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【特集】「みどりの食料システム戦略」の実現に向けた野菜業界の取り組み 野菜情報 2023年8月号

「みどりの食料システム戦略」の実現に向けた最新の動向

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農林水産省 大臣官房 みどりの食料システム戦略グループ
グループ長 久保 牧衣子
顔写真

1 みどりの食料システム戦略策定の背景と狙い

 わが国の農業は、限られた農地、限られた労働力の中で農薬や肥料を効率的に使いながら、生産性を向上させ、国内外に農産物を供給してきた。
 しかし近年では、気候変動問題が顕在化し、高温による品質低下や果実の着色不良、降雨量の増大に伴う災害の激甚化などさまざまな形で、農業分野に大きな被害をもたらしている。同時に農業も、わが国の温室効果ガス排出量の約4%を占める一方、わが国のメタン排出量の8割を占めるなど、環境に負荷を与えている。さらに、国内生産を支える化学肥料は、原料のほぼ全量を輸入に依存している。これは、海外から持続的に調達が可能かという経済的な観点に加え、プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)、SDGsや環境への対応があらゆる産業で求められる中、農業の生産性向上のために世界から窒素やリンの原料を大量に輸入することについて、持続可能性の観点からも考え直す必要がある。
 一方、欧米でも、農業分野における持続可能性に関わる戦略が策定されているが、わが国は欧米と異なり、高温多湿で比較的小規模な水田農業を中心とする農業構造であるため、わが国の気候や農業構造に適したアプローチが必要である。
 このような国際的な動向も踏まえつつ、国内農業の生産力向上と持続性の両立をイノベーション(革新)で実現させるための戦略として、2021年5月にみどりの食料システム戦略を策定した。わが国はこれをアジアモンスーン地域の持続可能な食料システムのモデルとして、国際ルールメーキング(国際ルールづくり)の場で打ち出すこととしている。
 みどりの食料システム戦略では、2050年までに目指す姿として、農林水産業におけるCO2ゼロエミッション化の実現、化学農薬の使用量をリスク換算で50%低減、化学肥料の使用量を30%低減、有機農業の取り組み面積を25%(100万ヘクタール)まで拡大など、14のKPI(“Key Performance Indicator〈重要達成度指標〉”の略)を設定した(図1)。また、2022年6月には、中間目標として2030年目標も決定した。KPIの進捗状況については、農林水産大臣を本部長とするみどりの食料システム戦略本部において、毎年確認を行うこととしている。



 みどりの食料システム戦略の目標達成に向けて、2030年までは開発されつつある技術の社会実装や先進的な取り組みの横展開を進め、さらに2040年までに革新的な技術・生産体系を順次開発し、2050年までにこれを横展開することで達成することとしている。また、この目標達成に向けて、生産現場の関係者のみならず、調達、生産、加工・流通、消費という食料システムの関係者全体で取り組むことが本戦略の大きなポイントである。

2 戦略の実現に向けた施策の具体化

 本戦略の実現に向けて、まずは令和3年度補正予算、令和4年度予算を皮切りに、みどりの食料システム戦略推進総合対策が措置され、これら予算措置により現場の取り組みを後押ししている。例えば、みどりの食料システム戦略推進交付金では、地域の先進モデルを創出するため、新たな技術を導入して化学肥料・化学農薬の低減や温室効果ガス削減などの環境負荷低減に取り組もうとする地域において、生産への影響を実証するための支援をするほか、有機農産物の学校給食への取り組み支援などを講じている。
 さらに、2022年7月には「環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進等に関する法律」(以下「みどりの食料システム法」という)が施行、同年9月には国による基本方針が公表された。2023年3月末には、すべての都道府県で生産者の計画認定を行うための基本計画が作成され、本戦略を推進するための融資・税制などの支援措置が本格的にスタートするなど、施策の具体化が進められている。

3 みどりの食料システム法に基づく認定が進んでいる

 みどりの食料システム法では、2つの計画認定制度により、生産現場での環境負荷低減の取り組みを後押ししている。
 一つ目は、生産者を対象とする計画認定制度で、土づくりおよび化学肥料・化学農薬の使用低減、温室効果ガスの排出削減などの環境負荷低減の取り組み(環境負荷低減事業活動)が対象になる。認定主体は都道府県で、計画認定を受けた生産者は、幅広く融資の特例措置を受けられるほか、化学肥料・化学農薬の低減に資する機械・設備など(例:リモコン草刈機、局所施肥機、堆肥散布機(マニュアスプレッダー)など)を導入する場合には、みどり投資促進税制により、税の特例措置(特別償却)を受けることができる。
 二つ目は、上記のような農林漁業者の取り組みを、技術の開発・普及や新商品開発などにより側面的に支援する、機械・資材メーカーやサービス事業体、食品事業者などの事業計画を国が認定する仕組み(基盤確立事業)である。計画の認定を受けた事業者は、融資の特例措置が受けられるほか、化学肥料・化学農薬に代替する資材(例:ペレットたい肥や生物農薬など)を製造する資材メーカー、食品事業者は、機械・施設などに対する投資促進のための税制の特例措置として、機械32%、建物16%(一体的に整備する場合に限る)の特別償却を受けることができる。2023年6月現在、国の認定を受けた事業者は45者に上る。また、生産者が導入する際に税制特例を受けられる対象として国が確認した機械・設備は60機種となり、露地野菜や施設園芸を含め、幅広い分野で活用いただけるものとなっている。
 法認定を受けるメリットとしては、(1)環境負荷低減に資する技術開発・実証の支援や、(2)農林水産省が行う補助事業について、優先採択するメリット措置が用意されている点が挙げられる。
 特に一つ目の生産者計画認定制度については、個人での申請のみならず、グループでの申請も可能であり、エコファーマーの皆さまをはじめ、環境負荷低減に取り組む意思のある方は、これを機にみどりの食料システム法の認定をご検討いただきたい。

4 環境負荷低減の努力の「見える化」

 食料システムの環境負荷低減を図るためには、環境負荷低減に配慮して生産された農産物・食品が消費者・実需者から選択される必要がある。しかしながら、「化学肥料を〇%削減」「化学農薬を△%削減」とうたっても、消費者にはその効果が伝わりにくい。
 このため農林水産省では、化学肥料・化学農薬といった生産資材の低減や化石燃料の低減のほか、たい肥やバイオ炭の施用による土壌炭素貯留の増加(吸収量の増大)といった、生産者による環境負荷低減の努力の見える化を進めている。
 具体的には、生産者の栽培情報を入力するだけで、その地域の同一品目の標準的な慣行栽培と比較してどの程度温室効果ガスを削減しているかを簡易に算定できるツールとして、「温室効果ガス簡易算定シート」(試行版)(図2)を提供している。

タイトル: p005a

 さらに、その算定結果に応じて、地域の慣行値からの削減割合を基に、星の数で3段階評価し、農産物に分かりやすく表示する販売実証事業を店頭やネット販売などで行っており、令和4年度では米、トマト、きゅうりの3品目の販売実証を115店舗で実施した。令和5年度には、野菜・果樹を中心に23品目に拡大し、引き続き販売実証を行っているところである。この「見える化」を通じて、生産者は自分の経営がどの程度、温室効果ガスを削減できているか把握できるとともに、消費者は同じきゅうりでも、より環境負荷の低い商品を選択することが可能になる。さらに、このシートを活用することで、食品事業者の皆さまはいわゆるスコープ3(注)の算定をより精緻に行うことが可能となる。
 2023年4月に宮崎県で開催されたG7宮崎農業大臣会合においても「見える化」の展示やレセプションなどにおける食材提供が行われた。また、G7広島サミットにおいては、「見える化」したレタスが展示(写真)された。
 今後、対象品目の拡大や、水田における生物多様性保全効果の「見える化」についても検討を進めていく考えである。
 
(注)製品の原材料調達から製造、販売、消費、廃棄に至るまでの過程において排出される温室効果ガスの量(サプライチェーン排出量)を指し、スコープ1(自社での直接排出量)・スコープ2(自社での間接排出量)以外の部分「その他の間接排出量」を指す。

タイトル: p005b

5 農業分野におけるカーボンクレジットの推進

 温室効果ガスの排出削減・吸収量をクレジットとして国が認証し、売買できる仕組みが、J-クレジット制度である(図3)。これは、農林水産省、経済産業省、環境省の3省で運営され、誰でも参加できる仕組みである。
 農業分野では、バイオ炭を農地に施用することによる炭素貯留の増加(=吸収)、施設園芸でヒートポンプやバイオマスボイラー、太陽光発電を導入することによる化石燃料の削減、水田における中干し期間の延長や家畜排せつ物の管理方法の変更(=排出削減)などの温室効果ガスの吸収・排出削減活動が、J-クレジットの対象活動(これを「方法論」という)として認められている。このあらかじめ定められた方法論に従ってクレジット化し、売買することで、農外収入が得られるメリットがある。
 J-クレジットの登録件数477件(2023年3月末現在)のうち、農林水産分野は3割に相当する145件であり、うち農業分野が12件、食品産業分野が28件となっている。
 農業分野では、一つ一つの圃場(ほじょう)における温室効果ガスの排出削減・吸収量は大きくないことから、複数の生産者の取り組みを取りまとめてクレジット化する「プログラム型」の有効活用が期待される。
 今後の課題として、農業分野の登録件数の拡大、農業分野における方法論の拡充、農業分野の方法論に基づく取り組みの拡大が必要となっており、制度の周知のほか、プログラム型プロジェクト形成の支援、取り組みやすい方法論の策定に向けたデータの収集・解析などを進めていくこととしている。

タイトル: p006

6 おわりに

 現在、食料・農業・農村基本法の見直しに向けて本年度中の国会提出も視野に議論が進められており、6月2日には、「食料・農業・農村政策の新たな展開方向」が取りまとめられた。
 この新たな展開方向の大きな柱の一つとして、みどりの食料システムが位置付けられ、環境などに配慮した持続可能な農業・食品産業への転換策として、持続可能な農業を主流化することが盛り込まれている。
 輸入への過度な依存からの脱却、国内資源の有効活用、環境負荷低減など、みどりの食料システム戦略が掲げる方向性はますます重要になると見込まれる。
 本稿でご紹介した、(1)みどりの食料システム法の認定(2)環境負荷低減に向けた努力の見える化(3)J-クレジットの活用-いずれも新たなビジネスチャンスをもたらすものであり、ご関心をお持ちいただいた方は、ぜひ、農林水産省本省またはお近くの農政局などまでご相談いただければ幸いである。
 
久保 牧衣子(くぼ まいこ)
【略歴】
東京大学農学部卒業後、農林水産省入省。
大臣官房環境バイオマス政策課課長補佐、ジェトロパリ事務所出向、食料産業局輸出促進課課長補佐、ミラノ万博日本館副館長、大臣官房政策課企画官、大臣官房環境バイオマス政策課地球環境対策室長などを経て、令和4年6月より現職。