(写真3)。
 令和3年のアンケートで継続について悩んでいる製造者の中には、「自宅の加工施設を整備しても、あと何年続けられるかわからない」「今までは自宅の台所で作っていたため、その他の場所を確保できない」などといった意見も多くありました。
 特に市の共同加工施設は、地域産業の継続を支えるといった面だけではなく、「担い手の育成」や「食文化の承継」の視点からも整備を行いました。具体的には以下の通りです。

〈1〉施設投資できない人の受け皿
 1点目は、共同加工施設の主な目的である、法改正に対応できない方の受け皿になることです。自宅の構造上、物理的に整備が不可能な方や、高齢のため施設投資は無理だが販売は続けたい方を想定しています。人手が足りない部分は助け合いながら、できるだけ多くの方に販売を継続していただきたいと考えています。
〈2〉技術や味を受け継ぐ場
 2点目は、代々受け継がれてきた味とその歴史や想い、技術といった「漬物力」を、新規参入者、後継者へ承継することです。横手市の漬け手は、代々味を伝える家、いわゆるエリートがほとんどです。それらの方の中から後継者がおらず、止むなく漬物製造を引退した方を講師として共同加工施設に招き、味を受け継ぐ仕組みです。上手にマッチングできれば、漬物製造を引退した方の施設を、若手がそのまま引き継ぐことも可能ではないかと考えています。
〈3〉世代を超えた地域交流の場
 3点目は、地域の拠点としての役割です。80歳代以上の殿堂入りクラスのベテラン、70歳代以下のバリバリの現役(60歳代、50歳代はまだまだ若手)、そして志のあるヤング(40歳代以下)が世代を超えて集まり、交流の場になることを期待しています。漬物を持ち寄ってお茶を飲む「がっこ茶っこ」という地域の文化の場から、将来に向けた前向きな話がどんどん生まれてくることを期待しています。通年利用できる施設ですので、漬物に限らず、6次産業化の拠点としても展開が楽しみなところです。
〈4〉見えてきた課題
 共同加工施設支援の初年度となった令和5年度は、準備会を立ち上げ、活動しました。製造者3人と市で、共同加工施設利用に当たっての課題を出し合い、次年度以降のルール作りを進めてきました。同年11月には初めての漬け込みを10人余りでにぎやかに行いました。
 実際に運用が始まってみると、同時期に集中する漬け込み日の調整や、施設利用料の負担割合、利用者が増えた場合の対応など、今後解決すべき課題が見えてきました。利用者には会員登録してもらい、その中で漬け込み日を調整したり、利用する人数によっては、漬け込みの本数や漬け(だる)を置く面積などに1人当たりの利用上限を設けたりするなどして対応していきたいと考えています。
 
 これらのことを通じて、共同加工施設が、地域の漬物力を存分に発揮できる施設に育っていってほしいと思います。

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(3)相談員の設置
 また、当市では補助金や共同加工施設の整備のほか、「漬物等加工施設整備相談員(以下「相談員」という)」を令和4年度から設置し、加工施設改修に関する相談を受け付けています。漬物製造者の多くが高齢で、そのため今回の法改正で「法律の条文が難しいため理解できない」「補助金があるとは聞いたが手続きが煩雑」などといった理由から、漬物製造をやめることを検討しているという声を多く聞きました。そこで相談員を設置し、継続を悩まれている漬物製造者の現場に直接出向いて、法改正の趣旨や補助制度の説明をするほか、改修事例などを説明し、補助申請や営業許可取得までを支援しています。
 この相談員制度の導入もあってか、最初は継続に対して慎重な方が多かった中、製造を継続される方が当初の予測よりも大きく増加しました。また、漬物製造者の多くは横のつながりも強いため、すでに施設改修をした漬物製造者の方々が「継続を悩んでいるなら市役所に相談したらいいよ」と助言をしてくださるケースもあり、その助言を受けて、相談員に相談や問い合わせをする継続を悩まれている方が多くありました。
 
(4)担い手育成面での支援
 当市ではこのほか、新規就農者向けに研修を行う「横手市園芸振興拠点センター」(以下「センター」という)の農業研修事業に、令和6年度から「いぶりがっこコース」を追加しました。
 現在、センターでは、園芸農業経営の後継者を育成するため、研修期間を2年間とする農業技術研修生の受け入れを行っています。「いぶりがっこコース」は、これら2年間の通常コースを基本としながら、別枠で、いぶりがっこの原料となるだいこん作りから製品製造まで学ぶことができるカリキュラムを組み入れています。
 いぶりがっこの製造は、販売をリタイアしたベテラン農家の方からの協力と指導もいただきながら進めています。研修の第1段階は、8月下旬の畑づくりから始め、だいこんの播種(はしゅ)~栽培管理~収穫・洗浄までを行い、その後、第2段階では(いぶ)しと漬け込みを行います。第3段階では、漬け込んでから60日以上を経たのちに樽出しをして、最終的な調整や真空パック詰め、煮沸消毒を行い、製品となります。
 ほかにも、ただ作るだけではなく、食品衛生法に関すること、漬け原材料の配分と目指すべき味に関すること、販売手法に関すること、パッケージデザインに関することおよび加工所の整備、改修に関することについても、研修や学びが必要で、今後カリキュラムに組み込むことを予定しています。
 「いぶりがっこコース」の初年度である6年度研修生は1人ですが、毎年1人ずつ研修生がいるとすれば、10年間では10人の担い手が生まれることになり、いぶりがっこ製造販売に取り組む方が着実に確保されると考えます。
 いずれにしろ、「いぶりがっこコース」の開設は初めての取り組みであり、さまざまな課題も出てくるかもしれません。しかし、製品としてのいぶりがっこ製造までを実践的に学び、研修することができる機会を提供することで、確実に担い手が育成され、産業としてはもとより、地域の食文化としてのいぶりがっこが承継されることも期待しています。

4 まとめ

 当市ではこれらの施策を法改正後からいち早く講じ、漬物製造の継続支援を行ってきました。その成果もあり、前述の令和3年の実態調査アンケートでは「確実に継続する」と答えた製造者は10人にとどまりましたが、5年度のアンケートでは実に98人が「確実に継続する」「事業継続済(営業許可取得済)」「継続予定」と回答しました。また事業継続済の方からも「あと何年できるかわからないから設備投資をあきらめていたが、補助金などの支援策を知って、できるところまで頑張っていこうと思った」「加工所を改修することはできないが、共同加工施設があればあと数年は頑張っていきたい」「続けられるか不安だったが、補助金などのおかげで加工所を改修することができた。全国各地にリピーターがいて心配の連絡を多くもらっていたが、期待に応えられそうで良かった」といった声を多く頂きました。
 法改正以降、何度となく「漬物存続の危機」が報道されてきました。その都度、全国の消費者の方から励ましのお言葉や「自分が継ぎたい」という声も届きます。地域固有の食文化を何代にもわたりつないできた漬物への想いと、誇りともいえる「漬物愛」を、多くの消費者が感じ、共有しているからこその反応であると、ありがたく、また、心強く感じています。
 直売所で販売される漬物は、農家秘伝の味を楽しめることがビジネスの核となっています。「漬け方を失敗したときには、家族にも食べさせなかったものだ」とは、漬物ベテランおばあちゃんの談。漬け手としての意識の高さ、職人としてのプライドが感じられる言葉です。しかしその味も、人口減少などにより受け継ぐ人が激減しています。この味を守るためにも、当市では共同加工施設などを活用しての製造販売継続への支援と、文化承継への一歩を踏み出す仕組み作りのための挑戦を今後も続けていきたいと思います。
 当市の漬物製造者は、これまでも食品製造に関する衛生意識が高く、法が厳しくなったことに対して異議を唱える方は実はほとんどいません。小規模製造者や高齢の方の一部が法改正により製造販売を引退するきっかけになったことは否めませんが、販売できなくなっても家庭の味を伝えていくため、自家消費用に製造を続けていく方も多いはずです。この方たちの「漬物愛」も地域の貴重な財産としてどうつないでいくかは、これからの私たちにとって知恵の出しどころです。この法改正を機に、漬物製造業界が抱えていた後継者問題にも積極的に取り組む機運が高まったともいえます。
 漬物製造の盛んな当市として、製造者と消費者が共有する漬物愛と真摯(しんし)に向き合う姿勢を伝えていくことが、次の世代の財産になると信じています。
 「漬物が消える」と悲観的な印象が持たれる中、当市の製造者はとても元気で、法改正を機に注目度が上がった今をチャンスととらえる方が多くいます。
 横手市の伝統的食文化である「漬物文化」が決して消えることはありません。地域と行政が一体となって絶対に守っていかなければならない文化だと信じています。
 
松浦 崇(まつうら そう)
横手市 農林部 食農推進課 主査
【略歴】
民間企業を経て2015年入庁。
2015年 市民生活部 生活環境課
2017年 建設部建設課
2019年 県外自治体へ出向
2020年より現職