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話題 野菜情報 2024年5月号

儲かる農業都市 ふかや~アグリテック集積戦略 DEEP VALLEY(ディープバレー)の取り組み~

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深谷市 産業振興部 産業ブランド推進室 冨田 佳祐
かおしゃしん

1 深谷市の紹介

 深谷市は、埼玉県北部に位置しており、人口は約14万2000人、利根川、荒川の二大河川を有し、作付面積全国一位の深谷ねぎ、ブロッコリーをはじめ、農業産出額全国トップクラス(農畜産物全体では全国28位、野菜のみでは全国6位)を誇る農業都市です。

2 アグリテック集積戦略の概要

 「アグリテック」とは、農業(Agriculture)と技術(Technology)を融合させた造語です。
 本市のアグリテック集積戦略(以下「本戦略」)は、地場の産業と新しいテクノロジーを掛け合わせて、地域が抱える農業課題の解決と生産性の向上の実現を目指しています。農業が盛んな本市に農と食に関わる企業や技術を誘致・集積させ、農業のイノベーションを発信していく、言わば農業版のシリコンバレー(米国カリフォルニア州にある世界的なテクノロジー産業の集積地)のような「アグリテック集積都市DEEP VALLEY(直訳すると深谷)」を本市で実現することが、この取り組みの狙いです。
 対象とする領域は生産から消費までのフードバリューチェーン全体で、一方通行ではなく、農業生産を核にあらゆる過程とつながりがある循環型として、われわれは捉えています(図1)。

タイトル: p003a
 
 さて、本戦略策定の背景として、少子高齢化、生産年齢人口(15~64歳)の減少が深谷市でも起きているという事実があります(図2)。これにより、将来想定される税収をはじめとした市の歳入の減少と社会保障費の増大などに対し、われわれは持続可能な自治体経営をしなければならないという問題に、より一層真剣に向き合わなければなりません。

タイトル: p003b
 
 歳入確保策としての従来の企業誘致は、工業団地の造成をし、そこに製造業や運輸倉庫業などを誘致するという手法が主でした。しかし、それらの事業所は地域の産業との結びつきが強い企業は少なく、社会情勢や条件次第で市外へ流出してしまうという事例を目の当たりにしてきました。そのため、景気などの社会情勢の動向の影響を受けにくく、地域に根を下ろしてくれるような企業誘致ができないか考えました。
 企業が拠点を構えるには、相応の理由が必要です。そこでわれわれが提示したいのは、地域の特性を帯びた産業は企業にとって資源としての価値があり、その資源を生かすことで企業の拠点設置に繋がるのではないか、ということです。
 では、深谷市の地域特性とは何か。その経済分析を行った結果、農業と食品加工業が、われわれの地域の核となっている産業であることがデータで裏付けられました(図3)。加えて、企業の誘致で地域の産業の強みをさらに伸ばすことで、持続的な経営と地域の活性化に繋がるのではないかとの仮説を立て、それに基づいた企業集積を行うこととしました。
 これにより、深谷市は地域の産業である農業とそれに関連する食までの領域(生産から消費まで)の発展に寄与する企業をターゲットとした誘致策として、2019年3月に「アグリテック集積戦略」を策定しました。このように、特定の産業にフォーカスした新しい企業誘致の形が本戦略の特徴です。

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3 目指す集積像

 私たちは、企業に「深谷市は面白い。深谷市なら何かできそう。」と認識してもらい、企業が成長するための支援をシステム化し、企業を深谷市に定着させるという点を打ち続け、それを面に広げていきます。そしてその先には、未来を創ろうという志がある企業に「アグリテックのことだったら深谷市に行けば何とかなる。深谷市に行かなければ乗り遅れてしまう。」という共通認識が広がる状態をつくりたいと思っています。最終的には、農業と食に関わる多様な企業が、行政(深谷市)が手を入れることなく自発的に集積するようなサイクルが構築された、アグリテック集積都市「DEEP VALLEY」を目指しています。

4 アグリテック戦略の個別施策

 では、本戦略における個別施策をいくつかご紹介します。

(1)「DEEP VALLEY Agritech Award(ディープバレーアグリテックアワード)」
 本市主催のアグリテックのコンテストで、本市の農業課題の解決に資する技術やアイデアを募集するものです(図4)。国内でも同様のコンテストが複数開催されてきていますが、本コンテストはその先駆けとなる存在です。
 最優秀賞を受賞した企業には市からの出資交渉権(1000万円上限)が授与されますが、単なる賞金ではなく株式取得のための出資としているのは、市と企業との継続的な関係性を構築したいという目的があるためです。
 これまで5回の開催で延べ114者からの応募をいただきました。
 応募者の中には国のプロジェクトへの採択の対象やG7での出展などの実績のある、未来の農業のカギとなり得る企業がいくつもありました。具体的な企業については、次の章でいくつかご紹介します。
 
 また、提案内容を評価する審査員は、北海道大学の野口教授をはじめ、農水省、埼玉県、グローバル企業、ベンチャーキャピタルなど、各界の顔とも呼べる方々に担っていただき、評価の質の確保に加え、審査後のフィードバックも応募企業にとっては大きな価値となっています。

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(2)アグリテック交流施設アグリ:code22深谷(アグリコードツーツーフカヤ、通称:アグリコ)
 アグリコは、生産者やアグリテック企業、農業関係事業者、研究者など、人と情報のハブとなる場所として、2023年10月30日にオープンしました。
 アグリコの運営は、全国でコワーキングスペースの企画・開発・運営などを手掛けている株式会社ATOMicaへ業務委託をし、コーディネーターが常駐して相談・マッチングなどの支援をしています。コーディーネーターはできるだけ現場にも足を運び、地域との関係性の構築とともに実際の農業現場に触れることで、課題の本質を捉えたり、より効果的な提案・マッチングなどにつなげています。
 また、アグリコではさまざまなテーマを設定したイベントを、月2回程度、継続的に開催しています。生産者や企業への認知が徐々に広まっており、一度利用あるいはイベント参加をしていただいた方の多くはリピーターになっています。
 
 アグリコ設置の成果としては、これまでの戦略運営の中では関わりが少なかった方との関係性が構築できた、という点も挙げられます。例えば、ロボット工学関連の企業への助言ができる技術士の方など、新たな関係先ができることでより実のある支援につながっていると実感しています。
 アグリコはJR深谷駅から徒歩10分程度の中心市街地に位置し、元々米問屋であった店舗を活用しました。この場所は旧中山道沿いであり、江戸時代には宿場町として賑わった地域です。時代を超え、今度はアグリテックに関わる人で賑わう場所にしたいという願いもこもっています(写真1)。

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(3)伴走支援
 市による企業への伴走支援により、事業が展開できるようサポートを行います。企業を根付かせるための、市の手厚い伴走支援はこの取り組みの大きな特徴であり、アワードでの受賞有無や企業規模の大小などに関わらず実施しています。

5 深谷市で実際に取り組みが行われている企業の実例

 これまで本市でサービス展開や実証実験などを行っており、またはこれらの実施に向けて対応を進めている企業の実例をいくつか紹介します。
 
(1)株式会社レグミン
 2020年のアグリテックアワードへの応募をきっかけに本社を本市に移転しました。このアワードで最優秀賞を受賞した「自律走行型農薬散布ロボット」の開発・作業受託サービスをはじめ、出荷工程、雑草対策など、幅広い農業の課題を解決すべく事業に取り組んでいます(写真2)。

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(2)株式会社Root
 2021年のアグリテックアワード最優秀賞受賞企業です。
 農作業現場にある「単純だが効率化できていない作業」を、安価で、誰でも、どんな圃場(ほじょう)でも使えるツールによって作業を効率化するため、AR(拡張現実)を用いたアプリサービス「Agri-AR」を開発しました。市販のスマートグラスやスマートフォンにより利用することができ(写真3)、これにより、圃場での直線引き作業やサイズ判定などが可能となり、本市内で20件以上の生産者、農業事業関係者らの協力による実証実験を経て、本年4月よりサービスが開始となりました。

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(3)株式会社AGRI SMILE
 農業DX企業として、植物の免疫力を高め、本来の力を引き出す農業生産資材「バイオスティミュラント(以下「BS」という)」の技術を持ち、日本初の食品残渣(ざんさ)型のBSの開発に成功した企業です(写真4)。深谷ねぎがBSの有効資材となる可能性が高いことが同社の調査により判明したことから、2023年3月に「アグリテックに関する連携協定」を締結し、深谷ねぎの残渣を活用したBSの開発と検証、また、BSを活用した深谷ねぎの減肥栽培やブランディング活動を進めていきます。

タイトル: p007b
 
(4)株式会社クボタ

 トラクターなどの農機具のシェアリングサービスを、現在本市内の2拠点で展開しています(写真5)。
 農業者、とりわけ新規就農者にとって、農業用機械は高価なものが多く、導入は大きな負担となります。また、遠くの圃場にわざわざトラクターなどを持っていくことも、時間と手間がかかり見えないコストになっています。このサービスはスマホから簡単に予約でき、燃料、保険代込みの1時間単位の使用料で24時間365日利用できることから、新たな選択肢として農業者の負担軽減に大きく貢献することが期待されます。

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6 本戦略遂行における現状の課題

 現在、深谷市に拠点を構えた企業は5社と少なく、集積と言うにはまだまだ遠いというのが実情です。
 
(1)場所・土地の問題
 企業の集積についての大きな課題として、まずは物理的に企業を定着させる場所・土地の問題があります。深谷市は農業振興地域の割合が多く、建築物を建てられる場所が限られていたり、荒川および利根川の二大河川を有していることでの利点がある一方、農業投資の受益地であることからすぐに開発に着手することができない場所が多くあります。法規制により、農業に役立つはずの企業や施設の立地だけでなく、トラクターなどの農機具を保管する倉庫の設置や、その農機具自体を置くことさえもできないという壁に企業が悩むことが多いです。時代の変化により、農業のやり方、農業に関わる社会環境も変化しています。だからこそ、現代に合った法整備がなされ、時代に即した開発が進められることの必要性を感じています。
 
(2)農業現場と企業の乖離の問題
 深谷市でも企業の進出や事業化したサービスが出てきたことでアグリテックを使う人は増えてはいますが、まだまだ浸透しているとは言えません。
 現場で見ていると、その原因をいくつか感じます。
 例えば、生産者側のコスト意識の問題です。人件費はゼロとして考えている人が多く、時間と労働力へのコスト意識が希薄です。「手を掛けたら掛けた分だけ良いものができる、それに比例した利益が出るはず。」という神話的な意識がいまだに根付き、生産効率に問題意識がないという人も多々みられます。
 また、そもそも技術と現場のニーズにずれが生じているため、実際に農家がお金を出してでも使いたい、というものが少ないのだと感じます。生産者はロボットが欲しいわけではなく、楽をしたいのです。その楽をしたいというのは、すべて自動にしたい、ということではありません。あまりにも今の作業とかけ離れすぎると、生産現場は身近なものとして受け入れづらくなってしまう場合もあります。身近なこと、例えば家族経営をイメージすると、これまでお母さんが担っていたようなサポートの役割を置換えできると、生産現場側はメリットを感じやすいのではないでしょうか。言い換えれば、ロボットやアプリの高機能さを求められているだけではない、ということです。
 一方で、企業側からのアプローチはどうでしょうか。
 これまでの事業を振り返ってみると、当たり前のことかもしれませんが、いかに現場を見て声を聞くかが肝要です。企業側が現場を見ずに開発を行うと、「全自動ならば喜ばれるに違いない」というような考えが正しい仮説だと思い込んでしまい、現場のニーズとの乖離が生じてしまいます。現場の生産者の本当の声は、ネットですぐに出てくるような情報にはないと思っています。本当に生産者が解決して欲しいことは、農業現場で聞く、あるいは自身で体験するしかないのです。現場の声を聞き、生産者のニーズを的確に捉え、開発に生かす必要があります。
 また、別の目線も必要になってくるでしょう。
 これまでは、ロボットが圃場に合わせようとしているものが多かったと思います。しかし、圃場は単一規格ではなく、地域が違えば、いや、それどころか同じ地域内でもバラバラなことは多々あります。そこで、「できる範囲で」圃場をロボットに寄せていく、というように視点を少し変えることも重要ではないでしょうか。
 例えば、企業紹介の章で述べたレグミン社は実際にロボットに寄せた圃場作りを推奨しており、地域への浸透を進めています。この場合は、圃場の両端に2メートル程度の幅のスペースを作っておくことで、畝間を走行したロボットが次の畝間に移動する際に旋回しやすくなるというものです。それによりロボットの余計な往復がなくなり、時間の削減と作業効率化につながります。
 このように、「できる範囲で」というのが大切で、どこまでの負担なら生産者は許容してくれるのかというのは、実際に現場に足を運んで、声を聞いて判断するところでしょう。

7 アグリテックを利用した人の声、アグリテックに期待する声

 深谷市では、実証実験や現場訪問、アグリコの利用などを通じて現場の声を集めています。アグリテックに対する声も少しずつ増え、また期待も大きくなってきたように感じます。
 その一部を紹介します。
 「人の代わりにロボットがやってくれるのならその方がありがたい。その時間で他のことができる。」
 「(Rootのスマートグラスを試してみて)自分の畑に直線が見えたときには奇跡だと思った」
 「(深谷ねぎの残渣など)廃棄していたものが資源になるなら、地球にも自分の経営にもいい。」
 「(クボタの農機具のシェアリング利用者)農機具を買わなくても農業ができるというのが、資金がない自分たち新規就農者にとってありがたい。」
 
 こうした声をもっと広げ、もっと知ってもらわなければなりません。
 
 そして、この事業は深谷市だけではなく、生産者だけでも企業だけでもなく、自治体や国などあらゆる境界線を越え、多くの方の笑顔に繋がる取り組みだと思っています。ひとりではなくみんなの幸せのためという精神を大切にした渋沢栄一翁(深谷市出身)がまさに手掛けるような事業であり、その思いを受け継ぎながら今後も取り組んでまいります。
 
冨田 佳祐(とみた けいすけ)
深谷市 産業振興部 産業ブランド推進室 企業誘致推進係 主査
【略歴】
平成20年 深谷市役所入庁
同年より保険年金課、財政課、農業振興課、総務防災課を経て現職。