(1)野菜国産化のはじまり
野菜国産化の大きなきっかけとなったのは2008年9月、米濵和英(現名誉会長)の社長復帰でした。その翌年の2009年、当時、外食業界はデフレの影響で低価格競争が
勃発、リーマンショックの追い打ちもあり、当社の経営は創業以来最も大きな負債を背負いました。
その状況下で打ち出した改革が、デフレの流れとは真逆を行く「野菜の国産化」です。当時当社では、キャベツや自社工場栽培のモヤシ以外の野菜は輸入物を使用していました。2008年9月に社長復帰するまで、米濵は一般社団法人日本フードサービス協会の会長を務めており、全国のさまざまな産地を巡り、多くの地方の農家から国産野菜を紹介される機会に恵まれました。そこで国産野菜のおいしさに改めて驚かされた米濵は、日本の野菜のすばらしさを痛感し、何とかリンガーハットでも使えないものかと考えていました。社長に復帰してすぐ、「社運をかけてリンガーハットで使用する野菜の国産化に取り組もう!本当においしいものをお客さまに食べていただこう!全社一丸となって取り組もう!!」というメッセージとともに、この取り組みは始まりました。
国産化に当たり、扱う野菜の変更だけでなく、工場の設備も一新しなければならなかったため、相当なコストがかかりました。不採算店舗の約50店舗を閉める、自社工場の内製化率の向上、といった対策を徹底したものの、商品価格を見直さざるを得ない程のコストアップとなりました。しかし、当時は食品から有害物質が見つかるなど「食の安全」が脅かされた時期でもあったため、すべての生産過程がはっきりとした食材だけを使う「安全、安心、健康」を進めたことで、お客さまにその付加価値を受け入れていただき、翌年には業績のV字回復を果たすことができました。
2008年1月には、「中国製冷凍ぎょうざ中毒事件」が起こり、食の安全・安心に対する国民の関心が高まりをみせており、日本の食料自給率の低さや、フード・マイレージ
(注1)にも注目が集まり始めました。そうした潮流に、「日本の野菜を食べる」とうたった当社の「国産野菜の長崎ちゃんぽん」は大きなインパクトを与えました。
また、従業員の意識にも大きな変化があり、「さらに自信を持って商品を提供することができる」と、会社が一丸となった瞬間でした。
注1:食料の輸送量と輸送距離を定量的に把握することを目的とした考え方。食品の生産地と消費地が近ければフード・マイレージは小さくなり、CO2排出量削減につながる。
また、さらなる国産化の取り組みとして、2010年にちゃんぽん麺に使っている小麦粉を、2011年には皿うどんの麺の小麦粉を国産にしているほか、2013年からは野菜、肉、皮の小麦粉・米粉などのぎょうざの主要材料も国産化を実現しています。
2009年時点では、国産きくらげの国内流通量はわずか3パーセントしかなく、安定確保が難しいため、やむを得ず使用食材から外していました。しかし、鳥取県をはじめとした日本各地のきくらげ産地の方々の協力を得て、2015年から当社のちゃんぽんには念願のきくらげを国産で復活させることができました。そしてきくらげの国内流通量は8パーセント近くまで上がっています(表)。
(2)国産化を象徴するフラッグシップ商品「野菜たっぷりちゃんぽん」の誕生
野菜国産化開始に伴い、フラッグシップ商品
(注2)として、国産野菜を480グラム使用した「野菜たっぷりちゃんぽん」を開発、発売しました。
「野菜たっぷりちゃんぽん」は、通常の「長崎ちゃんぽん」よりキャベツ・モヤシ・たまねぎを2倍増量し、1食で480グラムもの野菜を使用しています。厚生労働省が推進する健康作り「健康日本21」で目標とされる「成人が摂取する1日の野菜摂取量350グラム」を上回る量で、1杯で1日の必要量以上の野菜を摂取することができます。
また、たっぷりの野菜を最後まで飽きずに食べられるように、原料に使用する野菜にもこだわった2種類のちゃんぽんドレッシング(しょうが風味、ゆず
胡椒風味)も開発し、「野菜をさまざまな味で楽しめる」と健康志向の強い方や女性、若いビジネスパーソンを中心に受け入れていただきました。
この新メニューは大ヒット商品となり、当社の業績を大きく押し上げました(写真1)。
注2:最も力を入れている商品のこと。
(3)「国産化」が成功した瞬間
プロジェクト開始から半年後の2009年4月、まず初めに静岡県、鹿児島県内の18店舗で、野菜を完全国産化した新「長崎ちゃんぽん」などの新メニューを、全国に先駆けてスタートさせました。
お客さまに本当に喜んでもらえるのか不安な中、この段階では「売れる」という確信はありませんでした。しかし、国産野菜の新ちゃんぽんを先行販売する静岡県の店舗を米濵が視察した際、お客さまが店に入って来るなり「野菜たっぷりちゃんぽん!」と大きな声で注文した場面を見た時、胸をなで下ろしました。提供された野菜たっぷりちゃんぽんを前に、お客さまの目元がほころんだ様子を見て、米濵はさらに確信を持ちました。
米濵の改革は成功し、野菜を国産化して以降、客数、売り上げはともに月次ベースで10パーセント以上上昇し、原材料費の上昇分は、客単価のアップで吸収できました。「数十円の安さ」より「国産に対する安心感」「国産のおいしさ」をお客さまが選択したのは明らかでした。