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【特集】「みどりの食料システム戦略」の実現に向けた野菜業界の取り組み 野菜情報 2023年8月号

給食利用で広がる有機農産物の地域内流通

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秋田県立大学 生物資源科学部 生物環境科学科 教授 谷口 吉光
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1 はじめに

 学校や幼稚園、保育園などの給食に地元産の有機野菜や有機米を使う「有機給食」あるいは「オーガニック給食」がかつてない盛り上がりを見せている。2022年10月26日に東京で開催された「第1回全国オーガニック給食フォーラム」には、会場とオンライン参加を合わせて約4000人が参加した。また今年6月2日には「全国オーガニック給食協議会」が設立されたが、この協議会には全国の32の市町村、24のJAと農業関係団体、14の生協と流通団体、21の市民団体、195人の個人が参加している。有機農業に関心を持つ自治体を中心に、食の安全に関心を持つ生協、流通団体、市民団体など幅広い分野から多くの団体・個人が参加しているのが特徴である。
 給食が注目される背景には、子どものアレルギーなどの増加、ネオニコチノイド系農薬など食の安全性に対する懸念、子どもの食生活の乱れ、保護者の経済的困窮、食品ロスなど、現在の子どもの食を取り巻く多くの問題がある。「家庭で満足な食事が取れないので、せめて1日1食は給食できちんとした食事をさせたい」という切実な保護者からの声もある。かつて給食に対する社会的要請はおなかが満たさせる十分な量があること、栄養がありおいしいこと、給食費の範囲内でコストを抑えることなどであったが、今では、食の安全やSDGsなどの観点から有機農産物を取り込んだ献立の提供に挑戦する自治体が現れているのである。子育て世代の厳しい経済状況を考えると給食費を上げることは難しいため、コストアップ分を自治体が負担するケースや、もっと踏み込んで給食費を無償化する自治体も増えている。保護者の負担を増やさずに給食の質を高めるという方向は、少子化対策に一役を担うことにも通じる。有機給食の導入はこうした流れの中にも位置付けられる。

2 「みどりの食料システム戦略」における位置付け

 農政サイドにも、有機給食を推進する動きがある。農林水産省が2021年5月に策定した「みどりの食料システム戦略(以下「みどり戦略」という)である。みどり戦略には「2050年までに有機農業の面積を100万ヘクタール(全農地の25%)に拡大する」という数値目標が明記されている。現在、農地全体に占める有機農業の割合は0.6%しかないのだが、農林水産省はそれを30年以内に約40倍に拡大するという非常に大きな目標を掲げたわけだ。
 みどり戦略の中に「オーガニックビレッジ」という事業がある。これは市町村を単位として、その中に有機農業の地域内流通を作り出そうという事業である。2022年10月時点で全国で54地区で実施されている(表)。
 これまで農林水産省の有機農業関連事業は産地形成を目的とするものが大半だったが、オーガニックビレッジは地域内で有機農産物を流通・消費させるという地域完結型(地産地消型)の事業という点が画期的である。図1は農林水産省が作成したこの事業の模式図だが、「消費」の部分に「学校給食での利用」と書かれている箇所に注目してほしい。有機給食はみどり戦略のこの場所に位置付けられているのである。

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3 有機給食の導入を有機農業の拡大につなげるために

 なぜ有機給食を導入することが有機農業の拡大につながるのかという疑問が浮かぶだろう。そのポイントを一言で言えば、「有機農産物を給食に使ってもらえれば、安定した有機農産物の需要が地域内に生まれるから」ということに尽きる。これまで有機農業が広がらなかった原因はさまざまあるが、生産者にとって最大のネックは確実な買い手が現れなかったということだろう。有機農業を重視する一部の生協や流通団体と出会えれば別だが、そうでなければ有機農業に興味を持つ生産者がいたとしても、実際に有機栽培には踏み切れなかったに違いない。
 公立の小中学校、幼稚園、保育園でどんな給食を出すか決定する権限は市町村長が持っている。そのため、例えば町長が「わが町の学校の給食では地元産の有機農産物を優先的に使っていく。地元農家が生産した有機農産物は、給食で使える数量の範囲内で全量を町が買い上げる」と宣言すれば有機給食は始められる。生産した農産物は全量を自治体が買ってくれるのだから、有機農業に興味を持つ生産者は売り先を心配することなく栽培を始められる。給食と有機農業の推進をつなぐ結び目はここにある。
 もちろん他にも条件がある。一つは価格だ。有機農業では農薬が使えないので、病害虫の被害を受けるリスクが大きい。そのリスクを補填し、かつ生産者がやる気になるような価格を設定することが必要である。もう一つは技術指導だ。有機農業の技術は地域や地理や気候条件によって多様である。ある地域で普及している技術でも、他の地域で試してみるとうまくいかないことが多い。そのため有機給食を導入する自治体では、生産者の有機栽培の技術レベルを向上させるように、技術指導や研修の機会を作ることが必要になる。
 有機給食には有機農産物の地域内流通を作り出すという役割を期待できるが、それには「給食で使える数量の範囲内」という制約が付いている。地域の中に市街地と農村がバランス良く存在している自治体はいいが、例えば農村部では子どもの数が少なく、給食の食数も限られるので、数人の生産者が本気で生産するとあっという間に「給食で使える数量」を超える有機農産物が収穫される可能性が大きい。逆に都市部では、子どもの数は多いが、農家が少ないため、いくら生産しても「給食で使える数量」に達しないということが起こり得る。
 有機農産物の生産量が給食での使用量をオーバーする可能性がある場合は、地域内の販売先(直売所、マルシェ、小売店など)や、地域外の販売先を確保する必要がある。逆に生産量が足りない可能性が高い都市部の自治体は、周辺の農業地域から有機農産物を買い入れる準備をする必要がある。いずれにしても、有機給食を起点とした有機農産物の地域内流通は、完全な地域完結型を目指すべきではなく、地元を基本としつつも、周辺に開かれた構造を持つべきである。

4 おわりに

 以上、有機給食を有機農業の拡大につなげる論理を説明してきたが、実際に有機給食を導入しようとすれば、給食を担当している市町村の教育委員会、学校・幼稚園・保育園、給食センターや栄養士らと連携する仕組みを作る必要がある。その仕組みの概要を図2にまとめたが、その仕組みの中心には、関係者が一堂に集まる「有機給食推進協議会」というような組織を置いて、有機給食の方針や計画を作るのがよいだろう。

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 計画の作り方はシンプルだ。最初に1年間の給食で使う農産物の種類と量がどのくらいなのかを栄養士から示してもらう。そのようなデータはどの学校でも持っていると思う。それが有機給食の年間需要量となる。そのほとんどは慣行栽培だろうから、それを地元産の有機農産物に置き替えていくと考える。
 有機給食の長い歴史を持つ愛媛県今治市の安井孝さんによれば、「学校給食でよく使われる野菜はばれいしょ、にんじん、たまねぎ、だいこんなどで、1000人規模の学校だとそれぞれ年間3~4トン使う。それを生産する農地は1品目について30~40アールが必要だ」という。
 いきなり農産物全部を有機栽培に置き替えることはできないから、有機栽培に取り組む農家の人数、得意な作物、有機栽培の経験などを考慮しながら、毎年少しずつ生産を増やしていくという姿勢が必要だ。特に、農家側に有機農業の経験が乏しい場合は、病害虫が少ない時期に農薬を使わなくても作りやすい作物を選ぶなど、取り組みやすい配慮をしてほしい。
 有機農家が地域にいない場合はどうしたらいいだろうか。島根県雲南市木次町のように家庭菜園の延長で農家を集めたり、長野県松川町のように遊休農地を耕作する「ゆうき給食とどけ隊」を組織するなど、自給野菜を作っている農家や、家庭菜園で野菜を育てている市民に声を掛けるという手もある。こういう人たちは無農薬栽培をしている人が多いからだ。
 それ以外にも、農産物の集荷や配送、代金回収を誰が担うのかという課題もある。こうした作業は農産物流通の基本であり、JAや流通の関係者であれば想像できるだろう。しかし、給食関係者にはよくわからない人が多いだろう。これらの点においては、JAや地域の流通団体との提携・協力が必要となろう。このように有機給食を実現するには、供給側と需要側がお互いの強みを活かして連携することが必要不可欠である。
 有機給食は日本ではまだ始まったばかりの新しい取り組みのため、全国で試行錯誤が繰り返されている。そんな現状を少しでも改善したいと、有機給食が求められている理由、全国10地域の事例紹介、有機給食の仕組み作りの解説などを取りまとめた(2)
 筆者らが提案した仕組み作りなどが全国に広がり、有機給食の導入による有機農業の拡大や、子どもたちの食の充実の一助となれば幸いである。

谷口 吉光(たにぐち よしみつ)
【略歴】
秋田県立大学生物資源科学部教授。
1956年、東京都生まれ。上智大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(農学)。専門は環境社会学、食と農の社会学、サステナビリティ・トランジション。日本有機農業学会会長(2019~現在)。著書に「『地域の食』を守り育てる」、「食と農の社会学」(編著)、「有機農業大全」(共著)、「八郎潟はなぜ干拓されたのか」、「有機農業はこうして広がった」(編著)、「有機給食スタートブック」(編著)など。
 
参考文献
(1)谷口吉光編著、2023、「有機農業はこうして広がった:人から地域へ、地域から自治体へ」、コモンズ
(2)靏理恵子・谷口吉光、2023、「有機給食スタートブック」、農文協