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「ゴールデンウルヴス福岡」~

話題 野菜情報 2023年7月号

「農業×アスリート×食」 ~地域の農業を担うハンドボールチーム
「ゴールデンウルヴス福岡」~

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株式会社ゴールデンウルヴス福岡 代表取締役 山中 基
顔写真

1 はじめに

 われわれゴールデンウルヴス福岡(以下「当チーム」という)は、国内トップリーグでもある日本ハンドボールリーグ(JHL)に所属するクラブチームです(写真1)。当チームの選手は農業に従事しており、昼は農業、夜はハンドボール選手の二刀流で活躍しています。
 当チームの圃場(ほじょう)は主に、都市近郊型農業が盛んな福岡県糸島市にあり、レタスやキャベツをはじめとする露地野菜全般を約8ヘクタール作付けしています。また、2023年4月からは花の栽培も始めました。農地を活用してできることは何でも挑戦していこうと考えています。

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2 当チームの活動

 2016年11月に「株式会社いとしまやさいくだもの」を設立し、昼間は農業、夜間はハンドボールという二刀流の概念でスタートしました。選手たちは早朝から農作業に従事し、終業後にハンドボールの練習をするという、普通では考えられないハードな日々を送っています(写真2)。
 私たちが生産する約8ヘクタールの農地を、7人の現役選手と、引退し会社に残っている元選手3人の計10人で管理をしています(写真3、4)。「選手は農家のお手伝いをするレベルでしょ?」とよく聞かれますが、選手らは作付け計画を立て、播種はしゅから収穫、販売まですべて行っています。

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 「農業をやっているとハンドボールの練習ができないのではないか?」ともよく聞かれるのですが、そんなことは決してありません。そもそもどの農家も24時間農業をしているわけではありません。圃場の面積に対して、選手の人数が多いため、交代で休暇を取りながら運営していくことが可能です。繁忙期になると、練習どころではない日もありますが、それは収穫時期であるため、収穫した野菜を自分で手にする喜びを実感できるなど、農業から得る励みやリフレッシュ要素も十分享受しています。
 とはいえ、農業を実際に営むとハンドボールの練習までに体力が尽きてしまい、トレーニングに参加できないということは、毎年新人選手がぶつかる壁です。ですが3年くらいすると、自然と力配分ができるようになるため、全員が必ずクリアする、一種の登竜門として考えています。

3 「農業×アスリート」という概念

 当チームの創設者の(いずみ)可也(よしや)は、自身が経営する会社の東京支社に勤務していましたが、2011年の東日本大震災で被災し、福岡本社に戻りました。かねてより地元福岡で農業がしたいという想いがあり、2015年に福岡県糸島市で農業を始めました。
 農業に取り組む中で、農業従事者の高齢化と後継者不足の問題に直面し、なんとかして若手に就農してもらう方法を検討する毎日でした。
 そんな中思い付いたのが、「農業×アスリート」という概念です。日本の農業が抱える問題と、クラブチームが抱える問題を、双方で打ち消し合って解消できるのではないかと考えました。泉自身が学生時代にハンドボールをやっていたこともあり、日本ハンドボールリーグを目指すチームを立ち上げ、集まった若い選手たちに就農してもらおうと試みたのが始まりです。
 農業に従事しながら、サッカーでいうJ1にあたる、ハンドボールの国内最高峰「日本ハンドボールリーグ」を目指すチームの存在は、ハンドボール界にとって衝撃的でした。全国のハンドボールをこよなく愛する若者にとって、トップリーグでプレーできる可能性があることは非常に魅力的で、実際、多くの若者がチームの門をたたく結果となりました。選手の中には農業は嫌だという者も数人いましたが、ハンドボールをしたいという想いが最優先であったため、就農するという選択をしました。会社としてはどんな理由であれ、若者が就農するということで、一旦は小さな目標達成となりました。

4 スポーツと農業が互いに支え合う関係

 スポーツ選手が抱える問題の一つとして、「引退後のセカンドキャリアをどうするか」があります。ですが、私たちはセカンドキャリアという言葉自体が過去のものだという認識です。毎日農業に従事しているため、引退後も農業で自立できるくらいの能力が身についています。よってセカンドキャリアではなく、農業とスポーツを並行してやっていく「デュアルキャリア」として考えるようにしています。また、収入は企業に属しているのでサラリーマン同様、固定給となっており、選手が不安を抱えることはありません。
 全国的な問題ですが、われわれが農業に取り組んでいる地元の糸島市も、就農者の高齢化と後継者不足が深刻です。就農人口が減少していけば、日本国内でも食糧危機が訪れるのではないかと感じています。これは就農者しか分からない危機感だと思います。
 会社の創設時、すべての選手が1~2年間ほど、地元の農家に弟子入りをして農業を学びました。若手が不足している農業界において、20代前半の選手が就農して弟子入りという流れは大変喜ばれました。当初は、若手が農業を始めても2~3カ月ですぐに辞めてしまうと言われ、半信半疑で指導を受けることもありました。しかし、選手は本気で農業に取り組み、自分たちの能力向上に励んだ結果、少しずつではありますが、親方の皆さまに認められるようになり、農業における技術や知識の伝承が始まりました。やがて互いに信頼関係が構築されていき、親方の皆さまの手厚い指導やご協力もあり、今では自分たちで農業を営むことが出来るレベルに達しています(写真5)。

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 また、引退した選手が「農業で独立」するという、本来の目的である「若手の就農」の流れが出来始めており、私たちの目指す世界が少しずつ見えてきているのではないかと実感しています。引退し、当チームを卒業した選手の中で2人が地元のいちご農家、トマト農家としてそれぞれ独立しました。その他3人が、このまま現役選手と共に農業がしたいと当チームの会社に残って農業に従事しています。会社に残った彼らは、引退後に他の企業に再就職するよりも、これまで毎日農作業の後に練習をしてきた仲間たちと一緒に、農業を成功させたいと強く思うようです。
 農業は多くの一般企業と異なり、最初から裁量が与えられ、時間も内容も自由です。各々が一経営者として運営するため、ある意味束縛されない環境と言えます。農業の自由な時間の使い方に魅力を感じる社員(選手)が多いことも確かです。

5 こども食堂の取り組み

 当チームは「狼食堂」というこども食堂も運営しています。コロナ禍で狼食堂の開催を自粛していたため、本格的な活動はこれからになりますが、過去に地元糸島市で開催されたこども食堂との併催(※)の実施はあります(写真6)。当日の早朝に選手が収穫した野菜を、集まったボランティアの皆さんと一緒に調理して、子ども達に食べてもらうという取り組みです。今はまだ駆け出しではありますが、将来的には「食」というものを通じて、人と人とが接することのできる小さなコミュニティ(食堂)をつくることを目指しています。
 トップリーグの選手が本気で農業に向き合い、生産した野菜からできる食事を提供する。参加してくれる子どもたちはすごく喜んでくれています。
 
※いとしまこども食堂
https://golden-wolves.co.jp/report/itoshima-hokkori/
https://golden-wolves.co.jp/handball/itoshima-hokkori-2/

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6 今後の課題や目標、目指す未来など

 私たちが農業をやって初めて分かったことは、このままいけば、農業従事者が不足して食糧不足が起こる、ということです。農業は過酷、儲からない、カッコよくない…といったイメージが日本の若者に根付いていることもあって、若手に就農してもらうことは簡単ではありません。また、農業を始めたところで、すぐにすべてを習得できるものではないことも分かりました。例えば10年間農業に従事しても、年に1回しか収穫できない農作物なら、たった10回しか生産していないことになります。普通に考えて、たった10回の練習で完璧にできる人間が存在するのでしょうか。スポーツなら、10回の試合で上達する、あるいは認められるでしょうか。
 これらのことを踏まえても、農業従事者不足による日本の農業の危機は、加速度的に進んでいることは間違いないでしょう。そのスピードを減速させる、または危機回避に向けて取り組むことが、私たちゴールデンウルヴス福岡の最大の使命だと思っています。
 「農業はカッコいい!」と思うことが出来れば、若手の就農はどんどん増えていくと思います。前述した通り、すでにチームを卒業したメンバーの一部は、農業に魅力を感じて営農を続けています。やってみると意外と楽しい、やりがいがある。そう思えるのが農業の魅力ではないでしょうか。その魅力を多くの方に伝えるために、私たちはハンドボールを続け、「農業×アスリート」を成立させなければならないと思います(写真7)。

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 最近では、卒論のテーマにしたいと見学や体験に訪れる大学生が増えています。大学生にとどまらず、われわれの発信がさまざまな地域、業種に届き、同様の活動が他の場所でも展開され、全国的な取り組みとなって広がっていけば、農業従事者も増えるのではないかと期待しています。
 農業×アスリート+カッコいい=ゴールデンウルヴス福岡。こんなことが笑って言える日が来るのが楽しみです!

山中 基(やまなか もとい)
株式会社ゴールデンウルヴス福岡 代表取締役
元ハンドボール日本代表
【略歴】
2019年にゴールデンウルヴス福岡がトップリーグに昇格するタイミングで前職を辞めて福岡へ。
創設者の泉可也の意思を受け継ぎ、代表取締役に就任。
「農業×アスリート」という新スキームの可能性を追いかけて「農業」の魅力を伝える活動を続ける。